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2001年11月の日記

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2001年11月30日 (金)
Something in the things,he shows me

 

  ジョージ・ハリスンが亡くなった。享年58歳。アビーロードを引っ張り出して、ジョージの代表作『something』に針を落とす。

You're asking me will my love grow
I don't know,Idon't know
You stick around now it may show
I don't know,Idon't know

 問う 無碍に至る道や如何に
 知らず 知らず
 只管打坐や如何に
 知らず 知らず

(超訳:シンタロ)

  ビートルズの後期、ジョージはのびのびとその才能を開花させ、豊かで優しいメロディーの名曲をたくさん聴かせてくれた。バングラディシュでコケたり女房を寝取られたりしながらも、シワシワのひげ面は少し悲しげで、あくまで穏やかだった。ご冥福をお祈り申し上げます。

 

2001年11月29日 (木)
ツナガルヨロコビ

 

  おとといLANケーブルが2階に開通したので、ファイル共有の設定をした。これでPB1400とPBG3がつながった。以前は1400でスキャンした画像をジップで運んでいたのだが、これでだいぶん楽になる。こんな画像とかこんな画像、あるいはこんなのを取り込んでみました。
  そんなわけで、もしかするとあんまりデジカメは使わなくなるかもしれない。ぼくは写真を撮るのは好きだが、べつに趣味にしているわけではないので、スナップショットはあくまで「タイミング」重視。ところがデジカメってどうもシャッターがワンテンポ遅れてしまって「撮れた」って感じがしないのです。秋ちゃんが使っているような30万円のデジカメは別なんだろうけど、しょせん、ぼくのは坂部さんや横川さんとおんなじ東芝のデジカメさ。
  イソップ橋点字TOTOにたくさんのご参加ありがとうございました。正解はAの「手すりに点字は残っている」でした(実況レポート参照)。アクセス数もすごく多くてうれしかったです。BとCに賭けた皆さんには、罰ゲームとして、どっかに点字を貼りに行ってもらおうかと思っています。

 

2001年11月28日 (水)
イソップ橋「点字TOTO」結果発表

 

  出会い系サイト[500文字の心臓]で知りあった女性と初デート。上野の動物園入り口で待っていると、前方から素敵な女性が歩いてくる。まさかと思って特別な体の動きで合図すると、向こうも特別な体の動きで応答した。天音さんだ。こんなことはもう二度と起こらないだろうと思いながら動物園に入る。天音さんは話は面白いし笑顔はキュートだし小動物は呼び寄せるし、ぼくは夢心地でした。緊張してまともにお話できなかったが、本当はもっと天音さんのことを知りたかったのです。たとえば「何があなたをそこまでパンダに駆り立てるのか」とか…。そう、結局そのパンダが命取りとなった。お目当てのパンダ「リンリン」がメキシコに旅行中(子作りのため)と分かるや、天音さんはプリプリと怒ってパンダ焼きをヤケ食いしながら帰ってしまいました。けれどもこれは別の物語、いつかまた、別のときにはなすことにしよう。
  さて、いよいよ点字の確認へと向かった。きょうもあの日と同じようにモノレールの運行が停止している。ついにイソップ橋に到着。ところがそこには衝撃的な事実が待っていた。イソップ橋実況レポートはこちら
  ということで、ギャンブルの最終結果はこちら

  天音さんが帰ったあと、会社帰りのすぎもとが合流して、お好み焼き屋へ。なんと初ボーナスが出たということで、おごってもらいました。こんなことはもう二度と起こらないだろう。そのあとは蕎麦&喫茶店。上野っていい町だね。

 

2001年11月27日 (火)
イソップTOTO

 

  サトイモ(赤目)を収穫。南圃場のイモは子イモがほとんどついていなくてがっかり。この芋は親芋も食べられる。親芋にはあんまり粘りがないから、サトイモ嫌いの人も食べられるかも。北圃場の作業が遅れていたので、軽トラックの荷台に学生を積んで2往復。作業のあとはカレーうどんが出た。すごく暖まった。きょうのおみやげはラッキョウ漬けと落花生。
  あすはいよいよ上野動物園に行き、9月5日にイソップ橋の手すりに貼りつけた点字物語がまだ残っているか、確認する。そこで、ついで、といっちゃあなんですが、賭けが催されることになった。くわしくは掲示板「*の可能性」をご覧いただくとして、現時点での投票状況はこちら

 

2001年11月26日 (月)
ビデオ急死

 

  禁を破って「はてしない物語」を100ページも読んでしまう。古老が「はてしない物語」を無限に書き綴るところで物語がぐぐっと速度と密度を増していった。主人公はついにファンタージェンへ飛び込み、今は新しい世界を冒険しているが、ちょっと話のリズムが変わった気配。ここからどうリアルの世界へと結びついていくかが見どころかな。
  先日、ビデオに空テープを入れたら飲み込んだきり出てこなくなった(変なビデオじゃなくて良かった)。そこで新しいビデオを買おうとなじみの電気屋さんを呼ぶ。S-VHSが3万円もしない時代なのですね…。しかも松下オリジナルの5倍速なんていう録画モードがあって、120分テープで10時間録画できるとか。使わないけど。
  電気屋さんとトイレに電源コンセントを増設する打ち合せをした後、LANケーブルを一階から二階の部屋に引いてもらう。今は使っていない電話線にケーブルをビニールテープで巻き付けて、引っ張った。やがて塩ビの狭いチューブをくぐり抜け、LANケーブルがぼくの部屋に頭を出した。ドッコーン。モグラのモグちゃんみたいだね。

 

2001年11月25日 (日)
ミニマル蕎麦

 

  ミニマル蕎麦屋を発見。「萬両」の戸を開けると、あまりの狭さに入り口を間違えたのかと思った。客席はカウンターのみで、ぎっしり詰めて5人が限度。厨房に至っては畳半畳ほどで、ご主人と奥さんがずっと立ちっぱなしで、座るのはもちろん、位置を変えることさえ不可能な状態。ふたりは主にテレパシーで意志疎通をしている様子だ。調理器具は蕎麦をゆでる釜のほかはカセットコンロがひとつだけ。
  せいろ蕎麦を頼む。鍋が小さいのか、出てくるまで時間がかかる。蕎麦は当然手打ちで、つなぎの少ない生き生きとした蕎麦だった。甘味があるのは新そばゆえか。つゆは極辛なのでちょっとつければ十分(つゆはペットボトルに入れて冷蔵庫に保管)。十分においしいお蕎麦なのだが、欲を言えば、店のコンセプトとしては、せいろ600円というのはちょっと中途半端な値段設定のような気がする。いっそ500円に…というのは無理なんだろうな、きっと。ちなみにこの店、一週間のうちでたった一日、日曜のお昼から4時くらいまでしかやっていません。ミニマル。
  NHKスペシャルで宇宙のはなしをやっていた。でも真空エネルギーの存在を実証する実験というのがどうもうさん臭い。実験は、小さな金属球を収めた箱の内部を真空にしていくと、真空のエネルギーが押す力によって、極細ワイヤーに固定された金属球が下に押し下げられるいうもの。空間自体にエネルギーがあるとして、どうして金属球の上と下でエネルギーの勾配が出るのだろう。空間はつながっているのに。

 

2001年11月24日 (土)
藁で龍を作りなさい

 

  天気がいいので何となく電車に乗ったら、自由ケ丘に着いた。中学生の頃よく行った映画館の武蔵野推理がずいぶん立派になっていた…って、いったい何年ぶりなんだろう。ぶらぶらしていたら、奥沢神社という神社があった。びっくりしたことに、鳥居に巨大な藁(笑ではない)の龍が絡みついている。いわれがあった。昔、この地方に疫病が流行った。すると、神のお告げがあった。「藁で龍をつくって村を練り歩きなさい」すると不思議なことにたちまち疫禍が去ったという。これにちなんで今でも藁で龍をつくって奉納しているのだとか。あっお告げ。「たまごから卵油をつくりなさい」。
  どうもかばんがラッキョウ臭いと思ったら、きのうのOB会で山下先生にもらったものが、そのまま入っていた。きのうの二次会では浜路、太田、大林とちょっと一杯。秋ちゃんは念写しに先に帰っちゃった。マミー(notミイラ)は先生になっているし原さんの娘さん(お母さんそっくり)は年長組だし、年を取るわけです。

 

2001年11月23日 (金)
明治大学生田際

 

  明治大学校歌

  白雲なびく駿河台
  眉秀でたる若人が
  撞くや時代の暁の鐘
  文化の潮みちびきて
  遂げし維新の栄になふ
  おお明治 その名ぞ我等が母校
  おお明治 その名ぞ我等が母校

最新超短編→『角砂糖』

 

2001年11月22日 (木)
椿とシュヴァンクマイエル

 

  午後1時、町田市フォトサロンの2階で行われる椿協会の展示のお手伝いに、薬師池公園へ集合。ぼくのお花の先生は、日本椿協会の理事なのです。で、肉体労働。長さ3メートルほどの竹を5本組んで、巨大な花器に見立てるのだが、そのために竹に穴を開けねばなりません。のこぎりで切れ目を入れて、ノミで叩いて窓を開けるのだけれど、これがけっこう重労働。でも、苦労の甲斐があってこんな感じにできました。
  午後6時半、渋谷のユーロスペースでひまわりさんと待ちあわせ、ヤン・シュヴァンクマイエルの映画最新作『オテサーネク』を観る。カットのひとつひとつに、いちいち性(生)のイマージュがこめられていて、フラフラした。生命の象徴とも受け取れるらせん階段を中心とした舞台の空間構造が“出来損ないの子”を捨てる神話物語をみごとに貫いていて、そのらせんの底には、すべてを食い尽くす怪物がひそんでいる。シュヴァンクマイエルのオテサーネクの腹から飛び出てくるであろう犬や羊飼いや両親は、どう考えても昔話よりもグロテスクな変容を余儀なくされているに違いない。そこが怖かった。
  ひまわりさんと渋谷の土間土間でちょっと一杯。毒溜まりに宮田氏を突っ込んで暗殺する計画を練る。ビールを2杯ずつ飲んで食べきれないほど食べたのに、二人で4300円。若造で賑わってるわけだ。

 

2001年11月21日 (水)
誕生おめでとう

 

  つくし野の坂道を歩いていたら、紅葉した桜の葉が落ちてくる。一枚一枚、ザッ、ガサッと、存在感のある落ちっぷり。こいつはバリンと踏みつける。小さな小さなイチョウの葉も見つけた。小さいくせにちゃんと切れ込みのある黄色い葉。こちらは踏まずによけて歩く。
  おととい坂部さんに“マスコット・ブレイル”という、点字表示ができるキーホルダーをもらった。シンタロウと点字で打ってみたら、驚いたことにキーホルダーがシンタロウになってしまった。どうやら、点字で打たれると、その物になってしまうらしい。そこでシンタロウを別のものに変えようと思ったら、シンタロウもそう思ったらしく、取っ組み合いのケンカになってしまった…・:・
  川崎さんの暴談直記に掲示板[筆圧交換]がモンコーを開きました。ぼくは超短編の「しわ」を落書きしてきた。自由に暴談をかまして構わないそうなので、この日記をお読みの方も、どうぞスリムになった川崎さんに挑んでみて下さい。
  かわいい赤ちゃんの写真が届いた。この子が幸せでありますように。

 

2001年11月20日 (火)
山下先生おめでとうございます

 

  聖護院大根を引っこ抜いて水洗い。これは千枚漬けになります。天気が良くて暖かいのはいいけれど、さすがに水は冷たいです。落ち葉を畑にまき、先週干した大根のしんなりしたところを取り入れ、きょうの作業は、はいおしまい。はやく終わりすぎて焼き芋が間に合わず、ちょっと生焼けだったかも。助手補の川部さんが作ってきてくれたスイートポテトがおいしかった。
  山下先生はきょうの実習に、途中からの参加だった。相模原市から表彰され、授賞式に出ていたのだ。人口61万の相模原市で、受賞者は61人だそうです。受賞理由は長年にわたる保護司としての活動が認められてのものだとか。明大ビール“暁の鐘”で乾杯! 先生おめでとうございます。

 

2001年11月19日 (月)
HAPPY BIRTHDAY徳さん

 

  池袋でひまわりさんと待ちあわせ、埼京線で十条へ。きょうは徳さんの誕生パーティー。玄関のチャイムを鳴らそうとしたら、小さい紙に何か書いて貼ってある。「超短編作家進入禁止」。これが坂部さんの誕生日だったらみんな迷うことなく帰ったと思うが、そこは徳さんの人望か、紙をはがし、ドアを開けた。
  高橋君が持ってきてくれたシャンパンで乾杯し、徳さんの30歳を祝う。本人はまだ29歳だという点を強調するが、もはや20代も風前のともしび。あきらめなさい。おめでとう。
  ぼくの超短編を点字で打った作品集をプレゼントする。徳さんにその場でいくつか読んでもらったが、自分の作品が、自分ではさっぱり読めない点字に変換された後、もう一度徳さんの声に乗って“意味”へと復帰したことに、たいへん感動してしまった。間違いも含めて、微妙に変節してしまう感じも心地よい。余裕があったら点字作品集をもう何部か作ろうと思った。
  徳さんとひまわりさんの合作おでんは味が良くしみていて、おいしかった。みねぎしは口に入れるよりこぼす方が多い、アメリカ流のハシづかい。ボクサー山本君とは、ちゃんとお話するのは初めてだったが、まっすぐなノリの好青年。きっと坂部さんに利用されているに違いない。すぎもとはその山本君にびびっていつになく礼儀正しい言葉遣い。右ストレートが入ればよかったのに。
  食後に、超短編イソップ計画のビデオを上映。点字を打ったり貼ったり読んだり蚊を追い払ったりの、かなり前衛的な作品で、おおむね好評。帰りの電車では“マイウェイ”が頭の中でずっと鳴っていた。

 

2001年11月18日 (日)
東急ハンズに点字用紙なし

 

  きょうは山口君に飲みに行こうと誘われたが、ちょっと飲み過ぎだし、明日も徳永君の誕生パーティーなので、お断りする。その徳さんにあげようと思って、きょうはこんなものを作っていた。掲載した作品は超短編の中でもとくに短いのを十数本だけど、けっこう疲れた。細かい点字のルールを知らないので、おそらく読みにくいとは思う。拗音なんて、表記があってるのかどうか、いまいち自信がないが、まあ許して下さい。本当は何部も作りたいと思うのだけれど、ちょっと大量生産はつらいなあ。
  母が東急でしょうちゃんと会ったという。とりあえずは良かった。連絡しなさい。

 

2001年11月17日 (土)
パーンと割れて生まれるらしい

 

  散髪に行ったら、ヒゲと髪の毛の長さが同じくらいになってしまった。だまし絵みたいにクルンと頭がひっくり返せたら、散髪屋さんもヒゲをあたりやすいのにね。
  一年ぶりくらいで、近所の手打ちそば屋「一葉」へ。父親が親子丼を食べたいというのでおごってもらう。もちろん、せいろ蕎麦も。新蕎麦は甘くておいしい。
  編工研へ行って、ファイルメーカー有段者の数納君にi-modeサイトの相談をする(ずっと借りていたkeiko leeのCDもお返しする)。姫路城のプラモデルをあげたらものすごく喜んで、もう何でも言うことを聞くというので、一筆君の物まねをさせる。それにしても、i-modeでは、どんなのが良いサイトなのかまだ研究不足なので、これからちょっと勉強するつもり。自分で実際の見えを確認できないのは、ちょっとつらいかも。
  労働する峯岸はほっといて、すぎもと、市田、数納らと赤坂のそば屋「田中屋」へ。ちょっと醤油を塗ってあぶった、たたみいわしがパリッと香ばしくてグッド。それにしても蕎麦ばかり食っている。
  市田さんからフィレンツェみやげのミニ本をもらう。これに超短編を書き込んで、世界で一冊の本を作ってみたいものです。お返しに萩みやげの夏みかんの砂糖漬けをプレゼント。そば屋であけて、みんなで食べた。甘さの中の苦味がおいしい。
  市田さんのお兄さんの誕生秘話を聞いた。妊娠中の市田母が、高いところのものを取ろうとして転んだ拍子に、パーンと割れて生まれたのだそうだ。出てくるなり「炎子の兄でございます」としゃべったというが、にわかには信じがたい話だ。市田さん自身も、お母さんがタイヤのパンクにびっくりして生まれてきたという。黒髭危機一髪みたいな家系ですね。
  市田さんは煙草をやめたという。えらい。でもお酒はやめてない。えらくない。

 

2001年11月16日 (金)
たまにはうろんもいいものら

  朝から二日酔いで気分が悪い。こういうときは濃いめの紅茶に、砂糖を多めに入れて飲むと、ちょっと元気が出る。しかし食べ物のことを考えただけで気分が悪いので朝食は抜き。
  ふらふらとお花のお稽古に。町田に着くころには少し元気が出て、うどんを食べる。うどんはやさしい。こんな日は蕎麦では強すぎて、うどんのやさしさがありがたい。
  本日のお花はミリオクラダスと先生がダリア園からもらってきた巨大ダリア。ミリオクラダスの細かく濃い緑を扇形に繁らせて、そこからひゅっと伸びた2本のダリアが、右側の花器から伸びてきたペアのダリアと花を寄せ合う構成。
  紙とクリップを買って帰る。きのう岩見君と杉本君に超短編集を渡したので、もうストックがなくなってしまったのだ。カラー用紙は高いのでやめて、紙の質を落とすことにした。500枚で285円。これがなくなったら220円の紙にしよう。

最新超短編→『たそがれ』

 

2001年11月15日 (木)
板橋にうまい店あり

 

  杖をついて板橋へ。岩見君お勧めの素晴らしい居酒屋があるのだ。店の名前はあえて秘するが、もう、何と言っていいか…。ウマヅラハギの刺し身は皿の中心に肝を配置した上品な菊盛りで、この胆がまた濃厚。ああ。太刀魚の焼き物ときたら、ふっくらとしてもっちり。おお。カキフライがプリンプリンで、うう。途中から参加したすぎもとも、アンキモにフォーリンラブ。店主も魅力的だしお酒もおいしい。しかもお値段がまた安いのです。絶対また行く。
  帰りの小田急で、若い女の子に、生まれて初めて席を譲ってもらう。遠慮したけれど、女の子が立ってしまったので、ありがたく座らせていただく。これでぼくのイカサマの師、坂部さんにちょっとは近づけたかな。岩見君から“いやっほーほー”とか“うちゅうー”とかいう無意味なメールが届く。自分が属する世界に帰るときが近いのだろう。
  椅子に座ったせいで電車を乗り過ごしてしまう。タクシーで帰って、そのままぶっ倒れる。飲みすぎた。

 

2001年11月14日 (水)
♪杖をついて歩こう

 

  朝起きると、足の裏が痛い。ついでに頭も痛い。家の中をつたい歩きでよろよろと移動する。これでは何も出来ないので、とりあえず頭痛薬を飲む。効いたよね、多めのパブロン。
  写真の焼き増しを受け取りに町田へ。ラーメン屋「水岡」でチャーシュー麺を食べる。こってり系もいいが、澄み切ったスープの上品な味もまた良いものです。ラーメン屋からひまわりさんに明日のお誘い電話するが、あえなく断られてしまう。その後、登山用品の店へ行って、すごいものを衝動買い。「杖」。
  杖といってもLEKIのハイキングポールで、以前からほしかったもの。店員さんに「本当はストックがほしいんだけど、今は足が痛いからステッキとしても使いたい」と駄々をこねたら、兼用のものを紹介してくれた[こんな感じ]。さっそく、杖をついて歩く。杖をついていると、今まで気にならなかったけど、杖をついている人がけっこういることに気づく。おじさんも、おばさんも、子供もいた。杖ってけっこう小粋な感じ。足が治っても使いたいくらい。ひいじいさんが竹のステッキに竜を彫り込んだものが我が家に伝わってるが、あれを使うか。

 

2001年11月13日 (火)
足えくぼ

 

  きょうの畑仕事はタマネギとキャベツの移植、培養土のブレンド、そして大根の収穫と寒風干し。焼き芋の火が消えていたので、廃材を突っ込んで火をつけ直していたら、足に激痛が走った。足を持ち上げると、廃材もいっしょに持ち上がる。力を込めて引っこ抜くと、そこには2本の釘。







  こうして、シンタロウの足の裏にはかわいいエクボができたそうな。めでたしめでたし。

 

2001年11月12日 (月)
マンボウのデザイン

 

  ときわの案内を印刷する。筆文字のロゴがけっこうベッタリとしてインクが乾きにくいので、“乾燥待ちモード”というので印刷したら、やっぱり時間がかかる。その間に妄想が暴走し、ぼくの超短編作品を某所に郵送することにした。
  郵便局に向かう途中、坂部さんから電話。来週の徳さんのお誕生日の件でした。債権放棄の要請じゃなくて良かった。徳さんはきょうは希さんがいるので、新百合の“The Shop”に行くのだとか。ぼくも行きたいけど先立つものが…。ちょっとバイトをしようかと情報誌を買って帰る。
  NHKの「不思議大自然」でマンボウを特集していた。マンボウのような“さかな”の基本形から突出したデザインというのは、革新的であると同時に「だいじょぶかい?」とも感じてしまう。先尾翼の飛行機とか、美しいけどどこかあぶなっかしい。そこが魅力。

 

2001年11月11日 (日)
せいろ1枚でそば屋に4時間

 

  『はてしない物語』を少しばかり読み進み、やっと三つの門をくぐった。この門は非常に東洋的で、とくに鏡の門は自己の枠を外す点で、禅的ですらある。一方、ツァラトゥストラもやっと洞窟へと戻りつつある。この本は一度に数章読むと、脳が麻痺してしまうので、萩旅行を通じても、30ページしか読み進めなかった。ぼくが一冊の本を読むあいだに、すぎもと氏は50冊くらい本を読むのではなかろうか。
  おやつに、そばの里ときわに行ってせいろを食べる。いつもおいしいお蕎麦だが、新そばの時期はまた格別。さっさと帰ろうと思ったら、ときわの美人姉妹(姉)がパソコンの設定をしてほしいというので、Windowsのことは何も知らないくせにお手伝いする。ようするに外付けのCD−R/RWを使えるようにするだけなのだが、彼女のマシンにはフロッピーの口がなく、結局、ネットからドライバをダウンロードした。でもなんかうまくいかないなあと思っていたら、ドライバの更新っていうのをしなきゃならないんですね。そこまではうまくいき、CDは認識してくれるようになりました。しかしここからさらに1時間かかっても、結局CDを焼けるようにはならなかった。何が原因かというと、単に16ケタのユーザ・パスワードが見つからないから。なんかさっちゃん、捨てちゃったらしいです。どこかにあればよいのだが。

 

2001年11月10日 (土)
白鷺のおみやげ

 

  早起きして姫路へ。母の岡山時代の友人、小林さんも合流し、レトロなルートバス(運賃100円)で姫路城へ向かう。姫路の人には姫路城めぐりと動物園見学くらいしか娯楽がないのだが、今回は菊花展も開催され、来年の花見まで何もないこともあり、みんな狂ったように菊の花をながめていた。
  姫路城は、世界遺産にも選ばれた美しいお城で、白鷺城の異名をとるほどの優美なすがた(ちなみにぼくの育った岡山のお城はカラス城)。きょうはとくに紅葉がきれいで、天守閣からの眺めも最高です。この3日間、東京はずっと雨だったらしいが、こっちはずっと良い天気で良かった。帰りに売店で、お城みやげの定番、コレを買ってしまい、ちょっと後悔。
  帰りの新幹線で、京都のすぎもとと接触できないかと試みるが、時間が合わず断念。そのまま新横浜に帰ってきた。萩みやげがあるので、賞味期限内にお会いできた人には差し上げます。ご希望がある方はご連絡下さい。


  萩かまぼこ(最強の歯ごたえ。賞味期限みじかい)
  萩わかめのふりかけ(ごはんが何杯でも。賞味期限ながい)
  夏みかんの砂糖漬け(萩みやげの定番。賞味期限1000年)
  姫路みやげのコレ。もらい手がない場合は自動的に数納君のものに

 

2001年11月09日 (金)
江田島海軍兵学校

 

  早起きして広島へ。広島の町をゆく男性の80%がヤクザ、女性の70%が松井りえだと思われる。母は岡山時代の友人の水落さんとお食事。父とぼくは江田島の旧日本海軍兵学校へ向かった。宇品港から高速船(ものすごく速い)で江田島の小用までいき、そこからタクシーで海上自衛隊の第1術科学校へついた。
  入り口で受付をして中を見学させてもらえるのだが、とくに荷物検査もされなかった。テロ対策からすれば問題だが、そんなのどかな自衛隊のままでいてほしい気もする。敷地内には明治時代の古い建造物が現存し、いまも校舎として使われている。レンガの積み方に“イギリス式”と“フランス式”があることを学習。神風特別攻撃隊の展示室には遺書のほかに写真もあるのだが、出撃前の写真が「じゃ、行ってくるよ」といったような普通のショットで、いたく心を打たれました。原爆資料館と対で訪れるといいところだと思います。
  広島のホテル・グランビアへ宿泊。夜、することもないので、 ホテルのバーに行って、オリーブの実をつまみにギムレットを2杯飲み、超短編を書くが、自作を盗作してしまう。

最新超短編→『ビロード新聞』

 

2001年11月08日 (木)
分かっちゃいるけど常念寺

 

  朝5時に起きて新横浜7時20分発の新幹線で小郡まで。13時10分ごろ小郡初のバスに乗って萩に着いたのが14時20分。15時から法事が始まった。
  うちのお寺は浄土宗なのだが、お経のリズムがとっても良い。木魚はもちろん、大きいカネ、小さなカネに、時折タタンと拍子木(?)が入る。しかもご住職の読経は、ときにモンゴル民謡のような、フラメンコのような…Yo〜こりゃラップだぜ。
  ご住職の話がまたうまくて、導入は40年前の植木等の名せりふ、「分かっちゃいるけどやめられない」に始まる。そしてこの「わかっちゃ〜」を100年前のフロイトの“無意識”とからませ、そこからさらに、2500年前のお釈迦様の“無”の思想へと結びつける。年代でくくる方法も分かりやすいが、硬軟、東西をおりまぜた語り口が、また見事。住職いわく、「わかっちゃ〜」を何とかするための仏教的なアプローチは二つあって、ひとつは“禅”であり、もうひとつが“読経”である。そこで浄土宗では南無阿弥陀仏というわけだ。ちなみにぼくの「超短編*アラヤシキ」のアラヤシキとは仏教でいうところの阿頼耶識。超短編的には意味と無意味のあわい、「意味可能性体」だと思って下さい。だから超短編は、分かっちゃいるけどやめられません。
  宿泊は皇太子と雅子妃殿下もお泊まりになられたという北門屋敷。なかなかきれいな旅館なのだが、ブーゲンビリアと西洋彫刻が出迎えるエントランスを浴衣の一団がぞろぞろと露天風呂へ向かう姿がまさに異次元。部屋は純日本風なのにイングリッシュガーデンもあるのです。すてき!
  夕飯はやさしくて記憶力の良い、親戚の愛子さんを交えて北門屋敷で。萩はとにかく魚が旨い。刺し身も旨いがぼくは干物が好き。もちろん、フグがおいしいということは日本人が知っておくべき常識である。婆ちゃんの供養の意味で、これからうまいものを食べ続けなくてはならない。これも宿命か。

 

2001年11月07日 (水)
萩へ

 

  明日から萩に行く。

  予定表
  11月8日(木)萩のお寺で法事。萩泊。
  11月9日(金)江田島の旧海軍兵学校見学。広島泊。
  11月10日(土)姫路城見学。夕方新横浜着。

  と、いうわけで、しばらく日記は更新されません。萩でエッジが通じるかどうか不明ですが、ご用件のある方はそちらまで。おみやげはかまぼこでもいいですか?

 

2001年11月06日 (火)
雨の日は漬けるのよ

 

  きのうは強い雨だったのに、どうして昼から晴れるのか。きょうの圃場実習は大根のビール漬けづくり。畑から引っこ抜いてきた大根の葉を落とし、洗って、切って、秘伝のタレに漬けた。次の作業は、ラッキョウ漬けの準備。塩漬けしてあったラッキョウの根元と先端を切って水に浸して塩抜きし、これをのちほど数種の砂糖をブレンドしたタレにつける。えんえんラッキョウを切っていたので、指がラッキョウ臭くなってしまった。きょうのおみやげは大根6本。重すぎる。
  今週は法事で萩へ行くのでいろんな準備が進んでいる。風よけつきライターとかステンレスの網でできた横置き線香立てとか。婆ちゃんの三回忌なのです。おみやげは夏みかんの砂糖漬けでよろしいでしょうか?

 

2001年11月05日 (月)
ホームページ開設権をもらったものの

 

  ぼくはケーブルテレビのプロバイダに加入しているが、そこが最近、値段を下げる代わりに、いままで有料だったホームページ10Mをおまけでつけてきた(ココ)。NIFTYから移転する気はないし、かといってミラーサイトを置くほど超短編*アラヤシキにアクセスがあるわけでもない。画像の保管庫にでもしようかとも思っていますが、いったいどうしましょう。何かアイディアがある方、ご連絡下さい(パソコンがないなどの理由で自分用のページがもてない方もどうぞ)。
  町田の喫茶店にはお気に入りが何件かあるが、そのうちのひとつ、「ロッセ」に行ってクコ・ティオレを飲んだ。これを飲むと、体が温まるのです。作り方もちょっぴり教わった。喫茶店で超短編をひとつ書く。

最新超短編→『無の有的側面』

2001年11月06日 (日)
修善寺アシウラ紀行

 

  朝8時に待ち合わせして、山口君と三島へ。山口君のニュージーランド時代の友達ウエマツさんに案内してもらって伊豆の修善寺へ向かう。ここで食べたのは[禅風亭 なゝ番]の禅寺そば。いちおう名物だし、それなりの工夫もあるのだが、そばレベルは10段階評価で0.8くらい。30分も待たせるし、一生のあいだに一度行けば十分だろう。
  修禅寺は弘法大師が開基なので真言宗かと思ったら、臨済宗を経て、現在は曹洞宗のお寺。その理由は、寺の土産物屋で買った『修善寺夜話』という小冊子によると、「かやうに、改宗が極めて簡単に出来ましたのは、昔は、寺に宗旨があるのでは無くて、人に宗旨があつたからで御座います」とのこと。
  修善寺は桂川沿いに温泉宿がたくさん並んでいて、ひなびた風情。射的場が何軒もあるのにびっくり。紅葉にはほんのちょっと早かった。本来なら温泉に入るところだが、山口君はバイク事故の太ももが痛くて温泉に入れないというので、足先だけつかれる一石庵の「足湯」に入る。3人で足だけお湯につけてしゃべっていると、道行く人が「あら、気持ち良さそう」とか言いながらのぞいていくが、だれひとり入っては来なかった。
  「なんか足裏の刺激が足りなーい」というウエマツさんが、もっとすごい足裏スポットがあるというので、長岡へ向かう。だが、そこへ向かう前に、まずはかつらぎ山へ登って駿河湾を一望する。富士山に雲がかかっていて残念だが、“沼津アルプス”なるものの存在を知る。そんなところだ、沼津市は。山頂で食べるミカンソフトクリームがうまい。
  伊豆長岡の“湯らっくす公園”内にある“健康遊歩道”を歩く。でこぼこと敷き詰められた石の上を歩く。気持ちいい区画もあれば、ひたすら痛い区画もある。(スベスベ マルイシ ヤサシイヨ トンガリ サンカクイシ イジメッコ)どうして静岡まで来て裸足で公園を悶絶顔でグルグル回っているのかという疑問が頭をよぎるが、歩き終わって湯に足を浸すと、すのごく血行が良くなった感じ。くせになりそう。
  もうひとり、山口君のニュージー友達キクちゃんも合流して、沼津の「魚河岸“丸天”」へ。やけに威勢のいいお店で、おばちゃんがいきなりグラスを割ってのお出迎え。テーブルは拭くというよりごみを床に落とすだけだし、店内放送で会話してるし、店はおばちゃん店員に支配されている。でも文句は言わない。マグロの巨大かまは千円だし、刺し身盛りは生のシラスやサクラエビなども加えて食べきれないほど。ビールも4本飲んで、全部で8千7百円。毎週行きたい。車であちこち回ってくれたウエマツさんに大感謝。

 

2001年11月03日 (土)
『BH85』の森青花さんと会う

 

  本間さんに「超短編点字ビデオ」を発送。ついでに姉に作品集を5部送る。青山一丁目のそば屋、黒麦にて作家の森青花さんと会う[→amazon.co.jp]。メンバーは卓さんとその愛娘、すぎもと、たむら、みねぎし、ぼく。卓さんにSF-Webマガジン[アニマソラリス]特製アート入り生CD-ROMをいただく。それにしても娘さんの萌夏ちゃんは、口にくわえた蕎麦がするっするっと、ちょっとずつ奥に入っていく様がかわいらしい。きっとお口の中に小人さんがいて、みんなで「オーエス、オーエス」って、蕎麦をたぐっているに違いない。その後はルコントに場所を移してしばし談笑。森さんも元気そうで何より。
  格闘マニアのみねぎしと森さんはプライドへ。たむら、卓さんらは帰宅。ぼくと杉本は編工研へ美柑君へ会いに行き、超短編冊子用のイワミヒロキ君のイラストを美柑君に渡す。ちょっとしたレイアウトを見せてもらうが、なかなかいい感じ。
  その後は大忙しで、太田剛に借り物をし、数納王子にゴロゴロしたものを預け、羽生さんの机の上に泥団子をのせ、杉本を赤坂見附まで送り、渋谷でヒゲまみれの木本君に会って点字化計画のビデオCDを受け取る。さらに大急ぎで町田までとんぼ返りして、山口君と酒を飲む。予定入れ過ぎ。パワーブックなんか持ってくるんじゃなかった。

 

2001年11月02日 (金)
伊勢エビに栄光あれ

 

  超短編作家ほんまゆう氏から電話で、氏の講座「インターネットと文学」のことでお話しをする。講座に使っていただけるかも知れないのでイソップ計画のビデオを送付することにした。ついでにぼくの過去の作品も送りつけて読んでいただこう。
  イワミ君からミニコミ誌用のイラストが送られてきた。素人のぼくが言うのもなんだが、イワミくんはイラストに求められているものが何なのかを分かってきていると思う。彼は、むかしは筆が遅いことで有名で、ぼくのお友達で漫画家の杉本亜美さんのお手伝いをしたときは、一日でロボット一体しかしか描けなかったそうな。このスピードでイラストを量産して、はやく家賃を返そうね。
  お花のお稽古はピットスポルムとトルコキキョウをコップに生けて、テーブルの花を演出。でもピットスポルムって松ヤニ臭いというか、ちょっと生臭いね。
  父親の誕生祝いで、ホテル・ザ・エルシーの芙蓉亭で懐石料理を食べる。お造りのまるまる一匹の伊勢エビがとろりと甘くて、超絶のうまさ。頭の部分はいったん引っ込んだけど、あとで椀ものとなって戻ってきた。お帰り伊勢エビ君! ごめんね、殻までしゃぶり尽くして。

 

2001年11月01日 (木)
靴下の中の生物兵器

 

  朝、靴下をはいたら、足の裏に違和感がある。なにやら出っ張っているものがあって、指で押さえたらプチッとつぶれた。机の裏で忘れさられた節分の豆くらいの固さだった。途端に臭いにおいが漂いはじめる。慌てて靴下を脱ぐと、案の定、カラカラに干からびたマルカメムシがコロンと出てきた。なぜ? どうしてこんなところに? 生物兵器? ジャイアントウデムシじゃなくてよかった。
  朝食に、“ここのさん”にいただいたリンゴジャムをパンにのっけて食べる。薄切りの紅玉がたっぷり入っていて、甘さもちょうど良く、歯ごたえも残ってる。ほんのりとした赤もきれいです。もうカメムシ事件なんかさようならー。
  パソコンのシステムを入れ替えたとき、モバイルの設定をしていなかったので、いろいろと設定を試みた。普段使わない作業環境マネージャをあれこれいじっているうちに、例によって余計なことをしてしまい、使いもしない変な設定が残ってしまう。でも、それが人生だから気にしない。なんとかモバイルできるようになった。
  半透明の紙を買ってきて、かすかなピンクのメンディング・テープでちょちょいと留めて、簡易封筒をこしらえた。これに「超短編30選」を入れて、婦人文芸の方々にお配りするのだ。お姉さまよろしくお願いいたします。