2000年1月9日、「紀ノ川」(和歌山県)で、NIfty-Serve「波紋会議室」のメンバーとネットでお知り合いになった元さんとそのお友達を交えて盛大にOLMが開催されました。
え?釣果ですか?ま、細かいことは抜きにして楽しかったOLMの様子をとくとご覧ください。
※釣行記は、例によって思いっきり長いので、覚悟してください。画像も、盛り沢山です。^^;;))
☆☆☆ 関西新春OLM(紀ノ川) ☆☆☆
<袖すり合うも他生の縁>
HPをアップできたおかげで、INETでもお知り合いになる方が増えてきた。へら鮒釣りというメジャーな(?)趣向も手伝って、一度、mailのやり取りをすれば、何となく気心が知れたような気分にもなる。
昨年、そんな中で神戸の元さんとも知り合った。元さんは「OLMに参加してもいいでしょうか?」などと遠慮がちだった。こちらは根っからのOLMマニアなので、手薬煉引いていたわけで、新年早速、この願いが実現することになった。元さんは、お友達と参加したいとの希望だった。もちろん、ウエルカムである。(ボクと同じで、ちょいとシャイなんでしょう。)
和歌山IC料金所にもじり号と滑り込むと、教えてもらった車を発見した。早速、覗きこんだ。いるいる。窓を乱暴に拳骨でたたくと、中から紳士が二人出てきた。早々に挨拶を交わした。
え””っ!!内心、ボクはちょっと驚いた。な、なんとボクと同じ干支だという。HPの構成やアップした文章を読む限り、ボクはもっと年配の方だろうと勝手に想像していた。
ま、人様のことはとやかく言えないもんで、元さんたちも驚きの様子を隠せない。(どー思ったかは、聞かずじまいだったなぁ。)
INETでお知り合いになった元さん(左)とそのお友達さん(右)。
<紀ノ川>
橋本(和歌山県)で竿師の修行をしているへら夫さんとその奥方ミカリンさんの案内で、「紀ノ川」に到着した。挨拶もそこそこに、ポイントの相談をするへら夫さんともじりさん。結局、目の前に広がる護岸に並ぶことにした。
「おら、折角、仙台からゴム長持って来たのにぃ〜。」とグズる俊作さんを宥めすかし、全員がコンクリート敷に並んだ。上流からミカリンさん、へら夫さん、もじりさん、俊作さん、クワマン、元さんのお友達、元さん。そして、前日山田ダムで夜明かしてここに「直行」のまっちゃん。
手前から、へら夫さん、もじりさん、俊作さん。
(って、めーないじゃん。^^;;)ミカリンさんとへら夫さん。
それぞれが、それぞれの思いを込めて竿を繋ぐ。13尺、15尺、17尺、21尺。とても同じ釣り場とは思えない光景だ。遥か沖合いでは、盛んにもじりがある。果たして、へらのそれか?
ボクの「紀ノ川」のイメージは、もっと流れのある川だった。それにアユの方が有名なので、案内のアナウンスが、あったときにはピンとこなかった。この日は風はあったものの、流れはまったくなくて、難なく長い竿が振れそうだった。
「がんがん、バラケを打ったほうがいいですよ。21尺でドボン?バッチリです。大丈夫。ボーズはないっす。」とへら夫さんに太鼓判を押されたとき、ボクは思わずカメラをチェックした。
<真鮒の次は・・・。>
竿を出して、30分もしないうちにまっちゃんの21尺が弧を描いた。みんなが注目する。ボクはカメラを片手にすっ飛んで行った。上がってきたのは尺をゆうに越える真鮒だった。残念。だがこれでサカナの気配があることが証明された。みんなの餌打ちにも力が入る。次は自分の竿にへらがかかるに違いないと、みんながみんな思っている。
尺上のマブナを釣り上げた、まっちゃん。
寒いのは寒いのだけれど、風もおさまってきてウキも見やすい。21尺2本半ぐらいのタチである。ウキは、ずいぶんと向こうにある。底にへばり付いているはずのオサカナさんの様子を探ろうと、じぃ〜っとウキを見ていると、川に引き込まれそうになる。要するに、アタリがないのだ。まったく。
へら夫さんやもじりさんのところを覗きに行くと、おかしなウキの動きはあるが、あまり希望が持てない。元さんもお友達も「だめ〜。」とのこと。俊作さんのウキはよく見える。動いてないのが。
<スペシャル・ランチ>
というわけで、午前中は全員沈没。ボクのところなんて、あれ?というウキの動きが2回。もち、いずれも空振り。もう、食事の時間だ。
そろそろ飽きてきたお決まりの「ホルモン」を救ってくれたものが、ミカリンさん特製の「トン汁」だ。心まで寒くなっていたみんなを元気づけてくれた。我先にとお代わりの行列ができて、あっ!というまに大きな鍋は空っぽになった。
そしてメイン・デッシュは、仙台から単身赴任でにわか大阪人になった俊作さんが「上納金」代わりに持参した活帆立貝。殻ごと七輪にかけたアツアツが全員に行き渡る。最後に、もうひとつの貝柱のお刺身が止めを刺した。みんな「もう、満腹ぢゃぁ〜。」なんて言っていたが、結局、全部平らげてしまった。
さ、これから三月末までどれだけこき使われることやら。(^^;;)
恒例(?)のBBQ。左端のナベは、すでに空っぽです。
<へらハンター>
食後も状況は、よくない。川面は鏡のようにまっ平らだ。気温もちょっと上がってきた。相変わらず、ウキは微動だにしない。
この状況をバツ!!と感じ取った俊作さんは、バサーがちょっと移動した間隙をぬって、もひとつ上流の中州の近くに移動した。食事のときに、「誰か、人柱にならん?」と言っていたもじりさんの一言のせいなのか、はたまた天性の直感か。ともかく、バタバタと騒がしく移動した。
暫くすると、俊作さんの竿が曲がった。みんな、飛んで行く。釣れたのは、正真証明のへら鮒。本日の第1号である。得意げに右手の拳を高々とあげている俊作さんがニヒルに笑っている。なんと言っても巨べら師と自他ともに認めるだけある。「ふん!!どんなもんぢゃい。さ、みんな!かかって来たまい!!」という言葉に、みんなたじたじだ。
鼻高々の俊作さん。「さ、かかってきたまい!!」
なるほど、ウキの周りには細かい泡がたくさんある。いわゆる「泡づけ」っていうやつだ。みんな、俊作さんの後でその様子を見ている。と、ウキが消し込んだ。釣れたのは真鮒だが、尺を越えている。
これを見てしまったボクは、決心した。ボクだけはない。へら夫さんも、ミカリンさんも、もじりさんも、元さんまでも一斉に走り出した。もちろん、場所替えである。シシが仕留めた獲物に群がるハイエナの如く、俊作さんの釣り座の周りにへらに飢えた釣人が集まってきた。昼寝をしていたまっちゃんと、あまりの浅ましさに臆した元さんのお友達は、最後まで持ち場を離れなかったが。
<初へら>
場所替えして暫くすると、俊作さんが17尺の竿先で一人占めしていた「泡づけ」は、なくなってしまった。代わりに21尺のボクのウキの周りが騒がしくなった。ちょっとしたサワリがあったかと思っていると、パイプトップが一節、入った。ギューンと竿がしなると顔を出したのは、果たしてへら鮒だった。8寸ほどだが、りっぱなへら鮒だ。
ボクにとっては、記念すべき2000年初のへら鮒である。「こりゃぁ〜。この、ハイエナめ〜!」と言われようと、「コバンザメ釣法」(^^;;)と言われようとも、釣れたことにかわりはない。(いつから、こんなにお下品になってしまったんだろうか。)
「紀ノ川」のへら鮒です。画像は、元さんとこからパクってきました。(元さん、許してね。^^;;) 実は、12月に入ってから、揖斐川の「福江水門」とか、長良川の「閘門」に通っていた。この間、まったくのボーズ。正月3日の初釣りなんて、とても惨めな釣行だった。今年は、一体、いつになったら初モノを手にできるのかとやきもきしていたのだ。
さて、このへら鮒が釣れてから納竿までの間、ボクのところでは、ほとんどアタリっぱなしになった。(時計の針は、午後3時30分を回っていたが。)モゾモゾッと動いたかと思うと、突然、水面に二節ほど出ているパイプトップが消しこむ。合わせると竿がしなる
お隣で、ボクが竿を絞るたびに「お下品だっちゃ!」と激励してくれたり、バラすたびに「ひゅーひゅー。」とエールを送ってくれた俊作兄さんのおかげで、真鮒が3匹とウロコがみっつゲットできた。「そりは、へらとは言わないど!!断固としてへらぢゃないのぢゃ!」と言われた幻のオサカナは、涙を呑んでノーカウントとした。(実際、これを見せびらかしたら、向こう3ヶ月間、何を言われるかわかったもんじゃないし・・・。)
「いつになったら、みんな止めんだや?」との俊作さんの独り言をきっかけに、竿を納めることにした。仙台に帰ったあとに、「どーも関西人は、往生際が悪いのぢゃ。まったく。」などと言い振らされては、たまらない。
案内人のへら夫さんも、ともかく釣れたので胸を撫で下ろしていた。OLMならではの緊張感があっただろう。しかも今回は厄介な人ばかりだったし。(^^;;)
すっかり暗くなって、雨も降ってきたのをシオに、参会した。
別れ際に、「これから山田ダムに行きます。ツレ(仲間)がいたら、ナイターかな?」とわけのわからんことを言っていたまっちゃんは、無事に家に入れたのだろうか?ヒトゴトとは言え、ちょっと心配。
はじめて波紋のOLMに参加した元さんとそのお友達には、ちょっと刺激が強すぎたかも知れない。ま、他のOLMでは味わえない貴重な体験だったでしょう。こんな、例会や競技とは違った釣りの楽しみ方もあることを、他のお仲間さんにも伝えてください。
おしまい。最後まで、お付き合いいただきありがとうございました。m(_._)m