日記雑文その他、まあそんなところのハズ?




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1月27日
起きたんが九時やったかな?
今日は「グアンタナモ、僕達が見た真実」の封切で、そいつを初回で観るご予定でしてな、ちゃかちゃか起き出しまして地下鉄有楽町線で有楽町まで。
まあ例によって例のごとくこの駅も初めて降りた訳ですが、グアンタナモやってる映画館シャンテシネっつーのは有楽町線から連絡してる日比谷線のA5番出口が最寄り出口でして、延々と地下道をあっち行きこっち行き。
つか連絡駅ってどこで降りても無駄に地下道長い気がするなあ……、迷うっちゅうねん。
まあそれはともかく。
どうにかこうにか無事に地上へ出まして、(映画館対面のシャンテ何たらってビルの警備員へ「ここが映画館ですか?」とか訊ねて「あっち」とか云われた一幕もあったが)映画館へ。
この映画はイギリス在住のパキスタン系イギリス人が結婚の為パキスタンへ一時帰国し、そのついでと友人達と混乱続く隣国アフガニスタンへボランティアへ出掛けそこでアルカイダと間違われて捕虜となり、米軍にいびり抜かれて酷い目に遭うという冤罪映画。
まあ正直結婚で何週間もパキスタンへ里帰りっつーのも判らん上に、そこからさらにボランティア参加でアフガニスタンへ行くっつー状況がさっぱりなのだが。
そこはそういうモンなんやと割り切るしかないんかな。お国柄? なのか?
まあそれはそれとして。
それでもボクはやってないに続いての冤罪映画。
しかも今回は著しい人権侵害モノという訳で、観たら鬱なるかなー、なるやろなー、とか不安を抱えていった訳ですが、ある種拍子抜けでしたな。
オープニングから地獄を味わったハズの三人の独白がテンコ盛りで、それも感情的になるでなしに淡々と語っているんですな。
アフガニスタンへ出掛けたのは四人。
その内の一人は生死不明(恐らくは死んでいる)で、生き残った三人は虐待を受けていたにもかかわらず、彼等の口調は実に穏やか(それが逆に怖いとも云えるが)でございましたな。
彼等の巻き込まれっぷりや、捕虜(テロ犯罪者?)に対する米軍の対応は理不尽過ぎてもう訳が判らんのですが、それに恐怖を覚え怒りを感じる合間合間に、三人の淡々としたインタビューが挿入されて、(そんなことがある訳ねえのだが)実は大した事なかったん? ってな気持ちに。
本人達のインタビューはラストに絞って、後は独白でよかったんと違うかなあ。
つか何でこんなに通じないのかが怖い。
アフガニスタンへ出掛けた彼等の善意も、米軍の理不尽な正義も、個々の立ち位置からすれば間違った事をしている訳ではないのに、何故こんなにも間違うのか……。
つかまあ人権侵害の時点で一方的に米軍が悪いのだがな。
まあそれはそれとして。
腹にちょいと黒いモノを抱きつつ映画館を後へ。
気分転換に日比谷公園、皇居外苑をブラブラと。
つーか外苑に楠正成像なんてモノがあるのな。はじめて知りましたわ。
楠正成っつーとどうしても神戸の湊川神社が先にくるのですが、まあ皇居にあっても何もおかしくはねえわな。
その後外苑のベンチでダラダラと休憩しまして、そこから小一時間歩いて秋葉原まで。
これで新宿〜東京ターワー。東京ターワー〜上野は何となく掴めた。
今度は上野〜池袋、池袋〜新宿を掴めば山手線内側の移動距離、時間の把握は何とかなるかな。
問題は新宿から光が丘までだが、地図上でのイメージだと練馬まで二時間から二時間半。練馬から光が丘までは四、五十分で既に確定だから、四時間みれば十分歩けるかな。
ちっと遠いが一度やってみとくかなー、んー、バイクにしとくか? でもバイクだと記憶が浅い気がするんよなー。
まあそれはそれとして。
秋葉原で遅めの昼食を摂った後、ぶらぶらして漫画買って帰った。
そんな土曜日。
つーか「ぴよぴよ」読んでて俺が百鬼町大好きっ子な理由が判った。
妖怪(作中ではおとなりさんだけど)っつー本来話が通じる訳がねえ異形のモノと折り合いつけてやってるからだ。
グアンタナモで同じ人間なのにまったく理解出来ない、通じないのが怖いってことの裏返しで、例え異形が相手でも何とか折り合いつけてやってける世界が好きな訳だな。
妖怪(おとなりさん)を向こう三軒両隣の隣人(ウチの両隣は空部屋だが)と読み解けば、通じないのが怖いっつーのと齟齬が生じてしまうのだが、まあそれは気にしないことにしよう。
うん、まあ何つーんですか?
「話せば判る」
「問答無用」
ってな感じで一つ(アウトやんけ)。
1月23日
少女ファイトが面白いのス。
つーても今回スポコン(?)で、今までの何かこう不安にさせられるような中高
生のチクショウ俺何やってんだ感は薄い訳ですが。
これから増えてくるンかな?
つーか軍鶏載ってなかった。
1月22日
ヤミヤミの実。
闇でどうやって攻撃するんかさっぱり判らんかったんですが、引力すか……。
1月21日
カレー屋スリランカ料理?
いつまで待ってもデザートが来ない。
1月20日
それでも僕はやってない
1月15日
特記事項無し。
1月14日
ボドゲ。
バンコク予約。
1月13日
空の中読了。
ボンベイ、カレー。
イエサブ。ドルアーガ。パラノイア。
クリスピークリームドーナツ。
本屋。
CD屋。
眼鏡屋パスして帰宅。
1月8日
三日目。
やっぱり起きたんは7時くらいやったような……。
たとえ湯船が銭湯チックであろうとも温泉は温泉。
つーことで早速朝風呂へ。
温泉。朝湯。独り占め。
こう書くとえらい贅沢な気もしますが、何とも云えん切なさというかしょっぱさ
が滲み出るンはなんでなんやろうなあ……。
ひょっとしたら昨晩と違って湯が熱いんではないか、とほんのり期待風味やった
んですが、浸かるとやっぱりぬるま湯でございましたな。
つかホンマ湯がぬるいんで上がって着替えてる間にくしゃみが出たわ。
部屋へ戻ってまだ当然のように寝ている新井くんを叩き起こし朝食。
メニューはごはんに味噌汁、温泉卵に漬物、海苔と……後なんやっけな、ちと忘
れてしまいましたがまだ一品二品付いてたような。
まあ何にせよプレーンな朝食でございましたな。
テレビでこの日の天気を確認してたんですが、やっぱりこの日も天気は悪そうで、
雪の一日っぽいご様子。
昨日の時点で宿のおばちゃんから「雪がひどい時は電車止まるかの知れません」
ってな台詞で脅されれてましてな、朝のニュースで天気が悪そうなら、先に安全圏
まで引き揚げようと決めておったんですよ。
で、ニュースはやっぱり天気悪いとのたまっておる訳で、観光メインから脱出メ
インへ変更を余儀なくされたという。
大内宿観たかったなあ……。
まあ古い宿場町の町並みが残ってるっちゅうても雪景色じゃ判らんか?
それはともかく。
宿の払いを済ませて、宿の真横にあるはいからさんバス停留所へ。
九時頭のバスに乗り込みまして、会津若松駅へ。
駅の発車予定を眺めますと郡山行きは発車まで30分ほど余裕がある。
ほなその前に連絡を確認しとこうかとみどりの窓口で時刻表を引き、そないに無
茶な待ち時間はないっちゅうことと、宇都宮まで出れば一気に本数が増えるのを確
認。
後は発車時間までのんびり土産物の買い物や何やをしておったんですが、アレで
すな、ホームにずっと列車は停車してるっちゅうのを忘れてましたな。
時間ギリギリに列車に乗り込みますと既に席は埋まってまして、座るっちゅう事
が出来ませんでしたな。
いやまあ結局は何とかよけて貰って座ったンすけどね。
後はもうガタゴトガタゴト揺れるだけの旅でございますよ。
曇った窓を拭いてみても見えるンは白一色。何がどうっちゅうほどの景色は見え
へんですし、ダラダラ喋りもって帰るだけですわ。
そんなこんなで郡山着いて、すぐに連絡ホームへ走ればよかったんですがちょい
とお尿が限界でしてな、のんびり御小水をしておりますとどうやら一本逃したご様
子。
まあ逃したモンは仕方ない。逃したついでにまた30分くらい時間が浮いたんで郡
山の駅ビル本屋へ。
旅行先で本を買うっつールールを忘れてましたんで、ここで買っとかんとルール
違反で罰金ですよ。
そんな訳で本屋をうろついたはええんですが、ちょっとコレっちゅう本もありま
せんで、何となく「疾走! 千マイル急行(上)」と「もって歩くタイ語会話BOOK」
を購入。
本買うたとこでもう割とええ時間になってましてな、そろそろホームに列車も来
てるやろうと駅まで戻り、今度はちゃんと余裕を持って席を確保。
郡山の駅を出た時はかすかに舞ってた雪(つか郡山はまったく積もってなかった。
天気違い過ぎやろ)もあったんですが、そこから先は快晴ですよ。
黒磯っちゅう駅で乗り継いで宇都宮へ着いたんが二時くらいやったんとちゃいま
すかな。
宇都宮着いたらやっぱり餃子ちゃうか、と云うことでまた駅本屋へ。
観光案内の本を開きましてな、有名どころの餃子屋を探したんはええんですが、
見付けた二軒はどちらもちょいと歩くご様子。
土産や何やで荷物もだいぶふくれてるし、歩くんは却下やろうっちゅう話になり
まして、駅ビル内部の餃子屋へ。
餃子屋が四軒ほど固まっている一角がありましてな、その一軒に入って焼き餃子
と水餃子、ご飯を頼んで遅めの昼食。
餃子は美味かったすが、元々餃子って美味しいですやん? ってなレベルで特別
美味かったとか、また食いてえって程でもなかったスな。
まあ餃子とぶたまんは551でええわ、俺。つか551最高(安い舌やな)。
あ、新宿のとらのあながあるビルの中華屋で食った餃子は美味かった。水餃子の
鍋。ちょいと高かった記憶があるけど。
それはそれとして。
昼食った後はもう帰るだけっつーお話で、宇都宮から湘南新宿ラインに乗り一路
新宿へ。
つーか今回初めて知ったんですが、寒い地方の電車って出発までの待ち時間はず
っとドア閉まってるのな。
乗り降りする人が自分でボタン押して開け閉めせんとアカンのな。気を付けてた
つもりやけど、一回二回閉め忘れた記憶があったりなかったり。
宇都宮からの帰り、このまま帰ると割りと早い時間に着くけど、どうせやったら
ついでに映画を観て帰らんかっちゅう話になりまして、鉄コン筋クリートを観にい
くことに。
しかしその鉄コン筋クリートがちょうどええ時間にやってませんで、としまえん
で観るんやったら一辺家戻れるぞ、ほな荷物置いてからまた出よか、と。
そういった流れで会津若松三日目は終了したとかしないとか。
つーか今回の旅行はまっとうに観て回ったンが二日目だけで、一日目三日目は移
動日でしかなかったと云う……。
チクショウめ、覚えてやがれ! 大内宿め、今度バイクで行ってやるからな!!
(今地図見ただけで萎えそうですが……)
まあそんな三日間。
1月7日
起きたンは七時? 七時半っくらいでしたかな?
カーテンを開けますと見事に一面雪化粧で、今なお雪は風と舞い踊っている最中
でございますよ。
素直に上から下へと降ってりゃええもんを上へ下への大騒ぎと云うか、上上下下
左右左右と云うか、お前ちょっとは落ち着けよ! みたいなね。
たかが雪の分際で……立場を弁えなさい! とか。
自分でも何が云いたいのかさっぱりですが、まあ雪が物珍しい地方のモンのたわ
言っちゅうことで、気にしない方向で一つ。
ま、それはそれとして。
朝飯は頼んどらへんのでちゃっちゃと身繕いを済ませて八時過ぎには外出てたと
思いますな。
ほとんど役に立たん傘を差しつつ徒歩一分(もうサイト更新の可能性はあらへん
のかしら?)で駅前へ。
駅のひさしへ逃げ込みまして、さてバスは……と探したンですが、そのバスの姿
が見当たりませんで、見渡すとバス停はひさしから出た先20メートルっちゅう所に
ありましてな、この雪の中時刻表見に行くンもめんどくさいな、と。
そうこうしている内に、バス停に一台バスが入って来ましたんですが、見に行っ
て別路線やったら嫌やなっちゅうことで意見が一致しまして、ここはいっちょうタ
クろうやないかっちゅう話に。
ちゅう訳で、ひさしのすぐ際で数珠繋ぎになって客待ち中のタクシー(小型)へ
乗り込み一路飯盛山へ。
タクシーの運ちゃんがメーター倒して(運ちゃんは67の経験値を得た。運ちゃん
はレベルが上がった! 力が1上がった。信仰心が1上がった。敏捷が1下がった)か
ら気付いたンですが、乗ったタクの後ろのタクは初乗り540円で、乗ったタクは初乗
り600円でございましたな。コンチクショウ。
料金800円を支払い飯盛山のふもとへ到着。
上まで階段が伸びておるんですが、見上げても下から上まで真っ白でしてな、ま
だ足跡一つ付いてない。
誰も居てへん階段を上りまして、ここが飯盛山、白虎隊自刃の地か……ってな感
慨はまったくなく、さざえ堂はどこやろなとうろついてみたり。
うろついてる内に墓地に入っていってたンですが、飯沼貞吉(白虎隊二番隊唯一
の生き残り)の墓はあってもさざえ堂は見当たらんのですな。
まだ踏み荒らされてない雪の上をざくざくと歩き回る、ってのはちょいとトキメ
クものもございましたが、道はどんどんただの墓場の方へ入っていきましてな、こ
れは絶対道間違えてるやろう、と。
ほなしゃーないと来た道戻って、最初の階段とこで雪かきしてはったおっちゃん
にさざえ堂の場所聞きましてな、階段の脇から延びるわき道を進んで、ようやっと
さざえ堂まで。
さざえ堂へと着きますと、その前で雪掻きしてるおばちゃんが一人(このおばち
ゃんが入場券売り場の店員やった)、反対側の道から観光のおばちゃん二人がやっ
てきよるといった具合。
まずは外から、とさざえ堂を眺めたンですが、外周はぐるっと白い板で覆われて
まして、雪避けで仕方ないんでしょうが見た目の面白さはございませんでしたな。
拝観料400円を払って中へ。
さてこのさざえ堂、中は二重螺旋構造になっておりましてな、上り下りに同じ場
所を通ることはないっちゅう、云ってしまえばただそれだけの建物なんですな。
またその上り下りがちょいと傾斜のキツいスロープになっておりまして、普段な
らどうっちゅうこともあらへんのでしょうが、雪道歩いて濡れた靴ですと、下手し
て足滑らせたらそのまま一番下まで滑り落ちるンと違うかっちゅう不安があったり
なかったり。
つか下りはホンマめっちゃ歩幅小さくしてゆっくりゆっくり下りましたわ。
しかしさざえ堂に限ったことと違いますが、落書き多すぎですな。
どういった意図で残してるンかは人それぞれなんでしょうが、何かの記念や記録
っちゅうんやったら、日記のたぐいに書くなり記憶に留めおくなり、もうちっと穏
やかな手法でええような気がせんでもないんですけどな。
まあ落書きから面白いのん探して笑てんやから、五十歩百歩か。
ま、それはそれとして。
さざえ堂を後にしまして、敷地内の神社や何やをざっと観て周ってもまだ10時な
ったかならんかっちゅう辺り。
予定ではこの後ワカサギ釣りに行こうっちゅう話やったんですが、この雪で船が
出るんかっちゅうのがありまして、まずは確認の電話を観光案内に。
そこで聞いた船を出してる宿へ二軒へ連絡を入れます(連絡したのは全て新井く
んだが)と、片方はやってて、片方はやってないっちゅう返事。
その上、釣り宿までの移動は連絡が上手く行かんっちゅう話で、今から出ても着
くのは夕方。釣りするんやったら明日の朝で、それも天候次第というお話。
誰がそんなギャンブル性の高いコトするか。
ってな訳でワカサギ釣りには縁がなかったっちゅうことで、目的変更。
昨日俺が観ようとして観れんかった鶴ヶ城へ行こうという話に。
では早速と飯盛山を下りたんですが、下の土産物屋兼甘味処の呼び込みに引っ掛
かりまして、ちょいと甘酒を舐めるっちゅう一幕がございましたな。
テーブルの上に出てる漬物は好きにつついてくれっちゅうコトなんで、片っ端か
らポリポリいわせつつ、次のバスの時間やら、観光名所、今日は雪少ない(少ない
んか!?)な等の世間話。
腰落ち着けちゃって寒い中へ出て行く気はもりもりと失せて(これはもう一日中
そうやった。どこか寒さを凌げる場所へ入る度、出たくねえなあ、と)たんですが、
そろそろバスが来るやろうと、この後何度もお世話になる観光客向け巡回バス「は
いからさん(料金一律200円)」の停留所へ。
レトロな外見のバスに揺られて鶴ヶ城北口下車。
朝方の雪は車中で雨に変わって、下りた時には小雨になっておりましたな。
その小雨の中をさて城へ……とは行きませんで、城下の敷地に弓道場がありまし
たんですが、そこからエライ掛け声が響き渡っておるんですよ。
ちょっくらちょいとそれ(多分高校の部活)を端から無断見学ですよ。
つかやっぱり寒いんでしょうな、射場は透明ビニールが張ってありまして、その
ビニールに射る為の窓(これも矢狭間と呼ぶべきか?)が切ってあるんですな。
冬場はどこでもこうなんか、それともここだけの工夫なんかは判らんですが、中
々面白うございましたな。
弓道場を後にして、鶴ヶ城へ。
ここで十兵衛センセイと漆戸虹七郎たんが斬り結んだかと思うと……ハアハア。
ま、それはそれとして。
鶴ヶ城内部は今は博物館になってまして、会津藩の成り立ちから白虎隊のあれや
これやを展示してあるだけですな。
ああ、城やなあと感じるのは地下の塩蔵と、石落としくらいなもんですかね。
つかまあ城は今までどこで観たンも大体そんな感じですわな、中身も当時そのま
まですってなトコは観た事あらへん。
……はて? 姫路城はどうやったかな?
中入った記憶はあるけど、ガキの時分で中がどうやったってな何も覚えてないな
あ、今度戻った時に観に行ってみよかしらん?
明石城はあまりに身近過ぎて観てえっちゅう気にならんしな。
まあそれはともかく。
城内の展示物を一通り眺めて外へ出たンが何時やったかは定かではございません
が、昼回ったあるんは確実で、朝も何も食うてへん訳ですから、兎に角何ぞ食おう
やないかと城を出てすぐの土産物屋兼お食事処へ。
ソースカツ丼美味しゅうございました。
空きっ腹かかえてたこともあるんでしょうが、質、量共に大満足の一品ですよ。
つーかそこに文句は一つもあらへんのやけど、トイレの横に立ったある土産物の
木(金持ちの家で玄関先に飾ってるような樹皮剥いてニスで鈍く光った飾り物のヤ
ツ)は、股間の高さからおにんにん形に成形した枝がにょっきり生えとんですが…
…、これ何のアピールなん?
つか飯盛山で甘酒すすった店でもご立派なマーラ様が居てましたが……、そうい
う土地なんか?
つかつか岩手の曲がり屋集落でも、身長2メートルを超す巨大わら人形の股間に
腕より太いご立派なんが生えてたけどなあ……。
そういや今は昔、実家にも樽入り黒人人形があったな。樽を外すと股座がいきり
立つっちゅうのんが。
エロは世界共通語か、そうか。
まあそれはともかく。
食後の一服(煙草吸わんけど)の間にハイカラさんの到着時間と地図を睨んで、
次の目的地を選出。
地図上、バス道沿いに古カメラの資料館らしき建物がある。
他にも観光名所はあるし、まだ時間は三時前でしたが、今日の宿である東山温泉
行きのハイカラさんは会津若松駅発が17時最終なんですな。
ちょいと重めの観光するとバスが無くなる可能性が高い。
それやったら軽めの一ヶ所覗いて、時間が余れば茶でも飲もかという話になりま
して、再びはいからさんに乗り込み一路そのカメラ屋へ。
辿り着きませんでしたが。
つか行くのを断念したんですが。
タイミングの悪いことにこの日は成人式をやっておりましてな、バス道沿いにそ
の会場がありまして、雨の中振り袖スーツの新成人を迎えにきた車やら路駐やらで
大渋滞。
まったく動かんバスの中で素敵なひと時を過ごしたといった次第。
ようやく動いた時にはカメラ屋も難しい時間になってまして、せめて茶だけでも
と七日町白木屋前の停留所で下りまして、味噌田楽の満田屋さんへ。
ついさっき昼を済ませたとこやっちゅうのに、一人前コース(1050円)を腹に詰
め込んだとかそうでないとか。
腹をさすってもう食えん、もう動けんとのんびり出来りゃあ幸せなんでしょうが、
時間がそれを許しませんで、寒風吹き荒れる雨の中バス停へ。
はいからさん最終形態(戦闘力:3)をつかまえ、車中で一息。
ところでこれ宿着いたらまた晩飯が待ってんねんでな? どちらともなく漏らし
たその響きにお互い震え上がったという……。
さて市街から南東へちょいと山を登りますともうそこは東山温泉でして、六時に
はもう宿で荷物を解いておりましたな。
飯は一番遅く出して下されと頼みまして、一先ず温泉へ。
温泉と云うよりは銭湯と云った方がしっくりと来るようなタイル張りの大浴場。
客が俺らしか居らんのか風呂の時間が早かったンか、大浴場は貸切で、湯船に浸
かりますと40度を下回るのではないかという、何とも生温いお湯でございますよ。
まあホテルの外観から部屋までの造りを見てもあまり期待は出来へんなと踏んで
ましたが、素敵過ぎるぞこの温泉。
ま、下手にリニューアルとかされてて真新しい臭いがするよりは、こっちの方が
面白いけども。
つかフロント脇にあったゲーム機、テーブル台の上に入ってるゲームが「フェニ
ックス」って……、タイトー? マジで? そんなゲーム作ってたんや、全然知ら
んわ、俺。
電源入ってなくて画面観れなかったっつーか、タイミング逃してプレイ出来なか
った(その日の晩は風呂、飯、カードゲーム、寝る。フェニックス忘れてた! 次
の日の朝はバスが出る急げ!)のが痛い。
それはともかく。
風呂から上がって飯(ホイル焼きっつーかホイル蒸しの練り物、練り物の下に大
根が敷いてあった。肉を重ねて固めてあったんで最初一枚肉かとびっくりしたバラ
肉の牛鍋。何故か山奥でも必ず出てくる刺身。ジュンサイの酢の物。身欠ニシン。
味噌汁。漬物。くらいか? 流石にもう記憶もおぼろやな。つか何で旅行先の飯っ
て量あっても食えちゃうのかね、デブるっちゅうねん)食って、食後はダラダラと
テレビ観もってカードゲーム「操り人形」をプッレーイ。
初プレイで判らんところもあった(コロッサスさん夜中にいきなり電話してルー
ル訊ねてすいませんでした)けど、まあまあ遊べたかな。
負けたけどな。死ね。
濡れ新聞のすえた臭いのような敗北感に包まれつつ就寝。
そんな二日目。
つーか無駄に長い日記。
要らんとこははしょれ、という教訓が得られる。かも?
1月6日
予定では6時には起きて、成増から6:47発の電車に乗って最短コースで昼には会津
若松着。
七日町駅前で昼飯を食らってから鶴ヶ城へ。
夕方までたっぷりと城を視姦するっちゅう展開やったハズなんですがね。
目が覚めたら8時。
その上どうにも腹具合(どうでもいいけど腹具合とパラグアイって似てるよなあ、
パラグアイ行ってみたいなあ)がおかしい。
トイレを占拠することしばし、トイレと俺との間にストックホルム症候群が発生
するかどうかという境目でトイレを解放。
時間が随分遅くなったので別ルート検索もしてみたのだが、どう足掻いても特急
料金を使わずに鶴ヶ城閉園までに会津若松に着く方法が無い。
こらもうしゃーない。
いっそ大回りで行こうやないか、っちゅうことで日暮里から常磐線でいわきまで。
いわきから磐越東線で郡山、郡山から磐越西線で会津若松までっつーコースを選
択。
さあ出発と出掛けたまでは良かったンですが、練馬でまたトイレとねんごろにな
り、池袋では腹痛の残滓を感じ取りながら先へ進むという中々の足踏みっぷり。
つーかですな、腹痛も確かに嬉しくない出来事ではございますが、道中ずっと雨
でしてな、電車やし別に濡れるっちゅうことはございませんが何とも鬱々とした道
行きでしたな。
多少雪国の匂いがしてきた時分にはもう日暮れで外の景色もよう見えんっちゅう
状態でしたしなあ……。
まあそれはともかく。
4日から先行して山形へ行っていた新井くん。奴目とメールで合流予定を詰めつつ
先へ進んでおったんですが、郡山発の電車に乗り合わせてまして、車内で合流。
7時。会津若松到着。
流石にこの時間から観光なんざ無理やっちゅうことで、そく本日の宿であるビジ
ホへ。
荷物を預けて、一階の飲み屋で晩飯。
会津の名物料理っつーんですか? 郷土料理っつーんですか? 身欠ニシンやら
天ぷらまんじゅうやらで腹を充たした後、駅のすぐ脇にあった温泉へ浸かって6日
は終了。
1月5日
6日〜8日まで会津若松へ行く予定なので、ソッコー寝なければならんのだが、何
故かダラダラと起きていた気がする……。
まあ世の中そおいう日もあるっちゅうことで?
1月4日
「萌えタイ 萌えるタイの歩き方」
そんなのはタイじゃねえ。
ってのはまあ横に置いといて。
タイのガイドブックに萌え絵をぶち込んだという大変頭のわる……あー、いやい
や、時代を鋭く読み切った一冊。
つーかざっと目ェ通した感じ、これかなりライトなガイドってトコなんやが、購
入層としてはどの辺を狙ってとんやろ……。
……って、俺か? 俺狙いなんか?
でも眼鏡キャラ全然出てこんし、ガイドとしてももうちょい踏み込んで欲しいと
こなんやがなあ。
うん、まあ、ソッコー買いましたけどね。
つーかバンコクって超大都会なんやなー。
1月3日
日本橋HD DVDプラネタリウムで「星空の贈りもの」っつーのがやっている訳です
よ、元旦から。
前回の「北斎の宇宙」で痛い目見てんのにまた行くかっちゅう話もありますが、
前回の帰りにタダ券貰っておるんですな。
タダやったらええやん、今回は星だけでけったいな話も付いてきてへんやろし、
と。
でまあ、昼過ぎにのたりのたりと出掛けまして観てきましたんですが、多分良か
ったんとちゃうかなー、とか。
つーのがね、半分っくらい寝てしもたんですよ。
暗いしね、何やこう眠たなる音楽は流れてるしね、星空を見上げながら夢現って
最高ですやん?
……うん、まあ、終了のアナウンスが流れてきた時にはヤッテモウター(声:ルー
シー・リュー)と思いましたけどね。
いや、えーっと、あのですね、メガスター2の星空は綺麗やし、それ自体は素敵
やったと思うんですけどね、まだ屋久島の星空が記憶に焼き付いておりますのんで
すよ。
メガスター2の五百万個の星空と比べたらそら星の数は少ないンですけどね、屋
久島のんは自分で本物の星空を見たっちゅう付加価値の感動分が多いンですな。
まあ結局本物の星空見たモン勝ちみたいな詰まらんオチですが、こらもうしゃー
ない、旅の前後が付加価値で付いてるもん勝てんですよ。
これを上回ろうとしたらバリ島の星空(プライズレス)とか、モンゴルの星空
(プライズレス)とか持ってくるしかあらへんのですよ。
あー、行きてえなあ、バリ。
まあそれはともかく。
プラネタリウムを出たンが16:30くらいでしたかな、そこから神田まで歩いて五
分十分の距離でして、そこからまた秋葉原まで歩いても大した距離ちゃうな、と思
いましたんで歩いてみようと秋葉原まで。
東京っちゅうところは矢鱈と電車の路線が多くて、また電車の本数もあるんでつ
いつい電車で移動してまうんですが、それやと目的地には行けても、目的地とその
周辺との位置関係がちょいと把握出来へんのですよ。
今回も地図見て、歩いて、ようやっと銀座日本橋から神田、秋葉原が近いトコに
あるっちゅうんと、その距離をようやく実感したとこですからな。
歩かなそんなもんも判らんのか、と云われると困るんですが、歩かな判らんのん
じゃ、と逆ギレする方向で。
まあそれはそれとして。
秋葉原へ着きまして、ここまで来たらもうする事は一つですね。
ええ、そうです、古本屋で「ああ、播磨灘」を一巻から通して読んでました。
くっふー、播磨灘強えーーーッッ!!
とか何とか。
あ、いや他にもイエサブ寄ってパラノイア(コンピュータを疑うのですか、市民?)
を買おうかどうか悩んだりもしたんですが、一月二月は旅費が嵩むんでちょいと後
回しにしようかな、と。
後はまあ新宿まで戻って本屋ちょっとぶらついたっくらい? ですか?
まあそんな一日。
つーかCD最近全然買うてへんなー、今度CD屋覗きに行こ。
1月2日
初夢っつーんは大晦日から元旦にかけての夢なんすかね?
それとも年明けて元旦から二日目にかけて見る夢?
後者が初夢なら見ましたな、今朝。
西周り世界一周っちゅうか、バックパック背負って中国からパリまで歩くっちゅ
う計画を実行に移そうと、周りに相談したり荷造りしたりする夢。
ユーラシア大陸後にアメリカ大陸っちゅうのは多分渡航費用の手持ちがあらへん
やろうとか、アフリカ大陸は内戦や難民が怖いからとか、そんな風に考えて今回は
ユーラシアだけに絞ってんねんとか酒呑みもって連れ等に説明してたりな。
荷造りしながら言葉も知らんのにホンマに行き当たりばったりで大丈夫かな、途
中で野垂れ死にするんかなとか心配してみたり、半端にリアルな夢観てましたよ。
何とかイギリスまで行けたらなー、とか。
夢でさえ準備までで終わってるっちゅうのが何ともショッパイですが。
ま、そんな初夢? ですか?
1月1日
明け方に戻り、実家から送られてくるハズの荷物を待ちつつ就寝。
10時過ぎでしたかな、荷物を受け取りまた仮眠。
起きたンが13時過ぎてましたが、そこからまた新井くん家へ。
予想通り餅が荷物に入ってたんで、正月らしく皆で餅でも食おうというお話。
向こうに着いたら、ヤンと藤原の二人は未だ夢の中、新井くんは昨日のワンス・
アポン・ア・タイムの録音を確認中でございましたな。
曰く「昨日の聞きよるんやけど、アホが四人居るね」
その筆頭はそんなゲームを買った自分と違うンか。
ま、それはともかく。
餅を食いつつヤンと藤原の荷物を送るっつーことで配達屋を待つ事に。
待ってる間にモダンアートをプレイ。
プレイヤは画廊のオーナとなり、今自分たちが注目している五人のアーティスト、
その絵を競り合い売り買いを繰り返してもっとも儲けたプレイヤの勝利というこの
ゲーム。
問題は当然ながらそれぞれの思惑がかち合うンで、買うた絵が値上がりせんっち
ゅう可能性があることですな。
ま、そこがゲームの肝な訳ですがー。
いや、ま、勝ったからいう訳ですけど、いいゲームですね。面白いっスわ。
つーか今回ようさんゲームしたけど勝率良かったな。
誰かさんはひたすら負け続けてたんで、ちょっとばかし気の毒なくらいでしたが
ねー(棒読み)。
モダンアート後、帰郷するヤンと藤原を送り出し、新井くんと週末の会津行きの
コース確定。
宿は一日目は行き当たりばったりで、二日目は温泉を押さえる方向ですが、一日
目時期が時期だけに宿が取れんで最悪地獄を見る可能性もあるんよな……。
つか二日目も今からホンマに宿取れるんかなー。
ま、そんな元旦? ですか?