朝飯は宿で、カオ・ピア・カイ(鶏入りおかゆ)+コーヒー=2500K。
それにしてもこの食堂にはだ〜れも客がいない。ウエイターの兄ちゃんたちは暇そう。
ツアーの支払いのため銀行へ両替に行く。
US$ T/Cを700$分キャッシュにする。2%のコミッションを取られた。
その後、SODE TOURへトゥクトゥク(1000K)で行く。SODE TOURでお金を払ったあと、また市内をぶらつく。
メコン川沿いの木陰で欧米人のバックパッカーカップルがガソリンストーブを使いお湯を沸かしてフランスパンをかじっていた。
なにもそこまでしなくても。(^^;
暑さで疲れたので休憩しようと思い、寺に入る。
ベンチで休んで地図を広げていると、まもなく若い坊さんが話しかけてきた。
「どこから来たのか?」とか「ラオスには何日いるんだ?」「ラオスの印象は?」など話をしていたら、日本人が珍しいらし
く、次から次へと坊さんが集まってきた。
彼らはそこで英語の勉強もしているらしい。
LPのラオ語のページを見せると発音を教えてくれた。
歴史的な経緯からかラオ語はタイ語に非常に似ている。
代わりに日本語を少し教えてあげた。
地元の人とのこういう触れ合いが楽しい。
| アーヌサワリ (凱旋門もどき) |
昼飯はインド料理屋( The Taj )でカレービュッフェ4500K。
14:00 SODE TOURへ再び向かいガイド付きの市内観光へ。客は私一人。
ワットを3か所とアーヌサワリ(パリの凱旋門もどき)へ行く。
ガイドに「ビレッジを見たいか?」と言われたのでこれ幸いと「ワットよりそっちの方が興味がある」と言ったら連れて行ってくれた。
機織りをやっている集落だったが女の子がかわいい。
こういう融通が利くのが一人の利点だろう。
晩飯はKUA LAO RESTAURANTへ。
見るからに高そうだったが、中に入ると生演奏をやっていたのでびびった。
豚のひき肉のバジル炒め + カーオ +トム・ヤン・パッ(トムヤンクンの魚版
)+
ラオビール(小)で9500K($10.5)だった。高いな〜。
タラットサオ
(市場)へ行く。この中にはたくさんの雑貨品や貴金属を扱う店が入っている。
ショーケースには品物がたくさん並んでおりとてもGNPが300$そこそこの国とは思えない。
話に聞くロシアよりもずっと裕福なのではないだろうか?
食堂でミーナン(ラーメン)を頼んだが無いと言われる。(黄色い麺はあるのに)
「フォー(うどんのようなもの)でどうだ?」と言われた気がしたので(なにせラオ語)、それを頼む。
1000K
チェーンロックをノーンカイで無くしたようなので買おうと思い市場中を探しまくる。
結局見つからず、ワイヤーロックを1200K(15THB)を買う。
帰りがけに町の食堂みたいなところでペプシ(300K)を飲む。ここは安い。
ガイドが迎えにきたので一緒に飛行場へ向かう。
12:10 ほぼ定刻通りのフライト。 52人乗りの小さなプロペラ機だ。
それでも天気がいいのでフエ(ベトナム)の時みたいに揺れて酔ったりしないだろう。
座席はなんと 自由席 だった。
シュンクアンの空港 |
シュンクアンに近づき飛行機から下を見るとLPに書いてあった通りいたるところにベトナム戦争の時(!)の爆撃のあとのクレータがあり、山ははげ山ばかりのすさまじい光景。
12:50 シュンクアン着。シュンクアンの空港は本当に何も無く、ターミナルには売店すら入っていない。メーホンソン(タイ)の空港より小さい。
でもなんで空港の敷地のなかに牛のふんがあるんだよ〜。
車でホテルへ向かう。ホテルは丘の上にありロッジ風。雰囲気はいい。ただし、電気がつかなかった。
| ジャール平原 巨大な石の壺がごろごろしている |
ジャール平原 へ行く。
途中何度も牛に行く手を阻まれながらもダートの道を延々と車にゆられる。
ジャール平原では何も無いところに石の壺がごろごろしていた
。不思議なところだ。
ホテルに帰り今回初めての洗濯をする。Tシャツが臭い。
17:30 薄暗くなってきたのにまだ電気がつかない。シャワーを浴びていたらやっと電気がついた。どうやら自家発電のようだ。
晩飯はホテルで食べる。ここは丘の上にあるためにそれ以外の選択肢が無い。
鶏の蒸し焼き+カオ・パッ(チャーハン)+ラオビール(大)+チキンスープ
+ コーヒ + ラオラオ(ラオス焼酎) = 13300K(15$)
ラオラオは甘口だが、かなりきつい酒だ。60度くらいあるらしい。
ウェイターがにやにやして見ているので気合いを入れて飲み干したらふらふらした。
夜中に目が覚めたら、当然だが真っ暗だった。本当に真っ暗。
眠れなくなったのでヘッドライトをして本を読んだ。