ドアを開けいきなり目に飛び込んできたのは出口に横たわる毛布の塊。
なんだこりゃ。
あれ、なんか小刻みに動いているぞ。
その先にはビーサンが置いてあるし、どうやら人が寒さに震えながら寝ているようだ。
おいおい、いくら屋根がついているといったってこんなところで寝るなよな。
セキュリティーはどうなってるんだ > ホテル
その物体をまたぎ、6時過ぎにホテルを出て昨日のリキシャーでガートに向かう。
まだ夜明け前で真っ暗。
ホテルの前の路上では焚き火をして暖を取っている人たちがいる。
フリースを着込んでいたがそれでもまだ寒い。
たぶん10度をかなりしたまわっているんじゃなかろうか。
こりゃ、路上で寝ている奴等は死んでもおかしくないよな。
さっきの毛布の塊もまだ動いていてよかった。
ホテルを出たときはあたりはまだまっ暗だったが、ガートに着くころには段々明るくなってきた。
さっそくボートの親分が話しかけてきた。
「ボートに乗らないか」
「いくら」
「1時間で250Rs」
「えぇ〜、そりゃ高いよ。昨日は20Rsだったのに」
「昨日はホテルが払っていた」
どうも信じられない。
「1時間20Rsじゃなきゃ、乗らない」
というと相手にされなくなってしまった。(^_^;)
やっぱり言ってることは本当なのかもしれない。
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クミコハウス |
リキシャーのニイチャンに聞いてみるとおっさんの言ってることは正しいらしい。
ここで乗らないと後悔しそうなので、もう一度交渉し、一時間200Rsで交渉成立。
二時間たのむ。
ボートは昨日も行った上流の火葬場までいったん行き、そこから折り返す。
今日のボートマンはおっさんで昨日のニイチャンよりは英語がまとも。
物々交換の話しはせずにちゃんとガイドをしてくれる。
この火葬場ガートの隣には電気炉を擁した火葬場の建物が見える。
今では薪が高くそっちのほうが安くつくらしい。
その火葬場ガートでは山になった灰の周りで犬がうろついているのが見える。
もしかすると人体の残りかすでも探してるのかも。
ちなみにここは撮影禁止だそうだ。
この先はなにもないらしく、ここで折り返す。
ガンガーにはインド人の団体や外国人旅行者たちがボートに乗って行ったり来たりしていて、それ目当ての土産物屋ボートもいる。
川岸にはさまざまな宿やもとマハラジャの別荘が立ち並んでいる。
もともとはインド人が巡礼のために訪れていた街のせいなのだろう。
それらの中に外見は相当くたびれてはいたが、有名な"クミコハウス"も見えた。
ここら辺には日本人の若者のグループもちらほら。
日傘がたくさんひろがり多くのボートが係留されていて、そこだけやけににぎやかでなんとなく日本の海水浴場を彷彿とさせるメインガートにさしかかる。
あいかわらず、このガートでも歯を磨いたり体を洗ったり、ちゃんと祈りながら沐浴したりとさまざまな人々がいる。
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牛が浮かんでいる |
「ウシだ」とボートマンが指さす先にはなにやら丸っこいものがボートに引っかかっている。
どうやら牛の死体らしい。
ときには人も燃やさずに直接流すらしいがさすがにそれはお目にかかることはなかった。
それにしてもよくこんなところで歯を磨けるよなぁ。
メインガートの先にはメインの火葬場。
ちょうど薪をくべてカラフルな布に包んだ死体を焼いている。
周りを取り囲んでいるのは親類らしい。
こうやって人を焼いているのを見るとなにかショックを感じるかと思っていたが、まったくなにも感じない。
それだけ風景に溶け込んでいて違和感がなかった。
ただ、ガンガーはなにからなにまで包み込む、まさに『母なる川』なのだなぁとぼんやりと思った。
これからちょっと行ったところで折り返し、下船場所に向かう。
今日のボートマンはちゃんとしていたので50Rsのバクシーシをあげる。
リキシャーのニイチャンがよく行くらしい、ガートの近くのNovelty
Restaurantで遅い朝飯。
マサラドーサ
チャイ
==============
53Rs
マサラドーサって結構うまいじゃん。
ちょっと酸っぱいクレープのような生地の中にマサラ味のジャガイモとトマトなどが入っている。
そういえば話がずれるけど、さっきガートで飲んだチャイって当然ガンガーの水だよな。
大丈夫かな。
今回下痢になるとすれば原因としてはあれが最有力候補だと思う。
それと、もっと関係ないけど今朝ホテルで頼んだ洗濯物ってやっぱりガンガーで洗われるのかな。
なんか色が付きそうだけど大丈夫だろうか。
『一日に500Rsもボスに払わなければならない。24歳で子供も一人いて非常に貧乏だ』
目の前ではドーサを食いながらニイチャンが身の上話を始めている。
この非常に貧乏をしきりに強調する。
そろそろ始まったな、掛け引きが。
だいたい一日500Rsだったら月いくらになるんだよ。15000Rsで4万円以上だろう。
そんなのうそに決まってんじゃん。
この話はきっとこれからの伏線になるんだろう。
ガートの次はサルナート(実は何があるのか知らない)に勧められるままに向かう。
リキシャで渋滞する市内を抜けて線路をくぐり橋を渡ってひたすら進む。
座っているだけでだんだんケツが痛くなってきた。
こりゃ漕いでるほうはもっと大変だなぁ。
200Rsくらい払ってやろうかと思っていたけどもう少し上乗せしなけりゃならないかな。
メインの道路から左折すると、いままでの排気ガスモウモウ、クラクションの洪水から開放されて交通量の少ない並木道が続いている。
『旅行者は100USD払うんだ』
とリキシャーマンが独り言のように話しかける。
『タクシーだったら400USD』
催眠術でもかけているつもりなのか。
完全に無視する。
その道をさらに左折するとまたもきれいな道が続いている。
どうやらこれがそのサルナートの正面の道らしい。
左手にはかなり古そうなストゥーパがある。
有名な遺跡なのかもしれない。
『ここで待ってるけど、ここにいる連中は貧乏人ばかりだから声をかけられても相手にするなよ』
と自分を棚に上げてアドバイスするリキシャーニイチャン。
たぶん、親切で言ってるんだろうな。
入場料2Rsを払い、正面の公園のようになっている敷地に入る。
芝生が敷き詰められた広大な敷地には、アユタヤのような朽ち果てた城跡や巨大な円筒形のストゥーパが建っている。
そして、そのストゥーパの周りにはチベット系だと思われる人々が時計回りにまわっている。
広々としてきれいなのでなかなか気持ちの落ち着く場所だ。
敷地内をぶらぶら歩いていると、タイの坊さんが着ているような黄色い僧衣を身につけた人から、「こんにちは」と突然、声をかけられた。
てっきり東南アジア系の人かと思っていたら日本人でしかも生まれが私の実家のすぐそばだという。
この人は後藤さんといい、若いうちにインドにわたり、大学の先生などをされた後、貧乏な子供たちを相手に学校を開いているそうだ。
『今年は2000年問題の影響か、それとも長引く不況のせいか、日本人の旅行者が非常に少ない』
『最近は列車に飛び込んで自殺する人が多いそうじゃないですか』
と、人づてながら、日本の情勢はなかなかよくご存じの様子。
仏教の伝来ルートや小乗仏教と大乗仏教の違い、インドの市民権の取得で苦労していることなどを話してくれた。
二人で立ち話をしている間にも地元の人々が手を合わせながら挨拶にくるほどの人格者で、そのうえ話がおもしろかった。
時間があったらこの人の寺でしばらく手伝いをしてみるのも悪くないかもしれない。
敷地を出てぶらぶら歩いていると『日本寺』の案内板。
ここまで来たついでだからとりあえず覗いてみることにする。
ブッダ由来の土地らしく、この一体にはいろんな国のお寺が多い。
日本寺に行く途中にもネパール寺があったり、韓国寺の看板があったり。
先ほどの後藤さんの話によるとチベットやブータンの寺もあるらしい。
で、日本寺の方だが、メインストリートからはちょっと奥まったところに、他の国々の寺と同じようにやはり、日本の様式そのままで立てられていた。
インドでこのような建物を見るのはなんか、不思議な気がした。
いいかげん歩き回った後にリキシャーのニイチャンが待つ場所まで戻る。
走り始めてすぐに、
「ホテルに帰ってからだと他の人が見ているから、今金を払ってくれ」ときりだす。
なんで他の人がいるとまずいのかわからんが、なんか疾しいことでもあるんだろう。
「いくら?」
「100USD」
おいおい、随分ふっかけてきたな。
「すんごく高い」
「高くない。ホテルでチャータすれば400USDかかるんだぞ。100USDなら安いじゃないか」
それってまともなタクシーの値段じゃないの。それにしても高いけど。
「いくらならいいんだ」
ここは1/10の法則。
「400Rs」
「400Rs!」おおげさに驚く。値引きしない営業の基本手段。
「100USDが400Rs!」
100USDていうのはお前が勝手に言ってるだけだろう。
ギーコ、ギーコ。しばらく沈黙。
「OK、20%ディスカウント」
「320Rsか?」わざとぼけてみる。
「違う、80USD!今ここで払ってくれ」
「この本(歩き方)にはバラナシ駅からオートリキシャで40Rsって書いてあんだぞ。なんでそんなにするんだよ」
「サイクルリキシャはとっても疲れるんだ」
そりゃわかるけど、そんなのこっちには関係ないだろう。
「毎日ボスにリキシャ代として500Rs払ってんだぞ」
「信じない。じゃ、とりあえずホテルに行け。ホテルの人に聞いてみるから」
「ホテルは関係ない」
「いいからホテルに行け。そこで払うから」
ギーコ・ギーコ。又も沈黙。何か考えてる様子。
「OK、50USD!」
「ノー、400Rs!」
相変わらずの平行線。
「いくらだったら払えるんだ」
「う〜ん、450Rs」
なんか段々疲れてきたな。でもここは甘い顔はできないぞ。
またもしばし沈黙。
「明日の午前中に、ラームナガルに行かないか」と唐突に言い出す。
今日の分とペアで考えているのか。
「今はまだ決められない。とりあえずホテルへ行くことだ」
冷たく突き放す。
そんなこんなで1時間ほどかけて宿に到着。
「じゃあ、ホテルマネージャと話してくるよ」とリキシャーから離れようとすると
「ちょっと待て。450Rsでいい」と観念した様子。
どうやらホテルに知られるのはまずいらしい。
「明日はラームナガルに行くよな」
「いくらだ」
「As You Like」
インドではこの言葉は『ぼるぞ』の意味。
「だめ。300Rsな、OK?」
「7時半に迎えに来るよ」
料金に関しては返事はしなかったが、とりあえずいいだろう。
晩飯はまたもホテルで食べる。
チリチキン
タンドーリチキン
コーンスープ
ミックスベジタブル
ビール2
ナン
====================
592Rs
悪くはないが、ちょっと上品過ぎる味だ。
一人で寂しく食事を摂っていると、ホテルのマネージャがまた話し掛けてきたので、今日の料金交渉の件を話してみる。
「今日、サイクルリキシャーでサルナートまでいったんだけど、相場はどれくらい?」
「だいたい、300~350Rsかな」
「リキシャワーラは最初100USDって言って来たよ。インドはプライス交渉が難しいね。それがわれわれ旅行者の悩みの種だよ」
「お前、怒っているか?」
「いや、怒ってはいないけど、なんで?」
「もしお前が怒っているんなら俺がそのリキシャワーラを殴ってやるよ。怒ってないんならノープロブレムだけど」
騙されたわけでもないので殴ってもらうほどのことはない。
「殴る必要はないよ」
「そうか、わかった」
マネージャのこの一言はあとになってインドをあらわしているなと思った。
他のホテルでもそうだったけど、マネージャクラスはわれわれ旅行者が苦労(特に頭が痛いのはふっかけ)してインドを旅しているのをわかっていて、相談事をすると親身になって考えてくれる。
さすが観光立国のインドだと思う反面、リキシャワーラなどの貧乏人に対しては虫けらのように扱う。
このような言動はその後もいたるところで感じた。
今日ネパールから着いたという日本人がやって来た。
「ああ、良かった。日本のかたですよね」
そうとう日本人に会いたかったらしい。
せっかくだから一緒に食べようと誘い、話を聞いてみるとこれが彼にとっては初の海外旅行。
「それでなんでインドなの?しかも陸路で国境越えたりして」
「いや〜、じつは」
と語り始めたのは、、、
彼は中学校の社会科の教師。ここではH氏としておこう。
ある日、校長室に呼ばれる。
「お前、有休とってないから休め」
「休めって言われてもなにもすることないし」
「旅行にでも行け」
「じゃあ、ハワイにでも」
「何を言ってるんだ。若いうちはインドに行かなけりゃならん!」
「えっ」と突然の展開にH氏が驚いているうちに机の中から『地球の歩き方・インド編』を取り出す校長。
「チケットを買ったら必ず俺のところへ持ってこいよ、確認するから」
なかなかできた校長である。
しょうがなく、チケットを買う彼。
そのチケットを職員室の自分の机の上においておくと、
「あれ、Hさんもどこか行くんですか」と若い女性教師。
「うん、校長にインドに行けと言われたんだ」
「えっ、私も校長にタイに行けと言われて地球の歩き方を渡されたんですよ」
この校長は若いころインドなどを旅してまわったらしいが、ここまでくると若手教員の指導なのか、自分の趣味なのかわからなくなってくる。
しかし、それにしてもこんな上司がいたらなんとなく楽しそうだ。
彼の話はざっとこんな感じであったが、初の海外旅行でネパールのカトマンドゥから24時間かけてバスで来たとのことで、さすがにへろへろになっていた模様。
「もう、おれ、死ぬんじゃないかと思いましたよ」
とさっきから何度も繰り返している。
例のハイジャック事件の影響でネパール - インド間のフライトがすべてキャンセルになったためにバスでの国境越えになったそうだけど、ふつうそこまでしてインドに来るかぁ、初めての海外なのに。
陸路での国境越えなんて相当慣れた奴じゃないとやらないぜ。
「でもバスチケットを買ったところのおっさんは『日本人もたくさん乗ってるから問題ないよ』と言ってたんですよ。実際はインド人しか乗ってなかったですけど」
そりゃあ、きみの解釈が間違っている。
”たくさん=たまに”、”問題ない(ノー・プロブレム)=多少の問題はある”くらいに思っておかないと。
頭を荷棚にぶつけながらもほぼ24時間バスに乗っていたそうなので、さぞかし肉体的にも精神的にもきつかったんだろう。
あまりに心細がっていたので、明日の午前中はこのH君と一緒に観光することにする。
since 2001/01/31