携帯電話の目覚ましで目を覚ますと目の前の国道を走る車のシャーと水を巻き上げる音が聞こえた。
あちゃー、雨か。
オレンジ色のカーテンを少し開けて外の様子をうかがうと空は曇り空、山間地の朝によくあるように若干霧がかかっている。
路面は一様に濡れてはいるが、バイクで通り過ぎる人を見ると今はほとんど降っていないようだった。
このあいだのコ・サメットの時はもっていったものの、そのときは使わなかったのでもう雨は降らないだろうと今回は傘は家に置いてきてしまったからはでに降られるとちょっと困る。
室内に干して置いた洗濯物をザックに詰めてからチェックアウトのためにレセプションに立ち寄ると
「パンとコーヒーを用意するから食べていきなさい」と客と話していた主人が微笑みながら言った。
ふ〜ん、朝食付きとはしらなんだ。
「時間がないんだ。8:45のバスに乗りたいから」
「8:45ならまだ大丈夫だよ。食べていきなさい」
「でもまだチケットを買ってないから急いでいかないと」
「Have a good time!チョークディー(幸運を)」
マーケットそばのチケット売場にいくと、8:45と書かれたプレートを机の上に置いてミャンマー系の女性が座っていた。
「ナムトク駅まで」
「カンチャナブリーね」
同じ値段なのか。
「次のバスはロットトゥー(A/Cバス)、それともロットトゥアー(ミニバス)?」
時刻表にはバスヤイ(大きなバス)と書いてあったからおそらくロットトゥアーだとは思うけど。
「ロットトゥアーです」
売場の隣の食堂でクイッティアオとガフェーの朝食を取っていると8:40ごろにバスがやってきた。
ちょっとくたびれた感じのA/Cバスだ。
ザックを下の荷物室に入れようとすると中に持って入れと車掌が言った。
荷物棚には狭くて置けないし足下に置くと窮屈なんだけど。
それでも走り初めてから車掌の言った意味を納得。
2人掛けのシートのほとんどは一人しか座っていない、自分たちのシートを除いて。
隣のシートにはファランが座っている。
カナダから来たというベベリーという女性だ。
「持っている服を全部着たわ」と凍えるほどA/Cが効いている車内でザックからあらゆる上着類を引っぱり出した。
「タイには何日いるの?」
「今日は何曜日?」
「え〜っと、火曜かな」
「だったらちょうど1週間。その前には日本に2週間いたの」
「日本は物価高いでしょ」
「そうね。あなたは日本にはいつ帰るの?」
「今のところ帰るつもりはないんだ。帰っても景気が悪いしね」
このバス、そんなに人が乗っているわけではないのに急な登りでは歩く程度のスピードしかでない。
へたしたら次の9:30発のロットトゥーに抜かされるんじゃなかろうか。
いったい何キロ出ているんだろうと運転手の肩越しにメータをのぞき込むとスピードメータはおろかタコメータ、油圧計、水温計、燃料計とすべてのメーターがまるでイミテーション腕時計のダミーの針のように動いていない。
いいのかい、そんなんで!
そんなバスでもサンクラブリーから離れるに従ってなだらかになってきた直線道路を飛ばしに飛ばしトン・パー・プムには1時間半ほどで到着。
ここでさらに数人の客が乗り込んできた。
先にバスを降りていた運転手に聞いてみた。
「あのファラン女性がエラワンに行きたいって言っているんだけどこのバスをどこで降りたらいい?サイヨーク?ナムトク?それともカンチャナブリー?」
「う〜ん、カンチャナブリー」
「他のところからはソンテウは出ていないの?」
「はっきりわからないからカンチャナブリーまで行った方がいいよ。そこからなら緑色のバスが出てるよ、A/C無しだけど」
うん、やっぱり思った通りだ。
「あ、それとオレはナムトク駅の近くで降ろしてくれる?列車に乗りたいから」
「ダ〜イ、ダ〜イ」
再出発後、1時間半でナムトク駅の近くのガソリンスタンドに入った。
走り始めてまたすぐに停まってもらうのも悪いからここで降りてしまおう。
「ここで降りるよ」と運ちゃんに声をかけベベリーにさよならを言おうと振り返ると「気をつけて!バイバイ!」と日本語で却ってきた。
あはは。
国道から『1km→』の看板をあてに駅を目指して歩いていく。
薄曇りで湿度は高いものの日差しがないぶん昨日の1kmよりはだいぶ楽。
駅に到着すると食堂のおばちゃんから声がかかる。
「ハロー、フード、ドリンク?」
「チェック・ドゥー・ウェラー・ゴーン(先に時刻を見てから)」
駅舎に立ち寄り時刻表(データ編を参照のこと)を見てみると予想通り次の列車は13:00発。
あと1時間半ほどあり窓口はまだ開いていない。
「切符は何時から買える?」
後ろからついてきていたそのおばちゃんに聞いてみると「ティアン(12時)、ティアンクルン(12時半)」。
だったら飯が先だな。
そのおばちゃんに連れられて駅前食堂に入る。
「ゲーン・キョワーンがおいしいわよ」
一人でしかも昼間っからゲーン・キョワーンはないだろう。
「カオ・パットは?」
初心者コースで攻めてきたな。
「いや、ゲーン・キョワーンもカオ・パットもいらない。ビアチャーン、それと、、、、ガパオ・ムーにカイダーオ(目玉焼き)を乗せて」
出発予定時刻の15分前になったので駅舎で切符を買って列車の到着を待っていると、観光バスが次から次へとやってきて客をぞろぞろと吐き出してくる。
しかも客の99%はファラン、中高年の人たちが多く話している言葉からすると非英語圏の人たちだ。
タイ国鉄の北線や東北線には沿線沿いに観光になりそうなのはアユタヤくらいしかないし、列車だから特にというものもない。
外国人のツアー客ならチェンマイまでは飛行機で行くだろうしノーンカイやウボンにいってもしょうがないだろう。
南線もマレー縦断鉄道ということで人気があるがそれも時間がかかりすぎる。
という理由で外国人ツアー客としてはこの路線がもっともポピュラーなのかもしれない。
しかしそんなツアー客たちは見所のチョンカイの切り通しやアルヒル鉄橋だけにターゲットを絞ってそこを通り過ぎるとほとんどが降りていった。
こうなるともうあとはクェー川鉄橋まで見所はなく列車は畑の間を上下左右に激しく揺れながら土埃を巻き込みつつひたすらカンチャナブリーを目指すローカル列車になる。
そこで一つおもしろいことがあった。
そんなローカルな駅を出て数百メートルほど走ると列車が再び停まった。
以前乗ったときには目の前をバイクが横断しようとしてぶつかるというトラブルもあったが、今回は太ったおばちゃんがビニール袋を下げてよたよたと走り寄ってきた。
窓から頭を出した車掌が『急げ、急げ』と叫んでいる。
なんとこの列車はそのおばちゃんのために停まったようなのだ!
まったく、、、、ローカルバスじゃあるまいし。
バスに比べて本数も少ない上に時間もかかる列車を利用するタイ人はそれ程多くはないからいいようなものの、これで沿線に人が多く住んでいたらみんな家の前で止めてしまうんじゃなかろうか。
そんなことがありながらもカンチャナブリーの駅には予定より若干遅れる程度で到着した。
列車を降りると「ハロー」と馴れ馴れしく声をかけてくる男が一人。
「どこに行くんだ?ここに泊まるのか?」
「トイレに行く」いつもの手。
トイレをすまして出てくるとまたそいつが近寄ってきた。
「いいG.Hがあるんだ」と手にした紙切れを見せようとする。
「G.Hはいらない」
「ホテルか?リバー・クェー・ホテル?」
おまえに教えてもらわんでもいい。
「リバー・クェー・ホテルまで20(twenty)THBだ」
うむ、相場がわからんがその値段なら高くはあるまい。
そいつの行く方にちょっと体を向けて「20(イーシップ)THBだな」とタイ語で確認すると
「違う、30(サームシップ)THBだ」
おまえ、さっき言ったのと違うじゃんかよ。初歩的な手を使いやがって。
こんなやつは信用できん!
それにおまえの車ってそのサムロー(自転車リキシャー)だろ。
「ならマイアオ(いらない)だ」とそいつを振り切るとあわてて追いかけてきた。
「ごめん、冗談だよ。20THBだよ」
値段の問題じゃない。
「マイアオ!」
「冗談だよ。ごめん」サムローでさらに追いかけてくる。
「マイアオ!!」
「20THBで行くから」
「マイアオ・ルーイ(全然いらない)!パイ(行ってしまえ)!」
駅前のロータリーから国道に出ても追いかけてくる。
「15THBでいいよ」
「パイ、パイ!!!」と手でうっとうしい蠅を追い払う仕草をするとさすがにあきらめて去っていった。
馬鹿なやつだ。
あのひとことさえなければ少なくともクイッティアオを一杯食べるくらいの稼ぎはあったのに。
しかも長いことつきまとっていたので他の客はいなくなってしまっただろう。
国道を振り返るとソンテウがちょうどヘッドライトをパッシングしながらこっちに向かってくるところだった。
歩いても歩けない距離ではないが暑いのでそのソンテウを停めホテルまで向かう。
ホテルに着いてロビーを横切ってレセプションまで行き部屋は空いているか尋ねると「1050THBのスペリオールルームがある」とのこと。
『歩き方』には1400THB程度と書いてあったからそれなら安い。
しかも朝食付きだとのこと。
キャッシュで前払いして部屋に入るとなかなかいい。
さすが元カンチャナブリー1高級だっただけのことはある。
ちょっと狭めながらもバンコクであてはめるとアンバサダーの1600THBより上、だいたい2000THBクラスには匹敵するだろう。
バスタブもありアメニティ、ミニバーも一通りそろっている。
これならある意味、パタヤのハードロックホテルよりいい。
強いて欠点をあげれば部屋にエルセーフがないことくらいだがこの値段なら仕方あるまい。
エレベータで部屋に来る途中に『Swimming Pool』という表示を見かけたので下見に行く。
「サ・ワイ・ナーム(プール)は何階にあるの?」とエレベータ前にいた掃除のおばちゃんに尋ねると2階だと言う。
なかなか動こうとしないエレベータにしびれを切らして階段で2階まで降りると途中の3階は改装工事中だった。
表示にしたがってすすむと2階にあるといっていたプールは実は2階の非常階段から外に出た地上階にあった。
10mx25m程度の長方形のプールの周りにはプラスチック製の白いビーチチェアも5,6脚ほど置かれている。
さすがにこんなところまで来てプールに入ろうとする人はいないらしくひっそりとしている。
よし、じゃさっそくひと泳ぎだ。
いったん部屋に取って返し支度をしてから再びプールへ。
火照った体を冷やすのと体をほぐすために4,5往復泳ぐ。
他に誰もいないプールはぷかぷか浮かんでいるだけでも気持ちがいい。
そうやって1時間ほどプールでリラックスした後に晩飯に出かける。
ホテルの建物を出て歩き始めると同じ敷地内からいい匂いがしてきた。
くんくん、うん?これは焼き肉か?
匂いのしてきた方を見るとテーブルの上にジンギスカン鍋みたいな物を置きまさしく肉を焼いていた。
毎日代わり映えしない食べ物でそろそろ飽きてきたことだし、今日は焼き肉にしよう。
「ビールは何があるの?」
「ビアシン、ビアタイ、ビアソット(生ビール)」
周りを見渡すとビアシンの旗が夜風にはためきポスターもあちこちに貼られている。
ああ、ビアシン専門か。
ビアソットの大きさを聞いてみるとピッチャーのようなのでさすがに一人でそれは多すぎるだろうと以前の失敗を踏まえてビアシンをもらう。
「バーベキュー?」
「ああ、バーベキュー」当然だ。
炭火がなかなか熾きなかったのか、かなり待たされた後にボツボツと穴の開いたペラペラのジンギスカン鍋と七輪、それと肉野菜のセットがやってきた。
その鍋の外周部、帽子でいうとつばにあたる部分に店員がタイスキのたれのようなものをドボドボと注ぐ。
ほほ〜、噂には聞いていたけどこれが大同門形式の焼肉か。
まずはその鉄板の盛り上がっている部分にラードをしっかりこすりつけてから、鶏肉、豚肉、牛肉がミックスされている皿から適当に2,3切れ乗せ、周囲のスープの中に春雨と白菜を入れる。
焼肉とタイスキを同時に味わえるという発想には敬意を表したいが、アメリカのローカル向け寿司屋の寿司と天ぷら、あるいは寿司とステーキセットと同じ『どうも違うんじゃないか』という印象を感じずにいられない。
肝心の味のほうは、、、、
たれがしっかりタイ風、というよりこれじゃタイスキのたれと同じだ。
これさえ韓国風あるいは日本風であったならまあまあいけるかもしれない。
値段がタイ人向けに安いんだからしかたないけど。
チェックビーンをした際に『この料理はなんと言う名前?』と尋ねてみると『ヌア・ヤーン・ガオリー(韓国焼肉)』という答えが返ってきた。
う〜む、韓国焼肉ねぇ〜。
どうみてもジンギスカンとタイスキが混じっているような気がするんだけど。
タイ人は『これが日本のすき焼きだ』と勘違いしているタイスキのバージョン2といったところだろうか。
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