フレーム表示されない方はこちらからドウゾ。
れいちゃんの障害
|
れいちゃんの障害
ジュベール症候群(joubert症候群)
障害者手帳1級 視覚障害1級 療育手帳A1
1998.11.24、誕生。
破水しているにもかかわらず、子宮の上のほうが破れていたため
看護婦さんが「破れていない」と判断。
絶対に破水していると、何度も訴えたが、却下される。
直感で、この出産は普通ではない、と感じ
看護婦さんに伝えるが、
「ハア?助けて?産むのは私じゃなくて、アンタなんやよ?
シッカリしたら?母親でしょう?」
と、相手にされず、罵倒される。
10時間後、医師到着。
羊水は全部なくなっていて、危険な状態になっていたようだ。
「なんでもっと早く出さなかった!?」
という医師の言葉に驚く。
そのまま医師は私に馬乗りになり、おなかを強く押された。
「臍帯切れました!!」
という看護婦の言葉がかすかに聞こえた。
押し出すように赤ちゃんをおなかから出した。
泣き声は、無い。
直後、私はほとんど意識を失う。
出血の多さからか、血圧が急激に低下。
体温が上がらず、寒いのか寒くないのかすらわからなく、
身体の震えが止まらない。
・
・
・
・
・
出産時、呼吸ができずチアノーゼ状態で産まれる。
抱っこもできず、そのまま保育器に入れられ様子をみるが、
「ハッハッハッハッ」と苦しい息のあと、呼吸が止まるなどの呼吸障害。
産院では治療困難と判断され、れいちゃんだけ大学病院に入院。
大学病院でも無呼吸発作は続き、なかなか改善されず、
保育器の中で酸素濃度を高くして過ごす。
当初30%だった酸素濃度も、12月8日には25%になり、
12月23日には23%まで下げられた。
(※通常外気は21%程度)
12月24日、クリスマスイヴの日に、酸素の機械が止めてあった。
まだまだ呼吸は止まるが、様子を見ているとのこと。
12月26日、保育器から出られた。とにかくうれしかった。
12月29日、初めて直母でおっぱいを飲む。(ずっと哺乳瓶だった)
1999年1月5日、ICUから母子同室で個室に移る。
1月16日、退院!
が、まだまだ無呼吸の発作はあるので、注意が必要。
ママもれいちゃんも、ぐっすり眠られへん。
寝たと思ったら息が止まって、苦しくなって目が覚めて…グズグズ…
の繰り返しとかでかわいそう。
原因は?
胎便をしていて羊水がにごっていた、とか
血液が汚れているのでは?とか、いろいろ疑われたが、
出産時の事故で後頭部にくも膜下出血ができ、
その後遺症で運動機能に障害が出ているのでは?と診断される。
眼球も圧迫されてたから、網膜にも出血があって、視覚にも障害が?と。
だけど、それだけでは説明がつかない症状があり、
いろいろな検査をしても、原因がわからなくて。
2005年1月、PT(理学療法)訓練中、誤って床で頭を打ち、
CT・MRIを撮ったことがキッカケで、6月再検査。
2005年7月22日、ジュベール症候群(joubert症候群)と診断される。
ジュベール症候群(joubert症候群)とは?