たての未散コラム 「特産物は『農家の長男』!」その51
2001.09.29 up
その九 高らかに諭吉は笑う──翔ちゃん・6年目の学生生活──
たての家の唯一の扶養家族、翔ちゃんは現在、東京の奥地で学生生活を送っている。
とは言え、敬愛女子短大→食品栄養科学大学→医療技術センター研修所(すべて仮称)という経歴なので、
かなりいろんな種類の勉強をしている。
敬愛時代には情報家政学だか言うものを専攻していたので、
「おねーち、コレが納豆菌なのよ。バシルスなっとう」
「……で?」
「楽しくないの?」
「……あんまり」
「……おねーち、キライ」
とかいう愉快で心温まる姉妹の会話などが交わされていた。
ちょうどたてのは大学院から素浪人講師時代だったので、いろいろと心配をかけたりしていた。
だもんでホントにキライになりかけていたらしいが……すまぬ、翔ちゃん。
実際には翔ちゃん、たてのが大学進学に際して桜花寮に入寮するとき、
ぱぱちままちにくっついてきて、ミカコ先輩の勉強していることを聞き、
「おねーち、翔ちゃんはね、ミカコ先輩のよーに管理栄養士の勉強がしたい。
だから、おねーちと同じ大学に行くことに決めたね」
……たての翔、十四歳の決心だった。
結局のところ、種々雑多な家庭内の事情(翔ちゃん受験期に、かなりの激動があったのだ)により、
相当のストレスがかかったのだろう……
第一志望だった敬愛女子大学家政学部にはつるりんこと滑り、
滑り止めであった短大部の情報家政学科に潜り込んだ。
当初は、
「学校やめるー! 隠れ浪人するーーー!!!!」
とだだコネだだコネしていたものの、いつの間にやら寮内で気の合うお友達を見つけ、気が付けば
「恐怖の体育委員長」
「悲劇のハイジャンパー」
「世界一ジャージの似合う女」
として勇名を馳せることになるのだから……姉妹揃って、
よほど敬愛の、そして桜花寮の水が性に遇ったらしい。
そんなトコまで似なくていいのに。
短大時代も半ばを過ぎようか、と言うころには、
翔ちゃんは中学時代からの目標であった「管理栄養士」から、
「臨床検査技師」に乗り換えを謀っていた。
「うちの短大の履修科目からじゃ、管理栄養士はなかなか難しいの。
でもね、臨床検査技師なら、大学に編入してうまくいけば二年。
そうでなくても三年で国家試験が受けられるの」
そう、ミカコ先輩に出逢うまでの翔ちゃんの夢は「看護婦さん」。
そして何より、志望を変える動機となったのは、
ちょうど彼女の受験期に起こったたての家の「激動」──たての父のガン騒動、だった。
それでいろいろと、考えるところがあったらしい。
姉のくせに「らしい」と言うのもナンだが……
申し訳ないことに、その時、たてのは自分のことで手一杯で、
翔ちゃんに対する気遣いどころの騒ぎではなかったのだ。冷たい姉である。
キライになられても仕方ない。
で、結局──彼女は医療系の勉強へと邁進することになった。
いろいろと苦労はあったようだが、いきいきと勉強に取り組む翔ちゃんが、
どん底時代だったたてのにはとても眩しく──羨ましかった。
たてのは「特農」でいろいろと、特産物たちのトホホっぷりをあげつらってきたが、
実際のところ、「長男の甚六」という言葉は、
そのままどん底時代のたてのにしっかりとあてはまるのである。
生活能力ナシ、社会性ナシ、客観性ナシ──男なら(あ、差別発言かな)許されても、
妙齢の、それも望みうるかぎり最高の教育を与えられた女がコレでは、親兄弟は救われない。
父親、何も言わず(実際には何も言えず、だったわけだが)。
母親、毎日のように小言ばかり──
そして妹はたまに顔を合わせれば「ゴクツブシ」「ロクデナシ」「人間として恥ずかしいと思え」と、
母とともにサラウンド攻撃。
よくもまあヒッキー(宇多田ヒカルではない。「引きこもり」のことだ)にならなかったものだ……
と思うが、社会常識の満ちあふれる我が家族は、未だに
「アレが引きこもりでなかったら、なんだったとゆーの?」
「すでにあの時点で、お前は無気力症候群の重症患者だった」
「おねーち、あの時翔ちゃんは『おねーちの人生はコレで終わった』と思っていたよ」
と言ってくれる。
(まあ、母小言ばかり、というのは未だに変わらないのではあるが……
まあ、性質が多少変わってきたので、いいとしよう。
ゴメンねおかーさん、外に出すのが恥ずかしい娘で……)
とは言え、今だから笑い話にもできるけど、
ほんとうに自分でも「あたしの人生コレで終わりかぁ……」てな状況だったのだぞ。
二ヶ月ばかり、本当になにもしなかったけど、
「あたしゴクツブシ……」
を自覚してからは、家事専業に明け暮れる毎日。
それでもたまーに、洗い物をしながら、手近にある包丁なんかをじぃぃぃぃっと見つめて、
「あー、コレで手首なんか切ったり、頸動脈ばっさり行ったら少しは楽になるのかなあ。
ただメシぐらいの外聞の悪い娘もいなくなることだし、
とーちゃんかーちゃんも少しは気苦労、減るかなあ」
なんてことを、考えたりしたことがある。
……実践しなくて本当によかった、と最近つくづく思うけどね。
人生、悪いことばっかりじゃなさそうだし。
で、まあ、翔ちゃんのことに話を戻す。
生活能力のないダメ人間である姉を、
人生のことをいろいろ考える時期に間近に見せつけられてしまう、と言う災難にあった我が妹君は、
なんだかえらく現実的でしっかり者で、生活能力溢れんばかりの……いわば
「世の中銭じゃ」
的な性格を培うことになってしまった。ますますもって申し訳ない。
(だから、今、むしり取られるだけむしり取られているのかもしれない……)
何しろ、短大生であった一時期には、半年ばかり送金を忘れた母親も悪いのだが、
自分のバイト代だけで生活をまかなっていた、と言う強靱な学生さんだったこともある。
三年間の大学時代も、
「お勉強が忙しいの」
とか言いつつ、きっちりとファーストフード某店でのアルバイトに励んでいたし。
おまけに、教職と違って国家試験のある「臨床検査技師」
(しかし、うちの親類には教師と薬剤師がやたらに多いのだが、
父イトコの薬剤師はハネムーンで東南アジアに行ったら、
税関で二時間止められたらしい。
係官が「ヤクザ医師」と間違えたという笑えない事情があったそうなのだが……
「臨床兼サギ師」だよな、翔ちゃんの資格も。ああ、くだらないくだらない)の試験も、
聞くところによると
「あと一点で足切りされるところだった(本人談)」
と言う効率の良さ? で合格したらしいし……。
(コレがしっかりしている、と言うことなのかどうかは、根拠が薄弱であるが……
いかにも翔ちゃんらしい逸話だ、と姉であるたてのは思っている)
もっとも最近は医療関係も、教職と同じくらい難関らしいので、翔ちゃんは
「細胞診断士の資格を取る! その研修センターの試験を受ける!!」
と、とっとと決めてしまい、短大大学5年間の学生生活に、半年の上乗せをすることになった。
大学に編入するにあたって、
「翔ちゃんはおねーちと違って、自分のためにゴハンを作るのはめんどうなの。
だから、学生会館にはいるからね」
と言い放って、一日二食の賄い付き学生会館に三年間、いた。
やはり、ご幼少のみぎり
「このままでは姉妹揃って飢え死にしてしまう」
とまなじり決して電気ジャーからおにぎりを作っていたたてのと、
「おねーちゃん、おミソつけてくれなきゃ翔ちゃんたびないよー」
とぴーちく言っていた翔ちゃんでは、そもそも「食」に対する根性の入りが違うのかもしれない。
もっとも、食い意地が張っている、と言うことでは五十歩百歩のドクダミ姉妹ではあるのだが……。
たてのは発作的に
「豚大根が喰いてぇええええ!」
とか、
「どーしてもかぼちゃのプリンが喰いてぇんだよぉぉぉ!!」
と、夜中に独り暮らしの台所でがちゃがちゃ始めてしまうことがあるのだが、
翔ちゃんはそんなことをしない。ただにっこり笑って、
「おねーちの作ったプリンがたびたいなぁぁ」
「おかーちの餃子(もしくは『しもつかれ』か『鳥の唐揚げ』か『モツ煮込み』。
この四品はたての家の母の味、なのである)がたびたいのぉぉぉぉ」
と言い叫ぶのである。
こんな奴が独り暮らしを始めた当初、両親と姉の三人は、
「奴は飢え死にしないだろうか……」
と心底心配したのだが、ある時、あきれ果てた電話がかかってきて、
「おそらくあいつは、どんなことがあっても生き抜いていけるだろう……」
と思うに至った。
「今日の夕飯はねー、組長(研修センターでのご学友。どうやらたてのと同い年。
海上自衛隊勤務の医官が本業であるらしい)が、
『洗濯機貸して』って言ったから、
『その代わりにおかず作って〜』って頼んでね、ゴハン作ってもらったのぉぉ〜」
……あんたは強いよ、翔ちゃん。
と、ここまで書いたら、
ワルダクミを超越した野生のカンでかぎつけたのか、翔ちゃんから電話が入った。
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