《ジャーナリストの日垣隆は、『そして殺人者は野に放たれる』(新潮社、二 〇〇三年)という著作のなかで、精神鑑定の結果、「心神喪失」という判断を 受けて罪に問われなかった“凶悪犯罪者”たちの姿を、被害にあった人たちの 語りを通してルポし、大きな話題を呼んだ。作家の高山文彦は読売新聞の書評 欄で、この本を高く評価している。〔中略。この後11行にわたって高山氏の書 評を引用〕
たしかに日本社会では〔中略〕。
ところが〔中略〕、これまで、加害者の少年や触法精神障害者の立場ばかり が守られていた。だから、社会の治安が悪化する一方なのではないか。そうい う発想が生まれた瞬間に、今度は「そうだ、だから触法精神障害者に対して厳 しい態度を取れ」という意見があふれ、それまでの精神医療の歴史や保安処分 の経緯は「なかったこと」となり、「もし私がそうなったら」といった別の立 場での発想はまったくなくなってしまう。》
(香山リカ『<私>の愛国心』P107〜P112)
■本人によるコメント■
私の本を好意的に取り上げているように見えますが、それはともかく香山リ カという精神科医は、かなり頭が弱いのですね。
それなのに(それゆえに?)、論及しようとする本を読まずに論評している。 すごいですね。
読んでいないで反響だけ耳にしたから、自分の力では論評できず、高山氏の 書評を11行も延々引用するという怠惰をやらかしたのでしょう。
私の本を読まずに(もし読んだのなら、この読書力は心神耗弱レベルです)、 “凶悪犯罪者”というふうに、凶悪犯罪者にチョンチョン(クオーテーション マーク)がつけられているところに、莫迦女の本領が発揮されています。彼女 はこの“ ”マークによって、凶悪犯罪者とは認識していないと表明しているわ けですね。
香山リカは“勉強家”で“天才”かもしれない、っていうふうにチョンチョン は使うわけです。
以前から言っているように、「触法精神障害者」という言葉を使う専門家を信 用してはいけません。これは重要なメルクマール(指標)です。
精神障害犯罪者はただの障害者(少年犯罪者はただの少年)であって犯罪者で はない、それは社会の矛盾なのだから被害者は黙って死んでろ、という発想が、 この「触法」という言葉を使う動機のすべてだからです。
香山あっぱらぱー女史も、《今度は「そうだ、だから触法精神障害者に対し て厳しい態度を取れ」という意見があふれ、それまでの精神医療の歴史や保安 処分の経緯は「なかったこと」となり》というふうに、まさに「触法精神障害 者」と、ただの「精神医療」の対象者をいっしょくたにしています。
少なくとも刑事政策を考える場合、精神健常者と精神健常犯罪者とを同一視 すべきでないのと同様に、精神障害者と精神障害犯罪者を同一視すべきではあ りません。そんなの、あたりまえでしょう。これを意図的に混同することによ って、精神障害犯罪者の問題を、精神障害者の問題にすりかえてしまう手法に、 私は異議を唱えてきました。
こんな単純な事実をまったく理解できないから、こういう痴呆本が次から次 へ未だに出てきてしまうのです。