「論壇誌」衰亡のなかで

《斉藤環  結局、言いたいことを存分に語るには自前のメディアをつくるし かないわけです。福田和也氏や大塚英志氏といった私たちと同世代の書き手も 、既成の論壇に納得できずに自前のメディアを持つようになりましたよね。

 宮崎哲弥 『わしズム』を発刊した小林よしのり氏もそう。

 斉藤  それがけっこう読まれているという状況があるわけです。中には日 垣隆氏のように、有料ML(メールマガジン)で十分な収入が成り立つような ものもある。状況に意識的な書き手ほど、既成の論壇誌という場所はいらなく なりつつあるのではないか。

 宮崎  でも、「自前誌」の先駆けだった西部(邁)さんの『発言者』が廃 刊になったのが象徴するように、先細りではないでしょうか。

 斉藤  長くはもたないかもしれないけれど、批評性や瞬発力がありますからね。

 宮崎  大塚氏も、もうちょっと既存メディアで頑張ればいいのに、こらえ 性がなさすぎませんか。〔メールマガジンを出した〕東〔浩紀〕氏もそうです が。〔中略〕

 斉藤  それにしても、読まれるためのパフォーマンスは本当に難しい。》 (「各紙『論壇時評』担当者座談会 情緒頼みの『右』 ホンネ語らぬ『左』 」=「論座」2005年4月号)

■本人によるコメント:まず、メールマガジンの頭文字はMMで、MLはメー リングリストです。朝日新聞社の編集と校閲の皆様、わかりましたか。

 さて、少なくとも私は、論壇誌というものの存在を意識したことは一度もあ りません。ちゃんと原稿料や取材費をくれて、それなりの読者や視聴者がつい ていて、編集者やプロデューサーと信頼関係が結べるのであれば、それが論壇 誌であるか新聞であるかテレビであるかは、まったく重要なことではありません。

 ただ私は、論壇というものが実際にあるのを見たことも感じたこともないの です。
 したがいまして、《既成の論壇に納得できずに》ということはなく、注文が 来ておもしろいと思えば引き受ける、というだけのことです。
 ただ、エディターシップの有無の差は非常に大きい、とは思います。
 また、例えば本号のトップは「新株予約権とその差し止め認定基準は」です が、このような文章は読者を舐めていては書きえません。

 自前のメディアをもつことの歴史的蓋然性については『売文生活』全体で言 及したつもりですから、ここでは長々と繰り返しません。
 ただ、自前のメディアをもつ場合には二種類あって、出費(印刷費、製本費 、制作費、人件費)が恒常的に伴うものと、そうでないものと、です。

 後者である有料メールマガジンが、《先細り》ということもなければ、《長 くはもたないかもしれない》ということは、その経済構造上ありえません。
 有料メルマガは、いつか「頭打ち」になることはあるかもしれない。編集発 行人がスキャンダルでも起こして購読者がごっそり離れる事態もありえます。 が、たとえ100分の1に激減しても、赤字という事態はありえないのです。

 そこらへんを既成メディアの方々にも、ご理解たまわれば幸いです。







このページに関するお問い合わせはガッキィファイター編集室:info@gfighter.comまで。