立石洋一『インターネット「印税」生活入門』ディアファクトリー、950円
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本書の広告に「出版社なんかもういらない!」とありました。メディアファクトリーは出版社ではなかったのでしょうか。
帯(腰巻)には「私は産直(インターネット)作家として250万円儲けてしまった」「あなたも必ず作家デビューできる!」とあります。
ほんまかいな。
私は、そういうことではないと思います。本書の著者は「運のいい人」ではありません。そうではなく「優れた人」なのですね。
どういう意味か。
およそ成功をおさめる人には、「運のいい人」と「優れた人」がいます。株や土地をうまく転がせたとか宝くじが当たったとか偶然ノーベル賞をもらえる発見を1度だけしたとかいう「運のいい人」は結果を誇るわけですね。誇る権利もある。これに対して「優れた人」というのは、(現在から未来に向け)プロセスを戦略的に思考し、なおかつ(現在から過去を振り返って)手法を分析的に述べることができます。
そのような定義に従えば、本書は明らかに後者の手になるものです。
《「ネットで小説を売る」ことに、リスクはほとんどありません。ですから、そのデメリットはもっぱら、(バカみたいな結論ですが)「ネットでは売れない」ということです。〔中略〕でも、ものは考えようです。そんなふうに、デメリットがはっきりしているのなら、そのデメリットの部分をできるだけ小さくする努力をしていけばいいわけです》
著者が自覚しておられるのかどうかわかりませんが、このような発想の仕方を「戦略的思考」と呼んでいいのです。戦略(ストラテジー)とは、与えられた環境と相手の出方を前提にしながら、自分が自由意志で行動しうる予定(選択肢)を言語化してゆくこと、です。簡単に言えば、幼児がスーパーのお菓子売り場で「これ買ってえええええ」と泣き叫んだり長野県議会が7月5日に知事不信任決議を出すことによって知事が自分たちに都合よく解散してくれるだろうと思い込んだりするのは、いずれも戦略ではなく、ただのダダっ子です。
いきなり歩で王手をかけて、あっけなく隣の金に歩がとられちゃった、という感じ。
こうすれば母親があれを買ってくれるだろう、そうやってああやってこうすれば知事に大ダメージを与えることができるだろう、というふうに将棋の手のように布石を打って、相手に選択させてゆくことをストラテジーといいます。大切なのは、自分の願望(はもちろん意識はしますが)に沿って行動を組み立てるのではなく、その願望を実現するに際しての「最悪の事態」を常に想定し、それに備えつつ、最善をめざしていく道程こそ戦略的思考の正しいあり方です。
要するに、デメリットを考慮してそれをできるだけ小さくしてゆくことです。
先ほどの引用箇所は、まさにそういう発想でしょ?
さて、この著者はサラリーマンとして小説(女装趣味小説)を片手間で書き始め、少なくてもいいからお金を払っても読まれるものを書きたい、と願望したのだそうです。で、現在までに13本の小説を書き、500円単位の送金数が5150本、すなわち257万5000円を「儲けた」というわけです。
《通常、書店に並ぶ出版物の場合、作者に渡される印税は、消費税を抜いた本体価格の10パーセントです。つまり、私が読者の方からいただいているのと動揺、本体価格1冊500円の定価で書籍を出版したとすると、19万8000円分の印税収入を得るには、3960冊売れなければいけないということです。》
しかし、インターネット上であれば、たとえその10分の1である396人の読者しかいなくても、3960冊の書籍を出したのと同様の印税を手にすることができる、と。
このことをあとのほうで、著者はこう説明してくれます。
《実際の本の出版で作者に渡される印税とは、そもそも何でしょうか? 本=「データが書き込まれたモノ」の値段から、「モノ」づくりとその移動にかかわる諸経費を差し引いたものです。つまり、印税=「データ」の値段ということです。通常、印税は本の値段の10パーセントですから、90パーセントがそうした「モノ」にまつわるお金、〔中略〕しかしネットで「データ」だけを売れば、販売価格のうち、その「モノ」にまつわる90パーセント分が割愛できるわけです。代金すべてが「データ」の値段として支払われる。つまり、作者は実際の出版の10倍の「印税」を手にできるということになります。
逆に言えば、実際の出版の10分の1の販売数で、同額の収入を得られる。そんなにたくさん売れなくても、利益が見込めるビジネスだと言えます》
そろそろ読者の皆様もお気づきのように、私もメルマガの有料化に際して考えたことは、実は結果的に同じことでした。この本の著者のように明晰に論理づけられたわけではありません。ただし、彼は「お小遣い稼ぎ」ですが、私は文章だけで食っていかなければなりません。
私は、徹頭徹尾しがらみのない形で思考と取材と執筆を続けていきたいなあと強く(最近とくに)考えるようになっていました。
自分の好きなスタイルで仕事をするためには、あらゆる組織から自立しておいたほうがいい(少なくとも私の場合は)。その最短距離は、自分のメディアをもつことである。そこで自活できるようにしておいて、なおかつ、今までどおり各社の編集者やプロデューサーやディレクターと共同作業を続けてゆけば、これまで以上に気持ちよく自立的な仕事ができる――。
そう考えました。2年くらい前のことです。もちろん、有料化するということは、そこでもプロになる、ということです。プロになるということは、それだけの対価を払うに値すると感じてもらうことを交換条件に設定する、ということです。ううっ大変だ。
プロのスポーツ選手でも、諸外国ではそのようにして有料サイトを運営し始めている人が出てきています。ライターや作家は文章のプロなのですから、本当はもっと日本でもそのようにする人が出てきてもいいはずなのにね。
ところで、本書の中身はインターネット上でのノウハウ開陳なのですが、なぜその成功譚をインターネット上ではなく、出版物でやったのでしょうか。活字や本は不滅だ、と私が確信するゆえんでもあるのですが、「出版社はもういらない!」なんて出版社が宣言しちゃうのではなく(ゆとりなのか、それとも自虐なのか)、むしろ依存しあわない自立的な関係で出版のルネサンスを図るためにも、インターネットは創意をもって活用されるべきだと私は考えています。
なお、本書のあとがきで、おもしろくて実直な指摘があります。
《個性というのは、つまりは、一般とくらべてあなたがちょっとずれているところという意味でしょう。本文中に使った言葉を使うなら、それは、あなたが個人として持っている「うさん臭さ」だったりするのです。〔中略〕ただ、うさん臭さをうさん臭いまま表に出しても、それはやはり、うさん臭いものでしかありません。そんな、自分がふだん、外に見せていない部分から、自分自身が目を背けないで、見つめること。そして、それに磨きをかけ、他人に伝わるように洗練すること。それが、表現ということです》
ふむふむ。でも、それで御代を頂戴できるかどうか、という次のハードルがあるわけですが、本書にはそのためのノウハウもたくさん誠実に書かれています。
(「ガッキィファイター」2002年10月28日号に掲載)
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