この有料メルマガの読者には、なぜか法律家(弁護士、検察官、裁判官、法学部教官、司法修習生など)が少なからずおり、総計100人はおいでになるので、法的にいいかげんなことを書き飛ばせないわけですが、つい最近たまたま寝転がって『現代刑法講座』(成文堂)を読んでいましたら(そんなもん寝転がって読むな)、第2巻の329ページに、こんな事例が載っていました。
同書の中で「法定的符号説」と「具体的符号説」と「抽象的符号説」の対立について長々と述べているのですが、そういうオタクな議論はさておき――。
《Aの飼犬を傷害しようと発砲したところ、弾がそれて側にいたAにあたってしまった》
これなら、重過失致傷罪(5年以下の懲役など)が成立する可能性が高いわけですが、それにしても、犯人はAの飼犬を憎いわけではなく、Aを憎んでその恨みを晴らすためにAの愛犬に"殺意"を抱いたのだとすると、上記の事例を「過失」と考えるのはおかしい、と私なら思うけれど、法律界の勉強家たちはそう思わないらしいです。
まあ、これは本題ではないので措いておきましょう。
《Aを殺そうとして発砲したところ、弾がそれて側にいたAの飼犬にあたり死なせてしまった》
これは、どうでしょうか。飼犬殺害について同書(『現代刑法講座第2巻』)には、器物損壊の未遂や過失は日本の刑法では不可罰だ、などと書かれているだけです(法定的符号説では器物傷害罪を認めていますがオタッキーなので省略します)。
例えば強姦罪と同じく、器物損壊罪も被害者の告訴がなければ裁判にかけられることはない親告罪の一つなのですが、上記の場合、殺人未遂は微妙(加害者は殺意を否定するでしょうから)であるうえ、愛犬殺しは器物損壊(傷害)罪にすぎず、A本人に対する殺意を認めたとしてもそれは未遂で、弾がそれて犬にあたって殺してしまったことに関しては、ただの過失になってしまい、告訴があったとしてもそれは無罪になりかねないわけです。
すいません。書評の枠内を外れて、いきなり面倒なことを書いてしまいました。そもそも、書評対象に行き着いてもいないわけで、急ぎなさい。
要するに、憎しみの発露として相手のペットを殺しても、器物損壊罪にしかならない、それが過失だったら何の罪にもならない、というのがおかしいのではないか、という問題を指摘しておきたかったわけです。
で、いよいよ本書の登場です。さまざまなデータベースで検索してみても、世界中で『ペット六法』というのは他に例を見ません。
日本では憲法29条1項で《財産権は、これを侵してはならない》と定められており、前述したとおり、刑法上では器物損壊(傷害)罪のみによって罰せられるにすぎません。もっとも、あまり知られていないことですが、民法にはこんな条文もいまだ健在です(現代表記に改めておきます)。
《旅店宿泊の先取特権は旅客、その従者および牛馬の宿泊料金ならびに飲食料につきその旅店に存する手荷物の上に存在す》(民法317条)
江戸時代かよッ。
日本ではペットを「器物」として扱っている、というか、「物」概念の中にペットを押し込めた、という次第なのですが、例えばドイツ民法90条は《動物は、物ではない》と明確に宣言し、今年になってさらに憲法(基本法)20条で動物保護を明記するに至っています。
日本では憲法にも刑法にも、そのような規定はゼロです。
しかしとりあえず日本でもその欠を埋めるべく、第146国会において1999年12月22日に公布、翌年12月1日から新・動物愛護法(動物の愛護及び管理に関する法律)が施行されました。
ご存知でしたか? 例えば同法27条には、こうあります。
《1 愛護動物をみだりに殺し、又は傷つけた者は、一年以上の懲役又は百万円以下の罰金に処する。
2 愛護動物に対し、みだりに給餌又は吸水をやめることにより衰弱させる等の虐待を行つた者は、三十万円以下の罰金に処する。
3 愛護動物を遺棄した者は、三十万円以下の罰金に処する。
4 前三項において「愛護動物」とは、次の各号に掲げる動物をいう。
一、牛、馬、豚、めん羊、やぎ、犬、ねこ、いえうさぎ、鶏、
いえばと及びあひる
二、前号に掲げるものを除くほか、人が占有している動物で、
哺乳類、鳥類又は爬虫類に属するもの》
熱帯魚なら殺っちゃってもいいわけだ(笑)。いや、ここは笑うところではありませんが、「魚」も含めてしまうと、釣り人が逮捕されかねませんからね。
都道府県の条例ともなれば、これまたたくさんいろいろな規制があり、それらが網羅的に同書には収録されています。愛犬が他人を咬んだら知事への報告義務を課している自治体もあります(宮城県など)。
総じて犬に対して条例は非常に厳しく、猫に対してはゆるゆるです。うちの犬はいたずらをしませんが、仔猫はいたずらばかりしているのに。ファクスが出てくると、まるでそれが自分の使命であるかのように飛びついて食うのです。
条例が規制しているのは、そういう問題ではありません。
さて、本書は「法令篇」と「用語解説・資料篇」に分かれています(箱は一つです)。「法令篇」のほうは、さすがに小難しいわけですが、「用語解説・資料篇」はとても便利です。イギリスやフランスなど各国の、驚くほど事細かな規定も全文翻訳されて掲載されているだけでなく、日本での「ペットに関する判例概観」では、例えばマンションでのトラブルをめぐってなど、なかなか実践的です。
データも豊富で、ペットに関する世論調査も網羅的に紹介されています。
値段はちと高いですが、ペット好きにはなかなか「使える」1冊です。なお、世界初の『ペット六法』を刊行した誠文堂新光社は、月刊誌「愛犬の友」の版元で、今年は同誌創刊50周年にあたります。
最後にどうでもいいことですが、「六法」類を書評するのは、ひじょ〜に珍しいと思います。私はかつて週刊誌で百科事典(CD-ROM版)や、松尾芭蕉氏の「奥の細道」新発見版を書評したことがあり、とりわけ芭蕉ファンには驚かれつつ無視されました。百科事典や松尾芭蕉氏を書評でとりあげたのは、後にも先にも俺だけではないかと思われます。
(「ガッキィファイター」2002年11月4日号に掲載) |
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