伊藤整『近代日本人の発想の諸形式』岩波文庫、460円




 書評という形式は日本では明治の半ばに生まれ、私が(笑)松尾芭蕉氏や百科事典やらを書評するまで、新刊をとりあげるということに例外はありませんでした。
  年々、日本での出版点数は増え、ヘンな本が怒涛のごとくあふれ、こうした喧騒としか言いようのない事態に「何とかしたい」とお思いの読者も少なからずおられると思います。

  書評の延長線上に「今年の収穫」という趣旨の欄は雑誌にも新聞にもありますが、私は同時代性こそ書評の本質だと思っています。何年も前に読んだ良い本がある、というのは書評という枠組みから出てしまうでしょう。しかし、だからと言って、新刊でさえあればいいという従来の書評のあり方は、すでに大きな壁にぶつかっているのではないでしょうか。
  そこで私は、旧刊でありながら最近読んで強く薦めたくなった本、というのを加えることにしました。ポイントは、紹介者が最近読んだ、という点です。 
  そこに同時代性を担保したいと思います。

  前口上はこれくらいにして、さっそく伊藤整氏の本をご紹介します。
  伊藤氏は、すでにこの世にはありません。本書が岩波文庫の1冊として出版されたのは1981年であり(いま私が手にしているのは2001年3月5日の第32刷)、ここに収録された諸論稿が初めて発表されたのは昭和28年から33年にかけてです。伊藤氏はこのとき40代後半から50代にさしかかっていました。猥褻(わいせつ)裁判として『チャタレイ婦人の恋人』が大論争を巻き起こした、まさにその渦中にあって、これらを書いていたことになります。

  本書には、その裁判のことは一切出てきません。しかし蛇足を承知で触れておくならば、1996年11月、発禁から46年目に『完訳 チャタレイ夫人の恋人』(新潮文庫)が約80ページの削除箇所を補って刊行されましたが、これを補訳したのは日本大学芸術学部教授の伊藤礼氏、つまり息子さんです。
  父親の仕事を、息子さんが継いでおやりになった。しかも、おやじさんが30−40代にかけて行なった仕事を、その息子さんが50−60代に完遂させた。
  なかなか感銘深い話であります。

  さて、私が本書『近代日本人の発想の諸形式』を読んだのは、つい先週のことです。本メルマガ連載「原稿料の研究」執筆のため伊藤整氏の『日本文壇史』全24巻を通読した、と先週号で申し上げましたが、興味が嵩じて氏の書いたものをすべて読んでおこうと思ったのです。『太平洋戦争日記』全3巻とかも含めて。
  当時の氏に匹敵する質と量の仕事を、いま続行中であるといえる現代日本の書き手は、いったい誰がいるでしょうか?
  まあ、いいです。わかりました。男は黙ってサッポロビールです(そういうことは口にせず自分でこつこつ仕事をしていけばいい、という意味か)。

  本書には5編の論稿が収められており、どれも意欲作です。2番目に収録された「近代日本の作家の生活」(執筆は昭和28年)には、《私自身の今の小説稿料の中位の標準で言うと一枚が千円であるから、六十六枚の原稿に対して、私は六万六千円を期待する》ところだが、明治初期の作家たちはいかに安い原稿料で食いつないでいたかを考証しています(P74)。これはいずれ「原稿料の研究」に反映させることになるでしょう(このあたりはむしろ前掲『日本文壇史』が詳しい)。
  それにしても、平成14年における《小説稿料の中位の標準》は、昭和28年から物価に比例してスライドをしていない、という点は指摘せざるをえません。否、明治初期と比べてさえ、現在の原稿料のほうが悪化しているのではないか、とすら思われます。

  冒頭に配された表題作「近代日本人の発想の諸形式」では、明治時代になって、なぜ知識階級に「理窟」(論理のこと)が形成されるようになったのか、の分析がとても興味深い。その日暮らしから解放された《財産のある家族から出た青年たちは、自己の生活を因習や約束から区別して論理的に考えはじめても、それを貫くことができた》(P19)というのです。

  明治時代にあって、文士たちの私小説が日本独自の隆盛をみます。読者にとって《勤務したり、御用聞きをしたり、上役にへつらったりする濁世をのがれて、〔中略〕自分が持ちたいと思っても持ち得ない自由で清潔で嘘のない生活を実演している一人の俳優を、その作者に見ているのである》(P33)と。
  しかし、商業ジャーナリズムの勃興とともに、《作者はそこで、自然に、殆ど意識せずに、それらの不幸を喜び迎えるようになる。次の段階には、彼は自ら不幸を作り出す》(P34)とも伊藤氏は指摘します。
  こうして私小説作家は、《それが書かれる時は作家の生活がほころび、作家の生活が調和して落ちつく時は書けなくなる》という二律背反(P10)に悩まざるえなくなってゆく、というわけですね。

  これは当時にあって平野謙の洞察と共通してはいるものの、単なる私小説論を超えて、近代知識人の自意識を抉(えぐ)って明快です。

《現世を放棄したものにとっては、実在自体が美しく意識される。対人関係から解放されたとき、急に空の美しさ、山の美しさ、木の葉の美しさが意識される》(P42)
  現世を離れたものにとっては、と置き換えてみれば、過日、佐渡に帰った曽我ひとみさんが、木、山、川を讃えた初めての記者会見で語った詩のような感想が改めて、日常に埋没しがちな私たちの感性を呼び覚ましてくれます。

  例えて言えば、見慣れたはずの「りんご」を画家が描いて初めて、その色、形、光との調和に私たちが気づかされるようなもの、かもしれません。そのような抽象化、普遍化、また顕在化という作業が「近代人の発想」のベースにある、という次第なのでしょう。
  本人が死に直面したり、肉親や友人の死を通して、ある者は他人の不幸に理解と洞察をもって優しく接することのできる強い人間になるが、ある者たちはその体験を普遍化できず過度な負担に耐えられない、という趣旨の指摘もなされています(P45)。

  さらに、「昭和文学の死滅したものと生きているもの」で伊藤氏は書きます。
《私は、やっぱり善とか正義とか、時代風に言えば社会正義というものを考えない作家は、多く、その仕事を駄目にした、と推定している。〔中略〕文学者である以上、その文章にその人の思考を正確に写すだけの技術を持たない人は、いかによい思想を持っていても、文学者としての仕事にはならない。音を操作できない作曲家とそれは同じものだからである》(P137)

  同書にあって、私に最も強烈な印象をもたらしたのは末尾の「近代日本における「愛」の虚偽」でした。
  キリスト教文化をもつ国々においては《他者を自己と同様の欲求を持つものとして考えて愛せ》という信仰が普遍的ですが、しかし日本人は「愛」ではなく「慈悲」という発想を根底に抱いてきたのであり、慈悲とは《他者を自己のように愛すというよりは、他者を自己と全く同じには愛し得ないが故に、憐れみの気持ちをもって他者をいたわり、他者に対して本来自己が抱く冷酷さを緩和する、という傾向が漂っている。〔中略、だから孔子も説くように〕我らの為し得る最善のことは、他者に対する冷酷さを抑制することである》(P140)
  ここは拍手するところです。

《絶対者を設定して、他者への愛の関係を命令するときに、「他者を自己と同じく愛せ」という強制が生まれ、不可能なことが命令によって実在性を帯びて来る。〔中略〕マルクシズムは、道徳的強制を質的に持っている限り、絶対者的存在を常にトップにおかなければならない》(P142)
  難しいですか? 要するに、それでは偽善的にならざるをえない、と彼は言っているわけです。

  それだけではありません。
《夫婦の関係を「愛」という言葉で表現することには、大きな、根本的な虚偽が実在している》(P143)。《明治初年以来、「愛」という翻訳言葉を輸入し、それによって男女の間の恋を描き、説明し、証明しようとしたことが、どのような無理、空転、虚偽をもたらしたかは、私が最大限に譲歩しても疑うことができない。即ち、人類愛、ヒューマニズムという言葉も同様である》(P145)

《ヨーロッパ思想の最大の虚偽が存在しているのは、「愛」という言葉による男女の結合においてである。その点、我々の方が遥かにリアリストである。我々は恋と慈悲の区別を知っている》(P148)

  含蓄の深い文章というものは、その当然の作用として、しばしば反発も喚起します。反発と共感を静かに胸中交錯させること、それがすぐれた読書という営みだと私は思います。




(「ガッキィファイター」2002年11月11日号に掲載)





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