本文の冒頭は、《姦通罪で告訴された文士で有名なのは北原白秋である》で始まります。めくるめく官能世界を堪能したあと一転、修羅場を経て白秋は姦通相手(俊子)と所帯をもつのですが、もはや文筆で白秋は食えなくなり、俊子が別れた夫側から借金を、という修羅場の幾星霜。そのあと、またしても白秋は姦通に走る。
次章(芥川龍之介)の冒頭は、《芥川龍之介は北原白秋が姦通罪で告訴されたことになみなみならぬ関心を示した。彼は白秋から事件の経過をくわしく聞いた。龍之介にとって白秋の事件はひとごとではなかった》。
その次の章(谷崎潤一郎)は、こう始まります。《芥川龍之介は北原白秋の事件に衝撃を受け、わが身を退けたが、谷崎潤一郎はたじろぐことなく、現実においても、官能を解放し、欲望を肯定する道を一途に突き進んでいった》
なかなか読ませる構成と筆運びです。
あの『生きていく私』を書いた宇野千代にいたっては、章タイトルが「楽しく姦通しながら生きていく私」。いくらなんでも、そのタイトルはないように思いますが。
《士郎と出会ってすぐ千代は姦通した。〔中略〕作家になるために、千代は家と夫を捨てた。〔中略〕それがまた千代を姦通へと駆り立てた〔後略〕》
どうもしっくりこないのは、姦通という言葉です。やっちゃっただけなのに。いや、そういう問題ではなく、ここに登場する文士たちのほとんどは、やっちゃっただけではなく、文学というビジネスのために相手の性愛を利用しているとしか思えないところが、「しっくりこない」原因なのかもしれません。
島崎藤村は、『破戒』を書き下ろしで自費出版し、その過程に陥った極貧のために子どもを次々と餓死させてしまうのですが、ようやく『破戒』に増刷がかかって印税がどんどん入ってくるようになるや、今度は兄の娘(藤村にとっては実の姪)を妊娠させて、パリに逃げてしまう。でも、パリで自由奔放に生き、なおかつ日本に残した家族が豊かに生きていけたのも、『破戒』がベストセラーになったおかげなのでした。
ところでこの『文士と姦通』の著者は、ちょっと我田引水というか大胆な仮説をもっていて、前書きでこういています。
《文士は姦通すると元気になる。男の文士も女の文士も、姦通することで元気になるのはおなじである。そして姦通すると、どういうわけか、傑作が生まれる。男盛り、女盛りで姦通し、文学史に残る作品を書く》
本当かなあ。日本で1920年ごろに「私小説」という分野が忽然と生まれてしまうのですが、そのために、自分の私生活を「普通でない」異常な方向へどれだけもっていけるか、が私小説作家の腕自慢大会になった、というだけのことではないのかしら。でも、「今」から当時を揶揄しても詮方ないことですね。この本、倫理では語らないので、おもしろくて勉強になります。
ちなみに私は、姦通という下品な刑法概念より、密通のほうがいい感じがします。
(「ガッキィファイター」2003年5月11日号に掲載)
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