吉岡忍+古木杜恵グループ『フリーランス・ライターになる方法』
NHK出版(生活人新書)、680円
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中東から帰国した日、東京駅構内の書店でこの本を見つけ買い求めました。
この手の本は、すでに何十冊も出ています。そんなに需要はあるのでしょうか。不思議です。
《今までこの手の本はたくさんありましたが、ここではあくまでライターの視点でまとめました。建前をできる限り排除して、本音の部分でライターの仕事をリアルに紹介したつもりです。》(P214)
ライターになる方法について書かれた他の類似本は、《ライターの視点》ではまとめられていないという意味でしょうか。きっと何かの間違いだと思います。
では、他の本には本音は書かれていないのでしょうか。同書を通読すると、《本音》という文字が見える箇所には、こう書かれています。
《本音をいえば、ライターは仕事の内容に比べて収入は多くない。取材と原稿書きが役割分担だが、編集者の仕事をカバーすることもしばしばだ。おそらく平均収入は三〇〇万円から四〇〇万円だろう。もちろん一〇〇〇万円を超える収入を得ている人もいる。だが、それだけの収入を稼いでいる人は休みなんてほとんどない。一年三六五日、必死で働いてそのくらいの収入を得るのである。》(P211)
もちろん私は、従来の枠組みから抜け出せないこの狭い見方には賛成ではありません。偏見だとすら思います。しかし、ここで私が本音をがんがん語りだすと、総会屋系や恫喝系メディアにあることないこと書かれるのでやめておきます。また、《仕事の内容に比べて収入は多くない》仕事など、ほかにもたくさんあり、ライターに限ったことではないでしょう。
《雑誌ライターは特別なスキルを必要としない。取材や原稿書きはイラストレーターやカメラマンのような芸術的センスをさほど必要〔とし〕ない。誰でもがチャレンジできる仕事だ。また作家などのように、自分が書きたいテーマだけを追うわけではないので、幅広い視野が必要だ。》(P212)
この本のライターと編集者は大丈夫ですか? スキルやセンス、幅広い視野が無用な仕事など、いったいどこにあるというのでしょう。また、この本でライターと作家との区別は、自分が書きたいテーマを追えるかどうか、なの?
すいません。同業者なので厳しく当たってしまいました。
この本を読んでいて、嬉しくなったのは、例えば次のような発言箇所です。
《(吉岡忍氏)そういう時代があったほうがいいだろうね。空白の時代が持つ意味というのはね、いろんな苦労をその間にする。暮らしていく上で経済的に大変だとか、何を考えていいのかわからないだとか、旅に出て散々な目にあっただとか。それがあると何が変わるか。対象に対して優しくなるんだよ。追及しなくなる。ぼく、取材に行くときね、位置的には取材相手と対面していますが、いつも横にいるような感じでしゃべるんですよ。
〔中略、ところが〕刑事の取り調べみたいな取材をしてるやつがいるわけよ。
〔中略〕空白の時代を過ごすことが無理にしても、フリーランス・ライターになりたいと思っている人たちに絶対やってほしいと思っているのは、自分なりの視点で取材をし、原稿を書くための土台になる学術書と小説を読むこと。
〔中略〕ジャーナリズムって二つの事柄で成立していると思うんですよ。「スクープ」と「新しいこと」。ノンフィクションを書き始めて思ったのはね、このどちらもそれほど難しいことではないということです。
〔中略、執筆に際して〕じゃあ、どんなトーンでいくかという話になる。そのときものを言うのが説得力なんです。編集部に対する、世論に対するね。一番資料を読んでいるやつ、一番現場を踏んでるやつが最も説得力を持つ、これは間違いないんです。
〔中略〕つまり、自分で責任を取るということ。何があっても。自分の視点での取材、表現したもの、これは自分の責任。》(P15〜P24)
《(与那原恵氏)私は三〇歳になった時点で、ライターとしてのスタートが遅いってことは自覚していたので、基本的に署名原稿しかやらないと決めていたんです。どんな小さな"署名"でも。それは自分を律する意味でした。ちゃんと名前を出して恥をかこうということです。〔中略〕フリーランスというのは仕事がないときは、とにかく暇なんですよね。そんなときに何をしていたかというと、貯金をはたいて海外に行って、自分のテーマとして気になっていた中国残留孤児の二世や、南米の移民などの取材を、どこの雑誌に載せる予定もなく、やっていました。私は短編のルポルタージュを書く場合でも、作品を載せる媒体が決まっていない状態で取材に行ってしまいます。
フリーランスこそ、何の依頼がなくても自分を奮い立たせて、自分の興味の持ったことに関して取材をしていくモチベーションを維持するのが、一番大変です。依頼されて動くことは、実はどうってことないんです。〔中略〕裁判の傍聴なんかもそうですけど、大手の出版社や新聞社、テレビ局を相手にしていたら、自分ひとりで並んでも手に入れることはできないんです。だけど、そのことに腐る必要はまったくない。大手メディアとか有名な作家にはできない取材方法を自分で見つければいいのだと思って、私はこの仕事をやっています。》(P155〜P160)
こんなところにも同志がいる。
(「ガッキィファイター」2003年6月2日号に掲載) |
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