山本博文『切腹 日本人の責任の取り方』(光文社新書、700円)
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この本には「おわりに」があり、その次に「切腹の日本地図」(本書が取り上げた切腹者の藩ごとの分布図)と「切腹総覧」(本書で言及された切腹者の総リスト)が続き、これで終わるのかと思ったら「あとがき」がありました。
「はじめに」に対応して「おわりに」があるわけですが、「おわりに」と「あとがき」は本来同じ意味なのですから、「おわりに」の次に「あとがき」を書くのは、パンツを2枚履いている感じです。1枚脱いで。
さて、私が「切腹」に興味を抱いたのは、「日本人の死に方」考という文章を書く準備過程においてです。「文藝春秋」2000年7月号に掲載され、のちに『偽善系2』(文藝春秋)と最新刊『偽善系』(文春文庫)に収録されています。
そのなかの自殺についてふれた箇所で(単行本P68、文庫本P264)、《日本人は自殺に対して非常に寛容である》という一行を書くために、自殺に関する国際比較と歴史考察を、かなり真剣にやりました。何事も比較と歴史を押さえないと、例えば「私は−」とか「日本人は−」というようなことは安易に言ってはいけないと思うからです。ついでに指摘しておきますと、およそ評価という営為は、比較軸と時間軸をシンクロさせる表現活動にほかなりません。
さて、そのような日本人の自殺について落とせない要素の一つは「切腹」です。例えば千葉徳爾『日本人はなぜ切腹するのか』(東京堂出版、1,500円)には、次のような事例の紹介がありました。
《昭和三年七月三日、宇都宮市の某女五十三歳が、孫の幼稚園の父母会に出席したのを、某新聞のカメラマンが普段着のままのこの女性の姿を撮影して新聞にのせた。何かその場の雰囲気をよく示すものだったので、悪意はなかったらしいが、昔気質のこの女性は、晴着でない姿を写真にとられることはするものではないと考えていたのに、新聞に掲載されたのを大いに恥じ、真夜中に風呂場に正座して毒薬を飲み短刀で割腹、大腸露出して苦悶中を発見され、病院に担ぎ込まれたが、一時間半後絶命した》
残念ながら、千葉氏の本では、上記の例は《腹を切ってみたいという一種の切腹志向》で説明されてしまうのですが、あまりにも軽薄です。さらに、《切腹という言葉もしくは行為によって自分も性欲を起こす、つまり精神的、刺激的な「してみたい」という激情にかられる……著者はそれが集団的自害の主要な動因ではないかと疑っている》という妄想に至っては、沖縄戦下の民衆集団自決や満州からの逃避行を念頭に置きさえすれば、千葉先生あたま大丈夫ですかと心配になります。
このようなトンデモ系が切腹本の主流を占めてきたなかで、本書『切腹』はこの分野で最も良質な書物です。
誤解されがちなことですが、懲罰としての切腹というのは江戸時代にも非常に例外的なケースでした。あの忠臣蔵の四十七士は、幕府の裁定を破ったわけですから、当然打ち首の対象になるはずなのですが、むしろ名誉としての切腹という破格の措置がとられた、という点に留意すべきでしょう。
罪が明白であれば、切腹など許されなかったのです。打ち首では子どもに家を継がせることもできませんが、切腹ならば可能です。身の潔白の証として、あるいは忠君の叫びとして、また武士における喧嘩両成敗の顛末として、江戸時代の切腹が行なわれていたことを、本書は実証してゆきます。切腹とは、
「自ら死を選べばすべて許される」という発想に裏打ちされていたことになります。これは現代日本人の「責任の取り方」に少なからず影響を与えているはずです。今週のコメントでも触れた五味記者が、辞職ではなく、懲戒免職を命じられた構図も、「自ら責任を取る」方法を絶った厳しい仕打ちだということになります。
(「ガッキィファイター」2003年6月23日号に掲載) |
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