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細川護煕『日本新党 責任ある変革』(東洋経済新報社、1,500円)

 
「日本を変える」は、この人から、あるいはこの党から、またこの本から始まった、と言っていいでしょう。

  細川政権の誕生は、自民党一党支配に終止符を打った、という意味で画期的な出来事でした。しかし、わずかの間をおいて、非自民への政権交代に再び絶望を強いた、という点で度し難い腰抜け政権でした。

  この腰抜け政権を操り、自分らの延命に有利なように小選挙区制を無理やり導入し、途中で「責任ある変革」を放り出したのが小沢一郎です。そのあとを継いだ羽田政権を自ら放り投げた(統一会派「改新」から小沢は密かに社会党を外し、連立から社会党が離脱することになった)のも、やはり彼でした。敬称を略させていただいております。

  これより前、海部内閣が退陣した際、総裁選に立候補を表明していた宮澤喜一、三塚博、渡辺美智雄の三名を自分の事務所に呼びつけ面接を行なったのも、金丸信の腹心として竹下派会長代行をつとめていた小沢一郎でした。
  何様なのでしょうか。

  恐ろしいことに、操られた細川も羽田も、そして小沢自身も、90年代に起した数々の見切り発車とその失敗について、何一つ総括していないのです。その事実についても、小沢を最近無条件に持ち上げておられる方々も忘れないようにしましょうね。

  なお、本書『責任ある変革』の内容は、地方自治や補助金についてなど、書かれていることは結構まともなことが少なくありません。問題は、これらの宣言を自ら放棄し、無責任に遁走した、というところにあります。

  昨今、英国などに倣って、政党のマニフェスト(選挙民への契約としての宣言)が脚光を浴びつつありますが、マニフェストの伝統すらなかった国では、数値目標を必ず掲げることを課したうえで、達成率が6割以下だった場合、幹部に名を列ねた者たちは最低5年間はいかなる選挙にも立候補できない、という程度のルールを確立する必要があるでしょう。
  そうでなければ、マニフェストも選挙後には、またただの紙切れになります。

  本書の歴史的特徴は、無責任きわまりないマニフェストの末路。それ以外の何物でもありません。



(「ガッキィファイター」2003年8月17日号に掲載)






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