書名からすると『バカの壁』の二番煎じのようで、私も無視しようと思いつ つパラパラと頁をめくってゆくと、これは非常に面白い本であることが判然と してきました。今年最高の収穫、と断言しておきます。
本全体の枠組み(日本人についての分析を五つの因子で説明するという枠組 み)については、ここでは触れないでおこうと思います。これを説明すると、 非常に難関な本のように思われてしまうからです。枠組みは、著者にとって重 要なのですが、読む側としては、あまりそこに拘泥せず、何よりもまず「頭が 良くなる読み物」として、なおかつ「数ある日本人論の最高到達点」として読 まれることをお薦めします。
著者は心理学者ですが、専門用語を使ってむにゃむにゃ分かったような解説 を書く自己満悦タイプの人ではありません。概念(事象の本質を言語化したも の)に対して、非常に真摯な人です。つまり、言葉の定義を自ら行なえる人で す。
例えば「エゴイズム」という言葉の定義も、以下のとおり明確です。
《日本では個人主義は単なる利己主義、エゴイズムと同義で捉えられることが 少なくない。他方、集団に同調しない孤立主義のように見なされることもある。 だが、こうした見方は誤りである。集団の同調圧力に屈しない強い信念の持ち 主が個人主義者なのである。それゆえ、個人主義者はエゴイストではない。損 得勘定で考えれば、集団の同調圧力に従順なほうが得だからである。損得だけ で行動するのは単なる利己主義、エゴイズムなのである》(P71)
文末に《である》が頻出する欠点はありますが、作家アイデンティティの人 ではないのでまあ大目に見てやって。この著者は概念整理も得意なので、読ん でいて気持ちがよい。例えば、内向性と外交性について――。
《統率性の高い性格の人は向上心が強い反面、強迫的になりやすく、仕事中毒 という病理を生む危険性がある。反対に、自然性の人は楽天的である反面、向 上心を持たず、無気力や怠惰という病理を生む危険性がある》(P22)
《内向性の国民がしたたかに外国とやりあえたら、そのほうが奇跡なのである。 外交案件の処理は、結局のところトラブルの処理だからである。個人でも、内 向性の人はトラブル処理が下手である。ただでさえ人間関係が苦手なのに、そ こにトラブルが加われば、内向性の人はどうしてよいかわからなくなってしま うのである》(P32)
《今日のアメリカでは、プロザック(プロザックは商品名。SSRI<選択的セロ トニン再取り込み阻害剤>という抗うつ剤)を日常的に愛飲している人々が二 千万人はいるのではないか、と言われている。こうした薬を愛飲している人々 は、もともと内向性の気質の人なのだが、アメリカでは性格が外向性でないと 仕事や生活をうまくやってゆけないので、プロザックの助けを借りて無理に外 向性になっているのである》(P36)
《内向性の国民性をプロザックのような抗うつ剤で無理やり外向性へと変える と、必ず破綻を招くのである。わが国の近代史では、ペリーの黒船ショックと 日清、日露戦争の大勝利がこのプロザックの役割を果たした。幕末に起きたペ リー来航は、それまでの日本人の内向性を、無理やり外向性へと急変させる役 割を果たした》(P43)
《戦乱は民衆を苦しめる。だが、戦乱は同時に民衆にとって一旗あげるチャン スでもある。日本の豊臣秀吉のごとく、貧乏な百姓の倅であっても、戦乱に乗 じて手柄を立てて、出世する機会がいくらでも出てくるからである。同じく戦 乱という状況に置かれても、そこから何とか逃げ出したいと願う人々と、逆に チャンスと捉える人々とでは性格が一八〇度異なるはずである。前者は内向性 の人々で、後者は外向性の人である》(P37)
バランスのよく取れた解説です。さらに、歴史的な分析もなかなか読ませま す。
《西欧列強によるこうした荒療治は、日本人の心に深いトラウマ(心の傷)を 残した。それは、第一に、西欧列強に力で呑み込まれるのではないか、という 恐怖である。日本(自分)がなくなってしまうのではないか、という恐怖であ る。この恐怖から、日本人は徹底的に西欧列強の模倣を始めた。それは法律か ら国家社会制度から科学技術から生活習慣まで、あらゆる領域にわたっていた 》(P43)
そもそも、本書も日本人論の一冊なのですが、しかし《明治から今日まで多 くの日本人論は、「日本人はだめだ」「西欧に比べて劣っている」という自虐 型日本人論と、「日本人は優秀だ」「西欧より立派だ」という自慢型日本人論 に分けることができる》(P44)
思わず、自虐的に微笑んでしまう指摘にも事欠きません。
《日本人は「問題ぼかし」と「先送り」によって矛盾が蓄積され、選択肢も狭 まって、もはやどうにもならない状況へと追い込まれると、「人間たまには清 水の舞台から飛び降りることも必要だ」という東条英機の「迷言」にあるよう に、感情的な「戦略なき決断」を下す悪癖を持っている。矛盾の蓄積と、選択 肢の消失によって追い詰められると、思考停止状態になって「キレる」のであ る。「キレる」ことで生じるカタルシスの後は、むろん悲惨な結果が待ってい る》(P81)
《「足元思考」という認知構造は、必然的に人を抑うつへと導くからである。 人は足元という狭い世界に意識を集中すればするほど、完全欲への執着が高ま る。スケールが小さいぶん、繊細で精緻なものを作り出すことが可能となる》 (P183)
したがって、私もよく指摘してきたことですが、残念ながら日本人はリスク とベネフィットの斟酌が非常に下手です。
《日本人は、リスク嫌いだからこそ、リスクを取ったときのリスク管理が苦手 なのである。リスクをどう扱ったらよいのかがわからないのである。明治時代 が成功したのは、後に日本の指導者となった維新を成し遂げた下級武士たちが、 幕末の戦乱の中で、リスク管理を肌で学習していたからである》(P154)
《日本人はリスクを取る生き方が苦手である。リスクを取らないということは、 危機に対する感受性が低いことを意味する。危機に対する感受性が低いという ことは、危機に対して無防備だということである。
高いリスクを取る人は、危機に対して常に警戒を怠らない。危機の予兆を見 落とせば、手痛い打撃を受けるからである。危機の前には必ず何らかの予兆が 現れる。その予兆をすばやく察知してあらかじめ対処しておくことで、リスク を回避し、多大の利益が得られるからである。リスクを取らないのであれば、 危機の予兆に気を配る必要などないのである》(P155〜156)
内容を紹介するのは、このへんで止めておきましょう。楽しみが減りますか ら。それにしても、《である》が多すぎる人なのである。
(「ガッキィファイター」2004年4月11日号に掲載) |
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