石井政之編著『文筆生活の現場 ライフワークとしてのノンフィクション』
(中公新書ラクレ、819円)
|
簡単に言えば、文筆生活者の職業および人生案内です。
ここでは敢えて「この手の本」と書きますが、この手の本は過去にもたくさ ん出版されてきました。ノンフィクションの書き手になりたい人など一握りし かいないだろうに、なぜかくも陸続と「この手の本」が出てくるのかと思いな がら、同業者にとっては多少なりとも参考になることはあるだろうという意外 に謙虚な気持ちから、私は新刊が出るたびに購入して読んでしまいます。
読み終えてから、その大したことなさに溜息が漏れ、なぜ情熱も必然性もな く「この手の本」を書く人たちがあとを絶たないのかと、うっすらと疑念を抱 くのが常でした。おそらく、書き手がプロの書き手であるゆえに、異口同音の 本が頻繁に企画されてしまうのではないでしょうか。
広義の職業案内は、例えばそれがエンジニアであれタクシードライバーであ れ銀行マンであれ詐欺師であれ、もちろん成立します。詐欺師の実数はよくわ かりませんが、ここで一例として挙げた上記諸職業のほうが少なくともライ ターよりは遥かに多いのですから、自分の職業に関する優れた書物ならば、初 心者と上級者および希望者に、それなりの需要があることは疑いありません。
けれどもいかんせん、ライター以外はそのような執筆行為を面倒くさがって、 需要はあっても供給がない、という次第です。いわゆる「ビジネス書」と呼ば れてきたジャンルこそ、実は広義の職業案内にほかならないのですが、それは ともかく、ライターという分野では職業案内は供給過剰気味だった、と言って もいいほどでした。
本棚一つ分の「この手の本」を集めかつ読んできて、どれもこれもまあ個人 的には役に立つ事柄は必ずあることはあるのですが、残念ながら他の職業人に 薦めたくなるようなものはありませんでした。
初めて、躊躇なく、本書をお薦めする次第です。
非常に迂闊だったのですけれども、これまで私は「この手の本」をノウハウ 本として捉えてしまっており、本書『文筆生活の現場 ライフワークとしての ノンフィクション』のような発想を予期していませんでした。
この本は、技術や説教や薀蓄やノウハウではなく、生き方の本でした。
本書の筆者は合計で12人います。
皮肉でなく申し上げると、この執筆者のなかに私が入らなくてよかった、と 心から思います(誘われもしなかったのですが)。この際どうでもいい日垣は、 本書のなかで若干おちょくられて登場する程度ですが(インタビュアーが俺の ことを「自分の原稿を高く売る努力をして結果を出しています」とかなんとか ふっているのに、なぜか佐野眞一さんは「まあ、ブランド品買うのも真っ当な ことかもしれないけどさあ」と、俺に喧嘩を売っています。いや、ちょっとだ け文句を言っておきたい年頃なのでしょう。かわいいなあ。でも)このあたり はまったく気にせず読み進めてくだされば幸いです。
自分が執筆者の一人にならなくて(本書のために)よかった、というのは、 私は「ライフワークとしてのノンフィクション」という発想をこれまでしたこ とがなかったからです。簡単に言えば、不適格。
いや、もしかすると、この12人の筆者のなかでも、「ライフワーク」という 発想はしてこなかったけれど編者からの問題提起を受けて真剣に自問自答した、 という書き手も少なからずあったのかもしれません。
単なる12人の文章の寄せ集めではなく、全体の構成がよく練られ、もとより 一つ一つはほとんど共通性のない「生計と仕事」論なのですが、各編がとても うまく調和しています。
編集の妙味が感じられる本でした。
そして、たまたま私は同業者という関係で、著者のほとんどを多かれ少なか れ存じ上げているのですが、そういうこととは関係なく、素朴に「意外感」が ありました。
それは本書が、生き方をテーマに定めた本であることと深い関係があります。
あまり褒めすぎてもいけないのでこのへんでやめておきますが、例えばあの 斎藤貴男さんでさえ、本書に収録された文章は、なかなかおもしろい。ご自分 を余裕で客観視できたからでしょう。
大泉実成さんの「売上げ三一一万二二六三円をめぐる赤裸々な自問自答」は もう笑劇的名作と言ってよく、藤井誠二さんのあまりにも謙虚な回顧にほろり とさせられ、早坂隆さんのルーマニアでの2年間密着取材に呆れつつ驚き、石 井政之さんの最終行に深く心を動かされました。
東大教授を兼務する武田徹さんは「いつか食えなくなるだろうなという絶望 的な未来観から逃れられない」と吐露し、粥川準二さんは科学ジャーナリスト の現状を憂いつつも新しい道を切り開き、15年程度しか「書く」仕事ができな い朝日新聞社にいた烏賀陽弘道さんは独立後に「自分の心を満たしているこの すがすがしさ」と表現し、チェチェン戦争取材で知られる林克明さんは「私に とって、戦争といえばウンチとおしっこである」と喝破しています。
私自身は、職業とは幸せであるための手段でしかないと考えてきたので、文 筆業が何か他の仕事と違う種類のものだというふうに思ったことは一度もあり ませんし、したがって特別の我慢をする必要もないと思ってきましたが、そう いうやつは職業案内や人生案内に関わらず黙々と生きていけばいいのでしょう。
それにしても、ライターが都内に家を買ったとか子ども二人を大学に通わせ ている、という程度の話が「それなりのこと」として話題にされる業界という のは、かなりどうかと思いますが、しかしながらその半面、原稿料だけで生計 を立てるという生き方は、サラリーマンにとってもなかなか興味深いことなの ではないか、と本書を読んでそう思いました。
なお、この本の帯には《カネか 自由か》とあります。両方だよあったりま えじゃねえか、と言っておきたいところを堪(こら)えて、全然堪えてないか もしれませんが、仕方がないじゃない本当なんだから。
(「ガッキィファイター」2004年7月9日号に掲載) |
|