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 ガッキィファイター 「拉致裁判」はどのように行われるべきか



「拉致」裁判はどのように行なわれるべきか



 やや逢着状態であるかに見える拉致問題。現段階では、拉致被害者の(北朝鮮に住む)家族を日本に呼び寄せることができるかどうかに焦点が当てられています。

 私は、その次に出来(しゅったい)する問題について、ここで論じておきたいと思います。それは、どこで、どのように拉致犯罪は裁かれるべきか、という問題です。そのことへの見通しなしに、威勢のいい要求や評論を繰り返すのは、軽率のそしりを免れません。

 まず北朝鮮の国内法では、拉致(誘拐、監禁)を裁く刑法条文は(一連の拉致事件に関して)加害者が公務員である限り誰に対しても波及しえず、せいぜい、軍務規律違反とか報告義務違反などでしか裁かれることはありえません。
 また、強要罪というのは北朝鮮の刑法(らしきもの)には見当たりません。帰国した5人は「公民」とされていましたから、5人に対する24年間の蛮行に北朝鮮内での強要罪を適用したいところですが、同国の刑法に強要罪は存在しないのです。
 密出国に対しては最高刑が死刑ですから、北朝鮮国内法に関する限り、むしろ、拉致被害者が逃走を試みたら、これでやられる可能性が非常に高かったと思われます。

 そもそも北朝鮮は法治国家ではありません。検察機構と裁判所が機能していないからです。判例にも市民のアクセスは不能です。刑法(らしきもの)も、実際には法治として運営されておりません。

 ひるがえって、拉致・監禁が日本国内において行なわれた、というのはまぎれもない事実です。日本国内法(刑法220条=逮捕監禁罪、222条=脅迫罪、224条=未成年者誘拐罪、225条=誘拐罪、経済援助のことも見越していたならば225条の2=身代金目的の略取誘拐罪、そして226条=国外移送目的略取罪)で裁かれるべきです。それしか法的根拠はありません。

 殺人罪や傷害致死、過失致死なども大いにありうるわけですが、これらが北朝鮮の国策であったとトップが認めれば、国策に対して刑法はいかなる近代国家といえども公的組織に効力が及びません(日本でも)。
 これらと227条=被略取者収受罪のみ、北朝鮮国内での犯行であると想像されますが、これらに関しても、拉致・誘拐があって初めて実行しうる凶悪犯罪ですから、裁判開廷は新潟等の地裁または東京地裁が原則です。

 最高裁事務局はそのことを明言すべきですが、提訴なくして裁判所はものを言わないので、「三権分立」などと建前を言わずに政府はこのことを明言すべきですし、他の交渉とリンクさせる必要はまったくありません。あくまで刑法犯として日本国内で裁く、というのがプリンシプル(原理原則)です。

 さらに、日本には「犯罪人引渡し法」というものがあり、《第1条 この法律において「引渡条約」とは、日本国と外国との間に締結された犯罪人の引渡しに関する条約をいう。2 この法律において「請求国」とは、日本国に対して犯罪人の引渡しを請求した外国をいう。3 この法律において「引渡犯罪」とは、請求国からの犯罪人の引渡しの請求において当該犯罪人が犯したとする犯罪をいう》と続きます。しかし、北朝鮮との間にはこの条約が締結されていませんし、同国にこれに類した法律もありません。

 国際法廷に提訴する方法がありえますが、これはダメです。二国間に起きた犯罪ですから、他国(最低でも5カ国)の裁判官が恣意的にあれこれ指図するわけで、日本および拉致被害者はただの証人扱いになってしまうからです。

 したがって、拉致犯罪関係者を、もちろん証人を含めて、公開法廷で裁くべき場所は日本以外にありえず、その引渡しを要求するのは、例えば米紙などにアピール文を掲載し、国際世論を高める方法以外にはありません。




「週刊金曜日」インタヴュー何が問題か



 たとえ拉致被害者や(日本の)家族が、その記事を読んで嘆くことが予測されても、貴重な一つの報道の在り方として、拉致被害者の(北朝鮮に住む)家族にインタヴューを試みる、ということ自体は、取材者としてありうべきことだと私は思います。

 ただし、そこには大きな前提または条件があります。それは、事実でないこと、あるいは事実でないかもしれないことを、そのまま裏づけもとらずに垂れ流さない、という一点です。
「週刊金曜日」は、その最低条件をクリアできていたでしょうか。
 否です。

 これは「週刊金曜日」11月15日号に限った頽廃ではありません。日本の新聞は毎日、そのような記事で溢れています。当事者がそのように言ったことは事実だ、という屁理屈によって日々記事が量産されているのは、ご承知のとおりです。

「週刊金曜日」の創刊者であり現在も中心的な編集委員である本多勝一氏は、かつて日中国交回復前に『中国の旅』を朝日新聞紙上で連載しています。当時、本多氏は中国当局に取材源もその交渉も全面的に依存し、当局の命令によって取材源が(本多)記者の目の前に来て証言する、というスタイルをとりました。
 そのことに、私はケチをつけようとは思いません。その条件を受け入れないかぎり、当時あの国で日本人記者が取材活動をすることは不可能でした。むしろ、立派で有意味な企画だったと思います。

 本多氏が書いたのは、かつて日本軍が中国でいかに暴虐の限りを尽くしたか、という物語でした。その取材および記事は、基本的に中国の対日政策に合致するものです。それだけに、日本の新聞に連載記事を書くに際しては慎重でなければなりません。しかし、『中国の旅』にはその慎重さは、ありませんでした。日本を難詰する、という点でのみ一貫しています。
 そのことも、敢えてここでは不問に付しましょう。
 問題にしたいのは多くの場合、本多氏が証言の裏づけを怠っていたことです。
 その重大な難点が、「週刊金曜日」でも悪しき伝統として引き継がれています。

 このたびの「週刊金曜日」には、例えばチャールズ・R・ジェンキンス氏の発言として「妻が〔10月〕24日に帰ってくると思っていました。日本政府の人が、空港で、10日間で妻は帰ってくると約束したからです」と表明したことになっています。これは、待ち受け取材にも快く応じている中山恭子内閣官房参与に確認すれば、事実に反するとすぐにわかったはずであるばかりか、当時の新聞を繰ればそんなことを言うわけがないと知れたはずです。あるいはまた、氏が属していた米軍を「南朝鮮侵略軍第1騎兵師団」云々と表記しているのですよ平然と「週刊金曜日」は。
 あほか。

 曽我ひとみさんが、この記事に怒りを露わにした、という伝聞にも、私は懐疑的です。翌日の記者会見で、そのような怒り、抗議、困惑はいっさい見られなかったからですし、何より北朝鮮に住む家族が「元気だった」ということの確認ができたからです。家族ならではのメッセージも、その記事や写真(服装)から、曽我さんは読み取れたに違いありません。
「言わされている」ことなど、曽我さんなら百も承知です。

 また「北朝鮮で自由なインタヴューができるわけがない」という指摘も、それを無前提の真理として公言するのは間違っています。私は、平壌のホテルや、市内の食堂その他で、(1960年前後に北朝鮮にわたった)日本人妻たちやその子どもたちに長時間インタヴューしたことがありますが、その交渉は当局に依頼せざるをえなかったとはいえ、当局の人間はそこに立ち会っていません。

 もちろん、「週刊金曜日」の取材が自由に行なわれたはずだ、と言っているのではありません。質問自体は、おそらく何の制約もなくできたのではないかと思われます。
 しかし、その質問に回答し、日本の週刊誌に出るということが当局にも本人たちにも知らされているのであれば、ましてや北朝鮮側が用意したホテルの一室では政府職員も同席しているはずであり、それが本心からの発言でないものが多く含まれる可能性について、まったく考慮していない記者や編集長は、ただのバカだと思います。

 拉致問題のありうべき修復作業として必要なのは、徹底調査と情報公開、日本での公判、経済的慰謝の三つです。最低限この三つにつき金正日の責任を求めることに対して、「週刊金曜日」の編集委員(本多氏、佐高信氏、落合恵子氏、筑紫哲也氏、椎名誠氏)は、いずれも反対しておられるがゆえに、今回のインタヴュー記事掲載に賛成する結果になったのでしょう。

 いわば確信犯です。遠からず「週刊金曜日」は滅びると私は思います。
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☆前号でお知らせした「意見広告」。今週前半には緊急アピール文と掲載文が 最終決定するかと思います。その直後に、臨時増刊号(木曜日)またはサイト にてお知らせする予定です。呼びかけ人のうち、この件に詳しく触れておられ る方のリンク先は、こちらです。ご参考までに。

有田芳生氏:http://www.web-arita.com/
加藤哲郎氏:http://www.ff.iij4u.or.jp/~katote/Homef.html
高世仁氏:http://www.jin-net.co.jp/index.htm



このページに関するお問い合わせは緑慎也:gfighter@jcom.home.ne.jpまで。