退職外交官による告白本を哂う



 NHKやJR西日本や社会保険庁や特殊法人や外務省などを、退職してから 罵(ののし)るのは、彼または彼女の精神安定上やむをえない面もあるので しょうが、その口上を真に受けるのは早計に過ぎると私は思います。

 お名前は忘れましたが、社会保険庁だったか厚生労働省の外郭団体で働いて いたときの見聞を暴露している女性ライターや男性医師が、「年度末に何でも いいから予算消化のために大きな買い物をしていいと言われた」などとテレビ に出て"告発"していたりするわけですが、私は問いたい。

 そのとき、きみたちもその貴重な税金を使っちゃったのか?
 良心の呵責はなかったのか?
 それとも、別人格なのかにゃ?
   在職中に反旗をひるがえしたり、直言したりするのは無理だが退職後に暴露 するのは日本のためだ!というような意見もあろうかとは思います。
 しかし、大臣や知事や会長が直接指示をして、そのような公金ドロボーを強 いているわけではなく、職員や社員が総ぐるみで無批判に慣習なるものに従っ てきたその結果として、それらが白昼公然と繰り返されてきたのです。

 在職中の胸の痛みを省察できない者たちの後出しジャンケンは、滑稽です。 自分もその一員であったことに蓋をして第三者づらして告発すればするほど、 その人の莫迦が溶けて出てきていることに気づかないのでしょうか。
 気づかないんだろうね。

 原田武夫『北朝鮮外交の真実』(筑摩書房)も、そのような後出しジャンケ ンの一典型です。
 本書の奥付(おくづけ=本の最終ページにある著者や発行所や印刷所などを 記載した部分)によれば、今年4月25日の発行であり、原田氏が外務省を辞め たのは3月末。あらかじめ準備をしていたのでしょう。すでに「原田武夫国際 戦略情報研究所」を設立しています。

 独立は自由ですし、私も奨励したいくらいですが、税金で得た知見を暴露し て稼ぐ、というのはどうかと思います。しかも、それが共犯関係にあった場合 は呆れるほかなく、それになにより、このような告発本が新設事務所のPRに ならなければよいが、とジャーナリズムはしっかり疑ってかかるべきでしょ う。

 先ほども言いましたとおり、辞めた者が自己正当化のためにつく嘘や、たと え事実としてもかつての恋人を公然と罵るような女々しき(←この漢字に謝罪 しておきます)行ないは、本人の精神衛生上やむをえない面はあるにせよ、許 しがたいという以前に、醜悪だと思いますし、ましてやその言い分を第三者が 真に受けるのは微笑ましい限りでございます。

 本書の出版と並行して、「現代」5月号に「辞職手記 北朝鮮担当官が綴る 日本外交の敗北」が出ました。
 この両者から、退職官僚の面目躍如たる骨格部分をピックアップしてみま しょう。

《2004年11月10日、北朝鮮・平壌。……安否不明の拉致被害者10人全員の「生 存」と「帰国」が通知されるのではないか――この日の晩、日本政府代表団の 誰しもが、そう思いながら眠りについたことは想像にかたくない。私もその一 人だった。》

 確かに、他の官僚たちもお莫迦さん(他の可能性をまったく考慮せず、最悪 の事態に対する防御策や善後策を検討しないで交渉の場に臨んだのですから。 しかも税金を無駄に使って)なのは疑いないとしても、あなた(原田武夫氏) もまったく同類だったのではないでしょうか。
 東大経由で大企業や有名省庁に入った人に、絵に描いたような莫迦が多いの は、わざわざ私が指摘するまでもないことなので、先に進みます。

《……だがそうした根拠なき期待は、翌日、見事に打ち砕かれることになる。 ……日本外交が「敗北」した瞬間だった。
 そしてまさにこのとき、私は外務省を辞し、「日本外交の真実」を日本のた めに論じなければならないと決意したのだった。》

 日本のために「日本外交の真実」を?
 ご自分のために『日本外交の真実』を売りたいだけでは?
 偽善系の臭いがぷんぷんだ。

 さて、この退職官僚によると、外務省を批判し変えることができるのは、国 民でも、評論家でも、学者でも、内部の職員でも、ないようです。

《これまで日本外交については、さまざまな形でその「問題」や「欠陥」が語 られてきた。しかし、その多くが外交実務経験のない評論家、あるいはアカデ ミズムの住人たちによる論評で、外交のプロである私たちから見ると、およそ 非現実的で笑止なものの連続であったように思う。》

 要するに、優秀な外務省出身者でないと外交を語る資格はない、と言ってい るわけですが、きみを含めていつも《根拠なき期待》で笑止な税金の無駄遣い ばかりしかできなかった者たちが、どの面さげて《外交のプロ》だと胸を張り うるのでしょうか?

 別のところで、情報と交渉が命であるはずの外務省なのに、交渉術が小学生 並みであるだけでなく、決定的に《欠けているのはすべての政策決定の前提と なる「情報」なのだ》とも言っておられます。これでどうして《外交のプロ》 などと言えるのでしょう?

 このたぐいの人々は、たいてい自分がいちばん偉いと思っています。もう少 し耳を傾けてみましょう。

《もちろん、外務省OBを名乗る人物たちによる議論もないことはないが、大 部分が私怨と偏見に満ちており、「いまそこにある問題」について、国民的な 議論を惹起しつつ、同時に外交実務に携わる者を生産的に後押しする議論では なかった。》

 先ほど《外交実務経験のない評論家、あるいはアカデミズムの住人たち》も ダメだと言っていましたが、今度はOBを名乗る人物もだめ、とおっしゃいま す。それにしても《OBを名乗る》ってどういう意味なのでしょうか。きみも そうではないのかな。東大法学部中退(東大法学部の現役時代に外交官試験を 突破した、つまり東大法学部中退がいちばん偉いと彼らは信じている)のOB なら良い、という意味なのでしょうか。

 原田武夫氏は、原田武夫国際戦略情報研究所を設立し、そのPR本『北朝鮮 外交の真実』を出版しました。そのなかで彼が主張しているのは、「外務省か ら独立しながら税金を潤沢に使える情報機関を作るしかない」という一点だけ なのです。
 よく考えてみてください。「国際戦略情報研究」などという分野のシンクタ ンクが、いったいどこからお金をかっさらってくれば維持しうるかを!



(「ガッキィファイター」2005年5月20日号に掲載)




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