岩井克人氏の巻 "会社はだれのものか"


■岩井克人(いわい、かつひと)氏:1947年2月生まれ。東京大学経済学部卒、 マサチューセッツ工科大学経済学部大学院修了。カリフォルニア大学バークレー 校経済学研究員、エール大学経済学部助教授、同コウルズ経済研究所上級研究 員などを経て、昭和57年東京大学経済学部助教授、平成2年教授。63年ペンシ ルベニア大学客員教授、プリンストン大学客員助教授を兼務。主著に『ヴェニ スの商人の資本論』『Disequilibrium Dynamics―A Theoretical Analysis of Inflation and Unemployment』『不均衡動学の理論』『貨幣論』『資本主義を 語る』『21世紀の資本主義論』など。
 以下の引用は、『会社はだれのものか』(平凡社)および「ポスト産業資本 主義では会社は『社会のもの』になる」(「エコノミスト」2005年9月27日号) によった。


《法人としての会社は「モノ」でありながら、「ヒト」である。つまり、会社 は2階建ての構造をしている。2階では、株主が会社を「モノ」として所有し ており、1階では、会社が法律上の「ヒト」として会社財産を保有している。 この1階部分で、会社は、他社と契約や訴訟をしたり、実際の経済活動をして いる。
 このように、会社とは、ヒトがモノを所有するという私有財産制(資本主義) を、実に巧みに組み合わせた仕組みである。そしてここに、会社の功罪すべて の秘密が隠されている。》


《法人名目説と法人実在説との対立とは、会社の2階部分と1階部分のどちら を強調するのかということの違いでしかない。そして、会社は株主のものでし かないという株主主権論は、本来2階建ての構造をしている法人企業(会社) と、オーナーが企業財産を直接所有している個人企業や家族企業とを混同した、 法理論上の誤りなのである。》


《バブル崩壊後の日本では、株主主権論という米国型会社のあり方に追随すべ きであるという議論がなされている。しかし、私は、その考え方は間違いであ り、むしろお金(株主)の価値は減り、人(従業員)の価値が高まると考える。 20世紀末頃から先進資本主義国では、資本主義が「産業資本主義」から「ポ スト産業資本主義」の時代へと変貌を遂げている。
 ポスト産業資本主義では、お金の力は弱くなり、人間の差が会社の利益の源 泉となる。そのような時代では会社の1階部分が重要になる。》


《しかし、21世紀の先進資本主義国では、産業資本主義が終わり、ポスト産 業資本主義の時代になった。人手が余らなくなり、賃金は上がり、機械制工場 を持っているだけでは、利益が上がらない時代になった。そのなかで、資本主 義を維持しながら、どうやって会社は利益を上げていけばよいのか。
 会社利益とは会計学のABCだが、「収入」マイナス「費用」である。収入 の方が費用よりも多くならなければ利益は上がらない。産業資本主義では、賃 金が相対的に安かったので、機械をもつと自動的に利益が上がった。しかし、 現在、先進資本主義国では、人件費が上がっており、そこで意識的に収入と費 用の間に違いをつけなくてはならない。工夫をして新しい製品を作ったり、新 しい技術を導入したりして、他社との違いを生み出さなければ利益を得られな い。》


《もちろん、人を重視する経営が重要だといっても、ポスト産業資本主義は決 して、バラ色の世界ではない。なぜなら、人間の頭脳の差が重視されるように なるからだ。
 例えば、オリンピックの金メダルと銀メダルのように鼻先1センチの違いで、 その人の収入の差は100倍になるかもしれない。そのような少しの違いが、 大きな報酬の差を生み出し、不平等が出てくる可能性がある。しかし、同時に、 ポスト産業資本主義では、人の差が出ると同時に個人の優位性を持続できる期 間が短いということも重要である。つまり、勝者の期間は短くなり、何時でも 勝者が敗者になり、敗者が勝者になる可能性がある。
 そこでは、たんなる弱者保護という意味ではなく、このような敗者復活戦を 奨励していく社会の仕組みを、いかにデザインするかが政治の役目となるはず である。》




(「ガッキィファイター」2005年9月27日号に掲載)

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