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暴力(2003-12-25)
KGBやCIAなどでは、テロリストや暗殺者を育成する際に行われる訓練の中に、暴力シーン、流血シーンの映像を執拗に見せるというものが含まれているらしい。 最初は外科手術など比較的マイルドな映像を訓練生に見せ、慣れてくるにしたがって、刑務所での拷問、機関銃でボロボロにされる子供、ナチスの虐殺、と、その内容がエスカレートする。 映像を見ている人間の呼吸や脈拍などはしっかりと測定され、上映中にわずかでも反応があれば、そのシーンは何度も繰り返される。 数ヶ月間、これを繰り返すうちに、どんなに残虐なシーンを見ても呼吸や脈拍、脳波などが何も反応を示さなくなる。すると、この訓練は終了となる。 この訓練の目的は、訓練生を暴力的な人間にすることではない。プロの殺人者、テロリストとなるためには、あらゆる流血、暴力に対して不感症になることが必要なのである。歯を磨いたり、煙草を吸ったりするのと同じように、人を殺しても何も感じない、命令だから、義務だからと人を平然と殺すことができる感覚を養うために、この訓練は存在する。 慣れというものがある。私も病院に勤めて最後の頃は、入院していた患者さんが亡くなっても何も感じなくなっていた。病院に勤め始めた頃はそうではなかった。だんだんと人の死というものに慣れてきてしまったのだろう。 小学生の頃、『北斗の拳』という漫画が流行った。主人公のケンシロウが、悪い奴らの体を指や拳で突くと、そいつらは「ひでぶ・・」とか言いながら、体が破裂して死んでしまう。 最初にこの漫画を読んだとき、吐き気すら感じた。死んだのは悪人であったが、善悪の問題ではなく、単にこの漫画の残虐性、暴力性に耐えられなかったのである。 私の他にも「気持ちが悪い」と、言っていた友人はいた。しかし、何度か読んでいるうちに、自分はその暴力シーンをなんとも思わなくなっていた。 漫画、映画、アニメなどの暴力シーンがたまに問題になることがある。 「それらは人間の暴力性を高めるものなのではないのか、最近の少年の凶悪犯、暴力犯の増加はそれらにも何らかの原因があるのではないのか?」 「漫画やアニメを見たからって、暴力性が高まったり、人を殺したりはしないだろ、人を殺す奴は何を見たって殺すんだよ」 私にはどちらの意見が正しいのかは分からない。ただ、暴力シーンを何回も見ることによって、暴力を振るいたくなるかどうかは分からないが、暴力に対して免疫がつき、不感症になってゆくということはいえるのではないかと思う。 暴力シーンを見ることによって、暴力を振るいたいという欲求は生まれなくとも、いざというときに暴力を振るうことにためらいを感じない人間、暴力を問題解決の手段とすることを容易に正当化できる人間、暴力を振るったとしても罪悪感を感じない人間、が育ってゆくのではないかと思う。 冒頭に示した暗殺者養成のための訓練は、まさにこれが狙いなのであろう(映画の暴力と、暗殺者養成の訓練に使われる映像では質も量もぜんぜん違うであろうが)。 最近、世の中全体が暴力不感症になってきているということを痛感する。 映画や漫画に、暴力シーンとセックス描写が禁じられれば、多くの娯楽作品が姿を消すことになるのは考えるまでもなく分かる。ゆえに現代の娯楽から暴力やセックスを葬り去ることはどだい無理な話である。 暴力を見たがる人が大勢いて、それ故に製作者は暴力に依存する。 『痛快なアクション映画』、こういう言い換えも可能であろう、『楽しい暴力映画』と。 かくいう私も、映画や漫画などの暴力シーンは嫌いではない。暴力は、我々の中にすっかり根付いてしまっているようである。
狂気(2003-12-11)
「食べ物を粗末にするな」という言葉があまり聞かれなくなったのは気のせいだろうか。私は子供の頃、親からかなりくどくどと注意された記憶がある。 「食べられなかったら残しなさい」今やこちらが主流であろう。
レストランなどで、私の母は、あらかじめ子供の食事は半分にしておいて下さい、と、ウエイターに頼んでいた。こんなことを言う母親、今時いるのだろうか?(身内を持ち上げたりしてすいません)私ならこんなことは決して言わないであろう。子供の分まで私が食べるからである。 病院で勤務していた頃、体調が悪かった時、食堂で、食事の量を少なめにしてください、と、頼んだことがある。 「残しちゃっていいですよお」お姉さんはニッコリと微笑んだ。私は背筋が冷たくなったのを覚えている。もちろん、風邪のせいではない。怒りを感じたわけでもない。すごく綺麗なお姉さんだったのだが、その笑顔になぜか薄気味の悪さを感じてしまったのだ。 ゆうちゃん一家の経営するコンビニエンスストアにも、上層部から理解しがたい命令が下っていた。ゆうちゃんも怒りを表明していたのだが、それは、「破棄することになる弁当が増えても構わないから、常に棚がいっぱいになっているように、弁当の発注を大幅に増やすように」というものであった。
おかげで、ゆうちゃんのサンクスでは、毎日のように大量の弁当を破棄するようになってしまったという。そのおこぼれを、このサイトの管理人がたまにもらいに行っていたらしいのだが、真相は定かではない。 幸いなことに、サンクスのこのわけの分からん押しつけは、加盟店からの大量の抗議のため、今は行われていないようである。それにしても、とんでもない話である。 食べ物を粗末にしないこと、これは人として最低限の品性ではないのだろうか。 基本的に、食べ物というのはみな元は命である。動物、植物、昆虫、いろいろあろうが、とにかく、生命を奪って糧とさせてもらうわけであるから、感謝の気持ちをもって扱うべきではないのだろうか?はっきりいって、今の日本の現状は狂っているとしか思えない。 無駄がなければ経済が回らない、それは仕方がないことだ。その仕方がない、が、無駄が出るのは当然だ、に変わって今に至っている。 昨今、凶悪な犯罪、狂気としか思えないような犯罪が急増している。しかし、狂気は私たちの中にも存在しているのである。その狂気に気づかないことが、もっとも恐ろしい狂気ではなかろうか。
対処に困る標識(2003-12-10)
車を運転していると、当然のことながら様々な道路標識を目にする。。私は普通運転免許を取得してから10年以上は経っているが、未だに理解不能な標識にめぐり会うことがある。 例えば、!、黄色地に黒でびっくりマークの書かれた標識であるが、「その他の危険」に注意せよ、ということらしい。 何が危険なのか明確でない場合には、〜注意、と明示することになっているらしいのだが、何が危険なのか判然としない場合も多々あった。人通り、車通りのほとんどない山道に、唐突にこの標識がポツンと立っていたりすると、少し胸騒ぎがしてしまったりする。 これ以上に嫌な感じの標識もある。この標識をご存知だろうか? これは「落石注意!」の標識である。 落ちてくる石にどうやって注意すればいいのだ?そんなもんルパン3世みたいなドライビングテクニックがなければ、対処しようがないだろう。 私は長年疑問に思っていたのだが、そうではなかったのである。 この標識は、石が落ちてくるから注意しろ、という意味ではなく、落ちている石に注意しろ、ということらしい。落石が多い箇所だから、思わぬ所に巨大な石が落ちているやもしれぬので、気をつけてね、と。 こんな標識を立てるまえに、その落石を防ぐ工夫をして欲しいものだが。
心霊写真か! その2(2003-11-25)
今回は、前回の続きとなっておりますので、前回分を未読の方はご面倒ですが、こちらへ
私は自分が撮影した写真に写りこんだ、まるい物体にそっくりなものを、心霊関係のサイトに掲載されていた心霊写真の中にみつけてしまった。 ちなみに、私が撮影してしまった丸い物体はこれである。(写っている人間はカットしました)
私は知り合いの霊能者、K先生に相談してみることにした。以前、心霊写真の話を聞いたことがあるから、心霊写真の鑑定もできるはず。先生の旦那さんがパソコンを買ったらしく、「今度使い方なんかを教えてあげてもらえないか?」と、丁度先生に頼まれていたので、そのときにでも。
「あーら、いらっしゃい、忙しいのにごめんねえ」と、K先生。忙しくはないです。それに、自分の用事もあるんです。 「天丼でいいかしら」 出前を取ってくれるらしい。 「ビール飲む?」ビールを飲みながら、私は問題の写真を先生に見せた。 「ああ、これね」先生は難しい顔をして考え込んだ。 いったい、なんだっていうんだこの写真は。 「なんだったっけ、ほら」もったいぶる先生。 「このまえ、カメラマンの人が教えてくれたのよ、こういうの何ていうって言ってたっけ」カメラマンが教えてくれた??? て、ことは、心霊写真ではないのか? そう、結局、こういうものをなんと呼ぶのか先生は思い出せなかったのだが、これは心霊でもなんでもなくて、気温や湿度の関係でたまに起こる現象らしい。 明け方まで眠れなくなるくらい怖い思いをしてまで、心霊写真のことを調べたのに、あの努力はなんだったんだ!
ここまで引っ張っておいて、しょうもないオチですみません。東×ポっぽいことをやってみたくなったもんで、つい、失礼しました。
心霊写真か! (2003-11-20)
心霊写真というのは、どうも信用ならないものが多いような気がする。写真に丸く印がついていて、ここに若い女の人がいます、みたいなことが書かれていても、どこに女の人が写っているのかさっぱり分からなかったりする。ここにいますよ、と、印がついているのにも関わらず、ウォーリーよりも見つけるのが難しいとはどういうこっちゃ。 私が最初に心霊写真というものに不信感を持つようになったのは、中学1年生の頃であった。 A君と書店に行ったときのこと。 その書店の店主は、立ち読みをしているとハタキを持って近づいてきて、わざとらしくパタパタやりながら、「買ってから読んでね」と、邪魔をしてくる愉快なおじいさんであったが、とりあえず、それはおいておこう。 「ちょっと、これ見てみろよ」A君が私に1冊の本を渡す。小さくて分厚い本、それは心霊写真集であった。 A君は店主の動きを気にしながら、素早くページを繰る。 巻頭のカラーページではなかったが、最初のほうのページにかなり大きく掲載されている写真。 小学生くらいの子供が数人、布団の敷いてある和室で人間ピラミッドをしていた。どうやら修学旅行の写真のようである。その写真には知った顔ばかりが写っており、目の前にいるA君も、写真の中で苦しそうに踏ん張っていた。 そして、彼らの背後にある窓ガラスには、ゴリラみたいなものがはっきりと写っている。 『窓ガラスにゴリラの顔!』写真にはこのようなタイトルがつけられていた。 ゴリラって日本にはいないだろ?と、子供ながらにも、私は思った。子供が見ても胡散臭いにおいがプンプンする写真であった。 話を聞けば、案の定、窓ガラスが曇っていたのでいたずら書きをして、その部屋で写真を撮ったら心霊写真のようなものができたので、誰かがいたずらで出版社に写真を送った、というのが、真相であった。 ところが、偉い心霊研究家の先生は、この写真は間違いなく心霊写真だ、と、太鼓判を押していた。止せばいいのに、「この写真からは禍々しい邪気を強く感じる」なんてコメントまでつけて。まさか、心霊写真を見ながら爆笑するはめになるとは思わなんだ。 私は霊の存在を信じないわけではないが、巷に溢れる心霊写真の多くには、疑問を感じている。 ところが、つい最近撮影した写真の中に、奇妙なものを1枚発見してしまった。 ほとんど時間差なしに撮影した2枚の写真。そのうちの1枚に奇妙な丸がたくさん写りこんでいる。よく見ると、その丸には模様があり、大小様々で20個くらい写りこんでいる。 なんだろこれ?まさか心霊か? 私は気味が悪くなったので、インターネットで心霊写真について少し調べてみることにした。 心霊写真を大量に掲載しているサイトを発見したので、似たような画像がないかと探してみる。 このサイトには、本当に心霊写真なの?と、言いたくなるような写真も結構あったが、逆に夜トイレに行くのに支障をきたすくらいやばいものもあった。(個人的には、家族旅行〜S県、登山〜K県の2枚が怖かった。霊感の強い人、私のような怖がりの一人暮らし、はこのサイトには行かない方がいいです) そして、私の写真に写り込んでいた丸に、そっくりな丸が写りこんでいる写真を発見。その写真のタイトルは、そのものズバリ、『まる』、であった。別にギャグではない。笑い事ではないのだ。 解説によると、この丸は浮遊霊(あてどなくそこらへんをうろついている霊)で、そんなに害はないもののようである。 しかし、実際に害がないものなのかどうか、素人判断は危険である。この時点で私は心霊写真疑念派から、心霊写真肯定派に転向していた。 この写真には知り合いが大勢写っている。私は、どうしたものかと考えていた。 次回につづく
連れ去り(2003-11-15)
数日前、久しぶりにせーげん氏の家に遊びに行った。晩飯をご馳走になり、その夜はそのまませーげん氏の家に泊めてもらう。 翌朝、学校に行くもかちゃんをバス停まで送り、私もそのまま帰宅することにした。 「頼むぞ」と、せーげん氏。彼に見送られつつ、もかちゃんと私はバス停に向かう。 一つだけ、重大な懸念があったので、そのことについて、もかちゃんと相談する。 「もかちゃん、バス停に行く途中で、近所の人に会って、その方はどなたなの、って、僕のことを聞かれたら、パパの友だち、って、言うんだよ」 「うん」 「間違っても知らないおじさんだよ、なんて言っちゃだめだよ。そんなこと言われたら、僕は警察に捕まっちゃうんだから」 「うん、わかった」 極めて怪しい会話を交わしつつ、バス停に向かう我ら。そう、最近は小学生を連れ去るおじさんや、お兄さんが大量発生しているとのことなので、私も疑われるのではないかと、少し心配になったのだ。 こんな相談をしていた直後、前方から主婦と思われる女性が二人。 「もかちゃん、あの人たちは知っている人?」 「うん」 緊張の一瞬、先手必勝だ。 「おはようございます」と、私は挨拶をした。 「おはようございます、もかちゃん、おはよう」と、二人。 彼女たちは、当然次に足を止めて、一緒に歩いているこのヒゲ面の不審人物について、もかちゃんに質問をするものと思っていた。 ところが、二人は足を止めることなくそのままスタスタと歩き去った。 おい、ちょっと待ってくれよ、おい、、、この怪しい人物が誰だか知りたいだろ?もかちゃんが心配だろ?でも安心してくれたまえ、私はこの子の父親の友人の、、、、、、声にならない呟き。 私は頼りにならなそうなこの二人の隣人のことを思うと、もかちゃんのことが少し心配になってしまうのである。
選挙に行こう(2003-11-07)
自衛隊隊員がイラクで死亡した場合の弔慰金は一億円、派遣手当は一日三万円だそうである。 「一億円ももらえるんだぞ、これなら納得だろ」為政者たちからの、私たちへのメッセージである。私たちは共犯にされようとしている。正義なく、勝ち目も薄い戦争に参加する罪。 小泉、就任当初は期待していたのだが、K子さんの「きっとあの人は何もしないと思うよ」という予言が当たってしまった。いや何もしない方がまだ良かった。 「俺は戦争に反対だ!自衛隊派遣に反対だ!」という意思を示すチャンスが間近に迫っている。選挙である。 いっそのこと、政権を下北半島の猿にでもくれてやった方がまだいいかもしれない。 他の群れと遭遇し、戦わねばならなくなったときには、ボス猿は自らが戦う。 戦う理由もないのに群れを戦いに誘い、自分は戦わずに穴倉に隠れている。そんな奴は猿の群れに入っては指導者にはなりえない。人間の世界にあっても、そんな奴は指導者とは認めない。
ふるちゃん、ふるちゃん、応答せよ(2003-11-02)
来週末の合同結婚パーティーの打ち合わせのため、ふるちゃんに電話を入れたのだが、彼らは、ポンちゃんのお母さんの御墓参りのため、富士宮市にいるので、本日の集まりには参加できそうもない、とのこと。 「じゃあ、何か確認しておきたいことある?」と、私は訊いた。 「うーん、別にないかな、あ、ポンちゃんが何かあるみたい」電話の向こうから夫婦の会話が聞こえてくる。 「さっき話したこと、訊いてみてよ」と、ポンちゃんの声。 「え?それなんだっけ?」 「さっき話したばっかりでしょ!」 「だって、わかんないよ、
電話代わってよ」 「どうして人の話をちゃんと聞いてないのよ!」電話の向こうが何やらきな臭くなってきていた。 「わりい、後でまた電話するよ」と、ふるちゃん。 「いいわよ、わたしが代わるから」 「いいよ」 「じゃ、また後でかけるわ」と、ふるちゃんは私に言った。 「わたしが代わるって言ってるでしょ!」と、ポンちゃんの声。 電話は切れず、夫婦の言い争う声が聞こえてくる。これはいったいどうなってしまうんだろう、私は不安になってきた。 「もしもしっ、もしもしーっ!」私は言った。ふるちゃんの返事はない。 私は自宅で受話器を握り締めたまま、固まっていた。 そして、十数秒後、プチッと電話は切れた。 TVアニメなどで、最後にドタバタの喧騒になり、その状態のままフェイドアウトしてゆくラストがよくあるが、その実写版といったところか。 現在の時刻は11月3日16時56分。ふるちゃんが消息を絶ってから24時間以上が経過したが、未だに彼から連絡はない。
遺伝子組み換え食品はどこに行った?(2003-11-01)
遺伝子組み換え食品なるものが巷でときおり話題に上る。遺伝子組み換え大豆、遺伝子組み換えとうもろこし、なんてものが存在するらしい。 これらは身体にあまり良いものではないらしいのだが、いろいろと複雑な事情があって登場したとのこと。 最近、「材料に遺伝子組み換えの大豆は使用しておりません」なんていう表示をよくみかける。スナック菓子にまで、「遺伝子組み換えのとうもろこしは使用しておりません」なんて書いてある。 逆に「遺伝子組み換えのとうもろこしを容赦なく使っているぜ!」という表示は見た事がない。 遺伝子組み換え食品に関して、表示する義務というものはないのだろうか? 遺伝子組み換え〜を使用しておりません、と、明記していないものに関しては、遺伝子組み換え食品を使用している、と、考えて差し支えないのだろうか?私は彼らの行方を知りたい。あれだけ巷で騒がれていたのに、私は遺伝子組み換え食品というものにお目にかかったことがないのだ。 食べ物というのは怖い。 例えば、使用していたパソコンが爆発を起こして怪我をした、なんてことは比較的立証しやすいことであるが、食べ物から被る害に関しては、よほど被害が広範に、大勢の人に及ばない限りは、立証することは不可能に近い。 よって、かなりいい加減なことをされていても、消費者はそのことに気づきにくい。 通りを歩いていて、目に見えている近くを歩いている人さえ信用できない昨今、目に見えない、飲食物製造業者を盲信してよいものなのか? やはり、人間は自給自足が一番なのかもしれぬ。
寒かったこと(2003-10-21)
いつのまにやら10月も下旬となり、暑がりの私にはもっとも過ごしやすい季節になってきた。私はまだTシャツ一枚で外をウロウロしている。 少し肌寒いかな、とも思うが、冬物はまだ押入れの奥に眠っている。引っ張り出すのが面倒なのだ。 そんな私でも、寒さをまったく感じないというわけではない。危険な寒さというものも何度か味わったことがある。 例えば、富士山の頂上。真夏なのに、真冬以上の寒さに襲われ、温かい飲み物を求めて自動販売機に駆け寄れば、下界では100円そこそこの飲み物がなんと500円もするではないか! ちなみに冷たいジュースは100円安だったのだが、あのくそ寒い富士山頂上で、冷たいジュースなんか誰が飲めるか!!! ある雪の日、仕事が休みであった私は、朝から酒を飲んでいた。外は大雪、積雪は30cmにも達していた。 寺に写真を撮りに行こう!あまりにも馬鹿げた考えであったが、そのときの私には、とても素晴らしい休日の過ごし方であるような気がした。 私は徒歩で出掛けた。所要時間は30分、雪が降っているので40分というところか。 酔っ払いならではの行動力と向こう見ずであった。 寺に辿り着き、写真を撮りまくって、さらに境内の奥に進もうとしたとき、私は我に返った。もの凄く寒い。靴はびしょ濡れで、足の感覚がない。この寒さはまずいんじゃないか? 帰りはバスを使うことにした。ガタガタ震えながら、ガチガチ歯を鳴らしながら。 最後にもう一つ。アイスワールドという、マイナス50℃の極寒を体験できるというアトラクションに入ったとき。 真夏だったので、私はTシャツ姿であった。 「けっこう気持ちいいねえ」中に入って最初の数分は良かった。 しかし、ある瞬間を境に急激に寒さが身体に凍み入りはじめる。そうなってくると、もう止まらない。防寒具はTシャツ一枚であるから、マイナス50℃の寒さが五臓六腑にほぼダイレクトに伝わってくるのである。 「お父さーん、寒いよー、もう出ようよー」 泣きそうな子供を発見。お父さんの返事は、マイナス50℃の寒さよりも厳しかった。 「馬鹿!500円も払ったんだぞ、もう少し我慢しろ!!!」 私も、もう少し我慢しなくてはいけないのかなあ、と、そんな気持ちにさせられた。
携帯電話(2003-10-15)
先日、ガリちゃんと食事に行った。待ち合わせの時間だけを決めて、場所については漠然としか決めていなかった。
一昔前なら考えられないことであるが、今はそんな待ち合わせもありなのだ。そう、携帯電話のおかげである。
しかし、私は携帯電話を持っていない。電話があまり好きではないのだ。好きではないものを、どうしてどこに行くのにも持ち歩かなくてはならないのだ?
てなわけで、待ち合わせの時間になり、私は公衆電話からガリちゃんに電話をかける。
「もしもし、今どこにいる?」
お互い、あーだこーだと居場所の説明。なんのことはない、彼女は、私のいた公衆電話から、30メートルも離れていない場所にいたのであった。
「わかったわかった、見えてるよ」
「あっ、ほんとだ、いた!」
お互いの居場所を探して、電話しながら歩き回っているうちに、お互いを発見する、と、いう奇妙な光景。今では当たり前のことになっている。
固定電話では電話をしている相手が見えるということはまずない。
携帯電話は、電話している者同士の距離をかつてありえなかった距離にまで近づけた。
病院で働いていたときのこと。
電話が鳴った。私が取った。
「はい、〜病院です」
「〜病院の理学療法士のイトウと申しますが」
いとちゃんの声であった。私はすぐに気づいたが、彼は気づいていない。こっちが〜病院、と言っているのに。
「本日の訪問リハビリの件ですが、、、」
「おい!おい!どこに電話してんだよ?」
「へ? ちいさんですか?」
いとちゃんは受付の電話で話していた。私との距離、約5メートル。患者さんに電話をしようとして、間違えて病院に電話をしてしまったようだ。
固定電話においても、上記のような距離で電話をすることはあるが、これはかなりマヌケな例外である。
携帯電話の普及で、我々のコミュニケーションの質は随分と変わった。遠くにいる相手との距離を縮める手段は、昔は手紙であった。 手紙から、電話への移行は大勢の人を戸惑わせたことであろう。
手紙は遠くの人に届くが、1日、もしくは数日はかかる。書くために準備がいる。手間もかかる。さらに「話し合い」は、できない。利便性から考えると、手紙を出す習慣が廃れてゆくのは自然のことであろう。
電話は時間も手間もかからない。話し合いも可能である。
携帯電話は、さらに、相手に近づいて行きながらも話ができる。さらに一瞬で届く手紙を書くことさえもできる。
しかし、私はEメールを手紙と認めていない。 言葉というのは、丁寧になれば、語数が増える、という形で手間がかかる。手紙というものは手間がかかる。手間をかけることが丁重な気持ちを表すなんて考え方は、合理的ではない。確かにその通り。しかし、合理的じゃないからなんだというのだ?
手紙は一発勝負である。出してしまったら、やり直しも言い訳もすぐにはできない。それだけに、神経を使う、精神力を注ぎ込む、さらに手間がかかる。合理的ではないが、そのようにして書かれたものを受け取って、嬉しくないはずはない。
携帯電話の普及で、私たちの互いの心の距離は縮まったのだろうか?
犬の系譜(2003-10-11)
母から、メールアドレスを変更したとのメールが届いた。新しいアドレスは、『chikomamikurigoro××××@.....』という、わけのわからない珍妙なものであった。 だが、私にとってそのアドレスは、珍妙でもなんでもない。きっと、弟もこれがなんのことだか分かる。私の家族にはわかる。 『チコ、マミ、クリ、ゴロ』みんな、私の家で飼っていた犬である。 チコは、大きな地震のあった日にどこかに行ってしまった。私の父母が、何日もあちこちを探して回ったが結局みつからなかった。 マミは、正確には私の家の犬ではない。母の知人が、訳あって2年ほど我が家に預けていったのである。クル病のため、後足2本が曲がっていた。とてもおとなしい犬であった。 クリは、私が毎日散歩に連れて行っていたので、一番愛着のある犬だ。寒い日など、私は散歩が嫌でクリに意地悪をしたりしたこともあった。今思えば、たかだか20分やそこいらの散歩を、どうして面倒臭がったのだろうか。クリはフィラリアで死んだ。学校から帰ったら、ダンボール箱の中にいた。 ゴロは我が家で飼った犬の中で、唯一の血統書付きの犬である。愛犬家のための雑誌の懸賞で当たったのである。ゴロは我がままな犬であった。そして、可哀想な犬であった。2歳になるかならないかくらいで失明した。6歳くらいで死んでしまった。室内犬としてはかなり短命である。ゴロは狂犬病の予防接種を受けた夜から、様子がおかしくなり、翌日に死んだそうである。私は当時、祖父母の家で居候をしていたので、連絡を受けて実家に帰った記憶がある。 ゴロの死んだ日で、我が家の犬の系譜は途絶えた。
飽きてしまったり、引越ししたり、といった理由で、飼っていた動物を捨ててしまう人を、無責任な飼い主、などと表現するが、私はこの形容には疑問を感ずる。 動物を育て、慈しみ、その死を悲しむ気持ちは、責任感からくるものではなくて、情(じょう)から生まれるものだと思うのだ。 私は、自分の飼っていた犬をそこらへんに捨ててしまうことができる人は、責任感が欠如している以上に、人間としての情が欠如しているのだと思う。 情のない人が不幸にするのは、動物だけではない。これはきっと偏見だと思う。しかし、私はそのように考え、そういう人のことを、そういう目で見ることにしている。
図書館にて(2003-10-09)
長時間椅子に座っていると、ひどく腰が痛む。煙草を吸いたくなってくる。私は図書館の外に出た。 図書館の入口のすぐ脇には、図書返却ポストなるものがある。仕事などの関係で、返却期限までに本を返すことができない人が、夜中にこっそりとやって来て本を返すためのポストである。私はそれを見て、少し嫌な気分になった。 数年前、私は一度だけこのポストにお世話になったことがある。夜中に本を抱えて図書館に行き、借りていた本を中に入れる。いや、落とす、のである。返却ポストに入れた本は、すべり台のようになっているポストの中に吸い込まれ、ゴトン!、という音をたてる。言い訳がましいが、そんな結末が待っているとは思っていなかった。 私の返却した本は、今、一体どのような格好をしているのだろうか?私は非常に嫌な気持ちになった。本が好きな人は、きっとこの返却ポストを使うことに、良心の呵責を感じることだろう。私もそのとき以来、返却ポストは使っていない。 図書館の中に戻ると、1冊の本を前にして、受付で女の人が何か言っていた。 「この本、ボロボロで、ページをめくっているうちにバラバラになってしまいそうで、怖くて読めません」 こんなにボロボロにしたのは私じゃないんだから、バラバラになってしまっても、私のせいではないわ。本のことだけに限らず、このような思考回路をお持ちの方が、昨今では多数いらっしゃるからなあ。私は少し気分が良くなった。 席に戻り、読みかけの本を開いた。携帯電話の着信音がする。スーツ姿の若い男が、声量絞ることなく話し始めた。どうやら会社の上司と話しているようであった。 「今、図書館にいるんで、少しお待ち頂けますか」と、一言ことわって外に行け!図書館でさぼっていたので、上司には言えないのかな? しばらくして、また、同じ男の携帯電話が鳴った。 「うるせえなあ」ブツブツ言いながら電話に出ると、彼は先程と同じように話し始めた。うるさいなんて言うくらいなら出るなよ。 ガタッ!椅子を引く音。小さくて丸っこいおじさんが、彼の方に歩み寄った。行け!行け!おじさん。 「うるさいよっ!」おじさん、声でか過ぎ。わざわざ彼に近づいたんだから、そんなに大声出さなくても、、、 そういえば、私の隣の席に座っている人、鼾かいて寝てるよ。この人もうるさいんだよなあ。鉛筆でツンツンすると目を覚ますのだが、すぐにまた首の前後運動を始める。 しかし、携帯野郎も鼾マンも可愛く思えるような人が出現。 「どうしてよ、どうして本を床に置いて読んじゃいけないのよ!」女の人が図書館の職員ともめている。 「私はね、席に座ってこんな大きな本を広げたら、隣の人に迷惑だから気を遣ってここで読んでたのよ!」 職員が1人掛けの椅子を勧めると、さらにヒートアップ。 「床に本を置いて読んではいけないって、どこにも書いてないじゃない」 10分以上、職員と彼女のやり取りは続いていた。周りの人もうんざりし始めている。職員さん、よく忍耐強く、穏やかに話をしているよなあ、と、私は感心してしまった。感心するということは、読書に集中できていないということである。 優しそうな顔をした小父さんが立ち上がった。 「君ねえ、そんなの屁理屈だよ。人を殺してはいけませんなんて、どこにも書いていないから人を殺します、って言っているのと同じだよ」 あー、そういう言う方はまずいよー。 案の定、彼女は切れた。いや、よりいっそう切れた。わめき散らす彼女。 まだしばらく続くようなら、私も言ってやろう、と思った。あんたが正しいとか、正しくないとかはもちろん言わない。病院で働いていた頃、似たようなことが何度もあった。こういう人は、自分が正しい、としか思わないのだ。 シンプルに、うるさくてみんな迷惑してるから、外で話をしてください、と、言いに行こうとした。しかし、私が腰を上げようとしたそのとき、彼女は怒りのあまり出て行ってしまった。怒らせるのが一番早かったのかもしれない。
刺身(2003-10-01)
本日、祖父母の家で夕飯を食べた。 鮪の刺身を出してもらった。ほんの僅かな量、百円ライターを2個並べたくらいの大きさしかなかったが、その刺身がものすごくうまい。 「おじいちゃん、これ相当いい刺身でしょ」 「それっぽっちでも千円以上は楽にするよ」祖父はニヤリと笑う。
「ちい、刺身でも持って来てくれよ」高校時代、その日は友人の家で酒を飲むことになっていた。 深夜、私は美味しそうなところを選び、ショーケースの中からこっそりと刺身を盗み出す。 翌日、何食わぬ顔で家に戻ると、祖母が猛烈に怒っていた。 「おまえ、勝手に刺身を持ってたろう!」 「ごめん、でも、みんな美味しい美味しいって、ものすごく褒めてたよ」魚屋として、こう言われて嬉しくないわけはなかろう、と、私は考えたのだが。 「当たり前だ!!!あれはうちで一番高い刺身だ!しかも、ごっそりと持ってって」 あちゃあ、私の目利きも捨てたものではなかったようだ。まさか、最高級品だったとは。
これって、今思えば、恐ろしい話だ。 私が高校時代に持ち出した刺身が、冒頭に述べたクラスのものであったとしたら、私は2万円分もの高級な刺身を、味もたいして分からない若造どもに振舞ってしまったことになる。
私の祖父は幼いうちに両親をなくし、財産をだまし取られ、10歳になる前から魚屋で働かされていた。 おそらく、小学校も出ていない。 しかし、とても善良な人であり、1流の魚屋だ。 現役時代の彼は、誰よりも早く市場に行って、誰も触っていない箱の中から魚を選ばないと気がすまない人間であった。妥協できない人であった。 一切れ千円の刺身なんて、くだらない贅沢品かもしれないが、私はその刺身に祖父の魂を見たような気がした。 祖父は今では魚屋をやめてしまったが、市場にはたまに顔を出している。きっと死ぬまで魚屋の心を持ち続け、墓までそれを持っていくことだろう。
闇に光る目(2003-09-21)
本日、K子さんと霊能者であるK先生の家に遊びに行く。別にこれといった用事もなかったので、4時間ほど雑談をして帰って来たのであったが、一つ怖い話を聞いてしまった。 K先生はたまに人に頼まれて、お祓いの仕事などをしている。15年程前の話であるが、先生はとある会社の専務さん(女性)から、相談を受けた。なんでも、夜になると鈴の音が聞こえてきて怖くて眠れない、と社員寮に入っている社員から苦情がきたそうである。 後日、先生が現場に行ってみると、そこは大きな建物で、1階が資材置き場、2階から上が社員寮になっていた。 先生はその資材置き場から何かを感じ、中に入って見た。入った瞬間、さすがの先生もびっくりしたらしい。が、びっくりしている場合ではない。 「あっ、あそこ、あ、あそこも撮って、そこも」先生は同行した先生の御主人に、あちこちの壁を指差して写真を撮ってもらった。御主人は、そのときは、なんでこんな壁の写真を撮るんだ?と、不思議に思ったらしい。しかし、先生には闇の中に光る目がはっきりと見えていたという。 後日、相談者にその写真を見せた。彼女は顔面蒼白になったという。それらの写真には何もなかった筈の壁に、しっかりと猫の姿、いや、猫の顔がたくさん写っていたのである。 「何か心当たりはありますか?」と、先生が聞くと、相談者は話し始めた。 昔、その近辺には野良猫がたくさんいて、彼女の父(当時の社長)がいつもえさをあげていた。野良猫の数は日増しに増えていったという。そして、この当時の社長さんは(悪意はなく)猫が死んだりすると、焚き火で燃やしていたという。 先生は、これらの猫たちが、夜になって資材置き場に人がいなくなると、中で駆け回って遊んでいたのだろう、と、言っていた。 また、鈴とは関係ないし、写真にも写っていなかったが、資材置き場にはひどい火傷をした人もいたらしい。 それに関しては、相談者が言うには、その資材置き場の向いの家が火事になり、焼け死んだ人が何人かいたので、もしかしたらその方かもしれない、と。 「とりあえず、この写真を社長に見せて、お祓いをするかどうか決めて下さい」と、先生は言った。 相談者は、社長に見せる必要はない、と言い、その場で先生にお祓いを依頼した。家に持って帰ることも怖くてできないくらい、気味の悪い写真だったらしい。 この話を聞いて、私は怖くてたまらなかったのだが、K子さんは全然怖くなかったと言う。 「私も、タックとかチック(K子さんの家で飼っていた猫)に帰って来て欲しいなあ」そんなことを言っているK子さんであった。
帰宅後、ムッチーから電話があった。霊についての話を少しして、K先生の話(今回の猫の話はしていない)もした。 「やっぱり、世の中には霊感のある人っていうのはいるんだなあ」と、ムッチー。 「俺もさあ、霊感ってほどのもんじゃないけど、晩御飯のおかずが家に帰る前に分かる日があるんだよねえ。別にありふれたおかずじゃなくて、変わったものだとしても分かっちゃったりするんだよ」呑気な人がここにもいた。
置き土産(2003-09-17)
としの弟、ヒロミは、今アフリカにいる。おんぼろで揺れのひどいバスの中、居眠りをしていたら、座席から転がり落ちて、頭と脚を縫う大怪我をした、という連絡があって以来、彼は音信不通であった。 「ヒロミなら大丈夫でしょ」これがとし一家の統一見解であった。 先週末、としが実家に帰って来ていたので、遊びに行った。晩飯をご馳走になり、まったりとしていたところ、居間にあるパソコンをいじっていたとしの姉が私を呼ぶ。 「ちい、こういうの詳しいよね」私は姉ちゃんの肩越しにパソコンを覗き込む。そこには、「Video Girls」というタイトルのエロサイトの広告とおぼしきものが映っていた。ちい、こういうの詳しいよね、なにか、こう、この言葉に悪意のようなものを感じたのは、気のせいだろうか? 「最近パソコンを立ち上げるとこういうのが必ず出てくるのよ。ルイ(8歳、女の子)もいることだし、なんとかならない?」 認めたくはないが、私は確かにこういうことは得意であったりする。 私は円熟の域に達した業をもって、悪の根源と思われるプログラムを消去してゆく。そのプログラムは、一つや二つではなかった。 「やっぱりこういうのって、誰かがインターネットでこういうのを見たから出てくるんだよねえ」 「うん、そうだねえ、前にいた病院でも看護婦さんに同じ質問されたよ。犯人は旦那さんですよ、って、教えてあげといたけど」 「お父さんでしょう!いい加減にしてよ!!!」姉ちゃん、いきなりお父さんに宣戦布告。 「わたしは知らんぞ!!」 「だって、お母さんも私も、ルイだってこんなもの見るわけないでしょ」 「誓って言う、わたしはこんなの見たことない」 「だって他に誰がいるのよ!」 「絶対、わたしは、本当に、、、」お父さんはタジタジであった。 「あれ、そういえば、、、ヒロミがアフリカに行く前、俺がこっち来てたとき、夜中にヒロミがパソコンの前に座ってなんかやってたぞ」お父さんに助け舟が入る。としであった。 「そうだ、あいつだ!」と、お父さん。 「そうだな、アフリカに行く前に、、、ちょっと見たかったんだよ」ヒロミだったら洒落ですむ、と、思い、私もお父さんの味方をした。 「そっかあ、ヒロミかあ」と、姉ちゃんも納得した様子。 「そうだよ、絶対ヒロミだって。お父さんはもう枯れてるよ」と、とし。 こうして、今回の件はヒロミの置き土産であったということで、片がついた。 ヒロミよ、この件で何か釈明をしたいのなら、無事に帰って来るんだよ。
ドンクサマンたち(2003-09-16)
ドンクサマン、この言葉から何を連想するか。私が連想するのは、5月11日付けの当コーナー(魔球)で紹介したかつぬまくん、である。高校時代のクラスメートだが、彼のどんくささは国宝級であった。
我らは高校の修学旅行でスキーに行った。 私とふるちゃんが一緒にリフトに乗っていた。 「おい、あれなんだ?」と、ふるちゃん。前のリフトの真下に、妙に形の整った木が生えている。それは、何か生々しく揺れている。 「あれスキーの板じゃねえか」 そう、スキーの板がゲレンデに、リフトの通り道の真下に、まっすぐ天に向かって刺さっていた。揺れていたのは誰かが落としたばかり、焼きたてホヤホヤということである。 前の前のリフトにかつぬまくんがいた。当然、片方の足にしかスキー板をつけていない。 あいかわらずどん臭い奴っちゃなあ。私とふるちゃんは、思う存分笑ったのであった。 次の日の朝。 「僕のスキー靴が片方ないぞ」誰かが騒いでいた。当然、かつぬまくんだ。 靴が片方だけないってどういうことなんだよ。スキー靴なんて犬もくわえて歩けやしないぞ。 結局、彼のスキー靴はみつからず、新たにレンタルしたのであった。 夕方になった。 「あれ?俺のスキー靴なんか変だぞ」またかよ、と、思いきや、このとき騒いでいたのは、かつぬまくんではなく、としであった。 としの足元を見ると、確かに彼のスキー靴は何かおかしい。 おかしいのは当然であった。彼のスキー靴は、左右ともに右足用の靴であったのだ。そう、かつぬまくんは悪く無かったのだ。 それにしても、とし、高校生にもなってそういう間違いするなよ。
さて、基本的には、かつぬまくんが我がクラスのドンクサキングであったのだが、修学旅行中、さすがの彼も及ばないくらいどん臭い男がいた。誰であろう、ムッチーであった。 「インストラクターの野郎、絶対ぶっ殺す」ゲレンデの休憩所で、カレーを食いながら穏やかではないことを大声で言っている男がいた。ムッチーである。 彼はスキーの練習中、インストラクターに何度も何度も注意を受けていた。それが気に入らなかったようだが、彼が注意を受けるのにはもっともな理由があった。 ムッチーのスキーの技術にはある弱点があったのである。 「それじゃあ、僕の後をゆっくりと付いて来て」インストラクターを先頭に、我らは大きく蛇行しながらコースを降り始めた。あっちこっちでスッテンコロリンしながらも、下手くそなりに、みんなは足並み揃えて滑っていた。 その中で、一人、皆と明らかに違うことをしている男、ムッチー。 先生の真横を物凄いスピードで通り過ぎてゆく弾丸。スピードをさらに上げながら、ムッチーはまっすぐ滑り降りてゆく。 「Mくん、だめだよお、僕のことを追い抜いちゃあ」インストラクターの先生が大声で注意する。 「だって先生、どうすりゃいいんですか!」 そう、ムッチーの弱点は極めてシンプル、かつ、致命的なものであった。彼は、曲がれないうえに、止まれなかったのである。 彼が止まる時というのは、あまりの加速を自分自身、御しきれなくなって転倒するときであった。 インストラターに何度も注意され、そして、カレーを食いながらの、インストラクターをぶっ殺す宣言に至るのである。 「やっぱりあのインストラクター、いい人だよな」これは同日夕方のムッチーのセリフ。 ムッチーは少しうまくなって、止まったり、曲がったりができるようになったのである。なんと羨ましい性格だろう。 最終日、インストラクターは卒業試験と称して、我ら初心者コースの軍団を、もの凄い急坂に連れて行った。 「ここは姿勢を変えずにただまっすぐに滑り降りればいいから。下まで行けば緩い上り坂になっていて自然に止まる」 とはいうものの、歩いて降りるのもきつそうなくらいの坂、皆は内心びびっていたはずだ。 「ここは一人ずつ行くから。じゃあ、Mくんから」いきなりムッチーが御指名を受ける。 「ぼ、ぼくですかー」 ムッチーは心なしか顔面が蒼白になっていた。 「じゃあ、行きます」声だけは威勢良く、ムッチーはスタート。 急降下に入る前の緩やかな下りをムッチーは滑って行く。皆、固唾を呑んで成り行きを見守った。 ガゴッ!急降下に入る直前、嫌な音が響く。ムッチーは、思い切り手足を伸ばしてジャンプするカエルのようであった。空中で、そのままの姿勢を保ち、着地もそのままの姿勢で体全体から地面に落下した。 彼のスキー板だけはスルスルと滑り、坂の下へと消えていった。 みんなは雪上を転げまわるくらいの勢いで笑った。ムッチーは何が起きたのかよく分かっていなかったようであった。 彼の転倒の原因は、雪上に露出していた木の根っこであった。
単純な等式(2003-09-11)
前回のつれづれで、ファンタジーに関する単純な等式(つくりものの世界=くだらない)に異議を唱えてみたが、本日は逆に、おまえはアカだろう、と言われてしまいそうな等式を考えてみた。 それは、資本主義=ネズミ講。 頑張ればおまえも成功できる、と、唆してみんなをその気にさせる。しかし、いくら頑張ったところで報われない人はたくさんいる。だってパイの大きさは一定なんだから、みんながみんな成功するはずはない。 かなり荒っぽい論調ではあるが、両者に共通点はあると思う。 資本主義はもう限界だ、そう感じている人はきっと大勢いることだろう。 そろそろ、とんでもない天才が現れて、資本主義に替わる何かを模索しなければならない時期なのではないだろうか。(他力本願、無責任男の主張)。 権力者が弱い人から搾取する。その構図は人類の長い歴史のなかで、いささかも変わっていない。 百姓は生かさず殺さず、これが、あまり能率的なやり方ではないと気づいた権力者が、下を適度に豊かにさせて、大きく搾取しようと、やり方をシフトしただけ。 みんなが幸せになれればいいのにね、でも、僕が一番幸せじゃなきゃやだな。人間の品性というのは、所詮はその程度なのだろうか?
数学の中のファンタジー(2003-09-09)
私はもう30歳になるが、いまだにファンタジーというものが好きだったりする。「ネバーエンディンッグストーリー」だとか、「星の王子様」だとかは、30男の胸をいまだに熱くさせるものがある。 世の中には、ファンタジー嫌いも多数存在する。「そんなつくりものの世界のお話なんかくだらないよ」、と。 つくりものの世界=くだらない。ありえないもの=くだらない。この単純な等式を否定すべく、短い文章の中で何かできないことだろうか、と、考えてみる。 数学者、森 毅と画家、安野 光雅(私はこの人のファンなのです)の共著で、「すうがく博物誌」(出版 鞄カ話屋)と、いう本がある。この中の文章を一部抜粋してみたい。
人間は愛がないと生きていけない。 前略〜数学ではiという「数」を使う。 中略〜○×○が―1になる数はない。でも、そんなものをiと呼んで、「数」の仲間に入れてしまえば、数学の世界がグンと広くなって、数学が扱いやすくなる。〜略〜 数学も、SFも、妖精物語も、同じようなもの。それで人間が世界を広く考えられればよい。〜後略〜
数学の世界にだって「ありえないもの」が存在するのだ。 「文学と数学が一緒になるか。そんなもの屁理屈だ!」 それではこういう攻め方でいってみようか。 マリア様は、処女なのになぜか懐胎しまして、キリストが産まれました。 そんなことあるわけないだろ、ヨゼフは所詮は手付かずの女房を寝取られたマヌケな亭主なんだよ。まったく聖書なんて嘘ばかりだ。キリスト教なんてくだらないね。 だが、私は思うに聖書に書かれたことが事実がどうか、これは重要なことなのだろうか?たとえ聖書に書かれたことが嘘(ファンタジー)であったとしても、キリスト教を信じることによって、幸せになれるのなら、救われるのなら、それはそれで良いのではないかと。 ファンタジーにしても、その世界を現実の世界の鏡として、そこに写った世界から何かを汲み取り、現実の世界で応用することは充分可能なのではないかと。 存在するはずのない「星の王子様」から人間の愚かしさを教えてもらうことはできるのである。
以前、名言集のコーナーで紹介した言葉を、改めて紹介したい。
ニーチェの言葉 ヴォネガットの小説
管理人の部屋開放(2003-09-05)
管理人の部屋を一部開放しました。 music lover〜2003/9/04より 管理人のアルバム〜2003/9/04より
地獄の急所封じ(2003-09-04)
私が小学生の頃、キン肉マンという漫画が流行っていた。内容を簡潔に説明すると、キン肉星の王子である正義超人キン肉マンが、仲間の正義超人たちとともに、悪い超人たちと戦ってゆく。その戦いの中で、彼らは真の友情に目覚めてゆく。 このキン肉マン、大好きだったのだが、今にして思うと滅茶苦茶な漫画であった。 ストーリーから何から何まで突込みどころが満載なのだ。 一つの例としては、敵が制御不能なくらいにどんどん強くなってゆく、という格闘漫画のお約束である罠に思い切りはまっている、というのが挙げられる。 超人の強さを表す超人強度というバロメーターがあるのだが、キン肉マンは95万パワー、最初は100万パワー以下の超人同士で平和にチマチマ戦っていたのに、突然バッファローマンという超人強度1千万パワーの奴がでてくる、インフレの始まりである。果ては1億パワーなんていうこっちが赤面してしまいそうな奴まで出てくる。 超人のネーミングセンスもすごい。便器マンとか、ティーパックマンとか、ザ・忍者とか、子供をなめるな!と、言いたいところだが、当時、愛読していた私はそれらの名前を違和感なく受け入れていたことは認めよう。 話が本題からそれてしまったが、私が最も夢中になってキン肉マンを読んでいた頃、悪魔将軍、という悪い超人が出て来た。こいつの必殺技が「地獄の九所封じ」という。人体の9つの急所を痛めつけて徐々に相手を戦えなくしてゆくというサディスティックな技なのだが、素直な私はこの「地獄の九所封じ」という技が本当に存在するものだと思っていた。 そこで、母に質問。 「お母さん、地獄の九所封じってなあに?」 「ブーッ!」母は、くわえていたかりんとうを、思い切り吹き出した。当時の私は母のこの反応が理解できなかったが、今ではよくわかる。 母は「地獄の九所封じ」という言葉に異なる漢字を与えていたのであろう。
未知との遭遇(2003-08-27)
「トイレに近づくと、ふたが自動的に開いたんだ。そして前に立つと、便座まで持ち上がった。化け物トイレだ! としか思えなかった。次に何が起こるのかが怖くて、小用が足せなくなってしまった」 小用、もとい、商用で来日していた米国のプログラマー、マーシャル氏は、日本のトイレで味わった恐怖についてこのように語った。 無理もない。このような便器が存在することを知らないでトイレに入り、自動的に便座の蓋が持ち上がるのを見たら、私でも恐怖を感じると思う。 幼い頃だったら、パニックを起こしたかもしれない。 私は幼い頃、汲み取り式のトイレで育まれた。子供の頃に体験したことのある方はお分かりかと思うが、汲み取り式便所というものは、中に何かいるのではないか、と、子供に不安を抱かせるものなのだ。 便座の蓋が自動的に開いたりすれば、水洗、汲み取りの違いはあれども、やっぱりトイレには何か(貞子など)いるんだ!と、恐怖し、トイレでおしっこをちびる、と、いうマヌケなことになりかねない。
「会場で、あのぴかぴかのトイレに座りながら、脇にある小さなパネルのボタンを何気なく触っていたら、突然尻の下で大嵐が起こったんだ。霧吹きみたいな感じから始まって、だんだん噴射する水の量が増え、シューシュー音も鳴り出した。映画『ジョーズ』のテーマ音楽が、突然頭の中で鳴り出した。〜後略」
こちらは、東京で開催されたスキン・アーティストたちの大会に、イギリスの刺青師ネイサン・コーエン氏が、参加した時の話。 これらの話を聞いて、私は少し驚いた。TOTOのハイテク便器は、欧米にはとっくに普及しているものだと思っていたからである。今後TOTOは、欧米に自社のハイテク便器をどしどし売りこみしていく意向だという。日米便器摩擦が起こらなければ良いが、、、
インドのトイレには紙がなくて、水の入ったコップが置いてあるから、それでピチャピチャお尻を洗わなければならない、と、いう話を、子供の頃に初めて聞いた時、私は大きなショックを受けた。私にとって、そんなことはありえないことだったのである。 数年後、ウォシュレットというものが初めて世に出た。私は、「そんなのインドのトイレと同じじゃないか!」と、思った。トイレに行った後にお尻を洗う、ということにはどうも違和感を感じた。大人を含む、私の周りの人たちもそのように考えている人がたくさんいた。 しかし、ウォシュレットは瞬く間に普及し、「ウォシュレットは嫌いだ」なんてことを言う人はどんどん減っていった。 「意地でも紙で拭くぞ」なんて言っていたのは私くらいのものであろう。そんな私が、ウォシュレットに心から感謝する日が来るとは、夢にも思っていなかった。 私がウォシュレットを初めて使ったのは、2年ほど前である。 私は実家の便所にいた。便座に座り考えていた。普段ならウォシュレットなぞには目もくれずに、紙でさっさと始末をつけるのだが、この日、私の尻は病んでいた。病名は、下痢のため頻回に及ぶ排便に伴う、肛門周囲の連続摩擦による擦過傷、重傷だ。 拭くべきか、洗うべきか。それが重要だ。 私は天を仰いだ、ついに転んだ(キリシタンが改宗すること)のである。 操作方法がよく分からなかったのだが、お尻が潮を吹いているような絵が描いてあるボタンを押した。 尻の下で音がする。そして、噴射。インパクトの瞬間、思わず身を引いてしまったが、次第にそれは快感に変わってゆく。ありがとう、ありがとう、と、私は呟いた。
車庫前につき駐車厳禁(2003-08-19)
本日、車で出掛けた。夜23:30頃帰宅すると、私の車庫の入り口を1台の車が通せんぼ。 私の使用している車庫は自分の住んでいるアパートの玄関前という大変便利なポジションにあるのだが、少々狭いため、車庫と思わずに車庫の入り口に車を停める人がけっこういるのである。 またかよ。昔は本気で怒ったこともあったが、あまりにも車庫とは思わずに車を停めていく人が多いので、最近では「きっと、私の車庫が車庫らしくないのが悪いのだな」と、思うようにしている。 本日も「車庫の入り口に車を停めないで下さい」と書いた紙を、運転席側の窓に貼っておいた。とりあえず、自分の車は通りにそのまま停めた。 怖いのは駐車違反である。昔、警察に電話をして、このような場合にも駐車違反を取られるのか確認したことがある。 「事情がどうあれ、それは駐車違反だよ」これが警察官の答え。自分の家の車庫前で駐車違反を取られるなんて、マヌケもいいところである。 1時間ほど経過。私の家の前で、車のドアをバンッ、と閉める音がした。やれやれ、やっと動いたか。 私が外に出てゆくと、車はそこに駐車したまま。しかし、持ち主が車に戻った形跡がある。窓に貼った紙は剥がされている。さきほどは車のドアは施錠されていたが、今度は鍵がかかっていない。 こりゃ、たちの悪そうな奴だな。私は警察に電話した。警察官をすぐにこちらに向かわせてくれるという。 そして、外で見張り。警察に電話した手前、邪魔な車はもういなくなりました、では、申し訳が立たない。 この車の持ち主は、張り紙を剥がして、なおそのまま人の車庫の入り口を塞いでしまえるような奴だから、非常にデンジャラスな人間かもしれない。私は辺りを少し警戒する。竹刀を用意しようかと思ったが、自分の家の前に、竹刀を持って立っているというのはどうも頂けない。 私は煙草を吹かしながら、車の持ち主、もしくは警察官が現れるのを待つ。 ただ、一つだけ気になることがあった。車の持ち主が私の予想通りのたちの悪い人間なら、剥がした張り紙をそこらへんにポイ捨てしそうなものなのだが、そういったことはなかった。 それから2、3分後、スーツ姿の若くて小柄な男が近づいてきた。なにやら小さな箱を大事そうに抱えている。とりあえず、危険そうな男にはまったく見えない。私は少し安心しつつ、男に話しかける。 「ここ車庫前なんだよ、車は停めないで欲しいんだけど」 「すみません」と、やけに素直な青年。ふと彼が持っている箱に目をやると、なんと、バッテリーの箱のようである。 あちゃあ。そう、この車は故障車だったのである。が、それにしたって、彼の行動は少し非常識だ。私は偉そうに説教をかましてしまった。故障にしても何も車庫前に停めなくてもいいだろ、故障した旨表示くらいしろ、張り紙をただ剥がしたのでは、あなたの意図を誤解してしまう、警察まで呼んでしまった、などなど。 「すみません、すみません」青年はただただ平謝り。車は所沢ナンバー、私の家からはかなり遠い。時刻も1時を回っている。彼は仕事の帰りだという。明日も仕事だという。なんだか可哀想になってきた。 「とりあえず、警察にもう一回電話してくるよ、工具はあるの?」 「あります」 「懐中電灯は?」 「ありません」 「わかった。持ってくる」 こんなやりとりをしていたら、映画、「イマジン」のワンシーンを思い出した。 とある青年(誰だか忘れた)と激しい口論をするジョン レノン。と、突然、「腹は減っていないか?」と、レノン。青年は一瞬ポカンとしていたが、「減っている」と。 レノンは口論していた青年に朝食(昼食かな?)を振舞う。うーん、ちょっと違うか。
名古屋のカメラマンさん、あなたから頂いた懐中電灯は、また一つ、ささやかではありますが、人助けをいたしました。ご報告したいのですが、、、どちらにいらっしゃるんでしょうか?
待つこと18年(2003-08-13)
50年ほど昔のことであろうか。 「阪神は強いぞお」こんなことを近所の洟垂れ小僧に語りかけるおじさんがいた。 悲しいことに、この洟垂れ小僧は、おじさんの言葉を疑おうとはしなかった。 この日から、洟垂れ小僧は阪神の優勝を今か今かと待ち続けた。 そして、50年もの月日が流れた。阪神はこの50年もの間に3回もリーグ優勝を果たした。確率に直すと、優勝率なんと6%である。阪神の優勝率は、消費税の税率、と、覚えておくと覚え易い。 幼き頃に出会ったあのオヤジが、実はとんでもない嘘つきオヤジだったのではないかと、洟垂れ小僧は50年後になってやっと気づいたのであった。 だが、彼には嘘つきオヤジを責める資格はない。なんと、彼は同じ嘘を自分の息子に平然と語りかけたのである。いや、騙りかけたのである。息子が阪神ファンになった1980年からの24年間で阪神は10回しか6位(最下位)になっていない。ビリ率は、なんとたったの4割である。 説明不要だとは思うが、洟垂れ小僧とは私の父親で、息子というのはもちろん私のことである。ちなみにずる賢い弟は父の罠にはかからずに、巨人ファンになった。現在はヤクルトファンである。 しかし、今年はいつもとは違う。私もやっと人前であっても、大きな声で、「僕は阪神ファンです」と、言えるようになった。阪神ファンであるという事実に悩む必要がなくなった。 「お父さん、今年は阪神強いね」と、父に言う。父は何も言わず、ただ親指を立てた。 阪神の勝率は7割近い。3回のうち2回は勝っていることになる。 ところで、現在、勝率3割未満という脅威的な弱さを誇るチームがあるのをご存知だろうか? 対 阪神戦は3勝18敗という信じられぬ戦績で、阪神独走の最大の貢献者であり、夏の高校野球甲子園大会に出場したら、優勝できるかもしれない、などと陰口を叩かれているチーム。そう、そのチームとは横浜ベイスターズ。 「ベイスターズってさあ、、、」と、K子さんに話しかけると、「その話はしたくない」彼女は憮然としてこう言った。こういう態度を現実逃避という。
東洋の神秘 漢字(2003-08-07)
アメリカでのこと。信号待ちをしていると2人組のお兄さんが、「おまえは日本人か?」と聞いてきました。「そうだ」と答えると、「漢字のタトゥー(刺青)を彫ったんだけど、どういう意味か教えろよ」と言うので、見てみると『台所』と大きく彫ってありました。「キッチンだよ」と教えてあげた後の、悲しそうな顔が忘れられません。
K子さんはインターネットで笑い話をみつけ、たまに私に教えてくれていた。この話もその一つ。 西洋人から見ると、複雑な形、さらに一文字一文字に意味のある漢字というものは、神秘的で、ときに憧れに近い気持ちを抱かせることさえあるようだ。 漢字というものは長い期間、反復練習しなければなかなか身につかない。日本語を上手に話す外国人はたくさんいるが、漢字まで習得している人はなかなかいない。 西洋人に自己紹介をするとき、自分の名前の漢字と、意味を教えてあげると結構喜ばれたりする。 とあるイギリス人と知り合った時に、自分の名前の漢字を教えてあげたら、とても興味深げに聴いてくれた。 「僕の名前はロバート、意味は、、、ない」彼は自分の名前を言ったとき、少し寂しげな表情をしていた。 ちなみに、ロバートは、その日、その場にいた日本人を片っ端から捕まえて、名前に使われている漢字と、その意味を尋ねまくっていた。私はロバートに、日本人の名前には全て意味がある、という誤解を与えてしまったようである。 当然、困っていた人もいた。佐藤 弘之、といった名前は意味の説明などできないであろう。 また、この逆もよくあるらしい。私には経験がないが、K子さんは外国人に「私の名前を漢字にして欲しい」と、リクエストされたことがあるという。私が思うに、外国人の名前を漢字に直すと、大抵はマヌケなものになる。 数ヶ月前、K子さんがフラメンコの先生に、プレゼントと漢字の名前を贈ってあげたい、と言い出した。助力を請われたが、先生の名前は、メルセデス、これはちょっと厳しい。メとルとデ、急所が3つもある。結局、良い名前が思い浮かばなかった。 「メルセデスだけに、便通ってのはどうだ」なんて言ったら殺されるしなあ。 そういえば、かのジョン レノンもこのようなエピソードを残している(どこが、このような、なんだ?)。とりとめもなかったこの文章を、このエピソードで締めることにしたい。 これはジョンとオノ ヨーコとの間に男の子が生まれたときの話である。
「ヨーコ、ジョンというのは日本語にするとどんな名前になる?」 ヨーコはしばし考える。 「太郎よ」ヨーコは答えた。 かくして、ショーン 太郎 オノ レノンの誕生となったのである。
護身(2003-08-06)
近頃は本当に物騒になった。外を歩いているときも、後ろから自転車が近づいて来ようものなら、どんな人が乗っているのかと、つい確認してしまう。なんとも情けない話である。 私が小学生の頃は、こうも連続してとんでもない事件が起こるようなことはなかったと思う。昨今は昔だったら年に1回起こるかどうか、というくらいの犯罪が月に1度くらいの割合で起こっている。 余談だが、江戸時代、260年の間に起こった犯罪の件数は、現在、1年間に東京で起こる犯罪の件数よりも少なかったそうだ。 とにかく、こんな時代だから、親は子供が自分の身を守れるようにと、武道でもをやらせておこうかと考える。おじさんたちもおやじ狩りに遭っても大丈夫なように、女の人は変な人に襲われたときに備え、やはり武道を習おうかと考える。 これは決して悪いことではないと思うが、危険な目に遭ったときに、武力を用いるというのは、最終局面である。 先立つものは、危険に遭遇したときの対処法ではなく、いかに危険を避けるか、ということであろう。 グラップラー刃牙という漫画の中で、とある老武道家が言っていた。 「真に護身を極めた者は、危うき目には遭わぬ」至言であると思う。 下手に武道など習ってしまうと、自ら危険の中に飛び込んでゆくような人間ができてしまうかもしれない。危険を危険とも思わずに。
坐禅体験(2003-08-03)
先月の21日から25日まで、伊豆に住むとしの家に行っていた。そこで、私は茶道と坐禅を生まれて初めて体験した。 としの奥さん、みなこさんは、お茶の嗜みがある。私が土産に和菓子を買っていったので、せっかくだから濃茶でも淹れましょうということになり、としの家でお茶を体験させてもらった。 坐禅はとしが週に1度、修善寺に坐禅をしに行っているので、私も興味があったから連れていってもらう。 「長い棒で喝を入れられたりする人っているの?」行きの道中で一つ確認。 「俺はそういう人は見たことないなあ」ならば安心。としの仕事の手伝いをしていたため、前夜は3時間しか寝ていない。ウトウトする可能性が大である。 時間に数分遅れて現地に到着した我ら。私が初心者のため、最初に足の組み方のレクチャーを受ける。これが結構難しくて、辛い。 その後、縁側のようなところで坐禅を組むことになった。遅刻してきたため、本堂に入れてもらえなかったのである。 縁側には変な座布団みたいなものが置いてあった。円筒型で面積は普通の座布団の半分以下、高さは15センチくらいはあろうか。安定感のなさそうな、座りにくそうな座布団である。 「壁の方を見て、さっきのやり方で足を組んで、この座布団に腰掛けて下さい」おいおい、こんな不安定な座布団に座って、あんな格好をしたら縁側から落ちるんじゃねえか?私の尻から縁側のふちまでは20センチくらいしかないのだ。 「今日は40分坐禅を組んで頂きます」こんな格好でそんなにやるのかよ! 「目はつむらないで下さい」あわよくば居眠りをしようかと思っていたのだが、目を開けての居眠りは不可能である。 「何も考えないで下さい。最初はからは無理だと思いますので、何か考えてしまったら、その考えを追わないように気をつけて、花が思い浮かんだなら、綺麗だな、で、連想を止めること。いいですね」ちっとも良くない。それってすごく難しいことなんじゃないのか? こんな具合に坐禅は始まった。目の前に壁があるというのはどうも落ち着かない。さらに「監寺」なんて書かれた紙が貼ってある。「監寺」何か意味ありげだ。「寺は、おまえを監ている(監視している)、ってことかなあ。早速こんなことを考えてしまう。何も考えるな、と言いながらこのような意味ありげな紙を目の前に貼らないで欲しいものだ。 ちなみに、としの目の前には「那」みなこさんの前には「禅」と書かれた紙が貼ってあった。 さらに悪いことに外では何かの工事が行われていて、ドッドッドッドッ!と、ものすごい音が響いている。目はつむれず、目の前には意味ありげな貼り紙、騒音、そして、猛烈な眠気。しかも、若いお坊さんが長い棒を持って、本堂と我らのいる縁側を行ったり来たりしていた。 としは、喝を入れられたりすることはない、と、言っていたが、あんなものを持っている人が自分の後ろをウロウロしていると、やはり、緊張してしまう。少しも集中できやしない。 ドシーン!開始数分後、辺りに轟音が響き渡る。足が痛くなってきたので、組み替えようとしたら失敗。地上15センチから私の足が床に叩きつけられた音であった。 みなこさんが必死に笑いを堪えている。おそらく、としとお坊さんも。 次第に痛みを通り越し、足の感覚がなくなってゆく。雑念だらけ。猛烈な眠気。目を開けているのがものすごく辛い。意識が遠のきかけては、それを繋ぎとめる。いったいこれはいつまで続くんだよ、、、 そんなとき、バシッ!という音が響く。眠気が一気にふっ飛んだ。 俺はそういう人は見たことない、と、言っていた、とし本人が喝をくらったのであった。 「背筋をきちんと伸ばしてください」と、若いお坊さん。翻訳すると、「居眠りしてんじゃねえよ」と、いうことである。 長い長い時間が過ぎた。本堂からお経の声が聞こえてきた。しめた!これが終われば坐禅も終わりだ、誰もそんなことは言っていなかったが、私は勝手に決めつけた。そう思いたかった。これ以上この姿勢を保つことは、私には無理だ。 幸い、若いお坊さんの姿が見えなかった。私は調子に乗り、お経に合わせながら足を解き始める。 足の感覚がまったくない。お経が非常にゆっくりと唱えられてゆく。 このお経、良く聴くと普通の意味不明なお経とは違う。意味がなんとなく分かるのだ。 「結跏趺坐は先ず右の足を以って左の腿の上に安じ、左の足を右の腿の上に安ず。半跏趺坐は、、、、、、」これって、坐禅のときの足の組み方を説明してるだけじゃねえのか? そう、もともと禅宗にはお経というものはないらしい。これはお経というよりも、坐禅の際の心得である。 それにしてもお経のペースが遅い。小学生の頃、教科書を読むのがやたらと遅い奴がいたが、そいつよりも遅い。 そうこうするうちに、再び、棒を持った若いお坊さんが現れた。慌てて足を組み直そうとしたが、足がまったく言うことをきかない。組み直しは不可能。私は必死に足を組んでいる振りをした。 私の予想通り、お経の終わりが坐禅の終わりであった。
こんな始末だから、私の初の坐禅体験はあまり実り多きものとはいえそうもない。 「今日はいまいち調子が悪かったなあ」と、喝まで食らったとし。 「外がうるさいし、あんたたち(としと、私)が笑わせるから、、、」と、みなこさん。 次は頑張ろう!
伊豆から帰り、グッチーにこの話をすると、、、 「坐禅ってやり過ぎると精神病になるんですよ」だって、本当か?
方言あれこれ(2003-07-15)
大昔、まだ私が子供のころ、今は亡き父方の祖父と激しい戦いがあった。 私が従姉妹から借りた玩具で遊んでいると、祖父が近づいてきた。 「おう、そりゃあ、おまえ、こうたんか?」 「ううん、違うよ、借りたんだよ」 「おう、かったんか」 「違うよ、借りたんだよ」 「だから、かったんじゃろ」 「借りたんだって言ってんだろ!!!」おとなしい子供であった私も、さすがにブチ切れそうになっていた。 そばにいた祖母と私の母は大爆笑。種明かしをすると、私の田舎である津山(岡山県)では、買った、は、買うた(こうた)という。そして、ややこしいことに、借りた、を、借った(かった)、という。つまり、祖父の台詞を標準語に直して前記の会話を書くと、、、 「おう、そりゃあ、おまえ、買ったんか?」 「ううん、違うよ、借りたんだよ」 「おう、借りたんか」 「違うよ、借りたんだよ」 「だから、借りたんじゃろ」 「借りたんだって言ってんだろ!!!」 なんとマヌケな会話なことか。祖母、母に大爆笑されるのもやむを得まい。
今度は九州。としは、焼鳥屋に入った。 「×××××」店の人の耳慣れぬ言葉にとしはとまどう。 「×××××」またしても何か言っているが理解不能。 「やきとりください」相手の言葉は分からなかったが、としは意を決して言う。すると、店のおじさん、おばさんは笑っている。 おじさんは、「何人様ですか?」と、言っていたらしいのだが、「俺には日本語に聞こえなかった」、と、としは言う。 戦時中、日本はアメリカに暗号を解読されてしまい(真珠湾攻撃もアメリカは事前に知っていたというのが、歴史家の間では定説になっている)、旧薩摩弁を早口で話して暗号の代わりにしたという。(旧薩摩弁は、隠密対策として他国の人間に何を話しているのか悟られないようにするために作られた言葉であるため、特に難解であるらしい。今では鹿児島のお年寄りしか話せない。 みなもと太郎作 風雲児達 参照)
フランダースの皿(2003-07-14)
昔、ミスタードーナツを食いまくって点数を集めると、お化けの絵皿をもらえた。私の実家には未だにこの皿がある。なかなかいい皿なので、そのうち、もらってきてしまおうかと画策している。 我が家の近くには、セブンイレブンとファミリーマート、2軒のコンビニエンスストアがある。不精な私は50メートルくらいの差しかないのだが、より近くにあるファミリーマートを愛用している。 しかし、最近は俄然セブンイレブンを使うことが多い。なぜなら、セブンイレブンはお弁当などについているシールを集めると、ハウス(カルピス?)子供劇場のキャラクターが描かれたお皿をくれるからである。 5月はアライグマラスカル、6月は赤毛のアン、そして、今月はフランダースの犬である。 残念ながら私がこのキャンペーンを知ったのは5月の末で、アライグマラスカルの皿は諦めざるをえなかった。赤毛のアンについては、ほとんど見ていなかったため、どうでもいい。そこで、7月のフランダースの犬をゲットするために6月からセブンイレブンの弁当を食いまくった。おかげですぐに点数は集まった。先週、集めたシールを台紙に貼ってセブンイレブンに行った。 「お皿下さいな」 「品切れです」店員のつれない返事。 「えーっ!!!」大人げなくも、ものすごくでかい声を上げる私に、店員は少し怯えていた。 「また入荷しますから、2、3日後にお越し頂けますか」 「あ、そうですか」 数日後、私は再びセブンイレブンへ。 「お皿下さいな」 「品切れです」またしても、前回同様に店員のつれない返事。前回と違うのは、今回の店員は「てめえはフランダースの犬って面じゃねえだろ」という表情を露わにしていた点。被害妄想かな? とにかく、私はもう大声を上げたりはしない。 「また入荷しますから、2、3日後にお越し頂けますか」と、同じ台詞を頂き、店を立ち去る。 そして、本日、ようやく念願のフランダースの犬の絵皿を手に入れた。 「いやあ、すごい人気なんですよ、これももう今日中にはなくなりますよ、たぶん」店長らしき男性が、レジの背後にうず高く積まれた皿の入った箱を指差す。本当かよ、おい。 なんでも、赤毛のアンの皿は全然人気がなくて、6月中にシールが貯まっても赤毛のアンの皿はスルー、7月のフランダースの皿狙いの人が大勢いるという。私もその一人。そういう人が7月になって大挙してきているため、皿がすぐになくなってしまうらしい。 放送終了後、25年くらい経つが、なおこの人気。恐ろしい犬である、フランダースの犬は。日本で一番有名な犬はきっとフランダースの犬だ。ちなみに名前はパトラッシュ。 しかし、コレクターの見地からいくと、大量に発行されているフランダースよりも、赤毛のアンの皿の方が稀少価値があって狙い目なのかもしれない。
ディズニーランドから学ぶこと その2(2003-07-10)
7/1掲載のディズニーランドから学ぶこと、について反論のメールが来ていた。せーげん氏から届いた辛辣なメッセージを今回は掲載する。
ディズニーランドにリストラなんて必要ありません。だって人件費がめちゃくちゃ安いのですから。 そりゃそうです。ディズニーランドにつとめることができるのであれば給料なんていくらでもいい、と考える人が世の中にはたくさんいるのです。そして、好きなディズニーランドにいられるのだからと
別にたいした教育をしなくても彼らはにこにこするのです。
そういう大人になっても子供の気持ちを大切に・・・
なんて考えているディズニーランドオタク達の純真な気持ちを逆手に取る、とてもアコギな商売人なんです、オリエンタルランドの経営者は。 それを証明するような出来事がちょっと前にありました。
長崎のハウステンボスが倒産したとき、オリエンタルランドに助け船を求めたのですが「いくらウチでも長崎では商売できません。」と、あっさり断りました。
彼らには崇高な理念、地域や社会への貢献なんて全く頭にありません。あるのはお金儲けだけです。
うーん、かなり辛口ですねえ。確かにその通りなのかもしれぬ。 せーげん氏と私の主張とで、明らかに衝突するのは、従業員の教育の問題、私は徹底していると主張、せーげん氏はそうではないという。 さてさて、他の方からも意見を聞いてみたいものである。
ディズニーランドから学ぶこと その1(2003-07-01)
先週ディズニーランドに行って来た。自慢ではないが、私は少なくとも10回以上は遊びに来ている。10回以上も来ていると、休むことなく、血眼になって乗り物に乗りまくろうという情熱はないが、それでも、来るたびになんだか楽しげな気持ちになり、満足して家路に就く。 例えは悪いが、酒を飲んで酔う、これは好きか嫌いかの違いはあるが、飽きるということはあるまい。それに近い楽しさがディズニーランドにはある。 そして、ディズニーランドは、「お客様に満足してもらうためには努力を惜しまない、だからこそ、自分たちも満足できる(儲かる)」という、商道の基本(と、私は思っている)を忠実に守っているように思える。 景気が良くなる気配はなく、リストラ、コスト削減、価格競争が一般企業のお約束のようになっている昨今であるが、ディズニーランドは、ことごとくそれらの逆を行く。 ミッキーやドナルドをリストラするわけにもいくまいが、普通の企業の観点で見れば、ディズニーランドにもリストラが可能な部署もあるはずである。しかし、一見、無駄とも思える部分にも人手を割いている。 人間だけではなく、金にならない部分は無駄なものとして、縮小、もしくは潰してしまうのが昨今の流れであるが、ディズニーランドはそのようなことはしない。金にならない部分を無駄なものとは考えていないかのようである。 また、従業員の教育も徹底している。私に関して言えば、ディズニーランドでは、従業員の言動、行動によって不愉快な思いをしたことはただの1度もない。 園内にはミッキーマウスやミニーマウスなどのキャラクターが歩き回っている。大抵の人は彼らに手荒な真似はしないのだが、なかには彼らに蹴りを入れたり、後ろから思い切り殴ったりする奴もいる。修学旅行生などに多いのだが、そんな輩にさえ、ミッキーたちは非暴力を貫く。(ミッキーが餓鬼を小突いているのを見た、という証言も少数あったが)ミッキーはあくまで子供達のアイドルなのだ。ミッキーを演じる人はその間はミッキーになりきり、自我を表に出すことはない。ミッキーがピンチのときには近くにいる人間のスタッフが助けるのである。 対照的に、最近潰れてしまった、Dがつく遊園地では、玩具の兵隊が子供たちを追いかけまわし、制裁を加えているのを見たことがある。 ディズニーランドでは、掃除の係の人から、レストランのウエイターから、すべての従業員が、良く教育されているなあ、と、感じる。 知人で、とある1流ブランドの店でマネージャーをしている人がいる。彼女の店にディズニーランド出身者が何人か在籍していたことがあるそうなのだが、彼らは良い意味で他の人たちと全く違う、と、彼女は言う。 商売にもいろいろなやり方があるだろうが、どんな商売をするにしても、私はディズニーランドに行き、研究することを薦める。もちろん、普通の商店や飲食店、企業がディズニーランドをそっくり真似ようとしたら、商売はあがったりになるだろう。だが、ディズニーランドから学ぶべきことは必ずある。 ディズニーランドは、今ではほとんど見ることはなくなった商人の美学を、徹底的に貫いている。そして、それが成功している稀有な例なのである。
移ろいゆく言葉(2003-06-23)
文化庁の日本語に関する世論調査で、慣用句の「流れに棹(さお)さす」や「役不足」の意味を、60%前後の人が誤って理解していることが分かった。 「役不足」の意味は、本来の「力量に対し役目が軽すぎること」とした人が28%。「役目が重すぎる」と逆の意味を選んだ人が63%に上った。 「流れに棹さす」は「傾向に乗って勢いを増すような行為をする」が本来の意味だが正解は12%。64%が「勢いを失わせるような行為をする」と誤解していた。(共同通信の記事より1部抜粋したもの) この他にも意味や読み方などを間違えやすい言葉、漢字というのは数多い。本日もyahooでニュースをチェックしていたら、土地勘という言葉が目に付いたが、これは本来は土地鑑と書くのが正しい。 土地鑑がある、というのはその地域のことを良く知っているという意味である。良く知っているのなら、勘に頼る必要はない。冷静に考えると土地勘ではしっくりとこない。土地勘がある、と書かれると、初めて訪れた場所でも迷うことなくスムーズに動ける、というようなニュアンスに思えてしまう。 しかし、この土地鑑という言葉は、今は土地勘と置き換えが可能になっている。広辞苑にも土地鑑、土地勘、両方とも記載されているのである。なぜなら、土地勘、と間違えて表記されることがあまりにも多かったためである。 重複という言葉も、このような言葉のうちの一つである。本来は、ちょうふく、と読むものを、あまりにも多くの人が、じゅうふく、と読むため、両方とも正しいとされるに至ったのである。 刑を加重する、というとき、一般の方が「けいをかじゅうする」と読んでしまうのは無理もないが、法律家がこれを、かじゅうと読むようなら、その人はかなり問題がある。重さを加えるのは、かじゅう、だが、刑を加えるのは、かちょう、と読むべきなのだ。 ともかく、重は、ちょう、とも読むのだが、そのうち、この棚は「じゅうほう(重宝)」するのよねえ。なんて会話がまかり通る時代がくるかもしれぬ。 こうして考えると、「役不足」「流れに棹さす」にも、同じ運命が待っているといえそうである。 特に、「役不足」に関しては一刻も早い措置が必要だ。なぜなら、正しく使用している人が深刻なトラブルに巻き込まれる可能性があるからだ。 相手を持ち上げているつもりで、「どう考えても役不足なんですけど、部長しか頼める人がいないんですよ」なんてことを言ってしまったとしよう。部長がもしこの「役不足」の意味を正反対に理解していたら、とんでもない侮辱になってしまう。役不足という言葉は、正しく使用しない方が無難だ。今回の調査では60%もの人が間違えていたのだから。ちなみに私ごときがそのような大役を、、、という意味で使う言葉は「力不足」である。力が不足しているのである。このように解きほぐせば簡単だ。役不足は、役が(本人の力量に対して)不足しているということなのである。 突き詰めてしまうと言葉というものは記号であり、意味などない。用例があるだけなのだ。用例の積み重ねが意味となるのである。特殊な用例、間違えて使用したと思われる用例も積み重なれば、もうそれは誤りでも特殊でもなくなるのである。
新機能、サイト内検索 その2(2003-06-21)
新機能、サイト内検索窓を設置したのだが、どうやらあまり使えない。 私は、検索すると、そのキーワードがサイト内の、どのページの、どこらへんにあるのか、ということまで表示してくれるのかと思っていたのだが、実際は「検索結果ページには、検索されたキーワードが存在するページの最上部の文章が表示されます」とのこと。つまり、検索した言葉がどのページに存在するのか?ということまでしか分からないのである。 それでも、何かのたしにはなると思うので、このまま設置しておくことにする。
新機能、サイト内検索(2003-06-19)
本日、わがサイトに新機能である、サイト内検索をつけてみた(トップページにあるので、試してみてくださいませ)。これは、キーワードから私のサイト内を検索する機能で、例えば、病院という言葉で検索をかけると、私のサイト内で病院という言葉を使っている個所をピックアップしてくれるというわけである。これは私のサイトの中しか検索してくれないので、注意。 一応、検索窓がトップページについてはいるが、実際に使えるようになるのは、明日(6月20日)の夜くらいからとのこと。
向精神薬の恐怖(2003-06-19)
向精神薬という種類の薬剤がある。どんなことに使うのかというと、「わいせつ医師 向精神薬注射し体触る」なんて事件もあったが、もちろんこれは正しい使い方ではない。 不眠症治療のための催眠剤、興奮覚めやらぬ人を鎮めるための鎮静剤、うつ病などの治療に使う抗不安剤などが向精神薬の仲間である。 これらの薬は上記の医師の例もあるように、悪用されやすいものであり、その投与と管理は慎重に行われなければならない。
今から10年以上前、私は当時高校生、中間試験を前に夜遅くまで勉強をしていた。なぜ深夜まで勉強していたのかというと、昼間は遊んでいたからである。 当時、私は親元を離れ(今も離れているが)、祖父母と3人で生活していた。正確に言うと、魚屋を営む祖父母が二人で生活していたところに、居候を決め込んでいたのである。 深夜0:00を過ぎた頃であろうか?足音が聞こえてきた。祖父が2階の寝室から降りてきた。便所タイムか?それにしては早いな、、、 「おい、お客さん来てるだろ」と、祖父。 「誰もいないよ。こんな時間にお客さんが来るわけないだろ」 「そうか」祖父は寝室へ帰ってゆく。 まったく何を寝ぼけてるんだか、、、私は再び教科書を読み始める。これは事件のほんの序章に過ぎない、ということを知りもしないで。 再度、祖父の足音が聞こえる。 「おい、うるさいぞ」と、祖父。 「何が?」 「ガヤガヤ話声がする。おまえの友達だろ」 「こんな時間に友達なんか来るわけないだろ(来る奴もいるのだが)」 「そうか」祖父は寝室へ帰ってゆく。 まったく何なんだよ。 そして、しばらく時間が経過。今度は祖母の足音。 「ちょっと来て、おじいちゃんがちょっと変なんだ」と、祖母。 祖母は脚が悪いため動きがスローモーである。私は祖母を置いて、2階へと駆け上がる。 祖父は確かに変であった。それも、ちょっと変、どころではない。あからさまに変であった。 祖父は寝室でちょこんと正座していた。手だけを忙しく動かしながら。その動きは明らかに彼の仕事中のそれであった。彼の仕事は魚屋、彼は、架空のまな板の上で、架空の包丁を使い、架空の魚をさばいていた。 「おじいちゃん、何してるの?」私は勇気を振り絞って言った。 「タコを切ってんだよ、タコ」最後のタコは私のことをタコ、と、言ったのか、自分がさばいている(つもりの)タコのことなのか、判然としなかったが、とにかく、これはただ事ではない。 「おじいちゃん、タコなんかどこにもないよ」 「ここにあるだろ、お客さんが待ってるんだから」じいちゃんは手を動かすのを止めない。私は一瞬目の前が真っ暗になった。とにかく、止めなければ。 私は今の時刻を彼に教え、お客はいないということを懇々と説き、なんとか祖父を布団の中に戻した。 祖母にもとりあえず、寝るように言った。 私は勉強を再開したが、あまり手につかない。 しばらくして、再び、今度は祖母の足音。 「今度はどうしたの?」と、私。 「おじいちゃんが私を殴ろうとしたんだ」 「え?!」 「おじいちゃんが壁に手を当てて、倒れてくる倒れてくる、って騒ぐから、倒れやしないよ、って言ったら私を殴ろうとした」 私は2階へ駆け上がる。そこには壁を必死に押さえている祖父がいた。 祖父を苦心の末、布団に戻した後、祖母と今後のことについて相談する。結論は、、その1 じいちゃんはボケてしまったのだと思う その2 今は真夜中なので、朝一番に母(祖父母にとっては実の娘)に連絡、病院に連れていく。 そして、明け方近くまで、祖父の異状は続く。やれ、蛍光灯が落ちてくるだの、刺身を持って来いだの、お客が10人以上も待っているだの。もう、勉強どころではない。睡眠さえもとれない。涙がこぼれそうなくらいに辛く悲しい夜であった。 朝の6時過ぎ、市場に行くという祖父を必死に止めつつ、母に電話をした。 「じいちゃんが、ボケちゃったみたいなんだ」 「あ、そう」母の沈んだ声のトーンはさらに私を悲しい気持ちにさせた。 母がやって来る。祖父は寝てしまった。私は学校に行った。 試験を終え、帰宅し、私は母からその後の状況を聞いた。結論から言うと、「おじいちゃん、なんともないよ」とのこと。あれだけ人を騒がせておいてなんともないわけねえだろ!ところが、なんともなかったのであった。 タイトルからも明らかであるが、今回の騒動の原因は向精神薬である。実は祖父にはうつ病のけがあり、抗不安薬を常用していた。この騒動の日、祖父の主治医が祖父の薬を変えた。ところが、新しい薬の上に医師は処方量を間違えた。さらに追い討ちで祖父が服用量を間違えた。医師が多く薬を処方してしまったうえに、祖父が服用量を間違える。間違いの2乗である。 つまり、この夜祖父の頭の中は薬の飲み過ぎのためスカイハイだったのである。試験前日に勉強もできず、眠ることすらできず、祖父の過失ぶっ飛びに付き合っていた私の立場は、、、
相槌(2003-06-17)
クドクドと喋る人に対しては、こんな便利なものはない、それが相槌。こんなことを書くと、失礼な奴だと思われてしまうかもしれないが、話を聞いてもらいたいだけで、別にこちらの言うことなんか聞いてはいない人は結構多いのだから、これでいいのだ。 しかし、この相槌も相手の話を聞いたうえで使うべきである。
ベテランのタクシー運転手、Kさん。彼は仕事柄、酔っ払いの相手も手慣れたものであった。基本的に、酔っ払いという人種に対しては、何を言おうと相槌を打っていればいいのである。 Kさんは、この日も、酔客の戯言に適当に相槌を打っていたのだが、異変が起こる。ご機嫌だなあと思っていたその酔っ払いが、いきなり後ろから手を伸ばしてKさんの首を絞めてきたのだ。 「な、なにをするんです!!!」と、Kさん。酔っ払いの言い分はこうであった。 「おまえ、さっきから俺が小便をしたいと言っているのに、ずーっと、そうですねえ、そうですねえ、ばっかりじゃねえか、ふざけるな!」 これは、ごもっともな怒りである。相槌もほどほどに。
血液型占い(2003-06-11)
日本人は血液型占いが好きである。4つしかない血液型で人間の何が分かるというのか?もっともな意見だと思うのだが、そうは思っていても、私自身は血液型をけっこう気にする人間である。 男と女(第3の性についてはあえて触れない)、2種類しかない性別でさえ、人間を大きく2つに分かつではないか。ならば、4種類もある血液型が人間を分類するのに役立つとは考えられまいか。いや、これはへ理屈だな。余談ではあるが、Rh+と−という血液型も存在するが、こちらについては占いの本などでお目にかかることはまずない。まあ、人類の多くがRh+であるから、占いのネタにしても面白くはなさそうである。 未確認情報であるが、欧米人というのは血液型というものにほとんど関心がないそうで、欧米の有名人は、血液型占い大好きの日本の記者にそれを尋ねられたりしたときに、「どうしてそんなことを知りたがる?」と、皆不思議そうにするという。 高校時代に習った理科のG先生。少し変わった先生であったが、彼は血液型占いの信者であったようだ。 物理の時間に血液型の話(なぜ?)をしてくれたのだが、偏見に満ちた御説をいろいろと聞かせて頂いた。例えば、「AB型の多い民族は文化程度が高い」とか、「A型はつまらない人間が多い」とか。ちなみに私はA型である。彼は自分の血液型は明かさなかった。彼の血液型を考えて頂きたい。ご意見ある方はメールを下さい。以下に彼の言動、行動で私が印象に残っているものをあげる。
生徒を呼ぶとき、君、さん、は、つけない。 授業をしながらガムを噛んでいる。「おまえらもガム噛んでいいぞ」と、生徒にも勧める。 私は授業中に早弁しているのを発見された。慌てて弁当箱を隠すと、「自分の弁当だろ、いつ食おうがおまえの勝手じゃないか」と、言われた。 席替えの際、授業を受けるのに向いていない生徒ばかりが一箇所に固まってしまったことがある。席替え後、最初の授業の際、私の真横を通りながら「ここは悪の巣窟だな」と、呟く。ブッシュ大統領が「悪の枢軸」と、いう言葉を流行らせたのは、この15年後のことであった。 チャイムが鳴ると、いかなる場合でも授業は終了。 「いいか、おまえら、これから説明するところだけはきちんと聞いておけ、一言も喋るな、寝るな、これが終わったら寝ててもいいから」と、前置きして説明を開始する先生、その3分後、U沢くん(悪の巣窟の一員)がいきなり先生との(一方的な)お約束を破る。先生ブチ切れる。ドアを思い切り殴り、足音荒く教室より遠ざかる。先生が怒ったのは私の知る限りこのときだけ。
以上から、このG先生の血液型を推測してみて欲しい。分かるわけないか、、、
最後に、また余談であるが、私の祖父はB型であった。が、母を筆頭に親戚縁者は皆、口を揃えて「あの人は絶対にB型ではない、A型だ」と、言っていた。 「軍隊で調べたんだから間違いない」と、祖父。 ところが、10年くらい前、祖父が大病を患い、手術をすることになった。 祖父のカルテには、「てめえはA型」と、書いてある。それみたことか!と、わが一族。 昔の血液型チェックは結構いい加減なものであったようで、間違いがかなりあったそうだが、とにかく、この件で血液型占いもそう捨てたものではない、ということは分かった。 血液型と性別は間違えると大変なことになる。気をつけたほうが良い。
間違い探し(2003-06-02)
詳報!H・フォードが「名声の歩道」入り、と、いうニュースを読んでいたのだが、H・フォードの経歴にこんなことが書いてあった。
フォードはスピルバーグ監督の「レイダース/失われたアーク 《聖櫃》(せいひつ)」(1981年)、「インディ・ジョーンズ 魔球の伝説」(1984年)、「インディ・ジョーンズ 最後の聖戦」(1989年)に出演、考古学者インディ・ジョーンズを演じた。
さらっと読み流してしまいそうであるが、間違い発見。さて、どこでしょう?
上記の映画を観た人ならすぐに内容とタイトルが一致しない作品があることに気づいたことと思う。そう、魔球の伝説、、、考古学者インディジョーンズは魔球を投げたりはしなかった筈。 打ち間違えた人の気持ちは分かる。魔宮という言葉、昔からありそうな言葉ではあるが、実際は造語のようである。パソコンでは変換してくれないし、広辞苑にも載っていないのである。 魔境という言葉ならある。 用例 のび太の大魔境
孵化(2003-06-01)
「ちょっとー、何これー!」ともみは何かをみつけた。そして、素っ頓狂な叫び声を上げた。妹の悲鳴?を聞きつけ、ゆうちゃん(30歳、商店経営)はすぐさま駆けつける、麗しき兄妹愛。さて、そのとき、ともみの見たものは、、、 「いやー、気持ち悪かったねー。可哀相に、彼らは一度も羽ばたくことが出来なかったようだ」(ゆうちゃん談) ゆうちゃんから2週間くらい前にメールが送られてきた。このメールにはコンピューターウイルスではないが、ある意味ウイルス的なモノが添付されていた。それが、上記、ともみの悲鳴の理由である。
まずはこいつから。いったいこれはなんじゃ?
このビニール袋の中身はこいつ。変身前の姿である。
変身後はこいつになる。
上記ビニール袋は、ゆうちゃんの持ち物の中から出てきた。なにゆえこんなものが? ゆうちゃんは、洋服やら、靴やら、チョコエッグのおまけのおもちゃやら、若い女の子まで、いろいろなものを集めるのが好きである。このおぞましき物体もその一環なのか? そうではない。いくらゆうちゃんでもこんなものまで集めまい。 話は3ヶ月前に遡る。ゆうちゃんは我々と共にワカサギ釣りに出掛けた。普通の人はその日のうちに余った餌を処分するのだが、彼は何を思ったのか、あるいは忘れていたのか、餌を処分していなかった。 この餌、私は正体を知らなかったのだが、蝿の息子であったらしい。彼らは狭いビニール袋の中にあってさえ、命の火を消すことなく成長を続け、ついにはサナギとなり、そして、立派な蝿になったのであろう。しかし、蝿になったはいいものの、その先のことまで彼らは考えていなかった。外に出ようにも出られない。 かくして、ビニール袋内には、大量のサナギと大量の蝿の死骸が残されたのであった。 そして、ゆうちゃんはご丁寧にそれを私にも見せようとメールしてくれたのである。 小さい子供が、「ママ、ママ、すごくでかいうんこが出たよー」と、お母さんに報告し、お母さんに無理矢理確認させるようなものである。
異常(2003-05-22)
人類が精神病を撲滅することができたとしたら、それは天才を撲滅したに等しい。とは、とある精神科医師の発言である。 一般人と、や、のつく自由業の方と、統合失調症(精神分裂病)の患者、彼らの中で犯罪を犯す確率が高いのは?順番に、や、のつく自由業の方、一般人、統合失調症患者であるそうだ。 しかし、や、のつく〜はすぐに犯罪を犯すからどこかに閉じ込めておく、なんてことは決して許されまい。当然である。 では、統合失調症患者が犯罪を犯すと、なぜ、どこかに閉じ込めろ論が大手を振って歩けるのか?彼らが犯す犯罪が、ときに例をみない凄惨なものであるからである。 質は量を駆逐するのである。 異常という言葉は通例好ましくない事象に使われる。だが、冷静に考えてみれば、知能指数140以上などという人は何万人に一人くらいの割合でしか存在しないのだから、れっきとした異常者であると思う。 そして、このような人間が犯す犯罪というのはどのような犯罪なのか?想像すると身の毛がよだつ。
黒く塗れ!(2003-05-20)
心の煙の輪の中に、黒く塗れというコーナー
を新設しました。基本的には私の怒りを綴るコーナーです。 初回なので抑えて書きましたが、私の怒りが回を追うごとにヒートアップしてゆくことが予想されます。
間違いを発見(2003-05-19)
当コーナーにて、4月23日にupした、「探し物はありましたか?」に大間違いを発見。フセインの長男の名前を、私はずっとブダイと書いていたが、ウダイの間違いであった。どの資料を見てもウダイと書いてあるのに、どうして間違えたのか?
上記の件、お詫びします。フセインの長男はウダイです。ちなみに次男はクサイです。
踏む(2003-05-18)
これは、新設のひとりごと、に収録しようかとも思ったのだが、ひとりごとというには少し長いため、また、普遍的な教訓を含むものとして、当コーナーに収録した。
昨夜、マセの結婚祝いに参加した。その帰り道、奇妙な一団の脇を通る。 彼らの中の一人がかなり酔っ払っており、仲間に介抱されながらタクシーに乗り込んでいたのだが、なんと、彼は頭からビニール袋を被せられていた。そんなことして窒息しやしないか? 彼らの横を通り過ぎ、彼らを後にしたのだが、私は何か気になって、視線を彼らの方に残したまま。 そのため、私の前を歩いていたふるちゃんの奇妙な動きを見逃してしまったのであった。 足底にヌルリという嫌な感触。私は足を取られて転びそうになったが、なんとか踏みとどまる。 「あーっ!!!」誰かが叫ぶ。 おそらくはタクシーに乗ろうとしていた彼のものであろう、新鮮なゲロを思い切り踏んでいた。ゲロの中央には私の足跡がしっかりと残っていた。 ふるちゃんは巧みにそれをかわしていたが、私はビニール袋を被った彼の様子が気になり、足元をまったく見ていなかった。 この直後のふるちゃんとポンちゃんの逃げっぷりを私は忘れない。普段は足並み揃ってなさそうな振りをして、こういうときには息がピッタリである。 帰宅してから私はとある事件を思い出した。あれは、2001年の7月のこと。やはり、酒を飲んだ帰りの出来事であった。事件直後、せーげん氏、看護婦のAさん、そして、K子さんに送ったメールが保存されていたので、ここに紹介したい。
少し前、「蛇を踏む」という小説が芥川賞を取りました。そして、僕は今夜うんこを踏みました。臭いから察するに、猫のものと思われます。 酔っ払っているので、順を追って説明するのは困難だと思われます、というか、順を追って説明できるくらい脳ミソがクリアーなら、うんこなんか踏まねえよ、という感じです。 実は、カラオケから病院に向かって歩いている最中に、なんとなく変な香りがするなあとは思っていました。でも、酔っていたのでH(地名)の潮風の匂いかな?と自分を誤魔化していました。せーげんさんが去り、七夫妻にAさんが拉致され、一人残された僕は病院に帰りました。病院に泊まろうか、家に帰ろうかと迷っていたのです。 僕は事務当直室に入りました。その密閉された空間の中で、ついに僕は自分を誤魔化し続けることの難しさを痛感しました。ましてや、他人である事務当直をあざむける筈もありません。 僕は張り詰めた空気というのが苦手です。 「何か臭いね」と、僕はさりげなく切り出しました。 「臭いっすね」事務当直は何か安心したかのように相槌を打ちました。 「うんこっぽいよね」その匂いが紛れもなく、うんこの匂いだということに気づくまで、あと15秒かかります。 てめえが入ってきてから急に臭くなったんだよ。と、事務当直の両の瞳は語っています。 僕は、まさかとは思いつつも他に原因が思い当たらなかったため、自分の靴の裏を見ました。責任病巣は右の足の土踏まずの上の辺りにありました。そこにだけ、不自然に、奇妙な泥の塊のようなものが付着しています。 マイク タイソンのアッパーカットを暗闇の中でもらっちまったような気持ちとでも言いましょうか。体の痛みと心の痛みを同列に扱えるものと考えてのの話ですが。 僕は事務当直に、うんこを踏んでしまったようだ。しかも、かなり、ヘビーな香りの奴を、、と、正直に白状しました。その正直さが僕のいいところだと自負しています。 とにかく、原因がわかったので、僕は速攻で表の水道で靴の裏を洗浄しました。靴に当たって跳ね返る水道水は、間違いなくうんこの匂いがしました。その証拠に自分の腕についたその水は、めっちゃ、臭かったんです。 そのまま立ち去ればいいものを、僕は事務当直室を再訪しました。ちょっと、事務当直に嫌がらせをしてやりたかった。という、意地悪な気持ちを、あえて、否定はしません。 「うんこなんか踏むのは何年振りかなあ」と、僕は言いました。僕がしょっちゅううんこを踏んでいると思われては困るからです。 「普通、この年になると踏みませんよね」 この野郎、と思いましたが、悪いのは僕なんです。 「そうだよな、最後に踏んだのは小学生の頃だったよ。あの頃はよく踏んだもんだ」 「踏みましたよね」 洗ったとはいえ、まだ臭い僕の足底。事務当直室には未だ消えぬ残り香。自分が踏んどいて勝手なものですが、どうにも我慢できないんです。その匂いは消え去るどころか、さらに勢いを増しているような気がします。酔って感覚が麻痺しかけている自分ですら、あれだけ臭かったのですから、事務当直の鼻は曲がる寸前だった筈。 僕は、「ごめんね」と言い残して病院を去りました。車に乗ったら、車の中も臭くなったような気がしました。 しかし、いったいどこで踏んでしまったのか。この事件の最大の謎です。 眠たい。こんなに眠たいのに、どうしてこんなくだらないことを綴っているのでしょう。寝よ。
この事件から約2年後、酔っ払って今度はゲロを踏んでしまったというわけである。 次回は何を踏むのか? 酔った時は足元には注意した方が良い、という教訓である。
ひとりごと(2003-05-18)
前回予告した新しいコーナーのうちの、ひとりごと、をup。はっきりいって日記帳みたいなものです。
混乱(2003-05-12)
当サイトの当コーナー、あまりにもいろいろなものを詰め込み過ぎているような気がする。そこで、前々からやろうと思っていたことなのだが、リニューアルしようと思う。 当コーナーを3つに分けて、つれづれなるままに、は、普通のエッセイを。黒く塗れ!!!には社会批判、人間批判など。ひとりごと、には、日記、内輪ネタなどを掲載することにする。
魔球(2003-05-11)
どんなにつまらないことであっても、勝負事となると決して妥協することができない人間は、どこにでもいる。我らの仲間内では、ふるちゃんがそのタイプに当てはまる。中学、高校時代、野球部に在籍しキャプテンまで務めたということが彼の人格形成に多大な影響を及ぼしたということは否めまい。 しかし、高校時代サッカー部のキャプテンであったゆうちゃんはそのようなタイプではない。結局は本人の性格なのか?
高校時代、体育の授業の風景。 「かつぬまくん!」山なりのボールが相手コートから返り、誰かが叫ぶ。両腕を三角形にして、よろよろとボールの落下地点にかつぬまくんは向かった。 ガポッ!!!と、奇妙な音がした。かつぬまくんの三角形に組んだ腕の中に、白いバレーボールがうまい具合に収まっている。ドッジボールなら良かったのだが、バレーボールではこういうことをしたら反則だ。 勝負は接戦、基本的には一つのミスも許されない状況であるのだが、みんなは笑ってしまった。当のかつぬまくんもニヤニヤ。通常はバレーボールで、ガポッ!なんて音はありえない、けれども、ガポ、笑うしかない。 しかし、一人苦々しげにその様子を見ている男がいた。ふるちゃんである。 かつぬまくんがサーブの体勢に入る。みんなはハラハラしながら様子を見守る。勝負は接戦であった。一つのミスも許されない状況である。ただでさえ細いふるちゃんの目がさらに険しく尖っていた。てめえ、今度ミスしたらただじゃおかねえ、と、いう目だ。かつぬまくんも場の状況くらいは理解していたようで、心なしか落ち着きがない。 左手にボールを持ち、右腕を後ろに流す、そして、打つ。 バシッ!!!と、まともな音がした。だが、まともなのは音だけであった。なんと、かつぬまくんがサーブしたボールは、前ではなく真後ろに飛んでいった。上とか横とかではなく、正真正銘の真後ろ。かつぬまくんの後ろの壁に当たって跳ね返るボール。 私やとしは腹を抱えて笑った。敵味方関係なく笑っていた。ミスした張本人まで笑っていた。コート上にいた人間は全員笑っていた、いや、たった一人を除いて。ふるちゃんの怒りは最高潮に達していた。 「真面目にやろうよっ!!!」皆の笑い声をかき消すふるちゃんの怒声。 「まあまあそんなに怒るなよ」 「だってあいつニヤけてんだもん、ふざけてるよ」 もちろん、かつぬまくんはふざけていたわけではない。本人は一生懸命なのである。ただ、人並みはずれて運動神経が鈍いだけなのだ。バレーボールを少しでもやったことのある方ならすぐに分かることであるが、サーブを真後ろに飛ばすというのは、役にはたたないが高等技術。かつぬまくんの技術では狙ってできるようなことではない。
老夫婦、伊豆へ行く(2003-04-29)
土曜日の夜、私とガリちゃんは西へ向かった、伊豆地方に棲息している俊一家を訪なうために。 ちなみにタイトルの老夫婦というのは、私とガリちゃんの会話を聞いていると、離婚した老夫婦みたいだ、と高校時代に仇名されたものである。我らは結婚もお付き合いもせずに別れた老夫婦なのであった。
出発時間の遅れのため、我らは23時に俊の家の近くの商店に到着。迎えに来た俊、彼が近づくにつれて風に乗ったアルコール臭が著明となってくる。どうやら、かなり酔っ払っている模様。 「温泉に行こう。町営の小さいけど無料の露天風呂があるんだ」と、俊。ただでさえ信用できない男である上に酔っ払い。私は一抹の不安を感じた。 「そこは男湯と女湯がきちんと分かれているんだろうな?」 「大丈夫、美奈子(俊の奥さん)の水着を持って来た」 車の中で水着に着替えるガリちゃん。私と俊はすでに温泉につかり、目の前に広がる海と、頭上の星空を見ていた。確かに素晴らしい温泉だった。小さいけれど、お湯も少しぬるいけど、これで無料というのはすごいことである。 素っ裸の俊と私、水着のガリちゃん、深夜の23:00過ぎに温泉を楽しむ。
翌朝、4:30まで酒を飲んでいた俊と私、お茶を飲んでいたガリちゃん。日曜日は昼から行動開始。私は用足しをした後、俊がせせこましく動き回る台所に行く。 「ちい、おむすびを作っておいてくれ」と、俊。 「それは構わないけど、うんこをして、たった今出てきたところなんだけど」 「ふざけんなよ!」 おむすび作りはガリちゃんの担当となった。
様々な物を持って、俊の家の近くにある海へ。男二人は狩猟(貝の採取)、美奈子さんとガリちゃんは談笑していた。ちなみに我らが基地を作った場所の目の前には、貝を採ってはいけません。と、かいてある大きな岩があった。 「落ちた!」と、美奈子さんが叫ぶ。私が岩場から転落したのであった。 岩から滑り落ち、着地した。眼前には岩があり、私は顎を打ちつけた。一瞬クラクラッとしたのだが、痛みはたいしたことはなかった。酔っていたからであろう。 味噌汁を作り、飲み、帰る。
夜になり、美奈子さんは用事があるため帰宅、俊とガリちゃんと私は高原の湯という温泉に。 「7時30分〜45分の間にロビーで待ち合わせにしよう」という俊の提案とともに我らは男湯、女湯に分かれた。 俊と私はサウナと冷水風呂を数回往復した。酒を少し抜きたかったからである。 「あれ、もう7時50分だぞ」と、俊。 「でも、女の子は長風呂だから、、、」 我らは8時過ぎくらいに風呂から出た。すると、ガリちゃんがロビーに待っていた。 「男のくせにいつまでお風呂に入っているのよ」彼女は、7時30分には風呂から上がって我らを待っていたそうだ。我らは女の子は長風呂だからと考えチンタラ、ガリちゃんは男は早風呂だと考えて素早く行動していたのであった。我らの言い訳は、サウナで出会ったおじさんが長話をしたから。こういうときだけは、俊と私の呼吸はピッタリだ。
最後に、伊東で食事をした。そして、私とガリちゃんは家路へと向かった。
民主化って何?(2003-04-24)
本日、国際問題のコラムニスト、宮崎 正弘先生の公演会に行って来た。イラク大使、神奈川県知事なども交えての会であった。 混雑を予想していた私は、早めに会場に行ったのだが、早め過ぎてまだ会場のセッティングができていなかった。そして、いつのまにやら主催者の方たちと一緒に会場作りを手伝っていた。その間に受付に人が集まり始め、いい席が取られてゆく。 「おまえら、ずるいぞ、、、、、、、、、、、」と、汗かきの私は汗だくになりながら心の中で叫ぶ。 「すごい汗ですねえ」と、受付の女の人に笑われる。 まずは、県知事の挨拶から始まる。はっきり言って、この人は何をしにここに来たのだろう、と、私は思った。だって、そういう話をするんだもん。
公演は、イラク大使のスピーチ、先生の話と進み、最後に質疑応答に移る。そこで、こんな質問が飛び出す。 「大使から見て、フセインというのはどういう人ですか?」 会場から苦笑が漏れる。 「個人的な付き合いはないので、イラク人で男、と、いうことくらいしか分かりません」会場から笑い。うまくかわしたな、と、思っていたのだが、彼はそこで話を止めなかった。それどころか、だんだんと熱がこもり始める。 「民主化って何ですか?民主化されている国というのはどこですか?教えて下さい」私が今日心に一番残ったのは、大使のこの言葉だった。 イラクにはイラクの、日本には日本の、ジャマイカにはジャマイカの民主主義がある。 大使の叫びは、アメリカ型の合理主義、民主主義の押し付けに対する抗議であったのだと、私は真摯に受け止めたいと思う。
探し物はありましたか?(2003-04-23)
探し物はなんですか?みつけにくいものですか?ブダイの家を、広い砂漠を、探したけれどみつからないのに
「ブッシュ大統領閣下、ウダイ(フセインの長男)の館から、ヘロインと高級外車と裸婦像が大量にみつかりました。でも、どうしてもみつからないものがあります」 「それはなんだね?」 「大量破壊兵器であります」
今回のアメリカの戦争の理由は、テロリスト根絶、あっ、それは途中で変更になったんだよね。そう、大量破壊兵器をイラクが保有していると、アメリカは確信しているから。 国連の査察団は無能だ、我らが探せばすぐに見つかる、ここまで言っていたアメリカ。しかし、まだ見つかっていない。 このままいくと、イラク戦争は短期で大勝利を収めはしても、許されざるべき侵略戦争である。 お願いだから、イラクの人民を独裁から救った。なんて、とってつけたような綺麗事はやめてね。人民に対して恐怖政治を行っている国はイラクだけではないのだから。(ちなみにイラクは独裁政権ではあったが、フセインの政治は悪いことばかりではなかったのだ。例えば、教育に力を入れていたようだし、医療費は無料であった。それに政権内部にはイスラム教徒(スンニ派)が固まっているかのようなイメージがあるが、キリスト教徒だっていたのである) 独裁政権だから、悪政を行っているから、ウダイの館からいろいろと悪いものが出てくるから、それが戦争の理由になるとは思えない。 民主化を望むにしても、フセインを倒すにしても、最終的にそれらはイラクの人が自ら解決しなければならない問題であって、他国が戦争という狂大な力をもって介入すべきではない、と、私は信じる。
「一揆というものは誰かが起こそうと思っても起きるもんではねえ。が、誰かがとめようとしてとまるもんでもない。それが一揆だ」by 苔丸 またまたカムイ伝より引用 上記の一揆は革命とも置き換えることが可能である。
「最終的にはこれは彼らの戦争である。勝つか負けるかは彼ら自身にかかっている」 by 故ケネディ元米大統領 上記はベトナムへの軍事介入をためらったケネディの言葉。
イラクの大量破壊兵器は発見されて当たり前なのである。今回のアメリカのイラク戦争の正邪はその前提があったうえで、判断を下すことができようというもの。その前提がなければ、論じるまでもない。
Kすけを懲らしめろ(2003-04-17)
これは10年近く昔の話である。今は弟と二人で暮らしているが、当時の私は学生で一人暮らし。絵に描いたようなボロアパートに棲んでいた。一応電話はあった、それが鳴った。バレンタインデイから数日後のことであった。 「もしもし、ちょっと聞いてよ、ひどいんだよ」K子さんからであった。以下、その話を要約する。
数日前、K子さんは所属するサークルの合宿に行っていた。2月14日の朝、サークル仲間のSげ君の様子が少しおかしいことに、彼女は気づく。Sげは皆の輪の中に混じらず、海の方をボンヤリと眺めてばかりいる。その理由を同サークルのKすけが、K子さんに楽しそうに話してくれた。 簡単なことであった。Kすけがバレンタインデイの朝、Sげの枕元にハート型のチョコレートを仕掛けておいたのである。うぶなSげはそれを真に受けて、誰がくれたものなのかと悩んでしまっていたのだ。合宿の間、Sげはみんなの笑いの的であった。 たまりかねたK子さん、Sげに本当のことを教えてあげた。 「そんなことだろうと思ってたんだよね」Sげは寂しそうに呟いた。
「ひどいよね」と、K子さん。 「そうだねえ」 「Kすけをどうにかして懲らしめてやりたい!」 「いいねえ」私としては、Sげの話は単なる笑い話でしかなかった。しかし、Kすけを懲らしめる、となると話は別だ。懲らしめる、なんと魅惑的な響きを持つ言葉なのだろう。私は即座に作戦を考えつき、K子さんに必要なものを話し、それを持って私のアパートに来るよう伝えた。私は被害者のSげにも電話をして、作戦の要約を伝える。彼が参加すれば、作戦がよりスパイシーになること必至。私は胸をワクワクさせながら二人の到着を待った。 1時間後、我らは食卓を囲んでいた。別に食事をしていたわけではない。テーブルの上には溶けて液状になったチョコレート、そして、わさび、辛子、胡椒に塩にケチャップ、歯磨き粉などが置いてあった。 「どれが一番まずいだろうね」我らはウキウキしながら爆弾を作り始める。 「これは駄目だよ、だって、結構うまいもん」と、Sげ。彼が口にしたのはわさび、及び、辛子チョコであった。 「どれどれ」私もひと舐めしてみる。うまいというのは少し大袈裟であったが、少なくとも人類のおやつとして許せる範囲内であった。 「これはよくわからないわねえ」K子さんが口にしたのは塩、胡椒チョコであった。塩や胡椒があまり効いていない。量を増やしてもあまり効果は変わらない。これらはチョコの甘味を打ち消す作用しかないようである。 「これも思ったほどでは、、、というか、なんかなあ、、、」私が舐めたのは歯磨き粉チョコ。確かにまずい。間違いなくまずい。しかし、悪戯として楽しめるような種類のまずさではない。何かこう、不愉快なまずさなのである。心が弾まないのである。 「こりゃすごい!!!」私は最後のケチャップチョコを舐めた。物凄くまずい。吐き出してしまいそうだ。物凄く嬉しい。 「これはまずいわねえ」と、楽しそうに笑うK子さん。まずいものを囲んで愉しく談笑する我らは何者? 「Sげ、どうかな?、こんなの食ったらさすがのあいつもまいるんじゃない?」 「どれどれ」おもむろにSげがケチャップチョコを舐める。 「うーん、まだ甘い(まずさが足りない)」と、Sげ。普段、あまり感情を露にしない男なのだが、今回の偽バレンタインチョコには相当ご立腹だったようだ。だって、ケチャップチョコはかなりまずかったぞ。なのに、さらにまずくしろだなんて、、、 その他、様様なブレンドを試みたが、結局はケチャップチョコが一番不美味であった。 ここで、我らは大きな壁にブチ当たる。こんなものをいったいどうやってKすけに食わせるのだ?見た目からして明らかに普通のチョコではない。不美味そうとか言う前に、何か得たいの知れない危険が待っていそうな雰囲気を、このチョコレートは確実に持っている。金がなくていつも腹を空かせていた私でさえ、これに手を出すのは最終局面(餓死寸前)でしかないだろう。 シートン動物記を読んだとき、猟師たちがどんなに工夫を凝らして作っても、毒入りの肉を絶対に食べなかった狼王ロボに、私はいたく感心したものであったが、このチョコでは狼王はもちろん、私でさえも、そして、無論Kすけも絶対に食べない。保障する。 こうして、我らの毒入りチョコ作戦は頓挫してしまったのであった。
怒った後は、恥ずかしい(2003-04-09)
ゆうちゃんはエレベーターを降りようとした。すると、中学生4人組が降りる人を待たず、ドカドカと乗り込んで来る。 怒ったゆうちゃん、その4人組に説教をかまし、一人一回ずつ、ごめんなさいをさせる。 ちょっと大人気なかったかな、と、ゆうちゃん。そんなことはないぞ。もっとガンガン言ってやらないと駄目だ。 ふるちゃんもまた、エレベーターに乗っていた。 「〜階〜売り場でございまーす」 「降りまーす」エレベーターの奥のほうにいたふるちゃん、朗らかに言った。ところが、前を固めている高校生数人、動く気配がない。 「降りまーす」ふるちゃん、再度促すも、高校生に動きなし。やむなく、体をグリグリさせて無理矢理突き進むふるちゃん。 「チッ!」すると、高校生の一人が舌打ちをした。ふるちゃんの次の行動は劇的であった。 「おまえ、今なんて言った!!」ふるちゃんは舌打ちをした高校生の胸倉を掴み、エレベーターから引きずり下ろした。 「言いたいことがあるならはっきり言えよ!」相手の胸倉を締め上げるふるちゃん。高校生は沈黙。彼の仲間も沈黙。 「ちょっと、きみ、やめなさい、ね」近くにいた人の良さそうなおじさんが止めに入る。ふるちゃんはここで正気に返った。 この二人の違いは、ゆうちゃんがしたのは躾、ふるちゃんは怒りに駆られて思わずやっていたということか。 そして、私は、、、車の運転中、交差点で、横から信号無視の原付に割り込まれた。あぶねえなあ、と思っていたのだが、さらにこいつは低速で人の目の前に張り付き、脇に寄ろうともしない。こいつが道の真中を走らなければならない理由は何もない。邪魔なのでクラクションを鳴らす。 すると、今度はこれ見よがしに人の前を出たり入ったりし始める。再度、怒りのクラクションを鳴らす。彼がこっちを見る。私は彼を睨む。奴はスピードを下げた。私も接触寸前まで車を近づける。奴は後ろに女の子を乗せていた。原付だけど。私も横にK子さんを乗せていた。 「やめなさいよ、危ないでしょ」と、たまりかねてK子さん。私はブレーキを踏み、奴は、スピードを上げて去ってゆく。前方で、奴が再び無茶な割り込みをしている。 「ほら、ああいう子なんだから放っておきなさい」 「でもさあ、ああいう奴には我慢できないんだよね」 「あの子の顔、見たでしょ、10代だったよ。あんたはいくつになったのよ」 「30歳でえす」私の顔は恥ずかしさに赤らむ。そういう言い方はないよなあ、K子さん。
ネットワーク(2003-04-08)
私は、核兵器や生物兵器の製造に関わってはいないことを誓約させられたうえで、ようやく、3月の末にDELLのノートパソコンを手にすることができた。(3/16、つれづれなるままに、DELLのパソコンを購入する際の注意、参照) そこで、それまで使っていたソーテックのパソコンをどうするか?捨ててしまうという選択肢もあったのだが、MARTENSという立派な名前まで付けて可愛がっていたパソコンを捨ててしまうのは忍びなく、DELLのパソコンとネットワークを組もうと思い立つ。 ところが、クロスケーブルを買ってきてパソコンを繋ぎ、設定をしようと頑張ったのだが、どうにもこうにもうまくいかない。 「捨てるぞ、こら!」と怒ったところで、ソーテックは人語を解すはずもなく、私はここ数日の間、パソコンを前に悪戦苦闘。 以上、10日以上も更新をさぼっていた言い訳でした。
直感の人(2003-03-26)
以下、雑誌AERA緊急増刊より引用
大統領選時から国際感覚の欠如を指摘されていたブッシュ大統領は自らを「直感の人」と呼び、そのつど、タカ派とパウエル長官らの穏健国際協調派を選択してきた。 二派の調整役を担っているのが、ライス大統領補佐官(安全保障担当)だ。「戦うプリンセス」と呼ばれる彼女は、自らの役割は、「大統領の優れた戦略的直感を知的な枠組みに表現し直すこと」と、認識。〜引用終わり
この箇所、読み流しそうになったが、ちょっと待てよ、、、これって読みようによってはかなりやばい内容なのではなかろうか・・・
「どこで曲がるんだっけなあ」ブッシュは珍しく自らハンドルを取っていた。 「大統領、道順をご存知なかったんですか?」ライス補佐官は呆れ顔で、助手席から大統領をみつめた。 「大丈夫大丈夫、きっと、次を右折だから」 「本当ですか?」 「ああ、間違いない。次の道は太そうだ」 「まったくもう!」 ダッシュボードから地図を出すライス補佐官。 「どう?大丈夫でしょ?」 「ええ、合ってますわ。右折したら二つ目の交差点を左折して下さい。信号のない交差点です」 「えー、そういう道は飲酒の検問とかやってそうじゃない?」 「仕方ないですわね、そうしたら、左折したらすぐにもう1度左折して下さい。まあ、こっちの道の方が安全かもしれないわね」
こういうことなのかなあ?こわい、こわい。
金の箱(2003-03-23)
とし実家の裏は墓地になっている。家の脇の細い道を下ると、すぐにその墓地に出られる。そして、墓地を通り抜けると、お寺の境内になっている。 としは、当時からとても良い子だったので、いつもお寺の池で鯉を釣ったり、勝手に釣鐘を鳴らしたりして元気に遊んでいた。 そんなある日、としはいつものように楽しくお寺で遊んでいた。すると、池の近くに奇妙なものがおいてあるのを発見した。近づいてよく見ると、それは金色の箱。その金色の箱の中には大切なものが入っているのではないかと、子供っぽい空想ですごい宝物が入っているのではないかと、としは、目を輝かせながらその箱を開けてみた。 しかし、箱の中から出てきたものは全くつまらないもの。たくさんの白い棒切れが出てきただけだったのである。 なんだよ、つまんないなあ、と、呟きながらも、まだ諦めきれず、としは箱の中を漁り続けた。 「これなんだろう?」としは白くて丸いものを見つけた。 「うわああああ」次の瞬間、としは腰を抜かさんばかりに驚いて、慌ててそこから逃げ出した。 白くて丸いものというのは、しゃれこうべ(頭蓋骨)だったのだ。 残念なことに、この事件は寺や墓地では遊んではいけないのだよ、という教訓にはならなかったようで、としはその後も寺で遊んでいた。 今ではとしも30歳、さすがに境内で遊ぶような年ではない。だが、としの姪っ子のルイちゃんが、としの後をしっかりと引き継いで、境内に秘密基地を作っている。
開戦前夜〜亡命のススメ(2003-03-18)
明日にでも海の向こうでは戦争が始まるかもしれない。 ブッシュは短期(1ヶ月くらいか)にこの戦争で勝利しないと、歴代最悪の大統領としてその名を残すことになるであろう。(私は現時点で歴代最悪の大統領だと考えているが)これだけ世界中が反対している中で強引に戦争に踏み切ろうというのだから、当然のことだろう。 しかし、ブッシュにとって、そして、世界中にとって望ましい結末が一つだけある。フセイン父子の亡命である。亡命する張本人たち以外の全ての人がこの結末を望んでいると言っても過言ではない。ちなみにフセインの次男はクサイという。別に臭いわけではない(臭いかもしれない)。 フセインよ、世界の全ての人があなたの勇気ある決断(亡命)を待っているんだ。ワクワクしてこないかい?しようよ、亡命。 このような情勢の中、一つのニュースを聞いた。 「イランのテロ関与、明らかになる。92年と94年のブエノスアイレスで多数が爆死した凶暴なテロは、イランに操られたヒズボラの仕業だった」(宮崎正弘の国際ニュース より引用) おいおい、イラクの次は北朝鮮を飛ばしてイランの番になっちまうのかい。なんで今になって10年以上も昔の事件の真相が明らかになるんだよ。
半分じいちゃん(2003-03-17)
K子さんはフラメンコ情報誌、PASEOをパラパラとめくっている。熱心に読み耽る。K子さんは雑誌に掲載されているたくさんのスペインの街並み写真の中に、時々奇妙なものが写りこんでいることを発見した。それが写っている頻度はかなり高く、時にはPASEOの表紙の隅の方に写っていることもあったという。 それが、半分じいちゃん、である。 半分じいちゃんというのは、上半身が老人で、下半身が若者のすけべなじいちゃん、という意味では断じてない。 彼は建物の陰から通りの様子を窺っている。そのとき、彼は半身だけ建物からはみ出し、残りの半身は建物の陰に隠れているのだ。なぜそのようにコソコソと隠れる必要があるのだ? 彼らは常に老人ではあるが、写真に写っているのがいつも同一人物というわけではない。 日本人の感覚からすると、こういうことをしている人というのは、怪しい人、もしくは危ない人である。しかし、雑誌の写真にこういうじいちゃんが頻繁に写っている。しかもさりげなく。 普通ならこんな怪しい者が写りこんでいる写真を何枚も何枚も雑誌に掲載しないと思うのだが、、、K子さんやフラメンコ仲間たちは、常々彼らの存在が気になっていたという。彼女らは、彼らのことを、半分じいちゃん、と名づけた。
今月初め、K子さんは渡西し、13日に帰国した。彼女は、フラメンコ仲間であるレナちゃんと、ちあきちゃんと3人で、ヘレスというフラメンコの盛んな街に2週間滞在していた。 彼女らは、この短期滞在中になんと生の半分じいちゃんに遭遇することができたのであった。彼女たちは大感激だ。 しかし、ヘレスでは、半分じいちゃんは決して珍しい存在ではないということがすぐに分かった。街に出ると、あちこちに半分じいちゃんがいる。 そう、彼らは怪しい人ではないのである。何のためにそのようなことをしているのかは謎であるが、きっと、疑問に思うほどのことですらないのだろう。通りをボンヤリと眺めるそのやり方にしても、文化の違いというものがあるだ。 そうは言っても、半分じいちゃんは日本では珍しい、というか、ほとんど見ることは叶わぬ存在である。半分じいちゃんの写真が入手できたら、ぜひともここで公開したいと思う。
DELLのパソコンを購入する際の注意(2003-03-16)
私の愛機、ソーテックのe-oneは、最近かなり挙動不審である。購入当初からトラブル頻発の問題児ではあったのだが、最近ではパソコンを立ち上げた時点でメモリのリソースが50%を切っているし(人間に例えると、朝起きた時点で100メートルダッシュを10本やった後の疲労が残っているような状態)、電源をまともに切ることもできず、電源ボタンを押してパソコンを切らねばならない。異臭はないが、異音著明、いつクラッシュしてもおかしくないような状態なのである。私はパソコン購入を決意した。 今度は持ち運びできるようにノートパソコンにしよう。私は本日、DELLのノートパソコンをオンラインで購入することにした。優柔不断な私にしては珍しく、即断即決であった。 DELLはアメリカのメーカーなので、輸出に関する法律がなんとかかんとかのため、購入の際に簡単な質問に答えなければならないのだが、その質問の中に、こんなものがあった。
Q4 核応用技術、ミサイル技術、化学・生物兵器などの大量破壊目的の兵器に関連した本製品の使用
* する * しない
“する”の場合、以下関連項目をご選択ください。
* 核応用技術 * ミサイル技術 * 化学・生物兵器
もちろん私はそんなにすごい人ではない。最初に使用用途を聞かれた時に、* 家庭用 にチェックをつけたのだから、それでいいじゃないか。家庭用パソコンで、核だとか、生物兵器とかには関わりません。勘弁して下さい。 この質問に大量破壊目的の兵器に関連した本製品の使用を、* する、と答える人はいないだろう。使用する人でも、* する、にチェックはしない筈。 私はいたずら心が強い青年である。* する、と答えたら何が起こるのか試してみたい気持ちはあった。しかし、公安やCIAに尾行されたくはないのでやめておいた。
あえるといいですねえ(2003-03-12)
本日は職場の人たち、その友人たち、私の知り合いのインドネシア人たちらとフットサルをした。インドネシアの人たちは、としの姉ちゃんの知り合いだったのだが、去年一緒にクリスマスパーティーをしたときに、一緒にフットサルをしようと約束していたのである。 ちなみに彼らの大半はイスラム教徒である。なぜクリスマス?という突っ込みは禁止する。彼らは酒も飲んでいたが、それもあえて強調しない。しかし、ソーセージはさすがに食べなかった、、、 話を戻す。数日前、デリーというインドネシア人にフットサルのことをメールで連絡した。 「こんばんわ、おぼえているかなあ?すずきさんのいえで、きょねん いっしょにパーティーをした、ちい です。らいしゅうの、すいようび 3月12日 よる、7か8じから、みなとみらいで、フットサルをするんだけど、どうでしょう?いっしょ
にやりませんか?おへんじください。 ちい より」 デリーは小学2年生までの漢字は分かる、と、豪語していたが、不安であったので以上のような文面とあいなった。 翌日、デリーからの返事が来た。 「こんばんわ〓もちろんおぼえますよ、ほんとうですか〓ぜひ、やりますねぇ、でも、あえればいいですねえ?」
・・・ デリーよ、おまえは一体、何を言いたかったんだい?
いとちゃんにメールする。暗号の解読依頼である。 いとちゃんからの返事はすぐに来た。 「きっと彼はマフィアかジャパニーズヤクザに追われてて、無事に会えるかどうか分からない状況なんでしょう。気の毒に…」 彼に暗号解読を依頼したのは間違いであった。
そして、今日、デリーが現れたので聞いてみた。 「ぼくはそんなことかいてません」と、デリー。 いや、間違いなく書いているんだよ、デリー。 「ぼくはどこにいけばいいのか、きこうとしていました」 なるほど、やっとわかったよ、デリー。君は一番大切な、「どこへ」という文節を書き忘れたんだね。それを忘れたら、なんにも分からないよ 謎は解けた。デリーは、どこへ行けばいいんですか?という表現が浮かばず、「どこで会えるんですか?(この文章も少しおかしなところがあるが)」と、書こう |