| 害務省では自分の意見を述べることはできないのか?
イラク戦争反対で「解雇」 前大使、異例の外務省批判
8月まで駐レバノン大使を務めていた天木直人氏(56)は30日までに共同通信と会見し、8月末に外務省を退職したことについて、3月のイラク戦争開戦前に、日本が米国主導の戦争を支持しないよう外務省に意見具申したことをとがめられ、外務省から「事実上解雇された」と語った。
外務省は「意見具申が理由の人事ではない」と述べ、大使任期の満了と省改革に沿った勧奨退職だとしているが、天木氏は「明らかに意見の内容に対する事実上の処分だ」と受け止めている。
「キャリア組」といわれるエリート外交官の異例の反乱劇で、天木氏は10月8日に予定している外国特派員協会での講演や著作を通じ、退職に至った経緯と「内部から見た外務省の醜態」を告発するとしている。
(共同通信)[2003 9月30日]
重複する部分もあるが、毎日新聞の記事も引用したい。
米国支持反対の公電理由に「事実上解雇」
今年3月のイラク戦争開戦時に駐レバノン大使を務めていた天木直人氏(56)=8月29日付で退職=は30日、毎日新聞の取材に応じ、開戦直前に日本政府の米国支持方針に反対する公電を外務省に打電したことを理由に「事実上、解雇された」と述べた。外務省は「大使任期満了と省改革を理由にした勧奨退職」と説明しているが、天木氏は8日、今回の経緯などについて外国特派員協会(東京)で講演する予定。
天木氏によると、開戦(3月20日)前の同14日、「戦争回避のため最後まで外交努力をすべきだ」との川口順子外相あての公電を打電、全在外公館にも電報を転送した。開戦後の同24日にも「敗れた外交を取り戻すのは、戦争を終らせる外交努力」と打電した。
この直後、外務省の北島信一官房長から「外務省をやめるつもりか」「電報を転送するな」との電話があり、6月ごろ竹内行夫事務次官から「省改革のため勇退してほしい」との私信を受け取った。帰国命令を受け8月21日に帰国、同29日に退職し、再就職のあっせんを断ったという。
天木氏は「外務省の外交に承服できなかった。戦争には大義がなく、フランスなどと外交努力を続けるべきだった」と述べ、「自分の年齢では2度、大使に任命されるのが慣例で、解雇としか思えない」と語った。
天木氏は京大を中退し、69年に入省したキャリア組。カナダ公使、デトロイト総領事などを経て01年1月に駐レバノン大使に任命された。
[毎日新聞9月30日] ( 2003-09-30-23:06 )【白戸圭一】
このニュース、事実だとしたらとんでもない話だ。数日前に日本ではありえないこと、として、アメリカの女子高生が退学になった話を掲載したが、日本でもありえること、と訂正しなくてはなるまい。
以下に退職(解雇)された駐レバノン大使、天木 直人氏の手記を中東審査会ホームページから引用しますが、これには是非とも目を通して頂きたい。
〜そして戦争が始まった〜駐レバノン特命全権大使 天木 直人
2003年3月20日は忘れられない日となろう。中東外交史上においてもそして私の34年余の外交官人生においても。
米国のイラク攻撃が始まって2日目のバグダード大攻撃は余りにも衝撃的であった。「衝撃と恐怖」作戦であると言う。その爆撃音と破壊力を見せつけて心理的に戦力を萎えさせる作戦だと言う。これほど人間性を否定した行為があろうか。そしてまもなくバグダード攻略の名の下に想像もつかない惨事が繰り広げられようとしている。
テレビ画面を通じて飛び込んでくる破壊的行為に目を背けることなく直視し続けながら私は戦争とは外交の対極にあるコンセプトであると今更ながら思い知った。何があってもこのような事態を避ける、それが外交なのだ。
私が中東の小国レバノンに赴任して2年間レバノン人は驚くほど親日的であった。勤勉、礼儀深さ、伝統を重んじる日本、広島の被爆体験から平和の尊さを最も知っている日本、その日本こそアラブの心をよく理解してくれるに違いない、中東紛争に手を染めていない日本こそ中東和平にイニシアチブを取ってもらいたい。私はこのようなレバノン人の好意に支えられて日本大使の職務をこれまで勤めることが出来たのである。
ところが今回の米国の対イラク戦争の決定に対しこれを支持すると小泉首相の言葉が当地で繰り返し報道されるや政府の要人と民間人とを問わず逢う人と全てが「日本の態度には驚き、失望した。日本こそは米国と違ってアラブの気持ちがわかる友人であると信じていたのに。何かの間違いではないか。日本がそんな態度をとるはずが無いと信じたい」と私に語るのである。見知らぬレバノン人から抗議の電話がかかってきた。こんなことは過去2年間一度足りとも無かった。
それでもレバノン人は私に親切である。怒った顔で抗議するのではなく如何にも寂しい表情で残念だ、残念だと言うのである。私の心は引き裂かれる痛みと悲しみを感じる。
ミサイルによって崩壊された瓦礫の破片を積み上げるように私はレバノンにおいてもう一度始めから中東外交の破片の一つ一つを積み上げていきたい、その思いでレバノン便りを書き続けて行こうと思う。 2003年3月23日記
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