
2000.12.17より
久坂玄瑞
[生] 天保11(1840).長州,萩
[没] 元治1(1864).7.19. 京都
江戸時代末期の勤王家。長州藩士。名は通武,のち義助。吉田松陰に学び,松陰に愛されてその妹と結婚し,高杉晋作とともに松下村塾の逸材とみなされた。松陰の死後,尊王攘夷運動に丁身し,広く諸藩の志士たちとも交わった。長州藩の藩論が長井雅楽の『航海遠略策』による公武合体論に傾いたおり,文久2
(1862) 年春,脱藩上京して宮廷を動かし,藩論を尊攘論に統一するという働きもした。その後帰藩,元治1
(64) 年,真木和泉 (保臣) ,来島又兵衛らと藩兵を率い上京,入京を嘆願したが朝廷,江戸幕府にいれられず,彼は自重論を説いたが,真木らの強硬論に押され禁門の変
(蛤御門の変) の戦いに加わり,負傷して自刃した。

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