
2000.12.17より
宮部鼎蔵
[生] 文政3(1820).肥後
[没] 元治1(1864).6.5. 京都
幕末の尊攘派志士。医家に生れたが,兵法を好み,熊本藩に出仕。嘉永年間
(1848〜54) 江戸に上り,吉田松陰らと交遊。ペリー来航に際しては藩に時事建策を行なった。尊王攘夷派志士の間に重きをなし,文久2
(62) 年藩庁に建言して藩兵を上洛させ,次いで翌3年攘夷親征の議がすむとみずから御親兵総監となり,文久三年八月十八日の政変では失脚して七卿とともに三田尻に退いた
(→七卿落 ) 。まもなく真木和泉らと忠勇隊を組織して上洛,朝廷に直訴を企てたが,三条の池田屋に投宿謀議中,会津藩兵,新撰組に襲撃され自刃した 。弟春蔵
(39〜64) も志士として国事に奔走し,真木和泉らと天王山に自刃。

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