
2000.12.17より
浜口雄幸
[生] 明治3(1870).4.1. 土佐
[没] 1931.8.26. 東京
政治家。水口胤平の3男に生れ,浜口家を継ぐ。
1895年帝国大学法科大学卒業後大蔵省に入り,1907年専売局長官,12年逓信次官,14年大蔵次官を歴任。その間,立憲同志会結党とともに参加し,15年衆議院議員に当選し,以来当選5回。
16年憲政会に入り,24年より第1・2次加藤高明内閣,第1次若槻礼次郎内閣の蔵相,26年第2次若槻内閣の内相となる。
27年立憲民政党成立とともに総裁に就任,内閣総理大臣として
29年7月民政党内閣を組織した。同内閣は田中義一前内閣の積極政策とは反対に緊縮財政政策をとり,30年1月
11日金解禁を断行,産業合理化を進め,独占資本と国家権力との結合を強化した。また,野党政友党や軍部などの強硬な反対を退けて同年4月
22日ロンドン海軍軍備制限条約に調印するなど協調外交を進めた。これらの政策は不況による社会不安の増大と,軍部,右翼の憤激を招き,同年
11月 14日東京駅で愛国社の佐郷屋留雄に狙撃され重傷を負った。翌
31年3月病躯をおして登院したが,病状が悪化し,4月に内閣は総辞職,浜口は総裁も辞任し,8月に没した。

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