被告側準備書面(2) 

平成12年(行ウ)第240号 損害賠償請求事件

原告 平川景子

被告 中野区

 

準備書面(2)

平成13年3月30日

 

東京地方裁判所民事第11部 御中

 

右被告指定代理人

河野通孝 盛岡清和 小山巳芸 大谷良二 江川宏 今井良一 片岡和則

 

第1 事実関係について

 

1 中野区女性会館について

 中野区女性会館は昭和59年4月に中野区婦人会館として設置された施設である(平成2年4月より中野区女性会館に名称変更されている。)。その設置目的は区民に女性問題に関する学習及び交流の機会並びに諸活動の場を提供することを通じ、女性の地位向上を図ることにあり、その事業内容としては、@学習の機会と場の提供(女性問題講座)、A情報提供(情報図書室運営、映像による情報提供等)、B団体活動の交流促進(グループ活動への支援、女性団体等ネットワーク等)、C相談事業(女性の生き方何でも相談、内職相談)である。

 設立当時、常勤職員(館長を含む。)5名、非常勤職員4名(情報図書室専門員2名、女性問題(婦人)相談員1名、内職相談員1名)の計9名の人員で始まった。女性会館における非常勤職員は、一定の専門的な知識・経験を求められていたことから、大学の研究者等(助教授や講師等)が任用されていた。

 

2 学習コーディネーターの導入の経緯

 女性(婦人)会館では設立当時より、女性問題講座として、女性(婦人)問題総合講座とテーマ別講座を年間約20回程度実施していた。女性(婦人)問題総合講座は諸領域における女性問題について、いろいろな角度から総合的かつ最新の情報を提供し、日常生活の中で身近な女性問題に気づくとともに、その解決を目指す内容のもので、テーマ別講座は日常の暮らしの中の身近なテーマで女性問題を考える内容のものである。

 各講座には、講師と参加者とのパイプ役となる「チューター」がおり、教室内で参加者の理解を深めたり、受講者の発言を促したりする役割を負っていた。チューターは女性問題について研究している大学院生や大学の非常勤講師2、3名の中から各講座ごとに依頼していたものであった。

 しかし、設立から数年経過した時点で女性問題に関する考え方がチューターごとに様々で講座の運営上問題があり、また受講生からチューターに関する不満があったことから女性会館としての統一方針のもと講座を運営する必要があった。こうした経緯の中で学習コーディネーターを設置することとなった。

 また、その他にも、@自主グループ、地域センターなどへの援助支援体制のため専門的の設置の必要性、A常勤職員が講座の組み立て、運営を行っていたが人事異動により一定期間以上になると職員が変わることから、講座のレベルの低下を招かないためにも常勤職員とともに考え、次へつなげていく役割を担う存在の必要性などがいわれていた。

 そして、女性会館開館4周年にあたる平成元年4月に、女性問題講座を充実させ、区民の女性問題に関する学習活動の普及を図るため、学習コーディネーターを設置することになった。

 学習コーディネーターの職務の主なものは、@会館主催講座の運営、A会館以外の女性問題講座の主催者に対する情報提供及び相談、B区民の自主グループによる女性問題の学習活動についての相談であった。また、学習コーディネーターの任用の資格要件としては、学習コーディネーターには女性問題に関する認識、学習・講座の企画・運営に関する力

量、団体活動への支援に関する力量を有することが求められることから、@女性問題について十分な知識と理解を有すること、A社会教育主事資格か同等の能力を有する者とした(学習コーディネーター設置要項4条)。

 被告は、学習コーディネーターを任用するため中野区報や募集チラシにより、広く公募を行ったところ、12人の応募があった。そして、作文、書類審査と面接による選考の結果、教員資格を有する女性を採用し、平成元年5月1日から平成2年3月31日までの期間、学習コーディネーターに任用し、翌年度及び翌々年度も引き続き再任した。しかし、平成4年3月に突然、前任者が家庭の事情により学習コーディネーターの職を続けられず、平成4年度の学習コーディネーターの職の再任を辞退したいとの申出があった。そこで、被告は急きょ平成4年度の学習コーディネーターの採用する必要があったところ、女性会館の職員が女性会館を利用していた原告を知っていて、原告が社会教育主事の資格を有し、大学の研究者であったことから、原告に学習コーディネーターに応募することを勧め、原告はこれに応募した。通常、学習コーディネーターを採用する手続きとして、上記のとおり公募により、作文、書類審査と面接により選考する方法で行われるものであったが、上記のとおり前任者が突然再任を辞退する事態となり、時間的な暇がなかったことから上記方法による採用は事実上不可能であったので、原告の場合については面接のみにより採用が決定されたものである。

 

3 学習コーディネーターを非常勤の特別職として設置した理由について

 上記2で述べたように学習コーディネーターは、従来各講座ごとに依頼していたチューターを専属のチューターとして位置づけ、女性会館における統一的な方針のもと講座等の運営を図るために設けられたものであることから、非常勤職員として設置すべき職であった。また、区民の主体的な学習や活動を支援するため、女性問題について専門的な知識や経験が求められることから、大学院生や大学の非常勤講師といった研究者が適任と考えられた。そして、通常大学院生や大学の非常勤講師は自らの研究活動を中心に行っていることから、常勤職員と同様に、原則正規の勤務時間として一日8時30分から17時15分までの間、一週5日間勤務を要する勤務形態では、あまりにも長時間拘束する結果となる。また特別職の場合は地方公務員法の適用を受けることがなく(同法4条2項)、したがって、職務専念義務(同法35条)や兼業禁止(同法38条)の制約を受けることもないのであり、大学における教育研究活動を自由になしえることから、学習コーディネーターを非常勤の特別職として任用したのである。

 なお、大学院生や大学の非常勤講師を学習コーディネーターとして任用することにより、女性会館の常勤職員が大学院生や大学の非常勤講師が自らの研究活動を通じて得た女性問題に関する知識・経験を得られるという効果が期待されていた。また女性問題の分野は、その時代や個人ごとに価値観や考え方が多様なものであることから、長期間にわたり特定の者が学習コーディネーターを続けることによる弊害をなくすために、4年程度で新しい人材を投入していく必要のある職であると考えられていた。

 

4 学習コーディネーターと常勤職員の職務内容の相違について

 原告が担当した学習コーディネーターの職務内容は、@講座の企画、A講座の運営、B団体活動の支援が主なものであった。

 

@ 講座の企画

 原告は、講座検討会に参加して、女性問題講座の企画について、専門的な立場から意見を述べ、女性問題講座の企画・立案の際に常勤職員を補助する役割を担当していた。

 

A 講座の運営

 原告はチューターとして、講座における司会の役割や講座の参加者の発言を女性問題解決の視点から整理する役割を担当していた。原告は原告の研究テーマであった分野の講座、すなわちテーマ別講座であるホップステップや自主グループ企画講座などを担当していた。

 

B 団体活動の支援

 原告は女性会館利用者との日常的な関わりの中で、仲間との関係づくりができるように働きかけたり、とりわけ、自主グループ活動の準備などの支援の役割を担当していた。

 なお、女性会館では常勤職員と原告(学習コーディネーター)が二人でチームを組み職務を行っていたが、両者の職務内容及び関係は並列的なものではなかった。例えば、講座事業に関しては、講座の企画や運営(講師の依頼・打合せ、受講生の募集、当日運営、講師への報償費の支払いなど)の職務は、常勤職員が中心となって行い、原告(学習コーディネーター)には講座検討の時などにおいて、専門的な立場からアドバイスを求めたり、常勤職員の指示のもと、講座の運営を補助する職務に当たっていた。

 なお、原告は勤務日でない日に勤務を行っていたが、その場合には振替措置により勤務でない日の指定を受けていた。

 

第2 原告の主張

 

1.原告の主張するところはおおむね次のように要約されるものと解される。

 

@ 当該職務について一般常勤職員を当てるべきか非常勤職員を当てるべきかは、当該職務の内容、当該職務が恒常的なものか否かという点から判断されるべきである。

 被告は、この点について明確な根拠を示すことなく、当該職が特別の資格ないし専門性を要するものであるか否か、すなわち当該職が地公法3条3項3号の特別職に該当するか否かという観点あるいは地公法15条の能力実証制度を理由に、原告を非常勤職員として任用したことを正当化する。

 しかし、原告が従事してきた学習コーディネーターの職が恒常的な職であり、かつ一般職常勤職員により担当されるべき職であることも明らかであるにもかかわらず、これを無視するものである。現に、原告の勤務実態は他の一般常勤職員とともに同職務を共同で分担し、女性・青少年課長の指揮監督のもとに当該職務に従事しており、しかも勤務時間も非常勤職員としてのそれを遙に超えるものであった。

 以上からすれば、原告が従事していた学習コーディネーターの職が常勤一般職員を充てるべき職務であることは明らかであり、本来常勤一般職員としてこれに充てられるべき原告を非常勤職員としてこれに充てたことは明らかに違法なものと言わなければならない

 

A しかも、被告中野区の非常勤職員の報酬自体明らかに不合理なものである。被告は、公務員制度を前提とする年功賃金制度等を根拠に常勤一般職員の給与体系と非常勤職員の報酬との格差を正当化するが、これが、両者の給与格差を正当化する根拠になり得ないことは明らかである。しかも、原告も非常勤職員と常勤職員とを全く同一の給与体系で処遇

せよと主張しているものではない。非常勤職員についても常勤一般職員と同様に年功を考慮すれば足りると主張するにすぎないのである。

 

B 上記Aで述べたごとく、現行の非常勤職員の報酬はそれ自体違法なものであるが、非常勤職員に従事するものは事実上すべてが女性ということになることを考慮すれば、上記給与格差が女性差別を帰結することは明らかである。被告はこの点について何ら主張・反論しておらず不当である。

 

2.以上を前提に被告中野区は以下のとおり反論する。

 

@ 第1点について

 この点については、すでに被告準備書面@において述べているように、非常勤職員を就ける職については常勤職員を要しない職でなければならないが、必ずしも臨時的なものでなければならないというものではなく、恒常的なものでも差し支えないものであって、またそもそも特定の職に常勤職員を充てるか非常勤職員を充てるかは、当該職務内容の特殊性による制約、職員に求められる資格等による制約、定数の問題あるいは当該職務に要する事務量などを総合的に考慮して決定されるものであり、原告が主張するように当該職が恒常的なものであるかどうかには直接関わるものではない。

 また、原告は、原告の従事した職務が他の常勤職員と同一でありしかも女性・青少年課長の指揮監督のもとに事務に従事していたものであるから、その職務には専門性はなく、原告を非常勤職員の特別職として任用したことは違法であると主張する。

 しかし、第1において前述したとおり、学習コーディネーターには専門的知識・経験を必要とする者であり、したがって大学院生や大学の講師といった一定の知識・経験を有する者を任用する必要があったのであるから、原告を非常勤職員の特別職として任用したことは妥当である。

 

A 第2点について

 原告は、非常勤職員の報酬は常勤職員の給与と比較して不合理な格差がありそれ自体違法であると主張する。

 しかし、この点についてはすでに被告準備書面@で述べたように、公務員制度自体が、厳格な能力実証を経た職業的、専従的公務員の終身的雇用を前提として成り立っており、給与体系もそのことを前提として組み立てられているものである。

 これに対し、非常勤職員に対する報酬は、いわゆる生活給としての性格はなく、純粋に勤務に対する反対給付としての性格を持つのみであることから常勤一般職員とは給与体系においても全くその性格を異にするものである。

 したがって、このように性格を異にする非常勤職員の報酬と常勤職員の給与を同一レベルで比較することは妥当でなく、その点を考慮しない原告の主張は前提を誤ったものと言わなければならない。

 

B 第3点について

 原告は、非常勤職員の報酬の不合理な格差は結局のところ女性差別につながるゆえにその点でも違法であると主張する。

 しかし、上記2で述べたごとく、そもそも常勤職員と非常勤職員の報酬の格差が非合理とはいえないのであるから、仮に非常勤職員として任用される者の大半が女性であるとしても、女性差別の問題となるものではない。

 

C なお、原告は労働基準法3条の「社会的身分」は非常勤職員という雇用契約上の地位も含むものであって、非常勤職員であることを理由とする本件賃金格差は同条に違反すると主張している。

 しかし、常勤職員と非常勤職員という地位は、労働基準法3条でいう「社会的身分」に含まれるものでないことは明らかである(乙第13号証及び14号証)から、原告の主張はその前提を欠くものである。

 

 

 

(乙第13号証)

 改訂新版 「労働基準法」(上) (労働省労働基準局編) 労働法コンメンタールB 労務行政研究所刊 (P68〜P69)

 

B 社会的身分

 「社会的身分」とは、生来的な地位をいうものと解する(昭22・9・13.(略))。この点については、憲法第14条第1項の「社会的身分」の解釈として、後発的理由による地位も含まれると解する説があり、「後発的理由によるものであっても、一定期間にわたって自らの意思をもって離れることのできない固定した地位であれば、これにふくまれる。」(長野地裁判決 平5年(ワ)第109号 丸子警報器事件 平8・3・15)

と解する説があるが、本条の解釈としては、本条が沿革的な社会的身分による差別撤廃を図ろうとしたものであることにかんがみ、後発的理由による地位までを含めることは疑問である。なお、昭和42年に制定された「炭鉱災害による一酸化炭素中毒症に関する特別措置法」(昭和42年法律第92号)には、「炭鉱災害による一酸化炭素中毒症にかかつた労働者の労働条件について、その者が当該一酸化炭素中毒症にかかつた者であることを理由として一切の差別的取扱いをしてはならない」という規定がある(同法第4条)。

 次に憲法第14条にあって本条に規定されていない門地及び人種についても、本条の社会的身分に含まれると解される(略)であろう。

 また、しばしば待遇に差異のある臨時工と常用工、工員と職員のごとき事業場における職制上の地位は、当然含まれないと解される(略)。裁判例でも、「臨時的労働者の地位と常雇労働者のそれとの差異は労働契約の内容自体に基づくものであるから、これをもって憲法14条、労働基準法3条にいういわゆる社会的身分による差別的取扱いをなしたものということもできない。」としたものがある(東京地裁判決 帝倉荷役事件 昭48・3・20。同旨 宇都宮地裁判決 昭37(ワ)第224号 富士重工業事件 昭40・4・15、前掲 丸子警報器事件等)。

 

 

 

(乙第14号証)

 法律学講座双書 「労働法」(第5版) 菅野和夫著 弘文堂 (P142)

 

D 「社会的身分」による差別

 この「社会的身分」については、生来的なものにせよ、後天的なもの(例、受刑者、破産者)にせよ、自己の意思によっては逃れることのできない社会的な分類を指すと解すべきであろう(略)。憲法14条の「門地」がこれに含まれることは争いがない。臨時工、パートタイム労働者などの従業員としての種別は、これに含まれない(略)。

 

* なお、乙第13号証・第14号証の文章の中で不要と思われる部分(学者名・書籍名等)は、入力者により省略させていただきました。