戸籍の性別変更と人権
──自己決定権の法理の展開──
松村比奈子
平成13年6月9日
於憲法研究会:レジュメ
【報告の流れ】
1 はじめに
@これまでの経過
A戸籍の性別変更の一斉申立
2 戸籍の性別変更申し立て事件の概要
@ 日経5.24記事
A 毎日5.24記事
B 佐賀5.6記事
3 性同一性障害
4 判例の現状
@間性の場合
A性同一性障害の場合
5 性別変更不可の法的根拠(戸籍法113条)
@戸籍の記載の意味
A戸籍が果たしている機能
B性別変更不可の根拠の考察
Cまとめ
6 憲法上の問題点
@ 憲法13条
A 憲法14条
B 憲法24条
C 憲法25条
D 国際人権B規約17条
E ドイツの違憲判決
7 自己決定権からみた戸籍の性別変更
@ 13条の権利構造
A 幸福追求権の保障
B プライバシー権と自己決定権
C 性と生殖の自己決定権
D 自己決定権と戸籍の性別変更
8 おわりに
1 はじめに
今年5月、性同一性障害者の戸籍の性別変更の申請が一斉に申し立てられた。
彼らはなぜ、戸籍の性別変更を求めるのか?今まで却下されてきたことに問題はないのか?あるとすれば、どのような問題か?
憲法上の人権侵害とすれば、何が関わるか→13、14、24、25条他
以下、この問題について検討する。
@これまでの経過
(1969年)東京地判昭44.2.15「ブルーボーイ事件」
三人の男性に性転換手術を行った産婦人科医に対して優生保護法違反で有罪
↓
(1996年)埼玉医科大学の倫理委員会「『性転換治療の臨床的研究』に関する
審議経過と答申」
↓
(1998年10月)同医科大学で最初の性転換手術が行われる。
今日まで同医科大学で8例、岡山大学で1例の性転換手術。
A戸籍の性別変更の一斉申立
今年5月、ポストオペら集団で家庭裁判所に戸籍の性別変更の申立を申請。
2 戸籍の性別変更申し立て事件の概要
@ 日経5.24記事
A 毎日5.24記事
B 佐賀5.6記事
☆性同一性障害手術、戸籍の性別訂正要求へ
<共> (佐賀新聞.2001.5.6)
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〈性同一性障害手術、戸籍の性別訂正要求へ〉
身体的性別に強い違和感を抱く性同一性障害の治療として、埼玉医大(埼玉県川越市)で性転換手術を受けた当事者ら六人が二十四日、戸籍の性別の訂正を各地の家裁に一斉に申し立てることを五日までに決めた。
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手術で性器が変わり、新しい性で暮らし始めても、戸籍の性別が元のままでは、就職など日常生活が困難なため。三年前に国内で始まった正式な性転換手術の経験者が戸籍の性別訂正を求めるのは初めてで、裁判所の判断が注目される。
申し立てるのは、埼玉医大で女性から男性への性転換手術を受けた四人と、米国とシンガポールでそれぞれ女性から男性、男性から女性への手術を受けた二人。関東、東北地方在住の二十―四十代で、全員が手術後の性別で暮らしている。
だが当事者らによると、外見上の性別と戸籍の性別が一致しないことから、戸籍を基にした住民票やパスポート、健康保険証などを使う度に疑われ、性同一性障害であることを明らかにせざるを得ない。このため希望する企業に就職できなかったり、差別や嫌がらせに遭うなどの深刻な事態に直面している。
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〈社会の受け止め方問う〉
《解説》性同一性障害のため性転換手術を受けた当事者らによる戸籍の性別訂正申し立ては、医療としては定着しつつある性別の変更を社会がどう受け止めるかを正面から問う試みだ。
日本では一九六九年、性転換を希望する男性の睾丸(こうがん)を摘出した医師が優生保護法(現母体保護法)違反で有罪判決を受けた影響などから、性転換手術は長くタブー視されてきた。
だが性同一性障害に悩む人の悲痛な訴えを受けて、埼玉医大の医師チームが性転換手術を計画。同大倫理委員会の答申、日本精神神経学会の治療指針を得た上で、九八年に国内初の正式な手術に踏み切った。以来、同大と岡山大で計九人が手術を受けており、医療現場での認知は進んでいる。
これに対し、戸籍の性別訂正は、手続きが非公開のため統計はないものの、数少ない申し立てのほとんどが「戸籍の性別は生物学的な性別で決定される」との理由で却下されてきた。
訂正を認めた唯一のケースとして知られる八○年の東京家裁の審判も、法律家の間では「米国での手術証明書を基に、あまり考えずに決めてしまった例外」と評価されている。
実際、東京高裁は昨年、別のケースで「現段階では性転換手術は社会一般の承認を得るには至っておらず、戸籍訂正の可否は立法にゆだねられるべきだ」と結論づけた。
しかし欧米などでは、体と性に関する自己決定権を尊重する立場から、性転換手術を済ませていれば、出生証明書などの性別の変更を容認している国が多い。
今回申し立てを行う一人は「命がけの手術で本来の性別の体を手に入れても、戸籍の性別が変わらない限り、いつまでも普通の生活はできない」と強調。一斉に立ち上がることで、世論を喚起しようと必死だ。
3 性同一性障害
【用語解説】(大島論文より)
☆「トランスセクシュアル」 性同一性障害(GID)と同義。身体的な性とジェンダーが不一致で性(別)再指定手術(性転換手術)をした人,またはしようとしている人をいう。
☆「インターセクシュアル」身体上は半陰陽、遺伝学上は間性と呼ばれる人。性同一性障害とは区別される。
☆「ポストオペラティブ」 トランスセクシュアルで,性(別)再指定手術をした人。
☆「プレオペラティブ」 トランスセクシュアルで,性(別)再指定手術をまだしていない人。
☆「MTF」 male to female 自分の性別を男から女に移行する人。
☆「FTM」 female to male 自分の性別を女から男に移行する人。
【特徴】
本人の自認する性が身体上の性と一致しない「性同一性障害(gender
identity disorder)」および、その一つである「性転換症(
transsexualism )」を定義して、「生物学的には完全に正常であり、しかも自分の肉体がどちらの性に所属しているかをはっきり認知していながら、その反面で、人格的には自分が別の性に属していると確信している」状態とする。そしてこれに対して、1)精神療法、2)ホルモン療法、3)手術療法(性転換手術)、という三つの段階の治療を是認している。
【半陰陽・間性】
☆副腎性器症候群・睾丸性女性化症候群→形態異常=半陰陽
☆XO型(ターナー症候群)、XXX型、XXXX型、XXY型(クラインフェルター症候群)、XYY型→遺伝子異常=間性
【性の多様性と性同一性障害】
| 男性の場合 | 身体上の性(セックス) | 性自認(ジェンダー) | 性的指向 | 解説 |
| 男 | 男 | 女 | ノーマル男性 | |
| 男 | 男 | 男 | 男性同性愛者(ゲイ) | |
| 男 | 女 | 男 | ノーマルGID(見かけゲイ) | |
| 男 | 女 | 女 | GID女性同性愛者(レズビアン・見かけノーマル) | |
| (※セックスが女性の場合にも、これと同様の多様性がある) | ||||
4 判例の現状
1 間性の場合(大島論文より)
@福井家庭裁判所審判昭和33(1958)年8月21日=許可(女→男)「幼少より女として育てられてきたが、生来半陰陽の肉体的素養を有しており、青年期に至り次第に男性的徴候が顕著となってきたので、女としての生活様式を改め、男として再出発することを決意し、6回にわたり外科的手術を行った結果、肉体的にも男性としての条件を具備するに至った」。
A東京家庭裁判所審判昭和38(1963)年5月27日(田中加藤男『戸籍訂正に関する諸問題の研究』司法研究報告書16輯3号256頁)。許可(長女→長男)。
B札幌家庭裁判所小樽支部審判平成1(1989)年3月30日家庭裁判月報43巻8号62頁=Cの原審=申立却下(二男→長女)「戸籍訂正は、戸籍の記載が当初から不適法又は真実に反する場合等についてなされるものであるところ、上記の事実からみるならば、申立人については、その性染色体、生殖腺、内性器の形態等からみて、そもそも男子として出生したものであることが明らかであり、更に、申立人は、現在、性染色体はもとより、その他においても女性として何らかの身体的特徴を備えている訳ではないことが認められる。そうであれば、申立人について、戸籍上の性別を男から女に訂正すべき余地はないものといわざるをえず、本件申立ては理由がないものというべきである」
C札幌高等裁判所決定平成3(1991)年3月13日家庭裁判月報43巻8号48頁=Bの抗告審=許可(二男→長女)「このような典型的な男性にも女性にも属さない場合(医学上は「間性」と呼ばれる。)、その性別を何を基準として決定するかについては、かつては医学上においても性染色体の構成を唯一の基準としていたが、次第に性分化の異常に関する症例報告が増え、研究が進展するに伴い、性染色体のいかんは唯一、絶対の基準ではないとされるようになり、現在の医療の実践においては、外性器異常を伴う新生児が出生した場合、異常の原因、内性器、外性器の状態、性染色体の構成のほか、外性器の外科的修復の可能性、将来の性的機能の予測等(これらの要素を考慮するのは、外性器異常を生涯にわたってもつことのハンディキャップ及び劣等感が甚大なものであるからである。)を慎重に勘案し、将来においてどちらの性別を選択した方が当該新生児にとってより幸福かという予測も加味した上で性別を決定し、その決定に基づいて外性器の形成、ホルモンの投与その他必要な医療上の措置がなされるという扱いが定着するようになってきている。そして、このような医療の実践が社会通念、国民感情に照らして容認しがたいほど不相当であると断ずることはできない。」
D浦和家庭裁判所越谷支部審判平成9(1997)年7月22日=許可(長男→三女)「申立人は、性染色体が男性型のXYであるものの、性分化の過程で異常を生じ、現在表現形式としての男性生殖器を有せず、男性仮性半陰陽にあたるものであり、ホルモン分泌としては女性としての正常値に位置し、その結果中枢神経系の機能や精神活動にも影響を及ぼし個体としては女性型へ進行しているといえる。そうであれば、申立人は女性であるというべきであり、その戸籍の続柄欄が長男と表示されていることは誤りというべきである。」
E新潟家庭裁判所審判平成11(1999)年1月25日=許可(長男→長女)「性別の決定については、@立位での排尿及び男性的性生活の可能性を有する長さの陰茎が存在するか否か、A排尿及び性生活を可能とするのに必要な整形手術の難易度、B精巣分化・テストステロン作用の障害程度、C子宮・膣の存否のほか、さらに、『脳の性差』『心理的男・女』を無視することはできないとして、Dその心理的傾向がいずれの性に近いか、をも加えて総合的に吟味すべきである。」
F水戸家庭裁判所土浦支部審判平成11(1999)年7月22日=許可(長女→長男)「申立人の性染色体は46XYであり、診断書による病名は男性半陰陽であり、本来の性は男性であること、睾丸の働きが遅れたため出生時外陰部異常がみられ3歳時に左側の除睾術と外陰形成を施されたが、思春期に右側の除睾術は施されておらず、申立人の性別自認は一貫して男性であり、男性か女性かについての揺らぎは今後はみられることはなく、妊孕性はないものの性器の手術等により男性としての性行動が可能であることが認められる。そうすると、申立人が女性であることを前提とする戸籍の記載は真実に反するものというべきである。」
2 性同一性障害の場合(同・大島論文より)
@名古屋家庭裁判所審判昭和54(1979)年9月27日家庭裁判月報33巻9号63頁=Aの原審=申立却下(二男→長女)「鑑定結果によれば、事件本人は、染色体検査、骨盤エックス線検査、診断所見によっても本来正常な男性であって、造膣術等の性転換術や豊胸術によって外見上女性型を示しているに過ぎない。よって、事件本人は依然男と認めるほかなく、本件申立は前提を欠く。」
A名古屋高等裁判所決定昭和54(1979)年11月8日家庭裁判月報33巻9号61頁、判例タイムズ404号137頁=@の抗告審=抗告却下(二男→長女)「人間の性別は性染色体の如何によって決定されるべきものであるところ、鑑定書によれば、事件本人の性染色体は正常男性型であるというのであるから、同人を女と認める余地は全くない。」
C東京家庭裁判所審判昭和55(1980)年10月28日=許可(長男→長女)「同大学院の医学博士の証明書によると、事案の概要記載の事実は真実と認められる」。
C横浜家庭裁判所審判平成6(1994)年3月31日=Dの原審=申立却下(二女→二男)「戸籍は真実が記載されることを強く要請するものであって、戸籍訂正の制度自体、この目的に沿ったものである。他方、戸籍制度も人が人々の社会生活の利便の増進のために設けた制度なのであるから、その目的に適うならば、ある程度弾力的に運用してもよいとの考え方はありうる。この観点から熟慮はしたが、人の性別を本来のものから異性に変更するという重大な事柄は、戸籍が維持を目的とする身分秩序に真っ向から対立し、その壁はあまりにも大きく、本件において申立人の性別『女』を錯誤と評価して、父母との続柄欄を『二男』と訂正することを相当とすべき根拠は見出せない」。
D東京高等裁判所決定平成9(1997)年3月28日=Cの抗告審=抗告棄却(二女→二男)「申立人が社会的、法的に女性として扱われることに耐えられず精神的に深く苦悩していることはもっともなことであり、証拠資料によれば、人の法的性所属の確定に当たり、生物学的性とともに社会的、精神的性も併せ考慮すべきであるとの考え方がいわゆる先進諸国において強まってきていることが窺われるけれども、我が国においては、生物学的、生理学的な性と異なる性を戸籍に記載することを容認する社会的環境にはまだないといわざるを得ない」。
E東京家庭裁判所審判平成7(1995)年9月27日=Fの原審=申立却下(長男→長女)「申立人は、男子として出生し、長期間男性として行動してきたことが明らかであり、また、本来正常な男性であるため、日本において性転換手術がかなわなかったので、タイ王国において性転換手術を受けて外見上女性型を示しているにすぎないと認められる。そうすると、申立人について、戸籍の性別の記載が当初から不適法又は真実に反する場合とはいえず、戸籍上の性別を男から女に訂正すべき余地はない」。
F東京高等裁判所決定平成7(1995)年11月10日=Eの抗告審=抗告棄却(長男→長女)「申立人は、性染色体の構成上も生殖器等の形態上も正常な男子として出生したものであるが、その後、次第に性転向症的な傾向を強めるようになって、平成6(1994)年に性転換手術を受けるに至ったに過ぎないものであることが明らかである。そして、男女の性別の判断は、専ら性染色体の構成や生来の内性器、外性器の状態などの生物学的ないし解剖学的な基準によって決せられるべきものと解すべきであるから、事後の手術によって性の転換をみたとして戸籍訂正が許容される余地はなく、申立人については戸籍法113条所定の戸籍訂正の事由が存在しないものといわなければならない」。
G名古屋家庭裁判所審判平成10(1998)年7月22日=申立却下(長男→長女)「申立人は、妻との間に二人の子をもうけているのであるから、生物学的に男性として生まれ、男性としての生殖機能を持っていたことが明らかである。申立人は性転換手術及び豊胸手術を受けたことにより、外形的には女性の性的特徴を有するようになったものであり、また、精神的にも女性としての意識を持っているものであるが、上記手術によって生物学的に女性になったものとまでは認めることはできず、依然として男性であるといわざるを得ない」。
H東京家庭裁判所八王子支部審判平成11(1999)年8月9日判例時報1718号62頁=Iの原審=申立却下(長男→二女)「申立人は、染色体の構成や生殖器の構造等生物学的には正常な男性として出生したが、平成×年にいわゆる性転換手術を受けたものであることが認められる。そうすると、申立人の戸籍の性別の記載が当初から不適法又は真実に反する場合であったとはいえず、
戸籍法113条所定の戸籍訂正の事由は存在しない」。
I東京高等裁判所決定平成12(2000)年2月9日判例時報1718号62頁=Hの抗告審=抗告棄却(長男→二女)「現行の法制においては、男女の性別は遺伝的に規定される生物学的性によって決定されるという建前を採っており、戸籍法とその下における取扱いも、その前提の下に成り立っているものというほかないから、生物学的にみて完全な男(又は女)として出生し、その旨の届出がされて、戸籍に男(又は女)として記載された者が、性同一性障害と診断され、医師の関与の下にいわゆる性転換手術を受けて、外形的にみる限り別の性(女又は男)の内・外性器の形状を備えるに至ったとしても、性別に関する戸籍の記載が、
戸籍法113条にいう「法律上許されないものであること又はその記載に錯誤若しくは遺漏があること」に当たるということはできないといわざるを得ないのであって、抗告人の本件申立ては理由がないというほかない」。
「なお、付言するに、性同一性障害に苦しみ、いわゆる性転換手術を受けてまでも生来の生物学的性とは別の性の下で生きることを真剣に望む者が相当数いることは否定できない事実であり、医学界においても、
その治療及び診断のガイドラインを作成、公表するなどの動きのあることは、…認定のとおりである。しかし、いわゆる性転換手術については、それが性同一性障害の治療方法として社会一般の承認を得るに至っているかといえば、現段階ではこれを肯定することを躊躇せざるを得ず、社会的なコンセンサスを得るためにはなお十分な議論を要する実情にあるといわざるを得ないし、性別の変更を肯定するとしても、単に戸籍法の分野のみならず、関連する法令の適用上種々の重大な問題を惹起し、社会生活全般に極めて大きい影響を及ぼすことが予想されるのであって、その解決のためには、幅広い視点に立って問題点を洗い出し、社会生活に及ぼす影響の程度や将来の社会のあり方等についても慎重な検討が加えられる必要があり、戸籍訂正の可否やその手続に関しても、これらの作業の一環として解決が図られるべきものというべきであって、結局のところ、立法に委ねられるべきものと考えられる」。
5 性別変更不可の法的根拠(戸籍法113条)
@戸籍の記載の意味
戸籍は、人が社会生活を営んでいく上で、最小限必要なその人の個人的身分事項を記載し、公証する役割を持つ。
A戸籍が果たしている機能
日本における戸籍の機能は、単にその者の過去の歴史的事実を記載しているものではなく、その者の現在の身分状態を公示する役割を果たしている。
B性別変更不可の根拠の考察
戸籍法113条「戸籍の記載が法律上許されないものであること又はその記載に錯誤若しくは遺漏があることを発見した場合には、利害関係人は、家庭裁判所の許可を得て、戸籍の訂正を申請することができる。」
「錯誤」の認定には、(1)解釈で補う
(2)法の欠缺として新たに法改正により追加する
(3)人権の視点に立って司法上の配慮を試みる
↓
根拠:性的アイデンティティが人格的生存に不可欠
出生の際の性の確認は、一般に、新生児の外性器の形態に基づいて行われる。間性の場合には、出生後の成長の結果を考慮し、また発生学的な性の他に、生殖腺の性、内分泌学的な性を考慮し、さらに形成手術の結果をも考慮して、出生時の性別の判定に錯誤があったとして、性別表記の訂正が認められている。性同一性障害の場合にも、出生後の成長の結果を考慮し、また精神的な性・心理的な性までも考慮し、さらに性再指定手術の結果も考慮して、出生時の性の確認に錯誤があったとして、性別表記の訂正を認めるべきではなかろうか?
性同一性障害の場合、変更不可の理由として発生学的性(性染色体の型)に固執するが、すでに裁判所は間性の場合の性の判定で発生学的性を唯一絶対の基準とはしていない。また、性再指定手術は、医学的に認められた治療方法であり、その結果としての身体的変容を考慮すべきではなかろうか?
6 憲法上の問題点
憲法上、論点となりうる問題は6つである。いずれも人権のあり方を問うものである。
@ 憲法13条 A 憲法14条 B 憲法24条
C 憲法25条 D 国際人権B規約17条
E 参考:ドイツの違憲判決(大島論文より)
A(男性)は、少年の頃から自分を女性名に変え、また睾丸摘出、陰茎除去、人工膣を取りつける性転換手術を受け、病院で看護婦として働いていた。Aは出生届の性別の記載を「女性」に改めてもらうよう裁判所に申し立て、この申立ては最終的に連邦憲法裁判所に持ち越された。裁判所は当人を真性の性転向症者と認めた上で、ドイツ憲法は人間としての尊厳と人格の自由な発展を保障しているので、真に精神と肉体の不一致に悩む人には、道徳律としての「性の不可変更性の原則」にもその例外を認めるべきだとして、性別の変更を認めた(1978年10月11日)。更にこの判決は、男性および女性の生殖能力が婚姻締結のための前提条件ではなく、婚姻は原則として永続的な共同生活への両性の結合であるとして、性転換を遂げた人にも結婚の道を開いた。
この判決を背景として、ドイツでは性別変更を可能にするための法律をつくる作業が開始され、連邦議会および連邦参議院における審議を経て、1980年9月10日に特別な場合における名前の変更および性所属の確定に関する法律(性転換法)≠ェ成立した。
7 自己決定権からみた戸籍の性別変更
@ 13条の権利構造(松村比奈子の解釈による)

A 幸福追求権の保障
一般的自由説…山田卓生、内野正幸、戸波江二ら
私的な事項の選択の自由→自由権的性格
人格的利益説…佐藤幸治、芦部信喜ら
管理社会への抵抗権としての人格的自立権→社会権的性格
B プライバシー権と自己決定権
C 性と生殖の自己決定権
リプロダクティブ・ヘルス/ライツ(性と生殖の建康・権利)という権利を考える際、しかしながら、ミル流の私事に関する自己決定という視点にからの正当化に疑問がある。中絶は純粋に女性の私事のみに関わるものではない。私事における自己決定という概念では語れない。
本来、その当人にとっては、自分の性が選べるようなものであってはならない。性転換の自由は、この場合、性の選択の自由を意味しない。性自認が明確ではないという境界線上の症例の場合に「自己決定権」を主張して手術を要求してはならない。苦しみを取り除くという消極的・否定的な意味以外に、性転換の自己決定権を主張することはできない。性転換の自由は、性的アイデンティティの不一致に悩む場合にのみ許される。その意味では、性転換の自由は自由権よりは社会権(生存権)的性格を持つ人権といえる。
D 自己決定権と戸籍の性別変更
人格的自律権として性転換の自由を考えると、性的自己同一性の不一致に悩む性同一性障害者に、性自認に近づく手術を選択させ、戸籍の性別を変更することは自己決定権として認められるべきと考える。しかしこの人権は誰もが均一に持つべき性格の権利ではない。13条の個人の尊重に照らして、人格的自律に関わる場合にのみ、保障される人権と考える。
出来る限り多くの共可能性(ライプニッツ)を実現する社会が、目指されるべき理想の社会であるなら、自己決定権は、性に関しても、認められるべき個人の人権といえる。
8 おわりに
性転換は、性的自己同一性の不一致に悩む性同一性障害者にとって、人格的自律に関わる問題であり、戸籍の性別表記の訂正を認めないことは性と生殖の人権(自己決定権)侵害につながる。条件付きで戸籍の性別変更を認めるべき。条件の必要性は@他者加害、A自己加害(パターナリズム)、B公共の福祉(モラリズム)のうち、Bに基づく。
Bの論点 (1)既存の夫婦関係・親子関係に影響を及ぼす場合
(2)性別の混乱を招くという可能性
【今後の流れ?】
第1段階→性転換の自由の刑法上の問題 →手術の自己決定権
第2段階→性転換の自由の行政上の問題 →戸籍の性別変更の自己決定権
第3段階→性転換の自由の民法上の問題 →婚姻の自由の獲得
以上