諸行は無常なり
―長男編―
入園・入学からあっという間に5ヶ月が過ぎた。前回、怒濤のような日々と書いたが、全くウソ偽りのない真実であった。子供も私も新しい経験で緊張したり失敗したりの連続だ。そこで実感したのは、道具を使うという人間独特の(とされている)行為が、いかに高度な技かということである。高度であるから、習得には時間がかかる。当然、初めての道具はすぐに無惨な結果になる。一学期を振り返って、今思い起こせるいくつかをここに記してみたい。
来年以降入学を控えたお子さんをお持ちの皆様へ。先輩ママから一つアドバイスいたしましょう。小学校の必需品といえばまずランドセルですが、高価な品を買う必要は全くありません。高価というのは、この場合3万5千円以上を指しますが(細かい設定だが気にせずに)、ランドセルは所詮「モノ入れ」なので、教科書や筆箱を入れてガサガサぶん回しながら歩いても壊れない程度(?)のもので充分です。最近の製品は縫製にこだわったものが多いので、この視点で考えると、19,800円でもOKでしょう。2万円台なら完全にOKです。もし、それ以上の品を買い求めるならば、「それは自己満足でしかない」ことを肝に銘じておきましょう。でないと、ランドセルの傷が増えるたびに、心臓に負担がかかります。我が家は、4万円もするランドセルを子供に買い与えましたが、この数ヶ月で確実に私の寿命は縮みました。親バカをここで細かく説明すると、皇室御用達の職人が作ったといわれる黒の金蒔絵の総牛革製品!という、書けば凄いが見れば大人しいランドセルを、わざわざ松本のカバン専門店まで出かけて購入しました(といっても松本は夫の実家・その店は夫の子供時代のランドセル購入店なのだけどね)。で、今そのカバンは白い擦り傷があちこちにあり、フタの部分は思いっきり折れ曲がったようなシワが斜めに走っています。こういうのを見てもおおらかに微笑むゆとりある親でいるために、「小学生には高価な品を与えるべからず」を座右の銘といたしましょう。
傘についても同じ事が言えます。間違っても1,500円のプーマの傘など買わぬように。198円のディスカウント傘で充分です。長男は、夏休みに入る前に傘を3本壊しました。1本目のプーマの傘は初登校後そのまま行方不明になり、数日後、道路脇で車に轢かれたらしい無惨な姿で発見されました(第一発見者は私)。あまりに惜しいので、その残骸は家で保管しています。2・3本目は380円の傘と景品の折り畳み傘でしたが、長傘は1回の使用で骨が折れ、先端の部分が曲がり、開いたまま閉じることができなくなりました。折り畳み傘は本体から柄がスッポリ外れる事態になりました。骨が折れるのはともかく、先端の太いプラスチックがどうやってねじ曲がるのか、そもそもどういう使い方をしているのか全く不思議です。修理しても次回で必ず壊れます。今長男は198円の傘(5本目)で登校しており、ようやく傘を巡る全面戦争は終結の様相です。
筆箱も右に同じ。たいていの子供はキャラクターデザインの筆箱を1500円くらいで購入します。これは選択の余地がないので、親の心構えだけが要求されます。鉛筆で内部を真っ黒に塗り潰すとか、フタのビニールに鉛筆で突き刺したような無数の穴があくのは覚悟しましょう。消しゴムは一週間ももちません。すぐボロボロに分解していきます。鉛筆は毎回芯が折れるので、短くなるのが早いです。1ダース1年はもたないでしょう。
映画のパンフレットよりはマシか?という程度の薄っぺらな教科書もまた、無常という点で例外ではありません。特に男の子は手に持つのが面倒らしく、なんでもかんでもランドセルに放り込みます。その結果、濡れた着替えやタオルと教科書が同居する羽目になり、子供の背中で蒸されたそれは、よれよれの凄い状態です。中には2年生になっても使う予定の教科書もあり(音楽や図工)、いつまで原型をとどめているか乞うご期待です。またノート表紙の補修に、幅広のセロテープは必需品でしょう。
ところで長男は、文字のない世界を楽しみ想像力を高めようとの親の教育方針により、小学校に入るまで一切ひらがなを知りませんでした(内実は面倒なのでいちいち教えなかっただけ)。そしてかの有名な「ゆとり教育」により見事に落ちこぼれ、夏休み後半には親の集中講座を受ける羽目になり、親子共々、読み書きそろばんに明け暮れるふれあいの日々を過ごしました(ま、しかしちょっと特訓すればひらがな・カタカナは習得できるので、あまり早くから教える必要はないと思う)。夏休みの宿題に出された朝顔の観察絵日記は、学校でまいた種が芽が出ずにその後移植するもなかなか成長せず、しかし気がついた時には花が終わってしまい、父親が急遽見つけてきた別の朝顔の鉢を観察して、事なきを得ました。また親は、同じく宿題の旅行記を書くためだけに日帰り遠足を計画し、普段は撮らない写真も絵の参考にジャンジャン撮りました。
最後に子供自身の成長ですが、これは素晴らしいものがありました。やはり6歳から7歳というのは、伸びる時期なんですね。あらゆる物事にチャレンジしています。また児童ホームで初日から友達を作った長男は、その後も多くの友達をつくり、今や雑然とした我が家は混沌とした子供たちの遊び場です。最近では児童ホームに行くよりも、友達と遊びたいようで、勝手に児童ホームを休んで帰ってきてしまうことも度々です。そうそう、ワールドカップが開催されていた6月には、児童ホームへの連絡帳に「4じにかいります」と書いてお父さんの字だと主張し、早退しようとしたことがありました。後で聞くと、ワールドカップを家で観たかったためだそうです。そしてお腹が空くとラーメンやカレー(もちろんカップやレトルトの)を作っています。ガスレンジは使えないので、ポットのお湯や電子レンジを活用しているようです。一度電気ポットのコードを抜いて出勤してしまい、状況の分からない長男は友達と二人でカップ麺に湯冷ましを入れて延々と待っていた、なんてこともありました。
また家で仕事をしていて、ふっと振り返るとよその子供がいるという事態は、珍しくなくなりました。最初はそうじを…などと気負っていましたが、今では、来たければ来れば〜?でも何にもしないからね〜という態度で平然としています。総じて男の子はサービスを期待してはいないようです。そして、いろいろな子供たちの生態(?)が見られて面白いです。長男はおっとりしているので騙されやすいのか、友達に「ずる賢い」子供が多いですが、「悪い」子供は一人もいません。長男にはない悪知恵と勝負するのが目下の楽しみです。
…さて、以上諸行無常のあれこれ、おわかりいただけただろうか?かわいい子供に上等な備品、きれいな部屋に上品な友達と優雅なおやつ、なんてのは小説かドラマだけのお約束ごと。少なくともウチはそうだ。子供の持ち物は全て使い捨てと覚悟すべし。でないと、無常に苦しむ煩悩の世界に巻き込まれることになる。初めはカリカリと怒っていた夫も、要は安物を買えば良いんだということに気がつき、道具の損壊に関しては文句を言わなくなった。なお、この他現在行方不明中なのは、上履き入れ1・配膳用マスク3・学童用水筒1・お手製ランドセルホック1・黒マジック1等々。道具の使いこなしには時間がかかるということを理解し、「モノにはこだわらぬ」を実践するのが親の役目だ。ちなみにロボット工学で、難しいのは機械の手に卵を扱わせることだそうだが、長男は幼稚園時代に卵割りの技術は習得した。料理の方は素質があるかも知れない。もっとも熱心な教師(つまりは母ね)がいないので、その才能が開花するかどうかはビミョーなんだけどね。