日常生活・スポーツでの骨折・脱臼・ねんざ・つきゆび・寝違い
筋違い・肉離れ・ギックリ腰の健康保険取り扱い
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院長のご挨拶

1968年(昭和43年)
神奈川県逗子市生誕
スポーツは小学校2年から野球をはじめました。中学校の大先輩には愛甲猛先輩がいます。(松坂大輔投手の母校でもある横浜高校時代、投手として甲子園で優勝。ドラフト1位でロッテへ、4番打者として活躍。その後、中日へ移籍し引退)その勇姿は私の甲子園への夢を膨らませるものでした。しかし元来、運動音痴の私がレギュラーになれることはなく、わけあって中学1年の夏、野球部を去りました。
その後、陸上部に移籍し中学3年の時、中学駅伝県大会ではアンカーを走らせて頂きましたが高校に入ると両膝に水がたまってしまうなどのケガから抜け出せなくなり、近所にできた接骨院に通うようになります。それが私の恩師との出会いでもあります。師匠にケガを治しては頂きましたが競技陸上を続けられる身体には戻らず、この頃からある疑問が心に引っかかるようになりました。
なぜ自分はこんなに故障をするのだろう? なぜ一生懸命練習しても上達しないのだろう?」と。
そして「同じ思いを後輩たちにさせたくない」と言う気持ちもありこの世界に入ることを決めました。
20歳でほねつぎ(正式には柔道整復師と言う)の学校に入学、その後、国家試験も無事終えて免許を取得することができましたが志を叶えてくれる答えはなかなかみつからず、年月はさらに過ぎていきました。その間にも私と同じようにケガの為だったり、 努力が報われずにスポーツを辞めていく子供たちを何人も見るたびに胸が痛くなる思いでした。
そんな中、1999年6月1日に晴れて独立する機会を得て、現在の「ひまわり接骨院」を開業しました。命名は兄弟子につけていただきました。字画が大吉なこと、ひらがなが優しいイメージだったこと、そして太陽のように明るく元気な存在でありたいことなどから 「ひまわり接骨院」に決めました。
そして、2000年、ようやくその答えを解決する治療法に出会います。それが大阪の矢田接骨院院長・矢田修一先生が考案確立された「BCトータルバランスシステム」です。この治療をするようになってから、まず驚いたのは私自身が各種スポーツそのものの練習をしていなくても、いつの間にか自分の競技能力があがっていること。一番驚いたのはゴルフで扱いきれなかったドライバーを2年ぶりに振ってみたのですが、信じられないほど真っ直ぐに飛ぶようになっていました。ゴルフクラブ自体に触るのが1年ぶりでしたから、その感動は言葉にならないほどでした。
次に知らないスポーツでも指導することが可能になったこと。同じ人間がすることには必ず動きの基本と言うものがあり、その本質を体現できれば全てのスポーツに通ずるものです。なんでも練習は形から入りますが、形ばかりを気にしていては本質は見えてきません。また筋力をつけたから良いと言うものでもありません。あのイチロー選手も言っています。
「その形が大事なんじゃない。その感覚が大事なんだ!」と。
「動きの結果が形なのであって」同じような形の動きでも使っている筋肉の場所や感覚は全く違う場合だってあるのです。それを間違った感覚で練習を続けていれば、いくら練習をしたって結果がでないのは当たり前です。それを知ったとき、私が中学から抱えていた問題が一気に解決されました。この感覚をもってあの頃に戻れたら私はアスリートとしての道を歩んでいたかもしれません(笑
しかし当時の私がそれを知らなくて苦しんだことは今、この仕事をしていく上で必要な感覚でもあり、それが私の宿命なのかもしれません。はじめからその感覚を持った人には、それが出来ない人の感覚や気持ちは理解できません。また、はじめからそれが出来ている人はスランプに陥った時にどう対処すればいいのかもわからず、苦しむことも多々見受けられます。イチロー選手の素晴らしいところはスランプを最短で切り抜ける修正能力にあります。そして、それは正しい感覚の反復練習を積み重ねた人にしかできません。
また、それは日常生活を正しい感覚で送ることで育まれます。実はスポーツは日常生活の延長線上にあるものなので、日常生活がきちんと送れなくてはスポーツが上手く出来るはずもありません。
以上のように一般の方から、アスリートまで、正しい感覚でケガや故障のない楽しい人生を送っていただけるよう微力ながらお手伝い出来たなら幸甚に存じます。
こんな私ですが、今後も常に研鑽し進化し続けますので、どうぞよろしくお願いします。
院長 永田哲也
