〜 ヒロ君の家族の過去 〜 |
東京でも父の転勤があり 、武蔵野市に引っ越したりもしました。とにかく、こういう中でも家族4人、仲良く暮らしていました 。 私が中学のとき、父の仕事が、福岡県筑紫郡那珂川町に転勤(新幹線開業の為)になり、福岡で生活をす ることになりました。周りには、田んぼ、山の景色など、のどかな環境がありました。 私は東福 岡高校に入り、男子高校ながらも実りある学生生活を送りました。妹は女子高校に入り優雅な学生生活 をしました。 社会人になり、私は父の後をうけ、国鉄に入社、多くの友人を作りました。その友人は、現在も 時々遊びにもきてくれています。 妹の方は、新聞配達の会社に入り、新聞配達をしていました。妹は、 新聞社で出会った、男性と結婚をし、三重県に嫁いでゆきました。 しかし、それからが妹にとって大変 な生活を余儀なくされました。旦那が働かないのです。妹は、だいたい太る体質であったのですが、精 神的に参ってしまい、痩せる体質に変化していってしまいました。ほどなく、離婚してしまい、福岡に 帰ってきました。 そのころ、私は国鉄職員として働いていたのですが、JRに変わる当初、若かった 事もあり、思い切って希望退職を出し辞めました。 辞めた後、3ヶ月間、私は、民間の薬屋の会社で働き、その後、知人の先輩が経営している印刷会社で7年間働き ました。 父は55歳で、定年退職になり、退職金があったこともあり、一軒、建て売り住宅を買い、そこ に家族共々、住む事になりました。 しばらくは、平穏な毎日が続いたのですが、間もなく、妹が運送会社で運 転事故を起こしました。悪い事に積載オーバーの横転事故でした。 それ以来、後遺症が 残りました。普通に話ができ、行動する事も別に違和感はありませんでしたが、次第に後遺症の影響が 出始めました。怒りやすくなり、普通に日常生活ができないまでになってしまいました。精神科にも何回か入院を繰 り返し、最後には、心不全で、27歳の若さで急死。もう、妹にとって波乱万丈の人生でありました。 話はかわりますが、その後、ちょうどバブルがはじけそうな時 期がやってきました。よいタイミングで、うちの家を購入したときの2倍の値段で買いたいという、お 客が現れ、事無く無事、契約に至り、売り渡しました。それから、私たち家族は、近くの賃貸の一軒家を借りる事になり、 そこで暮らす事となりました。 平成6年12月、母の姉から、大阪でお店を持たないかとい う話を持ちかけられました。父にも了承を得て、母は、私と共に散髪屋を大阪で持つことになり、現在に至ります。 現在父は、74歳。体が衰弱していて、余生を私たちと共に過ごしたいということで、 今、その話を詰めているところです。 波乱万丈の家族でしたが、なんとか、今後、良い方向へ向かえる気 がします。 |
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