不器用さを乗り越えて 01.12. 4
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エリザベス女王杯が行われた11月11日、私はゼミの合宿で京都にいました。足を伸ばせば京都競馬場に行ける状況でしたが、さして思い入れのある馬が出ているわけでもなく、競馬場に行く気もなければ、ビデオの録画の準備さえしていませんでした。翌日新聞で結果を見れば充分だと思っていたのです。
11日の夜行バスで京都を発ち、月曜日の朝に東京駅に到着しました。早速新聞を買い、競馬面を開きました。目に飛び込んできたのはゴール前で5頭が叩き合いをしている絵でした。こんな激しいレースは、私にとっては伝説の域であるダイナカールのオークス以来ではないでしょうか。向う何年競馬を見続けるとしてもお目にかかれる保証はありません。「録画しなかったのは失敗だった。」記事を読む前から私は落胆しました。
次に気になる結果を確かめました。1着、トゥザヴィクトリー。意外な感じがしました。私はこの馬に対するイメージだけで、G2は勝ってもG1は勝てない馬と決め付けていました。馬鹿にしていたというか、半ばカモ扱いをしていたのです。
彼女が勝ったことに驚いたあと、やがて、急にこの馬に愛着が湧きあがってくるのを感じました。頑張ったな、勝てて本当に良かったな。彼女への祝福の気持ちがこみ上げてきました。
私の大好きな馬に天皇賞馬・メジロブライトがいます。彼も何度も勝ちきれないレースを繰り返した後、ビッグタイトルをもぎとった1頭です。
なぜ急にトゥザヴィクトリーに惹かれたのかを考えているうちに、私はメジロブライトとトゥザヴィクトリーのドラマの共通性を見つけました。
同時に、私が一番好きなドラマはタイキシャトルの「常勝」でもグラスワンダーの「挫折と栄光」でもホクトベガの「転身」でもアグネスタキオンの「幻」でもなく、ブライトやヴィクトリーのようなドラマなのだな、と気づかされました。
ではメジロブライトとトゥザヴィクトリーのドラマの共通性とは一体何でしょうか。まず思い浮かぶのは「悲願達成」という言葉です。しかし何度も惜敗しながら悲願を達成した馬は他にもいます。タイキブリザード、マーベラスサンデー、エリモシック、マサラッキ、キングヘイローなどもその類です。
その中でメジロブライトとトゥザヴィクトリーだけに惹かれるのはなぜか。次のような条件が上がってきます。
早くからG1ロードに乗っていた。
共に3冠レースを完走したブライトとヴィクトリー。G1ロード、特にクラシックに乗るということは、調教師や馬主の期待の期待通りに育ち、途中で道を踏み外さない、素直な馬です。
人気が先行するタイプである。
5歳(旧表記)秋のマーベラスサンデーも、4歳時のキングヘイローも、上位人気馬ではあっても1番人気馬ではありませんでした。ブライトも、ヴィクトリーも、クラシックで1番人気を背負っています。人気先行ということは、常に周りの期待が大きい馬ということです。
G2やG3では取りこぼさない。
これはマーベラスが一番当てはまりますが・・・。
ブライトもヴィクトリーも4歳時のステップレースで負けていますが、休み明けや展開のアヤが原因。不可解な取りこぼしはありません。特にブライトの4〜5歳冬、ヴィクトリーの5歳夏の快進撃は、「こんなところで負けていられない」という鬼気迫る雰囲気がありました。格下の相手に取りこぼしがない馬は、とても真面目に走る馬だということです。
G1敗戦の原因は力負けではない。
これは専ら主観で判断するしかないのですが、ブライトやヴィクトリーは能力がないからクラシックを取れなかったのではありません。ブライトの菊花賞やヴィクトリーのオークスなどは勝ちに等しいレースです。彼女達は実力がないから負けたのではありません(脚質も実力のうちと考えると話は別になりますが)。ブライトは前に行けず直線にかけるしかないという、ヴィクトリーはムキになるため逃げるしかないという、自在性のない脚質でした。自在性がないと流れに乗ることができません。結果、実力を持て余して、追い込みきれず、または粘りきれず、負けてしまいます。このような馬は、能力はあるけれど不器用な馬だということです。
さて、私はよく競走馬を擬人化して見ることがあります。ブライトやヴィクトリーを見ていると浮かんでくる人間像があります。
「彼は親や先生が考える進路を疑うことなく受け留め、道を踏み外すことなく素直に成長した。彼は周囲の期待を敏感に感じ取り、背負い込んでしまうタイプだった。彼は常にひねくれずに、その期待に応えようと頑張った。結果を出すために懸命になった。しかし一生懸命さのあまり、彼には器用さが欠けていた。自分の能力を信じ、真っ直ぐにひたむきに頑張るが、あと一歩、何かが足りなくて、いつもナンバーワンにはなれなかった。」
真面目で不器用で、それでも自分を投げない人が私は大好きです。ブライトやヴィクトリーに惹かれたのはそのせいなのでしょう。さて、物語はこれでは不幸なままに終わってしまいます。次のような結末がありました。
「彼は我武者羅にやっているうちに、少しずつ「幅」を覚えていった。手がかりは見えてki
た。そんな時、人生の恩師と出会う。恩師は、彼の長所をそのままにしておきながら新しい持ち味を引き出し、彼に柔らかさを与えた。もともと持ち得た能力と一生懸命さに、巧さを加えた彼は、ついに頂点に立った。」
ブライトは馬体面の、ヴィクトリーは精神面の成長があり、古馬になると4歳時ほど展開には困らなくなりました。彼女らに現れた「幅」を見抜き、引き出したのが天皇賞で先行した河内洋騎手であり、エリザベス女王杯で差す競馬をした武豊騎手です。
2人の名手と、名手に導かれて報われない日々と決別した2頭の馬を私は忘れないでしょう。
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