「手紙」への返信 : 投票率が上がらない理由   01.10.30

          HOME > 政治TOP > 政治コラム目次 >

          HOME > 横断コラム目次 >


 10月29日、メールマガジン「国会からの手紙」の第126号が届きました。
「国会からの手紙」は民主党の中村哲治衆議院議員が発行されているもので、発行部数は4000部を超えています。
その「国会からの手紙」の今回の内容は、天理市長選の投票率の低さを嘆くものでした。
私も自分なりに有権者が政治に参加しない原因を考えている折だったので、文章にして中村議員に返信しました。
このコラムは中村議員に返信したメールの内容を全文掲載したものです。
(「>」がついている部分はメールマガジンからの「引用」を意味します。)

内容はあくまで、政治学に関する研究をしたことがない私の憶測で、明確な根拠はありませんので、私の偏見だと言い切れる表現も登場すると思います。
不快に思われる方がいらっしゃいましたら申し訳ありません。
ぜひ読者の皆様のご意見もお聞かせください。

なお、コラムを読む前に「国会からの手紙」第126号を是非ご一読ください。

「国会からの手紙」 第126号

中村哲治様

メールマガジンをいつも拝見させて頂いております。
今回のメルマガで書かれていた低投票率について、私が率直に感じるところを書かせていただきました。

私は大学生で、政治参加意識は強いのですが政治に関するサークルには所属しておりません。そのため、(学外で政治に関心があるもの同士の交友関係は持っていますが、)大学で深いつき合いのある友達のほとんどは政治に目を向けようとしないタイプです。

そんな友人達を見ながら、なぜ多くの市民が政治に関心を示さないのかを考えたものです。あくまで政治に関心のない学生を基準に考えたものであり、有権者の大多数を占める社会人の方々を基準に考えたものではありませんので、現状と違ったことを書いているかもしれませんが、その点をお気に留められながら読んでいただければ幸いです。


メルマガでも言及されていますが、やはり低投票率の原因は
「誰がやっても同じ」
という思いから来るものだと思っています。

この「誰がやっても同じ」という意味は、「誰が市長になっても政策には大差ない」という意味ではなく、「誰が市長になっても自分は困らない」という意味を持っているのだと思います。

ラズウェルの分類に当てはめれば、脱政治的態度を取る無関心層が政治に目を向けながらも「誰が市長になっても政治は変わらない」と考えるのに対し、無政治的態度を取る無関心層は政治に目を向けずに「誰が市長になっても自分は困らない」と考えていると思います。
  【注】ラズウェル(米)は現代の政治的無関心について次の3タイプに分類した。
      無政治的態度…政治以外の分野への関心が高く、政治にはそもそも関心をもたないタイプ
      脱政治的態度…政治に対する幻滅などによって、政治への関心を失ってしまったタイプ
      反政治的態度…政治というものに反感を感じて、積極的に関与を否定するタイプ(無政府主義者など)

有権者に前者が多いのであれば、様々なタイプの6人の候補者が接戦を演じた今回の選挙は投票率が上がったはずです。投票率が低かったということは、有権者に後者が多かったと思うのです。


豊かな日本で長年暮らしてきた人々にとっては、政治がどうなろうと自分が今までどおり暮らしていければ良い、という意識があるでしょうし、また政治がどうなろうと自分が今までどおり暮らせなくなることはありえない、という意識もあると思います。

ですから、自分が政治に目を向け、投票に行く必要性というものが感じられないのです。
政治に関心がない若者にとってみれば、前市長が汚職をしていようが、地方交付税交付金が減らされようが、自分は痛くありません。

> 自民党の主流派も反主流派もでている。アンチ自民の県会議員もでている。
> 穏健な市民派として市民運動を続けてきた市会議員もでている。
> 女性候補もでている。共産党もでている。
ということですが、どの候補者も党派の代表として多くの市民に支えられて出馬した方々です。赤ちゃんが出馬しているわけでもないし、誰が当選してもそれなりの仕事はこなしてしまうでしょう。もし失政があっても、議会や役所との対立があっても、自分の生活が侵されるほどのことではないでしょう。投票に行かない有権者はそういう意味で「誰がやっても同じ」と考えたのではないでしょうか。「選ぶじゃまくささ」どころではなく、選ぼうとさえしなかったのだと思います。


こうなってしまった理由は2つあると思います。
1つ目は「平和ボケ」です。
社会に問題があればあるほど、政治の力が必要になります。逆に理想郷に政治は必要ありません。
でも本当はどんな豊かな社会になったとしてもベストな政治などありません。
しかし有権者の妥協点がどんどん低くなってしまっているのだと思います。日本が物質的に満たされた結果、投票率が少し落ち込んでしまったということは私はある程度仕方がないかな、と思っています。


しかし、2つ目の理由は重大な問題です。
それは「政治教育の貧困さ」だと思います。
「知らしむべからず、依らしむべし」という日本全体の風土が、無政治的態度を取る無関心層を増やしている一因になってしまっていると思います。

さきほど、「政治に関心がない若者にとってみれば、前市長が汚職をしていようが、地方交付税交付金が減らされようが、自分は痛くありません。」と書きましたが、正確には、「間接的に確実に微量の痛みを受けているがそれに気づかない」のです。しかしその構造を簡潔に説明して、さらに現状よりこっちを選んだ方が得をするということが明確に分かれば、それが投票に現れるはずです。
「良い社会を作る」という表現だけでなく「今のままでは損。こっちを選んだ方が絶対に得。」という表現で(私的な利害ではなく全体の損得という意味です)、簡潔に政策を訴えることも必要だと思います。

・・・と言うのは簡単ですが、
以前の「国会からの手紙」でこのような文章がありました。

>確かに、小泉政権の誕生によって、小泉さんの言う通りに改革が進み、が
>らっと今までの利益誘導政治がなくなるのであれば、これほど良いことはあ
>りません。私が政治をする理由もなくなります。しかし、地方のすみずみま
>で巣くっている自民党の利益誘導政治は、自民党の国会議員が心をあらた
>めるだけでなく地方議員まで総入れ替えするぐらいの覚悟がないとなくなり
>ようがありません。私には、自民党にそれだけの覚悟があるとは思えない
>のです。
>
>さらに言えば、私は、自民党政治というのは、残念ながら、日本の今の社会
>のあり方と密接に結びついている、と感じています。本当に今のままの日本
>社会でいいのかどうか。今を生きる全国の大人すべてが、次の世代のため
>に、「こういう日本社会の体質を改善すべきなのではないか」と覚悟を決める
>必要があると思うのです。
>
>それが、示されるのが選挙です。
>
>私たちに、今現在、それだけの覚悟があるでしょうか。例えば、あなたにそ
>の覚悟があったとしても、あなたの田舎のご両親はいかがでしょうか。あな
>たは、ご両親を説得できる覚悟が、今日現在、おありでしょうか。


私も、これを読んで大変身にしみる思いがしました。しかし難しいことですが、現状に満足してしまっている層に、今よりもより良い選択肢があることを簡潔な言葉で説得できない限りは変わらないと思います。

民主党は、政治に対する意識の高い「市民」層からの支持は充分に得られていると思っています。今後は政治の現状をあまり知らない層、現状に満足してしまっている層への粘り強い説明を期待したいと思っています。それが政治教育、有権者と候補者の相互教育なのだと思います。

それから、これからは学校教育でも政治教育を積極的に取り入れる方向にすべきだと思います。
私が教わった限りでは、政治はブラックボックスの中にあり、(日本の)政治に対するネガティブなイメージが先行していました。
有権者と代表者のコミュニケーションという民主主義本来のスタイルを示した上で、社会の問題のほとんどが政治に行き着くことを説明し、政治にはとても大きな力がある、政治が変われば社会はこんなに変わる、という政治に対するポジティブなイメージを持てるような教育が必要だと思います。


> しかし、それでもなお、と民主主義への参加を訴えつづけていくこと。
> それがこの道を選んだ自分の義務なのだと認識しています。
少しずつでも必ず良い結果が出てくると信じております。陰ながら応援させていただきます。


「やまのい和則メールマガジン」並みに長くなってしまいました。
これで終わります。ご多忙のところすみませんでした。

 ▼戻るE−mailはこちら 
 HOME > 政治TOP > 政治コラム目次 >
 HOME > 横断コラム目次 >


■このサイトには他人の発言や文章、または報道機関の報道を受けて私の意見を書いているページがあります。引用元の発信者(個人・機関)が意図する真意に対し短絡的な誤解、曲解がないよう十分注意をしておりますが、絶対ではありません。私が引用元の発信者の意図とは異なる解釈で発信を受け止めてこの文章を書く可能性もあります。このサイトだけを参考にして引用元の発信者の是非を判断することのないようお願いいたします。発信者の意見を受けて書いた私の意見に対する批判は歓迎です。
■勉強中の身ゆえ、私自身の考えも日に日に変わっています。このサイトの各ページには、ページ作成・更新の日付がつけてあります。正確には「現在の私の意見」ではなく、「yy年mm月dd日時点の私の意見」だと捉えていただければ幸いです。
Copyright (C) 2001-2002 Masuda Hironori ALL rights reserved.