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おしゃべり あれこれ












5月27日
今日は”のろし祭り”というのが魚津の山城跡で開かれて、それに参加するはずだったのだが、
朝から孫の具合が悪く食べ物をもどしたりするので、
救急の医者に連れて行くことになり結局参加できないままになってしまった。
黒部市民病院の小児科の救急外来にいって見てもらい、
もらってきた座薬をいれてからは吐き気も収まったようでほっと安心した。
今朝の”のろし祭り”に一緒に参加して踊るはずだった人たちには、
ドタキャンで大変迷惑をかけてしまった。

夕方からは、写真展の用意のために、
高速の有磯海というサービスエリア(下り線)に写真を運んだ。
これは毎週買いに行っているパン屋さんの関係で急にやることになった展覧会で、
6月はじめから飾ってくれるという。
話が急だったので今まで発表したものの中から”花と蝶”の題材で9点ほど選んだ。
これを読んでいる皆さんにも、
6日からの展覧会とともにこの展示も見て頂きたいと思う。
6日からの展覧会の準備のほうは、いささか悪戦苦闘している。


5月25日
ここ数日で麦が黄色く色づいてきた。
暖かい日が続いて気温が高かったからか。
いよいよ麦の秋である。
麦の姿を見ることが私は好きである。
麦の姿はいろいろに変化して季節を告げ知らせてくれる。

デージーが真っ盛りである。
また畦などの雑草の原も花盛りである。
スイバの地味な花が黄土色から赤茶色のいろいろな色相で雑草の原に立って、
ハルジオンやしろつめくさと競いあっている。


5月24日
れんげそうはきれいだ。
陽射しの中で、赤紫色に輝いている。
そして沢山のミツバチや蝶が訪れる。
穏やかに晴れた日は、カメラを持ってれんげ畑の中に坐っていれば、
幸せな時間を過ごせる。
蓮華と書けばまさに天国の世界になる・・・。


(れんげそう と ミツバチ)



5月23日
歳をとってくると世の中のいろんな事柄が解ってきて、
貴重なものや下賤なもの、あるべき姿やあるまじき姿、
といったものが解るようになってくる。
理想というものの尊さと実現することの難しさ、人間の愚かしさといったものが、
実践力はともかくとして頭の中では理解できるようになってくる。
イエスやブッダが示した価値観というものも、
えらい一握りの人にだけ得られるものではなく、
我々一人一人の中にすでに存在しているもの、
そしてよく知っているものであると気づくようになる。
それなのに何故私たちの中で顕現することがないのかにも気づかされる。

人間という存在のあるべき姿がいかなるものであるかを、
理性的にははっきりと認識できるようになる。
しかしそれを生活の全般に実現することは難しい。
その実現を阻むものは自分のこころの中にあるわがままである。
我執、顕示欲、情欲、物欲などなど・・・わがままなこころというもの、
このどうしようもなさ、御しがたさである。
歳をとってくると生命力が減退すると同時に欲望が枯渇してきて、
自分の姿や自分の周囲を、静かな気持ちで理性的に見ることができるようになるのだろう。

行動にも理性が感得する理想の姿を実現させたのが
イエスやブッダといった人たちなのだろう。
加齢とともにそういう先哲達の世界に少しは近づくことができるのか?
とも考えられる。


5月21日
今朝は日食と云うことでマスコミは大騒ぎだったけれど、
わたしは講師の仕事が1時間目から入っていて、車で富山へ向かうために、
満足に観察はできなかった。
富山は金環食には成らなかったが天候は申し分のない晴れで、
準備をしていた人たちは9割方の食の様子を充分に楽しめたのではないだろうか。

家では家族が孫など近くの子ども達の登校時に、一緒に観察をしたようで、
ホームページの最初に載せた猫にも日食の映像が映っている写真は、家族が撮したものである。
木洩れ日が素敵な日食模様となってゆらゆら揺らめいていたそうだ。


5月20日
昨日今日天気もいいし土日と云うことで、
庭にグリーンカーテンなるものをしつらえようとスコップやクワを持って土いじりをして、
玄関横の南向きの大窓の前に花壇を創った。
去年は大きなプランターで試みて、アサガオはかなり良く育って花もつけてくれたのだが、
真夏には朝水やりをしてもすぐに水を吸い上げつくして、
昼過ぎにはしおしおに萎れきった情けない姿になってしまった。
その反省に鑑み、今年はプランターではなく、
地面からつながった花壇からグリーンカーテンを立ち上げようと思った。
こうすれば萎れることもなく緑みどりしたグリーンカーテンとして、
終日役目を果たしてくれるだろうと考えたのである。
今日の午後にはアサガオの種を蒔き、ゴーヤーの苗を植えた。
花も実もと欲張っている。
しかし久しぶりの肉体労働に体中がこわばって、明日からが大変になりそうである。


5月19日
大変良い天気になった。
久しぶりに天神山へ行く。
麓の花苑はボタンが真っ盛りでたくさんの人が来ていた。
新聞に紹介されたせいもあったようだ。

 * * * * *

かつての名バリトン、ディートリッヒ・フィッシャー・ディースカウが亡くなった。
私の若い頃のあこがれの歌い手だった。
シューベルトの”美しき水車小屋の娘”、”冬の旅”、”白鳥の歌”の三歌曲集や、
バッハのカンタータの数々、そしてカール・リヒターとのマタイ受難曲。
熱中したバッハやシューベルトの声楽曲を命かよう歌として歌い上げた、
忘れることのできない声楽家である。
ふくよかでふくらみのある暖かい声、豊かな表現力。
歌うと云うことはどのようなことであるのかを、教えてくれた歌手である。
マタイ受難曲やシューベルトのリートに残された録音は、
何度繰り返し聞いても感動を新たにしてくれる。
私たちに残された財産といっていいだろう。
彼はもうだいぶ前から歌うことから引退して、指揮などをしていたそうだ。
若い頃あのように光り輝いていた人が老いて死んでいく。
我が身の老いをまた淋しく感じる出来事である。


5月18日
昨日から曇り時々嵐という天候が続いていたが、ようやく今日夕方になって回復した。
陽が出て見渡せば、まわり中はもう初夏の装い。
緑は厚みを増し鬱そうとして木々の枝を充たしている。
一日一日変化が多すぎて意識がついていくのが大変だ。
このところずっと焦りに似た気持ちを抱き続けるのは、
自然の激しい変化のせいかもしれない。


5月17日
日が射したり雷が鳴ったり、いろいろ起伏に富んだお天気の日だった。
来月からの写真展の準備を始める。
10枚ほどの写真をプリントアウトした。
プリンターの最大規格のA3ノビで出力するのだが、その時間のかかることかかること。
またインクの減り方の早いこと早いこと。
しかし、それもまた準備の楽しみの内の一つか。
写真につける詩の準備が少しもできていない。
これもこれからの楽しみ。

 * * * * *

自由とか平等とか公平とかという人間的な価値を考える時、
わたしがイメージするのは教えられたものだろうか?
確かに小さな頃のしつけや教育で植え付けられたものも多いだろうが、
すべてがすべてそうであるとは断言しがたい。
かなり生得的なものがあるように思われるのだ。

自由とか平等とか公平についての普遍的な価値概念は、
きちんと誰かがかつてどこかの時点で定義を行ったものではない。
しかし人間は誰でもかなり正確にこの概念を自分の中に持っている。
その他、愛とか思いやりとか慈しみとかの概念についても同じである。
言葉になってはいるが言葉には成らない人間の良心とも云うべき部分が良しと感じるもの、
それは言葉を越えてどの人間にも生得的に解っているように思える。

聖書や仏典などの聖典、先哲達の著作など、時代を超えて今に残るものに書き記されたものには、
人間のあるべき姿が描かれるし、それはどれも同じものである。
ということは、人間には生得的に形而上的な理想の人間像というものが、
心に植え付けられていると云うことを示しているのだろう。

無数に死んでは生まれてくる人々、きちんと教育を受け文化を受け継ぐ人もいればそうではない人もいる。
しかし、どの人にも皆、究極の人間的な価値基準というものが植え付けられているように思える。
教育という人間社会が生み出したシステムが人類という種の中に生得的なものを植え込んだのだろうか。
それとも、人類が発生した時点ですでに持っていたものなのだろうか。

私には人類が発生した時点ですでに普遍的な価値概念を持っていたように思える。
もちろん人類は、動物以下の側面も持つしその部分についても動物以上に激しく顕現するが、
どの人間も”胸に手を当てて”という時、こころのなかにこの普遍的な価値を見ているのだ。

では、それは私たちをどこへ導いていくのだろう。
思うにそれは、私たちを”天人””天女”の世界へ導いていくのだろう。
”天人””天女”は、もちろん究極の理想的な存在の世界ではない。
現実の今の人類の世界よりは、理想的な世界だろうが、
そこでもなお理想にはほど遠く、絶えざる努力と研鑽が求められるだろう。

私たちのこころの底に横たわる何時かは気高い理想の世界が来るという思いは、
進化していく宇宙の背後に存在して、
この宇宙の進化を導く超越的な意志といったものに由来するものなのかも知れない。


5月16日
ツバメの巣が見事に復活した。
土曜日にカラスに落とされて、日曜日には何もないすべすべの壁になってしまっていたのだが、
月曜日には小さなテラスが張り出して、
昨日火曜の夜にはだいぶ大きくなった巣の上に二羽して重なって寝ていた。
もう今日は二羽が並んで寝ることができるほどになった。
えらいものだ。
感心してしまう。
もうすぐ抱卵するだろう。
今年もまた子どもたちを孵してくれそうだ。


(今日の我が家のツバメの巣)


5月15日
沖縄復帰から40年だそうだ。
アメリカの世界戦略に組み込まれた基地をひたすら沖縄に預けて、
日本は平和と経済的な繁栄を築きあげてきた。
本土でどれほどの人たちがそのことに後ろめたさを感じてきただろうか。

オスプレイという垂直離着陸型の新型飛行機の配備についても沖縄配備がいち早く決められ、
日本本土配備については打診をして反対の声が上がるやすぐに撤回されている。

朝日新聞には”差別”という言葉が使われていたが、それ以上のものがあろう。
戦前から今に至るまで都合のいいように引き回されて痛みを押しつけられてきた。
以前にもこの欄に書いたが、沖縄の歴史をたどってみた沖縄人なら、
何故日本に帰属することに固執するのか不思議に思うだろう。
隷属といっていいような扱われかたである。
まさに”独立”を考えたとしても不思議はないような歴史なのである。

もし同じ日本人だというなら、きちんとした礼儀ある対し方があるはずである。
基地のかなりを本土が引き受けてもしかるべきだろう。
政治家をはじめ我々のほとんどがいやなものを押しつけてしらんぷり・・・
なのである。


5月14日
私の不注意からカラスに巣を落とされてしまったツバメが、
けなげにも再度の巣作りに励んでいる。
2日にしてもう一羽が止まれるほどの巣を作った。
夜はまだここでは明かしていないようだが、
この様子だと元の大きさにするのにもあまり時間はかからないだろう。
申し訳ない思いは残るが少しほっとしている。
今度こそカラスにじゃまはさせないぞと決意、
自動車の出入りには網のことを絶対に忘れないぞと思っている。


5月13日
このところ寒い。
北海道では雪が降ったとか。
今日行った園芸店では寒くて野菜の生育が悪いと嘆いていた。
起伏の激しい天候である。
これからどうなることか、少し心配になる。

今日はようやくトマトやなすの苗を買ってくる。
やらなきゃ成らないことがいっぱいあってなかなか庭の畑のことまで気が回らなかったが、
少し畑の整備を考えなければならない。
まずは、今日買ってきた苗を大急ぎで植え付けなければならない。


5月12日
今日は大失敗の連続、さえない一日となった。
講師をしている高校は今考査の最中、土曜日なのに試験があり、1時間目から監督が当たっていた。
授業の時は23限からなのだが考査は3限しかないのでどうしても1限からになる。
朝早くから出て行くのは初めてなので少し緊張していた。
それに昨日の飲み会の余韻が残っていた。
あわてて出勤しようと玄関に出れば、なんと靴が違うではないか。
昨日の飲み会で違った靴を履いてきてしまったらしい。
時間がないので、舌打ちしながら違った靴をそのまま履いて車に乗った。
いつもはきちんとツバメのための網を元に戻すのに、
今朝は間違った靴を履いてきたことに頭がいっぱいになっていたからか、
網を開けたまま車を出してしまった。
そのことに気づいたのは30分も運転したあと。
電話をして家族に網を閉めてもらおうかと途中のコンビニに立ち寄って、
公衆電話があるかと聞いたが”置いておりません”の一言。
携帯電話を誰もが持つ時代となって、
私のような携帯嫌いで持たないことをもっとうにする人間にとっては、
非常に困った時代になったものだ。
しょうがない 帰ってから閉めるか それまでは何とか大丈夫だろう
そう期待をかけて連絡しないままになってしまった。
そうして・・・
帰ってみれば、見事にツバメの巣は落とされてしまっていた。

お昼頃、孫が車庫前の道路にまで放り出されているツバメの巣を発見したという。
羽毛のようなものも残っていたと云うから、雛が孵化していたのだろう。
にっくきカラスめは巣を落として、うまうまと雛を食べていったのだ。
車庫には時々所在なげにツバメが飛び込んできては出て行くばかり。
巣をかけていたツバメ夫婦には、私の不注意からただただ申し訳ない限り、
本当に可愛そうなことをしてしまった。
孫をはじめ家族みんな楽しみにしていたのに、残念無念・・・。

かくて今年もカラスめに巣を落とされる結果になってしまった。
3年続けてである。不注意のそしりを受けてもいいわけはできない。
一昨年、昨年のように、せめてもう一度巣作りをして雛を育ててくれないものかと願うばかりだ。


5月9日
6月の展覧会に向けて準備を始めている。
30枚ほどの写真をA3ノビの大きさでプリントして並べるつもりだ。
花や虫や蝶、鳥などの写真ばかりであるが、この近辺の自然から切り取った情景である。
写真選定もまだ終わっていないのだが、
展覧会が始まってからよりも、今の時期の準備をしているときが一番楽しい。
これをお読みの方たちも是非おいでいただきますよう、お願いいたします。


5月8日
天神山は今ボタンの花が咲いている。
シャクナゲも見頃だ。
花があれば虫たちもよってくる。
芝桜にはアゲハチョウが、ボタンの花心にはハナムグリやベニカミキリがやってきていた。
田植え花とも呼ばれる谷卯木の花が咲き始めたが、ここにはクマンバチがやってきていた。
田植えがどんどんと進んでいる。


5月8日
桐や藤の花も咲き、季節は駆け足で進んでいる。
まわりの世界は1日で大きな変化をする。
連休明けの昨日、講師に行っている学校で白服になった女子生徒の姿にもう夏の気配を感じた。

今朝の新聞に、魚津市で6日の落雷を受けて死んだ人の記事が出ていた。
名前と年齢を見れば、魚津西部中学の同期生らしい。
八倉巻理人君といって明るくて優しい性格の体育の得意な少年だったように覚えている。

昨日は母の腕の骨折の部分の手術があり午後10時頃まで病院にいた。
つくづくお医者さんも大変だなあと感じた。
延々と夜中までの手術である。
疲れているだろうのに術後の説明もていねいすぎるぐらいで、ただただ頭が下がるばかりである。
少し時間がかかったけれど無事金属でつなぎ合わせて手術は成功したようだ。
母はだいぶもうろうの人となっているので何も言わないが、
部屋に戻った時には麻酔も覚めていようだった。
ほっと一息と云うところか。


5月6日
午前中は、昼なのに夕方のような暗さになって雷鳴激しく雨に風となった。
しかし午後後半からはすっきりと晴れ上がった。
太平洋側では、竜巻が到る所で発生してかなりの被害が出たようだ。
近年は起伏の激しい天候がずっと続いている。

一般には人為的な活動にともなう二酸化炭素による温暖化の影響と云われるが、
太陽の活動が衰えてきているというまったく逆の理論も唱えられており、
そうであれば今の時代は氷河期の間の片時の間氷期であるから、
これからはえらい事になってしまうぞと予想される。

しかし今年も暑い夏だと云うから、そんな心配は必要ないか。


5月5日
砺波チューリップフェアーへ行ってきた。
やや風が強く少し寒かったが陽射しがありいい天気になった。
こどもの日とあり家族連れでにぎわっていた。
チューリップの花も最後という風情であったが、
太陽の陽射しを浴びて輝く色彩はとても美しかった。


(チューリップ)



5月4日
午後から激しい雨。
これからの連休はせっかくだが雨ばかりと予報が出されている。
孫をどこかへ連れて行きたいが天候は思ったようには行かないらしい。
それに、今日は老人施設に入っていた母が転んで腕を折ってしまったとかで、
入院騒ぎにつきあって一日が過ぎてしまった。


5月3日
憲法記念日です。
今の憲法はできてから65年だそうで、私より少し年寄りです。
でもたいへんに美しい顔をしています。
平和主義、国民主権、基本的人権という人間が考え得る最高価値を実現したもの、
そんな夢のような姿をしているからです。

97条には、基本的人権について、次のように述べられています。
”この憲法が日本国民に保障する基本的人権は、
人類の多年にわたる自由獲得の努力の成果であつて、
これらの権利は、過去幾多の試錬に堪へ、現在及び将来の国民に対し、
侵すことのできない永久の権利として信託されたものである。” と。
条文にもあるとおり、これは単なる理想家の夢想の結果として得られたものではありません。
”過去幾多の試錬に堪へ” とあるように、
莫大な犠牲ー累々たる死者たちの叫びの上に築き上げられたものなのです。
私たちはもう一度しっかりと我が国と世界の歴史を学ぶ必要があります。
すさまじい血と命と苦難とひきかえにようやくたどり着いた結果であることを、
もう一度見つめ直すことが必要なのです。
苦しみの中で死んでいった無数の命たちの無念さに対して、
心のけじめと覚悟を持たない限り、この改訂を議論することはできないはずです。

この憲法による平和と自由を謳歌している中で生を受け育ち生活していながら、
改憲を議論する人たちがいます。
そうした議論をし、運動することもまた、この憲法下では許される自由なのです。
しかし戦争体験者の世代が年老いていく中で、社会の大きなうねりとして、
自由よりは専政を、平和よりは戦争を、慈しみよりは凌辱と殺戮を望むようになれば、
再び人間の愚かしさの中に国を放り込む事になるでしょう。
この憲法など何ものでもなくなって、新しい国粋的な条文が人を縛るようになるでしょう。
インターネットのアンケートを見て、改訂論者の多さに、ほんとうにびっくりしました。

しかし憲法12条には、次のようにも書かれています。
”この憲法が国民に保障する自由及び権利は、国民の不断の努力によつて、
これを保持しなければならない。”
この憲法の価値を理解しているものは、まさに”不断の努力によって”
これを守っていかなければならないのです。



5月2日
(たんぽぽは種のぼんぼりをつけはじめ・・・)


麦の穂が出てきた。
麦畑は、さわやかな一面のみどりから、
毛の抜け替わる犬のように銀緑のもさもさの畑に変わり、やがて麦秋へと遷っていく。

梨の花が終わった。
代わってりんごが満開だ。
花盛りのりんご畑の向こうに見る山の姿は、この時期にしか見られない絶景である。
りんご畑に入って花を撮っていたら、一生懸命に働いている蜂の姿が目に入った。
感心なものだ。
彼らのおかげで秋には美味しいりんごが食べられる。
いっぱいに咲き誇っていたたんぽぽも、少しずつ種のぼんぼりに成りつつある。

今日はようやく庭の畑の土起こしをやる。
狭いところなのだけれど、怠け者の私には大仕事で、やっと今日耕しはじめた。
この連休中には野菜苗の植え付けにまで持って行かなければならない。


(麦の穂が出てきた)


5月1日
ただ目に触れるだけで、気持ちを勇気づけてくれる風景がある。
私はツバメの飛び方を見るのが大変好きである。
気持ちよさそうに空を滑空していき、すいっと上向きになって、
体を反らせて反転する瞬間、空の向こうにかかった何かに呼びかけているように見える。
そんなしぐさが、心にも、明日へ向けての希望を予感させるようで、
どんなにこころが落ち込んでいる時でも、そんなふうにツバメが飛ぶのを見ると、
こころが明るくいきいきとしてくるのを感じる。


4月30日
僧が岳の雪形がはっきりとしてきた。
去年よりは早く形を取ってきたようだ。
1週間ほど雪の融け方が早いように見える。
今年の冬は平地では雪が多かったようだが、
立山など高所では積雪が少なかったということだ。
片貝川などは雪解け水を集めて滔々と流れている。
麓ではりんごの花が満開になってきた。
満開になったりんご畑の上に雪模様の山脈が映える。
このあたりは一年で最も美しい季節を迎えている。


(僧が岳雪形 2012.4.30 魚津市大海寺にて)



4月29日
昨日に続いて今日もまた蜃気楼が出ました。
今日は、今日出た蜃気楼の中からいくつか紹介します。


今日の蜃気楼
魚津漁港にて 2012.4.29 14:40頃




富山市岩瀬の火力発電所付近の見え方の変化です。
わずかな時間にどんどん変化します。


富山市岩瀬の火力発電所付近(1)



富山市岩瀬の火力発電所付近(2)







次は船の見え方の変化です。


船の蜃気楼(1)




船の蜃気楼(2)




船の蜃気楼(3)




蜃気楼の見え方がどんどん変化していく様子が少しは伝わったでしょうか。





4月28日
(子牛 新川牧場にて)


午前中は網戸の補修をやった。
ぼろぼろに穴の空いた網戸を剥がして新しい網をつけていくのだが、
まあ専用のローラーのような道具を使えば私にもできる。
だが新しい網を貼り付ける時にローラーを押しつけるのに結構要領と力がいる。

午前中の網戸張り替えで少し疲れてしまったが、暑いくらいのいい天気になったので、
午後から孫に牛や羊を見せるために、家族で新川牧場に出かけた。
子牛をすぐそばで見て触ることができた。
山羊や羊、ウサギや豚もすぐそばで見ることができた。
小さな子どもを連れた家族連れでにぎわっていた。
写真の子牛は生まれて1ヶ月だという。
さかんに足下の土を食べていたが、
4つの胃に草のセルロースを分解してもらうために、
消化管に細菌を取り入れるためなのだという。
また、この子牛は青い目をしているという。
そして牛の瞳孔は丸くはなく平たいのだという。
連れてきた青年がそうしたことを、うれしそうに説明をしてくれた。
私は注意をして写真を撮ったのだが、瞳のことは良くは撮れなかった。

帰ってから夕方、ガソリンを入れに町に降りた時にもしやと思って海岸に出てみたら、
ものすごい人でにぎわっていた。
蜃気楼が出たのだ。
蜃気楼が出たぞ!と花火も上がったそうだ。
夕方の4時近い時刻だったが、くっきりと見ることができた。
連休一番に出てくれるとは、蜃気楼の神さまの大サービスである。
地元の住民でもなかなか見られないのに、
今日観光で魚津を訪ねて来た人には大変ラッキーだったといえるだろう。


蜃気楼

富山湾の向こう 呉羽山方面 魚津漁港にて 2012.4.28 15:40頃






蜃気楼 と 見る人たち

魚津漁港にて 2012.4.28 15:40頃






蜃気楼

魚津市大町海岸にて 2012.4.28 15:30頃




4月27日
我が家の庭にえらそうな声でなくカエルがこの数年住み着いている。
今日もさかんに鳴くので探してみると、洗濯乾し場の竿をかける支柱の中に入っていた。
ここにいるのは何年か前にも見たことがある。
アオガエルらしいのだがえらく貫禄のある色をしているし、でかい。
小汚くなった支柱のパイプの色を真似ているのだろうか。
パイプの穴いっぱいになってこちらをにらみながらグアグアと鳴いていた。
えらそうなどこかの社長さんといった風格である。
カメラのファインダーをのぞくこちらが、たじたじとなる。

田んぼに水が入り出した。
しろかきのようにトラクターが進むと、カモメが群れてそのあとを追う。
海を行く船のようだ。
時にカラスやトンビも来ることがあるが、
海に近いせいか、カモメの姿が多い。

りんごの花が咲き出した。
りんごの木は独特のねじ曲がった格好をしている。
小さい若葉が無数に出て若草色の霞のようになって見える間に、
白やピンクの花が開く。

山の姿が美しい。
雪の残る部分は白。
融けた部分は群青色。
白と青のしましま模様が新鮮に見える。
この模様は白い部分が日々縮小し青い部分が大きくなっていく。
雪の縞模様をまとった山の姿は毎日新しい姿になっていく。

穏やかな天候になれば、毎日天国のような景色が広がる。
富山の自然は本当に素晴らしい。


4月26日
雨の一日。
カエルがさかんに鳴いて春を告げていたが、木々もこの雨を待っていた。
一気に落葉樹の梢が芽吹きはじめた。
赤みがかった若緑の色が美しい。
いろいろな色合いの緑があふれはじめ、空はだんだん遠くなる。

花と一緒に小動物や虫たちも現れはじめ、世界は一気ににぎやかになる。
昨日行った天神山では、冬ごもりから覚めたタテハチョウが飛んでいた。
たんぽぽの花の上を羽虫や蜂が歩き回り、
菜の花のお花畑をモンシロチョウが飛んでいた。


4月25日
(桜の花をくっつけた あまガエル)


しばらくぶりで天神山の麓の花の森ガーデンに行った。
花で埋まっていた。
結構たくさんの人が来ていた。
水仙が満開、すももの花が白やピンクや赤で鮮やか。
シャクナゲも咲き出している。
桜もまだ散りきっていなくて、いま盛んに散っている。
遊園路は散り落ちた桜花のうす桃色に染まって心さそう。
そばのコンクリート杭の上にあまがえるが一匹、桜の花びらを体中につけていた。
何枚も写真を撮らしてもらったが、真正面から撮ろうとすると、
恥ずかしがるように体を向こうにずらす。
何度も前に回り込んで撮そうとするのだが、背中ばかりを向けようとする。
そんなカエルとのやりとりが楽しかった。




4月24日
(たんぽぽ)


菜の花が若緑の上に明るい灯火の束をかかげている。
たんぽぽがぴちぴちと陽をはね返して、
いい季節が来たんだと喜んでいる。
緑はこんなにも鮮やかなんだと、麦畑の上で輝いている。
梨花の白い洪水。
紫モクレンは絢爛と咲き誇り、
あけびは今年もおどけた花をつけ、
もう山吹は次の春を用意している。
田んぼはもう鍬起こされて黒々と土の匂いを立てている。
蛙の声がかしましい。
朝には雉の威張る声も聞こえてくる。

一日ごとに新しい、そんな毎日に少し疲れて、
春のそばを歩いている。
今年も生きていられたことを、うれしいと思う。


4月23日
昨日は車庫にカラスよけの網を張った。
ツバメが戻ってきて、いよいよ巣の補修をはじめ、
夜も巣に留まるようになったからだ。
昨年は卵を産んで温めはじめたところでカラスに巣を落とされてしまった。
今年はそんなことの無いように早めに網をかけた。
こちらの車の出入りはかなり面倒くさくなるのだが、
巣作りをしてくれている可愛いツバメのためには、
少しは我慢である。

それにしても、ツバメは上の方に開けたわずかなすきまから、
いとも見事に出入りをする。

家の前の電線に止まった我が家のつがいのツバメのおしゃべりを聞くのが、
毎朝起きてきた私の楽しみである。
朝にはすぐそばを挨拶をするように飛んでくれることもある。

 * * * * *

昨日からの雨とともに、花は散って若葉の桜に変わった。
この雨はまた木を萌え立たせる。
町の街路樹の空も若草色に霞みはじめた。
きらきらとした花の時間は一気に、緑の落ち着いた時間に切り替わった。

昨日訪れた八幡様は、一面に桜花が散り敷いていたが、
椿もまた花の時期を終えようとしていた。


4月22日
動物番組を見る機会が多いが、大平原を群れをなして移動する動物たちの姿を、
上空から俯瞰するショットが時々入る。
ヌーやインパラの無数の個体から成る群れは、
ときどき植物の茎に群がるアブラムシ(ありまき)の群れのように見える。
おそらく宇宙人が地球外から地上を見ると、
人間もあの動物の群れと変わらない集団をなしているように見えるだろう。
人間だから自分たち同族を動物の群れと区別しているけれど、
もっと外から見れば同じものでしかない。
大東京の駅から吐き出されてくる人の群れは同じようなものに見えるだろう。

そんな大きな集団の中で私とは何だろう。
どんな意味を持つのだろう。
あまりにそのことを自覚するのが恐ろしいから・・・、
小さな自分だけの世界に閉じこもって、
絶対多数の中での自己存在の卑小と無意味さに目を向けようとしないだけなのではないか?
答えがなんなのかを知っているのに。

魚の巨大な群れ、無数の空と海を埋め尽くす鳥の群れ、草原を埋め尽くす草食獣の群れ・・・

一匹の魚の目は暗く深く見える。
鳥の目はずっとはるかに向けられているように見える。
一匹のヌーの目があんなに澄んで何かを確かに見つめているようなのは、
人間の賢しらな目では見られない物を見つめているのだ。
ひたすらに決められたものを生きている故に、
ひたむきに見つめることができるのだ。
限りない小ささを。
存在の無意味さを。

大東京の駅口から吐き出される無数の人波の中の一人にすぎない私の目には、
落ち着きの無い不安だけが宿る。
賢しらな人間の宿命か。


4月21日
暖かい日になった。
桜はもう峠を越えて盛んに散りだした。
家族と一緒に魚津水族館横の公園に花見に行く。
といっても途中で弁当を買ってお昼を食べるだけなのだが。
土曜日とあって家族連れでにぎわっていた。
桜もきれいで良い花見になった。
そのあとは生地まで海岸のドライブを楽しみ、
生地の海の駅でお魚を買って帰ってきた。


4月19日
風は少し寒かったが、春の陽射しのあふれる日になった。
物理講師として出向いているT高校の前庭の桜は、
もう風に吹かれて散り始めていた。
待たれた桜だが、すぐにもう散り落ちていく・・・。
春陽の中にいっぱいに輝きながら舞い落ちていく姿は、
はなやぎと一抹のさびしさを漂わせながら、
それを見ることのできる幸せを感じさせてくれる。

歳をとってくると、一年ごとの桜がかけがえのない一里塚に思われてくる。
よくぞ生きて、この花にたどり着けたと・・・。

今年の桜は、遅く長く待たされた。
冬は長く厳しかった。
それだけによけい、さくら花ははなやいで見える。


4月18日
今日は町内の皆さんと、すぐ上にある桃山運動公園へ花見に出かけた。
晴れるという天気予報に反して、雲がかかり陽が射すことがなく、薄ら寒かったが、
桜の花は7分咲きと云ったところか。
昨日富山の松川で見た桜は、もう散り始めたものもあったが、
ここは山の上とあって花はまだこれからだ。
Nさんからペタンクという遊びを教えてもらって、しばらく遊んでから、
500円のお弁当をみんなで食べた。
近所に住んでいても日頃なかなか顔を合わせる機会もない人たち16人ほどが集まった。
薄紅の花の下でにぎやかに食べたお弁当はなかなか美味しかった。


4月17日
昨日は蜃気楼が出たという。
気温が23度程まで上昇して、風のない穏やかな日だったから。
当然予想して見に行っても良かったのに、私は何をしていたのかとつらつら考えてみれば、
午前は物理教師としての勤務で、
午後からは、孫の帰りを待って家に釘付けになっていた。
帰ってきてからも宿題を見てやったり、おやつを用意したりと、
孫漬け状態だったのだ。

富山の桜は満開。
魚津でもかなり咲き出した。
一日ごと駆け足のような慌ただしさで春が進んでいく。
気持ちも遅れないようにしていないと。
気持ちの上でも焦ってしまう。


4月15日
暖かいぼんやりした春らしい陽気になった。
黄砂の影響か空全体が黄色い。
暖かいのはいいのだが、頭の中までぼんやりとしてしまう。
いつもぼんやりしているのかも知れないが、
こんな日だからなおさらそんなふうに思えてくる。


4月13日
魚津八幡社に行った。
桜が3分咲き。
うす桃色の椿は盛んに咲いていた。
春のお祭りか、幔幕など張ってあり、
いろんな色の幡が下がっていた。
近くのチューリップ畑には真っ赤なチューリップが一面に咲いていた。


4月12日
うらうらと春が来る。
午後の陽射し、
自然に笑いがこぼれる。
ただ幸せである。
それが春が来たということだ。

 * * * *

今日から物理講師の仕事が始まった。
たくさんの人(しかも若い人たち)の前で話すのは久しぶりで、
はじめはあまり声が出なかった。

それにしても、物理という分野はやはり女性は苦手な分野なのだと云うことを
つくずくと感じさせられた。
授業前は、なんだかんだと生き生きした目でこちらを見ていたのが、
物理の授業が始まるととともに、たちまち死んだ目に変わってしまうのがはっきりだものねぇ。
男の子はうなずきながら聞く子もおり、話を聞いているという感じが伝わってくるが、
女の子達はまるで駄目だ。
教室での物理現象についての我が説明に対する反応である。
あらためて自然現象の物理的領域に対する興味の性差について考えさせられた。
(本当は、私の説明の駄目さ加減が原因なのだろうけれどねぇ・・・)


4月10日
庭で蛙の声を聞く。
また車庫の前の電線にツバメが2羽とまっていた。
去年来ていたツバメだろうか。
家の様子をうかがっているようだ。
水仙の花も沢山咲き始めた。
春は急ピッチでやってきている。

カタクリの花はどうかと思って家からすこし入った山を見に行った。
雪が残り、まだまだのようだった。
大谷から坪野にかけての山に入ったのだが、ダンプカーがひっきりなしに通る。
どうしてなのかと思って上っていくと、
今まで道路脇にあった小山がきれいにそぎ潰されてしまっていた。
その辺り一帯の山を削り取って土砂を運んでいくのである。
いつもカタクリやぎふ蝶を訪ねていった山の方も、
高いところまでショベルカーが入り、山を削り取っていた。
道路脇にはこれまでも廃棄物処理業者が入り、
汚らしい塀を建ててその中でなにやらごそごそやっているふうなのが気にかかっていたが、
山を情け容赦なく削り取っているのにはあっけにとられてしまった。
のどかな丘陵地は、遠慮のない土建業者の手にかかって恐ろしい変貌をしていた。
もうこのあたりでカタクリやぎふ蝶も見られなくなってしまうに違いない。
自然に対する畏れを知らない行為である。
どれだけの金でこのあたりの山林を買い取ってこんなことをやっているのか知らないが、
こんなことを平気でやっている業者には、天罰が下るに違いない。


4月8日
早月川河口に行く。
ここは少年の頃からの馴染みの場所だ。
自転車でどれだけここに通っただろう。
みたされない少年の日の心をここで慰めた。
ここに来て石の上に座れば、天地に我一人という心地がした。
晴れた日には、秀麗な薬師岳の姿が地平に懸かり、
おまえの心もまたかくあれかしと教えてくれた。

今日はカモメの群れが集い、春の乱舞をしていた。


4月7日
今日も一日雪景色。
朝起きてみると、いちめんの白い世界にがっかりさせられた。
しばらくやめば、すぐ融けてしまうのだが、時々本気で降ってまた真っ白になる。
夕方までそんな日になった。
私は寒くて家の中に縮こまっていた。
ようやく車を1台タイヤ交換しただけ。

今日から富山ではチンドンコンクールとか云っていたが、
この寒さの中にぎわったのだろうか?


4月6日
東京では桜が満開だという。
しかしこちらでは雪がまだ降っている。
鉢植えの花の世話などしなければと思っているが、この寒さではやる気にならない。
車のタイヤ交換もしなければならない仕事としてあるのだが、
寒くて何もかも一日延ばしである。


4月5日
久しぶりに天神山をめぐる。
北向きの斜面にはまだ雪が残っているところもあるが、
散策路はおおかたが融けたようだ。
しかし今冬の大雪と昨日の大風の影響で、大枝が落ちて道をふさいでいたり、
お地蔵様の一部がひっくり返っていたり、土砂に埋もれていたり、
掛けられていたたすきが吹き飛んでいたりと、だいぶ荒れた様子になっていた。
麓の花苑はまだまだ冬の眠りで、ようやく梅が咲き始めていた。
それにしても雪や風の影響で木々の梢や枝が折れている様子は痛々しい。


4月4日


(朝日岳 入善町にて3月29日)


黒部川扇状地は広い。
その上に大きな山脈が波打っている。
晴れた日に、富山県東部の黒部川扇状地に広がる集落を見る時、
彼方に秀麗な山塊の連なりを見上げて、その大きさに圧倒される。
同時に、その下に平たく広がる大地に、家々の屋根が小さく押しつぶされて並んでいるのを見る。
そして、人の住む集落のあまりの小ささに気づく。
蟻のような人間存在の大きさに思い至る。

かつて入善の地に10年ほど勤務したことがあった。
その間扇状地のあちこちから、黒部川扇状地の景観を目にすることが多かったが、
いつも心打たれたのは、山々の大きさと、それと比べての人間の小ささであった。

富山県は、持ち家率が高く、しかも立派な構えの家が多い。
特に入善など農村部ではそうである。
屋敷林と呼んでいるものを持っている家もあり、大きな木も生えている。
一軒一軒は圧倒されるほど大きなものが多いのだが、
そのまわりに広がる田畑はもっと広い。
そして平たい。
家や木叢を飲み込んでしまうほどに広い。
黒部川は何万年にもわたってこの平たい平野を準備した。
そして人は営々と掘り返し石や岩をのけ水路を通して田畑をつくってきた。
海岸から遠く広い平野を望む時、広大な沃野に小さく小さく大地にはりついて、
あちこちに村の屋根が見える。
それは人間が大地にへばりつきながら築いてきた人間の印でもある。

家々をそして人間のいとなみを、このように小さく見せてしまうものは、
扇状地の広がりばかりではない。
その頭上にはるかにひろがって見下ろしている山脈の巨大な広がりである。
大きな山塊が人間の住む大地を頭上から圧倒し押しつぶしている。
人間を取り巻く自然の巨大さと美しさをそのまま形にした景観である。

この山脈の中のいくつもの峰を、昔から人々は、仏として崇拝してきた。
黒部扇状地に広がる景観を見る時、その人々の気持ちがよく分かる。
四季折々に、崇高な峰の姿を、深い谷と森の向こうに仰ぐ時、
巨大な宇宙の姿を予感し、こころ震わせたのに違いない。


4月3日
激しい風。
うちの庭のテラスの波板が吹っ飛んだ。
テレビでは朝から強い低気圧が近づくとやかましく警告していたが、
午後からはそれが現実となった。
近年にない大風になった。
この地は大きな山に守られて台風が来てもそんなに大風は吹かないのだが、
今日は日本海をやってきた低気圧で、
急速に大きくなって中心気圧も970mmと台風なみに発達した。
県内では強風を受けてトラックが横転した事故が5件もあったという。
また、富山市では納屋の下敷きになって男の人が死んだと報じられている。


4月2日
新年度最初の日。
今日新しい職場に行ってきたが、時間があって、呉羽山の五百羅漢に会ってきた。
200年の歳月は、砂岩を浸食し自然な深い表情を付け加えている。
ひとの命は百年だが、巌にしても砂岩のようなものは2百年もすれば朽ちていく。
ひとの命より少し長いだけ。
しかし、時とともに付け加わるものは、巌の方が上か。





羅 漢
















4月1日
花粉症を持っているために、この季節は何かと体調がよくない。
アレルギーで鼻が詰まったり、鼻水、くしゃみ、涙、痒みなど体も頭も重くぼうとしている。
いつか不機嫌になって、家族に辛く当たったり、
顔つきも苦虫を潰したような顔をしているのではないかと、反省される。
気候も暖かくなってみたり、急に寒くなって雪が降ってみたりして、落ち着かない。
今日は、暗い雲が低くたれ込めて、雷が鳴ったり、雪を運んで風も吹いている。
こんな日は、鬱のどん底状態である。





過去のおしゃべりあれこれ

2012年(2012.1.1-2012. 3.31)
2011年(2011.1.1-2011.12.31)
2010年(2010.1.1-2010.12.31)
2009年(2009.1.1-2009.12.31)


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