5 大神島 バスで池尻港へ
今日の目的地は大神島。大神島とは宮古島の北東にある島で、話によると信仰の強い不思議な感じの島らしい。
平良港からの船はなく、まずは島尻というところまで行かなければならない。
はじめは自転車を借りて行こうと思い、宿のスタッフが起きてくるのを待つことにした。
ロビーというか雑談部屋には、東京から来て本島から宮古に周り、今日は石垣島に飛行機で行くという女の人と話をした。なんでも今回は地方ごとの織物を中心に見てまわっているそうだ。今日行く石垣島は10年振りに訪れるという。彼女としばらく話をしていてもスタッフは現れないので、自転車は諦めてバスで行くことにした。
市内にあるバスターミナルに到着すると、待っているのはお年寄りばかり。
ちょうど大神に帰るというおばあさんもいて、いろいろ話を聞かせてもらった。
なんでも、大神島には現在小中学生は3人しかいないらしい。逆に、先生は9人もいる。夏はキャンプなど観光客がよくくるが、民宿などの宿泊施設はないので、ほとんど日帰りだとか。
このおばあさんの息子さんはフィリピンの人と結婚して、今はロサンゼルスに住んでいるということまで教えてくれた。
「アメリカまで行かないんですか?」というと
「とても無理だ」と答えた。飛行機に10時間も乗るのが耐えられないそうだ。大神島
バスは出発して、20分ほどで島尻に到着した。
少し歩くと港があり、そこはここから定期船が出ているとは信じられないほど寂れていた。
寂れた島尻港船の乗客はさきほど話をしたおばあさんとおじいさんと僕の3人だけ。
おじいさんとおばあさんの会話はすべて方言でまったく理解できなかった。
「方言ですか?」と僕がたずねると、それは宮古の方言で、大神のものはアクセントが違うが、宮古島全体で通用するという。ただし、おばあさんも本島や八重山の方言はまったくわからないらしい。
同じ沖縄でもまったく違う方言が存在するようだ。
そんな方言も若い人は使わないので、「方言はなくなっていっている」とおばあさんは言った。船は15分ほどで大神島に到着した。
風が強く、曇りの天気のためにどんよりとしている。
港では船からの荷物を待ったおじさんがいて、島の最も高い位置にある遠見台への行き方を教えてくれた。藪漕ぎも必要な遠見台
遠見台へは集落を抜けて行くが、あたりは閑散としていた。真昼間なのに人影ひとつない。商店はおろか自動販売機もなく、食料は宮古島まで買いだしにいくのだろうか?
遠見台への道のりは、ところところ案内版があるので迷うことはない。しかし、途中から山道になり、次第に藪が生い茂るようになり、道づたいにあるロープがなければ、これが道だとは分からないほどだった。
藪漕ぎに近い状態で進むと、頂上へ到着した。360度パノラマの風景が美しいが、あたりは藪だらけで、あまり人は訪れないところなようだ。
しばらく頂上でぼけっとしたあとは、海岸まで降りて周囲を散策する。しかし、人っ子ひとりいない状態が続いている。
そうこうしちるうちに出港の時間となったので、港へ向かった。乗客は僕一人かな、と思ったら、意外や意外。10人近くの人が乗りこんできた。さっきまで、全然人の気配がしなかったので、不思議な感じがした。
遠見台入り口
雑草だらけの遠見台からの眺め大神島で先生をしている人に平良市まで送ってもらう
船は15分ほどで再び島尻港に戻った。
ほかの乗客はみんな車で帰り、僕だけ徒歩である。
平良市までは10kmほどあり、2時間くらいはかかるなあと思いつつ歩き始めた。
すると、ガタイのいいお兄さんが車から、「乗っていきますか?」と声をかけてくれた。もちろん僕は飛びついた。
話によると大神島で先生をしているという。なるほど。さっきの人たちは大神島で子供を教えていた先生たちなのだ。彼らはみんな宮古島に住んでいるのだ。
彼はもともと宮古島の出身で那覇の大学に行き、再び宮古に戻ってきたらしい。大神島の前は池間島で教えていたらしく、離島マスターになるかもしれない、とつぶやいた。平良市の中まで送ってもらい、僕はつるみ荘に戻った。
つるみ荘の中には誰もいなかった。
しばらくすると、大阪から来たダイバーの人がやってきて、一緒に食事に行くことにした。
彼の話によると、今日は波が高く、ボートからのダイブは無理で、海岸からダイビングしたらしい。
僕は古謝食堂というところで、ミニカツ丼そばセットを食べた。ミニとは名ばかりで、食べきるのは大変だった……。
<<前へ/ 次へ>>
宮古島一人旅トップページへ戻る
一人旅ノススメトップページへ戻る