ノラ猫ヨツちゃんからの伝言
           生きる権利は生き物すべてに
                                 坂口 志緒里
                 

 暮れも押し詰まった昨年12月のある朝、部屋に置いたケージの中でヨッちゃんが静かに息を引き取った。死因は後静脈梗塞によるものだった。私はこれで10匹目の猫を弔うことになったが、ヨッちゃんの死の本当の原因は、人間によるイジメだと思っている。

 ヨッちゃんは1年ほど前、私の住むマンション周辺にやってきた。推定年齢2、3歳のオスのノラ猫(正しくは自由猫もしくは放浪猫という)である。気性がおだやかで人なつっこいので、私は会社から帰ると毎晩、キャットフードと水を与えていた。

 このマンションもご多聞にもれず、小鳥以外のペットを飼うことは禁止である。自治会規約ではそうなっている。だが、ノラ猫に餌を与えてはなぜいけないのか。野犬などと異なり、小動物の猫は危害を与えることはない。また、住民にそれほど大きな迷惑をかけることも少ない。しかも、餌を与えれば食物を求めてのゴミ箱漁りも減る。

 分譲・賃貸を含めて3300戸の団地内で、ノラ猫を少しぐらい見かけてもいいではないか。大体、犬や猫は数千年にわたり、人間と共に生きてきた動物だ。子ども達とも元来、相性は良かった。それにこうした小動物と接することで、子ども達は小さな生きものや、弱い者の存在を知り、慈しみやいたわりを知る。

 少しの餌で何匹かの命が長らえるなら。こうして、ノラ猫達との付き合いが始まった。ところがそのうちに猫達が集まり始め、10数匹が私を待つようになった。そうなると自治会の役員達が騒ぎ出す。私は動物愛護法もあると抗弁したが、役員達は自治会規則を盾に「違反は許さない」と強硬姿勢を崩さず、数年にわたって対決が続いた。

               


 ヨッちゃんはそんな状況下で、どこからともなく現われた猫だった。団地全体でノラ猫追放運動が行われていた。ゴミ箱は撤去され、餌場も失われていった。私を待つ猫達の数はどんどん減り、この年で4、5匹しか見かけなくなった。そして半年前からは、ヨッちゃんと推定7、8歳のおばあちゃん猫(ミーちゃん)だけとなったのである。

 にもかかわらず、自治会役員の強硬姿勢は変わらなかった。規則の一点張りである。風雨よけのダンボールハウスを撤去しろ、餌をやるならマンションから出て行けと、50〜60歳代の理性も分別もある男が、数人がかりで中傷、脅迫を続け、私が餌をやる姿を監視する事態にもなった。

 1万2千人も住む中規模団地である。猫好きの人も多いし、かくれて餌をやる人だって何人もいる。ヨッちゃんが急に容態が悪くなり、動けないで鳴いているのを家まで運んでくれたのは、そうした中の1人である。その人達も、自治会役員達の異常な行動には反発しているに違いない。

 ともかく私は、できる限り迷惑にならないよう、残った2匹の猫を守ることにし、自分の車の後部窓を半分開き、ダンボールハウスから、車の中へヨッちゃん達を移した。身体が弱かったヨッちゃんは1日の大半を車の中で過ごしていた。時折り、散歩か何かで外へ出るが、運悪く発作に襲われたらしい。その夜、動物病院で手当てを受け、家へ連れ帰ってきたものの、明け方過ぎに小さな命の灯は消えた。

 私は3月迄に車を処分する予定があった。そうなるとヨッちゃんをどうするか、悩んでいた矢先の死であった。ヨッちゃんは私の悩みを知って死を早めてしまったのか、と思うと悲しくて涙が止まらない。ヨッちゃんも、そして人知れず死んだ多くのノラ猫達も、人間に追われイジメられる、どんな悪事をしたのか。

 地球は人間だけの所有物なのか。小さな命にも生きる権利はある。人間の好き嫌いや都合で、生き物の生存権を奪うことは許されないはずだ。地球上に生きるすべての命は尊い。

                     (千葉市在住)