(まだ「保健婦」の時に作成したので,すべて保健師は「保健婦」となっています。ご了承ください。)


1年目

4月 辞令交付式。年度初めの町長挨拶の席で新人挨拶があった。緊張したがどうにかクリア。新人研修が1週間役場内で行われ,朝と帰りだけ保健センターに顔を出しに行く毎日であった。

 研修が終わり,保健センターの仕事に入る。
ファイリングの新年度フォルダーへのシール貼りから始まり,電話が鳴れば取らなくてはならない。何もわからないため,用件を聞いてから先輩保健婦に聞いて答える。4月は予防接種が詰まっているため,ほとんどがその問い合わせであった。回数をこなすごとに予防接種についての受け答えは覚えられた。

 
母親学級成人病相談乳幼児健診などを見学して1ヶ月が終わるのかと思ったら,いきなり肺がん検診は担当だから去年の記録を見てやってと言われ戸惑った。起案はやってあったものの,当日に向けての準備や申し込み受付などはこれからだったため,前年の資料を見ながらやってみた。

5月  骨粗鬆症教室食改養成講座などを先輩保健婦と実施し,初めての新生児訪問は先輩についていってもらった。

 6月 初めて一人で母親学級を行った。その前に保健婦全員を集めてリハーサルをやってもらった。健康教育はやっぱり緊張する。母学はもうやりたくないと,この時感じた。(しかし,定期的に順番は回ってくるため,そのうち慣れた。)

 初めて一人で
新生児訪問へ行く。そして初めて健診で相談をとる。このころからどれも自立して行うようになる。

 
子宮がん・乳がん検診
が始まるため,例のごとく前年度の記録を見ながら起案から当日まですべて行う。各戸配布のチラシを作ったり,申し込みの方法,当日の流れを考えたり,結構大変な作業である。なんせ,実際を見たことがあるわけではないので,すべてシュミレーションである。起案は何度も係長に書き直しされイライラした。

7月  子宮がん・乳がん検診の当日がやってくる。順番のことや流れのことでおばさんたちが文句を言ってくる。この時からおばさん恐怖症になりつつあった。

 役場職員のボーリング大会。なんと,ブービー賞で,浄水器をいただいた。これはとってもうれしい!


 8月
 初めての夏休み。たったの5日間。基本健診が始まったため,この5日間は連続ではとれない。他の人と重ならないようにと考えるとうまくいかないものであった。
 
健康まつりがあった。血圧測定と食改さんのお手伝いだけであった。大学時代に見に行った健康まつりとは違って,内容がなく,ただ出なくちゃいけないからと言う雰囲気があってとてもつまらなかった。

 次年度の
業務計画を立てる時期になった。まだ半分も終わっていないのに自分の受け持ち事業の見直しと来年度の計画を立てるのである。看護過程にそって行われているところはすごいなと感心した。

 
子宮がんの個別検診の起案,病院を回って協力依頼を行う。

9月  精神病家族教室が開かれ,参加させてもらった。精神病の家族を持つ人たちの苦労を知り,精神保健福祉士にも興味を持つようになる。 

基本健診後の事後指導の相談日がやってくる。検査値と指導についてテストをやるというので前の日に徹夜で勉強した。働いてからもこんなに勉強しないといけないのだと実感した。

 個別の
基本健診大腸がん検診が始まるため,起案する。10件以上の病院へ協力してもらえるかお願いに行く。
10月  介護保険のモデル事業が始まった。調査員として何軒か調査して回る。

次年度の業務計画で,2歳児の
発達の遅れのある児の教室を実施しようと言う話が出た。そこで福祉課に協力してもらおうと,先輩保健婦とふたりで福祉課の係長と各保育所の所長を集めて,意図などを説明した。なかなか理解は得られなかった。どうにか実現したいと,他市町の事業を保育士さんと見学に行く。

11月  他市町と合同の新採研修。他の一般事務職の同期と久しぶりに話す。会場となっていた町のおばさん保健婦さんに見合いを進められ(強引に),しょうがなく会うだけ会った。もちろん断った。

12月  機能訓練の冬のイベントがやってきた。保健センターの職員全員で健康教育劇をやるのが恒例になっているらしい。この年は水戸黄門の換え劇で脳卒中再発予防のテーマで行った。私は半身女で半身男に化粧して出た。一生の恥なので,写真は誰にも見せられない。

3月 そんなこんなで1年目が終わった。


2年目

4月  事業担当が変わった。大きな仕事としては新規の事業である2歳児の遊びの教室糖尿病予防教室であった。基本的には成人保健の担当で,がん検診のほとんどと教室類,機能訓練を受け持ち,母子保健の一部も担当になった。

 ファイリング事務担当にもなり,新年度の移し替えで残業が続く。ファイリングシステムが全国でも進んでいる方らしく,パソコンで管理してあり,複雑にきちんと出来ている。この仕事は結構細かくて大変である。新人さんの指導はそっちのけで没頭した。

 新規事業の
遊びの教室では福祉課との話し合いを重ね,やっと起案にたどり着いた。対象者の洗いだしなどを行い,6月からの実施にたどり着いた。

6月  再びおばさんたちとの戦いが始まる。子宮がん・乳がん検診の起案と実施である。申し込みは競争であり,朝6時頃から並ぶ人もおり,電話もつながらないくらいである。予約が取れないことはないのに,おばさんたちはなぜそんなに焦って取ろうとするのだろうか?

7月  機能訓練の夏のイベントがやってきた。冬ほど大々的には行わないが,ゲームの小道具を作ったりなど忙しい。
 役場職員の
ボーリング大会。この年はどうにかビリから5番に上がった。

8月  汗だくになりながら基本健診,13日間も続く。
 
健康まつりは前年と同じ血圧測定と食改のお手伝いで,疲れるだけで楽しくもない。

9月  新規事業の糖尿病予防教室がやってきた。対象者の選出から,教室の内容までとても悩む。8日間あるため,組み立てが難しい。講義の内容も考えなくてはならない。

11月   毎年恒例,ファイリングの点検がやって来た。今年はファイリング担当になってしまったので,事業はそっちのけでパソコンに向かい文書の整理を行う。ギャビネットに入っている文書をすべて出して見直しを行う。保健婦なのにそればかりの日々を送った。
その結果,保健センターはなんと第2位になった!!すばらしい!


12月  再び機能訓練の冬のイベントがやってきた。この年は私が台本を作って,間違い探し健康教育劇をやった。なかなかのできで,みんなが喜んでくれたのでうれしかった。

1月  県の小児病院で5日間の母子保健研修が行われた。大学の時の友達カオリが一緒で,大学時代を思い出す楽しいひとときであった。 

次年度の
遊びの教室もまた,福祉課に協力してもらえるように頼んだが,難航した。毎年こんなに苦労して協力を求めなくちゃいけないと思ったらとても憂鬱になった。

3月  そんなこんなで2年目があっという間に過ぎていった。


3年目
4月  この年も2年連続でファイリング事務担当になり,残業して移し替えを行う。 

また,
成人保健担当で,健康管理システムを導入するということで,成人のシステムの担当になる。遊びの教室も引き続き担当で,福祉課との戦いが始まった。

5月 胃がん検診の起案と実施,健康管理システムの会議などで忙しい5,6月を送る。

8月  また汗だくになりながら13日間の基本健診をこなす。
夏休みを利用して大学院の試験を受けに行く。受けることを職場には内緒にしていたので遅くまで勉強して寝不足なのをばれないようにするのが大変だった。


10月 糖尿病予防教室をリニューアルして,個別健康教育を半分導入することになり,また一から教室を組み立てた。

11月 またまた,ファイリングの点検がやって来た。今年も去年に増して事業はそっちのけでパソコンに向かい文書の整理を行う。ギャビネットに入っている文書をすべて出して見直しを行う。
 とても がんばったのに去年より順位は下がっていた。ショック。


2月 次年度のためのファイリングの基準表の作り替えを日々行う。パソコンに向かいっぱなし。

3月 そんなこんなで3年目を終えました。そして退職し,大学院で保健婦について深めようと思っています。



 
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last update 2004.4.28,since 2001.2.24