日本イギリス児童文学学会 春の例会 研究発表 要旨 鈴木宏枝
2000年6月10日 @青山学院大学
Ghost Horse Cycle 再読
アメリカのネイティブ・アメリカン作家Jamake HighwaterのLegend Days, Ceremony of Innocence, I Wear the Morning StarのGhost Horse Cycleを再読する。通常、このcycleは、数奇な運命を持つネイティブ・アメリカンの女性アマナの一生と、アマナの孫シトコに、ネイティブ・アメリカン的な文化や伝説が受け継がれていく物語だとみなされている。
1992年に出たKill Holeは、画家として成功したシトコが、境界をやぶって、奇妙な文化を持つ村に入り込んで囚われてしまうところから始まる。裁きを待つ間に、シトコは、パトゥという女性(体は男性)に自分の人生を語り、幼少期の虐待のトラウマや、ネイティブ・アメリカンとしてのアイデンティティの危機、エイズを思わせるsicknessなどが明らかになっていく。
Kill Holeを読むと、Ghost Horse Cycleが、シトコ誕生以前のLegend Daysも含めて、シトコの物語であり、シトコの物語がアマナの物語にさかのぼっていくと読みかえることができる。アマナの苦悩とシトコの苦悩は、アイデンティティの問題や喪失体験、sicknessなどで重なり、二人のヴィジョンも、キツネにもたらされ、キツネによって希望を取り戻すという意味で重なる。アマナの体験は、より複雑でシビアな現代を生きのびるシトコの体験を語るための伝説だった。
Kill Holeでは、パトゥによってkill hole(壊す穴)をあけられて、椀のいのちが解放されるように、シトコも解放される。そこで彼を導くのは、やはりアマナのときと同じキツネである。
四部作は、その大部分を苦悩や喪失体験を描きつつ、全体としてはシトコの解放の物語なのである。
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さらに、シトコの物語と読み替えた上で、この作品に感じられるのは、Realityとしての超現実世界の確固たる存在感である。
Ghost Horse Cycleは、シトコを語る物語であり、孤独にうちひしがれ、自分が何者かもわからない喪失感の中で他者とのつながりを求める精神性が付与され、hybridism を生きのびなくてはならないネイティブ・アメリカンの抱える複雑さも見てとれる。
だが、少し視点をずらすと、そのシトコの人生は、超現実世界の側から眺められた物語だといえる。白人が大陸に乗り込んできたことで、一見物語世界から失われたように見える超現実世界は、じっさいはそれよりもずっとしたたかに存在し、Kill Holeではそれがいっそうはっきり証明されている。
超現実世界は、沈黙しているだけで喪失したわけではない。ひたすら、その精神性を変化させながら生きのびていこうとする人間たちのはかない人生を見つめている「世界」なのである。変転しながら混沌とする人間世界の移り変わり、人間のサヴァイヴァル、あるいは解放といった物語を支える、超現実的な秩序ある世界がしっかりと存在していること、それもまたRealityであることをこの四部作は伝えている。
註:kill holeの意味やアマナとシトコの重なりなど、ここに書かれていないことも発表しました。いずれ論文にする予定です(希望)。
『歴史との対話 ―十人の声』 所収 「歴史化する『ヴィジョン』」 掲載 2002年4月
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