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1968年度作家賞

ジェイムズ・クリュス(旧西ドイツ)

James Kruess(1926-1997)

「黄金の五月が、すべての人にもたらされますように」

 

クリュスは、1926年に、当時ドイツ領だった北海のヘルゴーラント島で生まれ、16歳までそこで暮らした。出世作の『あごひげ船長九つ物語』(Mein Urgrossvater und ich)は、この島を舞台にしたひいおじいさんとぼくの話だ。「六十五さいになると、それまでずっとウミザリガニとりをしていたボートと、びくとを、陸にひきあげてしまい、ろくろ細工をやりはじめた。子どものために、くるくるまわるこまと、詩を、ろくろ細工でこしらえた」ひいおじいさんと、そのお話に耳を傾ける「ぼく」は、どちらもクリュスの分身なのだろう。海に囲まれた島への愛着と、目の前の相手に向かって具体的な物語を語るという行為に寄せる信頼が、クリュスの基本になっていることが、よく分かる。

クリュスは、リューネブルグの高校で教職を学び、1948年に卒業した後、教師、ラジオのレポーター、編集者、ジャーナリストなどの仕事をしながら、作家としての生活を始める。1949年に南ドイツ新聞に子どものための詩を発表したのが、子どものための最初の仕事で、その後、次々に児童書を書くようになった。現在までに140冊以上の著作があり、ベルリンには、彼の名にちなんだ小学校も建てられているほど、ドイツでは人気のある作家の一人である。何ヶ国語にも長け、言語に対する鋭い感覚を持ち、詩作が多い。物語の中には、しばしば韻文が挿入されている。

クリュスの物語は、ほとんどが枠物語の形式をとっている。例えば、『ザリガニ岩の燈台』(Der Leuchtturm auf den Hummerklippen)は、枠の語りと、語られる話のバランスが絶妙な一作だ。ヘルゴーラント島から、戦火を避けて、ヨーハンおじさんと水の精が住むザリガニ岩の燈台に向かっていく一艘のボート。そこには、ユリエおばさんとさわぐのが大好きな「あみの中のハンス」という小人が乗っていた。ボートにいたずらしようとする水の精の気をそらすために語られる「マネケン・パネケンベルクの大さわぎ」。へとへとになったおばさんを元気づけるためにカモメが語る「オモとゲジーネ」。さわぐのが大好きな小人が、なぜ「あみの中のハンス」になったかを語る「ヘルゴーラント島のさわぐ小人」。ユーモラスな話、物悲しい話、戦争のおろかさを語る話の多彩さに加えて、枠としてのザリガニ島の人々(と動物など)のゆったりした暮らしが、じつに魅力的な一編だ。

この物語の中には、クリュスが子どもの文学にとって大切だと思う要素がつめこまれている。第一に、これからお話をはじめるよ、という枠によって、聞き手である子どもたちの方と向き合おうという姿勢。第二に、物語の中でくりかえされる「話は、ほんとうにあったことでなければならないのではなくて、うつくしくなくちゃならないのさ」という信念だ。子どもとお話への真摯な姿勢に対して与えられたアンデルセン賞の記念スピーチでは、「子どもというのは、大人からの助力があってこそ、成長できるのです。だから、例えば児童文学作家のように、鞭ではなく理性で教育しようとする大人は、世の中の事象がいかに善になったり悪になったりするのかについて、早いうちに伝えなければなりません。具体的に考える子どもたちに対して、直接ありのままに伝えることはできません。だから、寓話、映像、詩、伝説、物語の形で伝えるのです」と、述べている。

さらに、クリュスの最大の功績は、クリュスの思う「いいお話」の中で、ノンセンスの自由がくりひろげられていることだろう。お話の中では、妖精も動物も人間も同じ地平にあり、起承転結とメッセージがはっきりしており、また、自由な想像力はきちんと着地点を持っている。人形劇の影響も思い起こさせるが、伝統の上にのった枠という形式に、自由とノンセンスを持ち込んだことが、クリュスが広く受け入れられる理由である。話は決して古びてはおらず、常に、そのときどきの「現代」の子どもたちを楽しませる力を持つ作家だ。

解題:『ワシとハト』『パウリーネと風の中の王子』:枠物語とノンセンス

短編連作が多いクリュスの物語には、いくつかの特徴がある。

第一に、好んで枠物語の形式が使われている。例えば、初期の代表作である『ワシとハト』は、詩的な叙情性を持つ作品だ。ワシに追われ、岩のせまいさけめに逃げこんだハトは、絶体絶命の中で、自分の尾羽が小さな穴に触れているのに気づく。「もしも、うしろにあるあなを、くぐりぬけられるくらいにひろげられたら、あるいは、ワシの爪からにげだせるかもしれません。けれど、そのためには、時間がいりようです」。そこで、ハトは、ワシを引きつけるお話を、アラビアン・ナイトのように次々に語っていくのだ。ハトとワシとの命がけのやりとりが、非常に緊迫感のある枠になっている。

また、中期の『パウリーネと風の中の王子』も、パウリーネという少女の語る自由な「いい話」を、作家の「ぼく」がお菓子で買い取って語りなおす、という枠を持つ。作家によって、パウリーネの話は短くまとめられ、子どもの想像力が生み出すとめどないノンセンスは、大人の用意した枠の中にきちんと収まっている。

第二に、枠の中で語られる話は、それぞれに固有の哀歓を持っている。『ワシとハト』では、虐げられているロバが、団結して人間に訴えるという政治性や、十七日間だけ旅に出て世界を見に行くという息子を、十七年の間待ちつづけた母親の切なさなど、様々なテーマやモチーフを持つ話が語られている。他方『パウリーネと風の中の王子』では、子どもの空想力のはばたきが凝縮され、「パウリーネと五月」で、パウリーネは十二の月に出会うし、「シャボン玉の中のパウリーネ」では、シャボン玉の中に入ってふわふわとサクラの木まで飛んでいく。また、贈り物のレコードに録音された詩に合わせて、鏡の上でビーズ細工の人形が劇を演じる「パウリーネと鏡の湖」は、詩心のある幻想的な一編だ。どの話も味わい深く、昔話が持つのと同じような、語りの美を感じさせる。

第三に、はばたいた自由な空想は、必ず着地に導かれる。『ワシとハト』では、息子を思う母親の話をしたハトもまた母親であることが明かされる。そして、無事に逃げおおせたハトの後ろでワシは「最後の最後に、おまえはおれに、いちばんためになる話をしてくれたな。つまり、『ワシとハトの話』だ。おれは、この話をよくおぼえておこう」と、雄々しく舞い上がっていく。また、『パウリーネと風の中の王子』で、本を読み始めたパウリーネは、あまり話を語らなくなってしまうのだが、それでも「ぼく」は、50才か60才になったら、また彼女が素敵なお話を語り始めるだろうという期待をこめて、物語を閉じている。

子どもの想像力を広げ、かつ、大人の言葉で書き留めるという、相反する言葉の力は、枠の中に矛盾せず収まっている。それは、ドイツにおける新しいファンタジーの形を先どりするものだ。語りによって想像力ははばたき、そして収束する。物語には余韻が残り、また次の物語が予感される。ノンセンスを生み出す想像力と枠と語り。これらが、ドイツ児童文学の新しい風になった。

と同時に、例えば『やせっぽちのフロレンティーネ』が「これは、女の子と、男の子と、おとうさんと、おかあさんと、市参事会のおじさんたちのためのお話です」と始まり、人物や場所の紹介を経て「さあ、まくがあきます。そして話がはじまりますよ」と続くような物語作法には、ドイツをはじめとするヨーロッパの伝統である人形劇芝居の影響が感じられる。伝統と新しい風が重なり、普遍性とオリジナリティを共に感じさせるところが、クリュス作品の魅力なのだろう。(鈴木宏枝)

【James Kruess 主要作品】

Hanselmann reist um die Welt, 1953

Der Leuchtturm auf den Hummerklippen,1956, 植田敏郎訳、『ザリガニ岩の燈台』、講談社、1968,  

Ladislaus und Annabella, 1957

Mein Urgrossvater und ich, 1959     植田敏郎訳、『あごひげ船長九つ物語』講談社、1973     

Der Blaue Autobus,1959 いしかわもとこ訳、『あおいバスといたずらオトカー』、福武書店、1988

Henrietta Chuffertrain: Verses,  1960

Es war einmal ein Mann, 1960

Eine lustige Froschreise, 1960

Die Glucklichen Inseln hinter dem Winde, Volume 1,1961植田敏郎訳、『風のうしろのしあわせの島』、講談社、1973

Die Glucklichen Inseln hinter dem Winde, Volume 2, 1961

Der wohltemperierte Leierkasten, 1961

Michele Guck-Dich-Um, 1961

Florentine und die Tauben, 1961   植田敏郎訳、   「やせっぽちのフロレンティーネ」『フロレンティーネのいたずら日記』  講談社、1973 

Florentine und die Kraemerin, 1962    植田敏郎訳、  「フロレンティーネのいたずら日記」『フロレンティーネのいたずら日記』、講談社、1973

Die kleinen Pferde heissen Fohlen, 1962

Die Sprechmaschine, 1962  植田敏郎訳、『マルチンのはつめい』、講談社、1968

Timm Thaler oder das Verkaufte Lachen, 1962  植田敏郎訳、『わらいを売った少年』、講談社、1973             

Adler und Taube, 1963 植田敏郎訳、『ワシとハト』、講談社、1967     

Zehn kleine Negerlein,1963

3 x 3 an einem Tag, 1963

Hendrikje mit den Scharpen, 1964

ABC und Phantasie,1964

Pauline und der Prinz im Wind, 1964   植田敏郎訳、 「パウリーネと風の中の王子」『パウリーネと風の中の王子』、講談社、1973     

Lirum larum Leierkasten,1966

Was sagt die Glucke zu den Kueken?,1966

Polulangrische Lieder,1968

Der verwirrte Grosspapa,1968

Jugoslawien,1968

Bienchen, Trinchen, Karolinchen,1968

Zirkus auf dem Fussballplatz, 1969

Gonga geht in die Luft,1970

Hans Naselang,1989 天沼春樹訳、『ながいおはなのハンス』、ほるぷ出版、1991     

Im Krug zum Grunen Walffisch,1999

【受賞歴】

1960      Mein Urgrossvater und ich             Deutscher Jugenbuchpreis (German Juvenile book award/German Children’s Book Prize)

1964      3 x 3 an einem Tag           Deutscher Jugenbuchpreis (German Juvenile book award/German Children’s Book Prize)

1968      Hans Christian Andersen Medal