妹尾みえはいかにして妹尾みえになったか?

懐かしく切ない青春エッセイにして
日本のロック、ブルースシーンの瑞々しい記録でもある。
「BLUES-WHO-GING-BOO」強力お勧めの新連載!



text by MIE Senoo


vol.3 ◆今だからわかる.....シリーズ

さて、高1の夏休みを終えた私は、まさに転がる石のようにブルースへ傾倒していくのだが、First Time I met the BLUESについては、もっと遡る必要がある。

ブルースという音楽の存在を知ったのは、おそらく中1くらいだったと思う。日本のバンドをあれこれ調べている中に、“ブルースバンド”という名前がイヤでも引っかかってきた。74〜75年だから、ちょうど第一回ブルースフェスティヴァルが開かれた頃。雑誌を開けば“ブルース”という言葉が躍っていた(!)時代なのだ。

そう、当時は雑誌とラジオ。まずはこれがすべて。そもそも洋楽にハマるキッカケになったのも、小学5年生の時に買ってもらったラジオだった。冬だったはずである。父親が英語の勉強をするようにと、3バンドのラジオを買ってきたのだ。でも勉強にのみ使うラジオなんてありゃしない。布団に持ち込んであっちこっち回してたら、ひやぁ〜〜カッコイイ〜〜とシビれたのが、Tレックスとオズモンズの「クレイジーホース」だった。TレックスはThe Sliderの時代。ボランブギーよりは前だけど。こう思うとやたら刺激の強いのがよかったんだねぇ。チャートを調べてみると73年の1月から2月くらいの話みたいだ。他のはエルトン・ジョン「クロコダイルロック」ウィングス「ハイハイハイ」などなど。
小学生の頃はまだ歌謡曲を聴いていた。少ないお小遣いで『明星』を買うか『平凡』を買うか毎月迷った。で、買うと「歌本」がついてきて、そこには洋楽も一緒に載っていた。今だから言うけど、一番最初に買ったシングルは、おそらく野口五郎だと思う。新御三家の中ではヒデキでもなく、ヒロミでもなくゴローファンでした(好きなタイプ、察してください)。

 ついでに一番最初の音楽体験は、と振り返ってみれば、これは幼児の頃のアニメソングである。家にはソノシートや、クラシックのSP盤などが少ないけれどあった。ソノシートは自由にかけてよくて、ソファの上でツイストを踊ったのを覚えている。最初は鉄腕アトムになりたかったのだけれど、音楽で覚えているのは「忍者部隊月光」や「ジョニークエスト(科学少年JQ)」ってやつだ。JQJQJQJQジョニークエストォ〜〜。10歳の少年ジョニー・クエストが愛犬バンディットと世界を舞台に繰り広げる冒険物語。「トムとジェリー」を送り出した有名なカートゥーンクリエイター、ハンナ&バーベラの作品である。これ坂本九が歌っていたのだなぁ。1965年から放映開始っていうから幼稚園くらいだったのかなぁ。

 その次は、といえばこれはもう幼稚園から小学生にかけてのGSにつきる。ガソリンスタンドではない。グループサウンズだ。これには、ちょっとしたストーリーがある。
リカちゃんハウスを下げて行き来する仲だった魚屋のともちゃんの知り合いに、小学校5年生くらいのN子ちゃんというおねえさんがいた。家は小さな八百屋で、いわゆる知恵遅れの弟がいた。当時はウチも近所も銭湯通いがほとんどだったから、家族の事情は今よりずっと透けて見えた。お母さんは愛想がよかった覚えがあまりない。家の仕事もあり、子どもの面倒も見なければならず、疲れ果てていたのかもしれないが、子どもの目にはそこまで洞察する余裕はなかった。ただ、家に遊びに行くと、バレリーナのまねごとをしてつま先立ちの練習をしたり、マンガを描いたりしてとにかく楽しかった。N子ちゃんは、もちろんGSのことも詳しかった。タイガースもN子ちゃんに教わったように思う。私は、タイガースが出演する明治チョコレートのCM(デーラ。君が好き。デーラ。って曲)が流れると、TVの前にすっとんでいったものだ。ちなみにメンバーの中で好きだったのはドラムのピー(察してください)。

N子ちゃんは、リコーダーで曲も吹いてくれた。中でも、少し憂いをもつような歌声で強烈に覚えている1曲がある。
シューライ、シューライ、シューライオー、シューライワクシャクシュララビュー・・・(覚えているママ)
大人になってハッとしたのだが、あれはアイルランド民謡を下敷きにしたPPMの「Gone The Rainbow」だ。教科書に載っていたわけでもないだろう。どこで覚えたのか。そしておそらくは、本当に気に入っていたから、わけのわからない幼稚園児の私たちにも聞かせてくれたのだ。

しかし、ある日、親に言われた。「もうN子ちゃんと遊んじゃいけません」。
万引きをした、というのである。その後、一度だけ遊びたくて家に来たのに、追い返されたときに走った顔の影。今でもありありと思い出すことができる。子ども心にはもっと遊びたかったのだけれど、親の言うことに逆らうほど、まだ理屈を持っていなかった。

それっきり、N子ちゃんには会っていない。ただ、教わったGSが好きなのだけは変わらず、私は小学校に上がった。 (つづく)Sep.'06

vol.1 ◆スウィートシックスティーンの夏(Sep.'05)
vol.2 ◆ブルースがおりてきた(Dec.'05)

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