文芸からす
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掌編小説
愛のカタチ
ヨネミツ 

ヨネミツ:毎日家事に追われる平凡な宇宙人、未婚 、沖縄在住(本人・記)


 文藝からすに新しい才能
 南の国から宇宙人登場
 ……の、第2作目だ。


 初めてなじみのバーで彼女を見た時、俺は夢の中にいるのかと思った。

 彼女は肉体労働者が集まるバーで、一人でいた。
 あんなイイ女が、何でこんなところにいるのかわからない、けど、今日来たってのはラッキーだぜ、目の保養だ、と誰かが言った。

 テレビや雑誌で見る映画女優やモデルなんかよりも、彼女はライトを浴びてるみたいにキラキラ光って見えた。きっともうこんな女には、もう二度と会えないに違いない。
 俺は勇気を振り絞ってカウンターの彼女の側に行き、ビールを頼んだ。

 俺が側に行くと、彼女はにっこりと俺に微笑みかけた。
 俺は天にも昇らんばかりに浮き足だった。こんなキレイな女に近づいて、嫌な顔をされなかったのは初めてだった。

 こんな女は、他にはいない。俺はその場で彼女に結婚を申し込んだ。
 まわりは、クスクス笑った。

 何、あの馬鹿。つりあうと思ってんのか。勇気、あるな。笑われる勇気がよ。
 そんな声が幾つも聞こえた。
 俺は怒りと恥ずかしいのとで、ぶるぶる震えた。

 ところが、彼女はまわりの声の主たちを手で制するようにした。
 彼女はまたにっこりと笑った。

 私は家事は得意なの。あなたが店に入った時から見ていたし、きっとあなたと暮らすのは楽しいと思ったの。なぜだかわからないけど。

 まわりの皆は、その返事に呆気にとられていた。
 俺だって信じられなかった。まるで、夢の中にいるようだと思った。

 俺たちは飲んでいた酒を置き去りに、手に手をとって店を出た。そして朝になるのを公園で待って、朝一番に役所に手続きしに行った。彼女は書類にサインしながら言った。
「新しい生活の始まりね、ダーリン」

 彼女は家事をそつなくこなし、俺に三人の子供を産んだ。

 一人目を産んだ時、彼女はこう言った。
 「嬉しいわ。本当に嬉しいの」

 二人目の時はこうだった、
 「どうしよう、こんなにシアワセでいいのかしら?」

 三人目、
 「神様は私たちを愛してくれているわ!」

 彼女の料理に舌づつみを打ち、子供とテレビゲームをして、俺はいつの間にか、熱心には彼女を見なくなっていた。
 彼女が今のシアワセを作ってくれていたことさえ、忘れていた。

 ある日久しぶりに…本当に半年ぶりくらいに…彼女がキッチンに立つ後ろ姿を見た。

 「少し太ったんじゃない?」
 俺の声に、彼女は振り返った。
 立派だったブロンドヘアはヘアゴムで結んであるだけで、ばさばさしていたし、キッチンの明かりの下、近くで見る彼女の顔は、シワやシミでいっぱいだった。

 俺は驚いた。
 「その顔、どうしたんだい」
 「ああ…」
 彼女は顔を両手で覆った。手も洗剤で荒れていた。

 俺は怖くなった。知らない女が家に潜んでいた、という感じだ。
 「そんなに老け…いや、疲れた顔をして、君は…」
 考えてみれば俺は、彼女について何も知らなかった。
 彼女は婚姻届にサインしながら、両親も親戚も友達も遠いところに住んでいて、この町に来たばかりだと言っていた。俺はそれで納得していた。両親にでさえ連絡を取ろうともしない彼女を、おかしいとさえ思わなかった。

 彼女は俺の好みとバッチリで、料理が得意で、俺の子供を三人も産んで…。

 「…ああ、…今の私を見たのね。醜いでしょう、もうあなたは私を愛さないでしょう」
 彼女は途切れ途切れに嗚咽を洩らしながら言った。
 「そんなことない、その…、」
 俺は彼女の名前を呼ぼうとした。
 だが、彼女の名前をどうしても思い出せなかった。

 彼女は泣いて泣いて、泣いた。
 泣きながら彼女の姿はどろりと溶け、崩れ落ちた。俺は悲鳴を上げるところだった。

 キッチンの床には水たまりができた。
 しばらくその水たまりはポコポコと気体を吐きだしていたが、そのうち本当の水みたいになった。

 俺は泣いた。
 俺の無神経さ、俺の無関心さが、彼女を殺してしまったのだと思った。

 でも歩き始めたばかりの三番目がキッチンで足を滑らさないよう、俺はモップとバケツで「彼女」を拭き取った。

 二、三日考えて、彼女が手入れしていた庭に、その水をまいた。

 子供たちは聞いた。
 「ママはどこへ言ったの?パパ」
 俺は首を振った。
 庭の花はキレイに咲いた。近所のガキがむしらないように、俺は庭にイスを持ち出し見張った。

 俺のキレイだった妻。俺の愛した妻。
 あれは一体、どういうことだったんだろう?
 感情の嵐が過ぎると、そう冷静に考えるようになった。

 悲しみのあまりに、溶けてしまう人間だなんて、聞いたことが無い。
 それとも、俺のことが嫌になって、新手の手品を披露して、うまく俺を捨てたのだろうか?

 ある日、テレビを見ていたら、膝の上の三番目がテレビを指して言った。
 「ママだ!」
 テレビではUFOや宇宙人の特集をしていた。

 三番目の小さな手を取り、
 「あれがママのはずないだろ。ママは美人だったし、ブロンドのキレイな髪をしていたじゃないか。それともママが、宇宙人に誘拐されたとでも言うのかい?」
 三番目がまた言った。
 「…ママ」
 ブラウン管の宇宙人の似顔絵に、両手を伸ばす。

 ポータブルのゲーム機で遊んでいた長女と、それをのぞきこむようにしていた長男も、目をテレビに向けた。
 「…ママ」
 俺の目はテレビに釘付けになった。
 リトル・グレイと呼ばれる種類の、髪の毛も眉毛も無い、無表情な、不気味な背が低い灰色の、宇宙人。
地球には住めないという、宇宙人。

 「ママ」
 子供たち三人の声が合唱するように繰り返す。
 「ママ」

 俺は電流に打たれたようになり、身動きできなくなった。

 俺の愛した妻。
 愛する子供たち。
 「…ああ…」
 俺は頭を抱え込んだ。
 俺は夢の中にいるのだ、そう思おうとした。
 けれど、目が覚める気配はいっこうに無かった。

 俺が見た、そしてこれからも続く、愛の夢。
 永遠に。                 (了)






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