文芸からす
表紙に戻る

 


短編小説
アポロ
ヨネミツ 

ヨネミツ:毎日家事に追われる平凡な宇宙人、未婚 、沖縄在住(本人・記)


 久々のヨネミツワールド



人の心はわかんない
例え側にいても

 その不穏な声が聞こえてきたのは、夕方の私の帰り道の事だった。
「人殺し、人殺し〜!!」
私の真後ろからだった。振り返ると、私より少し若いくらいの男の子が、髪を振り乱したおばさんに追いかけられていた。
その男の子とすれ違う瞬間、目が合った。
あらら、私、人殺しと目が合っちゃったよ、などと考えていた。
それは制服の重いスカートが風でばさばさ言う、真冬の事。

 それからしばらくして、私は帰り道のコンビニの中にあの男の子を見つけた。フツーに真剣な顔で、マンガを立ち読みしていた。店の中に入って、様子をうかがいながら、そうっと近づいて行って、熱心にマンガを読んでいるその男の子の肩を後ろから叩いた。男の子は、文字どおり飛び上がった。
「よう!!人殺し!!」
「誰だおまえ」
私はニヤリと笑った。
「あんたが人殺しだって言って追いかけられてた時の目撃者よ」
「ああ、あん時か」
「私、テレビも新聞も見ないからわかんないけど、本当に人、殺したの?」
コンビニを出る少年を追う。
「殺してないぜ。…あれは、俺の母親なんだ。頭が少しおかしくて、時々ああなる。逆に俺が殺されかけたんだぜ」
男の子は声をひそめて言った。
「ふうん。何だ。本当に人、殺したのかと思っちゃった」
「人殺しに声、かけるか?フツー」
「私、変人だから。学校でも友達いないの」
「あ、そ」
「名前、何て言うの?」
私たちは二人とも公園で足を止め、話をした。
「名前」
「…信長」
「ギャハー!!偽名にしても、もっと、こう…なんかこう、無かったのかって感じだよね。「信長の野望」か!?それとも「戦国無双」?」
「本名だよ、母親がつけてくれたんだ」
私は笑うのをやめた。
「…ごめん、笑って。私はね、イチカって言うの」
「イチカってどう書くのさ?」
「難しい方の壱万円の壱に、華麗の華」
「カレーのカ?」
「バーカ。…お母さんっていつからああなの?」
「わからねえ。普段、全然普通の時もあるんだ」
「どんな感じ?」
「何が」
「言葉が通じないって、外人とかじゃなく、側にいるのに言葉が通じないってどんな感じ?」
信長は表情を険しくした。
「おもしろがってるだろ」
「違うよ。もしかしたら私、あんたの母親に近いかもしれないからさあ」
「何、おまえ、頭おかしいのかよ?」
「そうかも。頭おかしいから、まわりと言葉が通じないのかも。」
「言ってる意味がわかんねえ」
「ほらね。あんたとも通じないじゃん。…私ね、学校でハブにされてんだ。私が言った事は、無かった事になるの。私の声は、誰にも聞こえないの…」
公園とは名ばかりの、雑草が生い茂った草原で、私は信長に話した。
「…あんた、全然フツーなのにな」
「世界が…」
「何?」
「自分を変えるのが嫌だったら、世界を変えてしまえば良いって、映画かドラマで言ってなかった?小説だっけ?」
私は一息、息をついた。
「世界を変えるにはどうしたら良いと思う?」
「…わからねえよ、そんな難しい事」
「最初はね、自分が死んじゃえば良いのかと思った。でも、そうしたら、私の事ハブにしたクラス全員に笑われる」
私はガタガタ震える指を組んだ。寒さのせいからでは無い。
「だから…だから、誰かを殺してやろうと思ったのよ!!」
ベンチで横にいた信長に飛びかかり、首を絞める。
「く、苦し…」
信長の顔が青ざめる。
「お願い死んで」
「バカか…」
信長は苦しげに言った。その顔からはどんどん赤黒くなっていく。
「…来いよ…」
信長が何か言った、と共に、お腹に信長の蹴りが入る。私は吹っ飛ばされた。地面に背中をバンと打つ。
信長を見ると、口のあたりを拭い、肩で呼吸をしていた。
「…おまえもこっち側に来い!!」
私たちに、ざあと風が吹き付けた。
「俺が…引っ張ってやるから!!」
信長はまだ息も苦しげに続けた。咳き込みながら。
「学校が嫌なら、辞めりゃーいいじゃん!!俺の事、たった1人の友達にしても良い、おまえがこっち側に来い!!」
私の両目からは、信長の言葉にぼろぼろと涙がこぼれた。
信長は、べったりと手の跡の残った首をさすり、
「この殺人未遂犯め!!」
と顔を歪めて笑った。

「おう!!学校変わったのか!!」
違う制服を着た私を見て、信長がひゅうと言った。例によって、ここはコンビニだ。
「うん、今、超楽しい!!」
「良かったじゃん!!俺を人生の師と仰ぎたまえ」
「お母さんは?」
「良くなっていってるよ」
「良かったあ」
私はにこにこした。何でだか、めちゃめちゃに嬉しかった。
「他人事でそれだけ喜べるってのは、めでたい証拠」
「だって、お母さんが調子悪かったら、嫁に行ったとして、苦労するでしょ」
「だぁれが誰の嫁だってぇ!!」
「またまたぁ、テレちゃって!!」
「冗談じゃないぜ、俺ぁ、女二人から命狙われるのかよ!?」
「もうしないって!!」
「やめろ!!ハートマーク飛ばすの!!」
「キャハハハ」

人の心はわかんない
例え側にいたとしても
でも信じる勇気をくれたあなただから
私はあなたと共にありたいと願う

文芸からす表紙に戻る








Copyright © 2001Karasu syobou All Rights Reserved.