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木曜日のヨネミツ 第4弾は、 不条理家庭小説 | ||||||||||
家庭内暴力、いわゆるドメスティック・バイオレンスをしていた父が、突然失踪して、家の中は落ち着いた。 私は母や妹には隠れて、父の行方を人を使ってまで探した。 父は見つからなかった。 いっそのこと父と同じ顔にしてしまえ、と私は予定していた整形手術を、父の写真を美容整形の医者に持って行って見せた。 医者は父の写真を「誰ですかこれ」と言った。私は父に似ていないのだ。 「私の父です」 「お父さんと同じ顔にしたいの?男の顔にしたいっていう人は珍しいよ、おなべの人でもなきゃ。本当の娘じゃないとか?それで家庭がうまくいっていないとか…」 「いいえ。家庭がうまくいかなかったのは、父のせいです」 きっぱり言うと、医者は困惑したようだった。 「ええと、この顔を女の子風にしたらいいのかな?」 「いいえ。違います。そっくりにしてください」 それで、3週間後には顔は落ち着き、私は「親父そっくりの顔」になった。 初めて包帯を取った日の、母と妹の驚いた顔が忘れられない。 「あんた、キレイになりたいって言ってたじゃない」 母がある日の夕飯の後、おそるおそる、といった感じで、とうとう言った。 「うん。どうして?」 父に似せて手術してもらったことを、母にも、誰にも言ってなかった。職場を変え、恋人とは別れた。手術後の顔は見せないまま。 今のバイト先の人たちは、私がもとからこんな顔だと思っていて、「あんなにオヤジ顔でかわいそうに」と言っている。 母はまじまじと私の顔を見た。 「お父さんにそっくりだわ。自分でもそう思わない?」 「思わない。お父さんはもっとハンサムだったよ」 私は手術後から吸い始めたタバコの先に火をつけた。タバコは、父が吸っていた銘柄と同じものだ。 「薄気味悪いわあ。お父さんの顔そっくりの娘だなんて」 大金をかけて父親の顔にした娘に(実は確信犯なのだが)母は言った。その表情は本当に嫌そうだった。 タバコの煙を、あっち行け、と手でぱたぱたしていた。 会社から帰って来た妹が、「今日も残業よ、イヤんなっちゃう!」と玄関で叫んでいた。 母は夕ご飯を温め直す為、そわそわと立ち上がった。たぶん、この顔を見ているのが嫌になったのもあるだろう、台所へ向かう背中には、明らかに安堵があふれていた。 親父と同じ顔か…と私は茶の間でふーと煙の行方を見ながら思った。 妹のゆづきが茶の間に入って来て言った。 「ちょっとやめてよ、みき姉ちゃん、玄関までくさいわよ、タバコ。私が嫌いなの、知ってるでしょう!」 そういう言い方をされるとヒネくれてしまう私は「あんたが嫌いだから吸ってるんだよ」と言い捨て、妹の側をすり抜け自分の部屋へ廊下を歩いた。 「何!?あの言い方は!?何様!?」 ゆづきがキレる声が聞えたが、振り返らなかった。 本当は、ゆづきに気を使って、ゆづきの前では絶対に吸ったりしないのに。 本当に、何から何まで、親父にそっくりだった、今の私は。 その夜、トイレに起きた私が、廊下の向こうを目指して歩いていると、茶の間で妹と母が真剣に私の顔について論じあっていた。 「あれは絶対にお父さんの顔だよ」 「きっとさ、お父さんそっくりにしてくださいってやったんだよ」 「何、考えてるのかしらねえ」 「さあ。気のせいか言動までお父さんぽいし」 「何考えてるのかねえ」 「本当にねえ」 二人はしみじみと言っていた。 何考えてるんだろう、それは本当は私が一番知りたいことだった。 私たち親子3人、母と私と妹は、暴力をふるう父に毎日おびえて暮らしていた。 昔は大人しい人だったが、トシをとるにつけ、酒量が増え、暴れるようになった。50代とはいえ、男の力のげんこつでガンガンに殴られながら、それでも「幼児虐待よりはマシかもしれない、思えばこいつに遊園地に連れてってもらったこともあった」と、今酷い目にあっているのにも関わらず、愛憎相乱れて頭が混乱した。 しかしなぜ暴れ出すのかわからず、まさしく親の仇でもあるかのようなすごい形相で妹や母や私を追いかけ回し、ドアを蹴破り、髪の毛引きずり回され、どつかれて、仕事に行けないような顔になることもしばしばで、ああ一体、いつ終わるのこんな毎日…といつも思っていた。それでも親父は一度もモノを手に持って殴るということをしなかった。 包丁を持ち出したりしなかったし、誰も骨折したりもしなかった。親父は自分のこぶしで、自分の築いた家庭を壊していった。 一番壊れたのは、私かもしれない。 親父が蹴って中途半端に穴のあいた自分の部屋のドアを、ドレッサーの前に座って美容液を塗りながら見ていた。 親父の建てた家。 築20年もたっている。燃やしたって惜しくねえよな、こんな家。となおもドアの穴ぼこを見ながら思っていたが、危険な思想だ…とその考えを振り捨てた。 親父、どこに行ったのかなあ。 親父がいる頃は「お父さん、何で殴るのかなあ」と思っていた。 中学校の頃まで親父と一緒に行った海のことなんかを殴られてる最中に思い出しながら。 本当に親父、どこ行っちゃったんだろう。 よく行く飲み屋にも今は来ないという。 50代にしては老けてなくて、ハンサムだったから、よそに女でもいて、その女とうまくやっているのか。 しかし、はけ口があったのなら、あの暴力はあり得なかったような気がする。まあ何にしろ、歯が折れたり鼻が折れたりするまで殴られなくて良かった。 …それとも親父は、私たちにもわからない程度に、手加減していたのだろうか。家に帰るとすでに酒を飲んでいて、母を、妹をガンガンに殴っている親父。できることなら家に帰りたくなかったが、そんな生活が3年も続けば、人は慣れてしまうものなのだろうか。暴力はいつだって恐怖だけを生みはしなかった。我々は、四人で一家の行事に参加しているのだ、との感が私にはあった。 親父がもっとトシをとれば、力で私たちにかなわなくなれば…寝てる間に腰を野球のバットででも折ってやろうかとも何度も考えたが、そんなことしなくっても、親父はもとの大人しい父親に戻ってくれると、母も妹も私も、いつまでもこんな状態が続く訳が無い、いつまで続くの、と思いながらもそれは答えとしてあった。こんな状態が長く続く訳が無いと。その時は自分で思いながらも信じられなかったが、こうして親父がいなくなってみると、親父はいつも「これが最後」とばかりに暴れていたように思えてならない。 親父がいなくなって、一年が過ぎた。 私はアルバイトで、時間いくらで働きながら、次の整形手術の代金くらいは貯金できていた。この顔では男は寄って来ない。それがこの一年でわかった。いくら親父がハンサムだと言っても、50代の、フツーの男の顔に整形したのだ。これでは敬遠される。 妹が来年結婚式を挙げる、というので、二度目の決心を固めた。また整形しよう。もとの顔に戻せる、とは思わないが、これよりは良くなるだろう。 さっそく、前にお世話になった病院にカウンセリングの予約を入れた。今度は母にも妹にも整形することをしらせなかった。女の顔に戻るだけなのだ、文句はあるまい。 「ゆづきが結婚したら、2人きりになっちゃうのねえ、家」 その、親父そっくりの顔、最後の夜に、3人で茶の間にいる時、母がそう言った。 「お姉ちゃんはまだしばらくいそうでしょ」 私がまだまだオヤジ顔のままでいると思っている妹が、淋しそうな母を励ますようにそう言った。私も調子を合わせた。 「そうそう。一生一緒かもよ」 「一生一緒ねえ…」 母はちょっと考えこむようにしていた。腕組みをし、顔を伏せた。 「…みき、あんたそれ、お父さんから聞いたの?」 母は真剣な目で私に尋ねた。 「何?」 「『一生一緒』って」 「は?」 「お母さん、お父さんに『一生一緒にいようね』って言われて結婚したのよ」 妹も母を見た。そして言った。 「一生一緒に…あんな暴力ふるわれたらたまんねえや」 「それがねえ…」 母が語尾をにごした。それから、意を決したように言った。 「あの人ねえ、ガンだったのよ」 「ええ!」 これには私も妹も2人して驚いた。 「2人には絶対に言うなって。…薬の副作用か、いつもイライラするって言って、お酒が増えていって…いなくなった頃には、薬で散らしてたわ。末期だったの」 母はぽろぽろと涙をこぼした。 「お父さんが病院通ってたのって、胃炎じゃなかったんだ…」 私はやっと理解できた気がした。 あの大人しかった父は、生きていたかったのだ。 「もう、どっかでのたれ死んでるわよ」 ゆづきは言った。 そう。どこかでもう死んでしまっている。私たちの暴力親父は。 私は母と一緒になって涙を流した。 私はようやくわかった。 私は父になりたかったのだ。 暴力をふるう父ではなく、私たちが小さかった頃、まだ母も若かった頃の、あの大人しい父、だが夏になれば海へ、遊園地へと子供達を外へ連れ出す父に。 父の代わりに、父になりたかったのだ。この何年かの父は、本当の父ではなかった。 私言うところの「親父」だった。その、代わりに。 一生一緒に。 それは何て切ない願いだろう。 誰も約束などできない。変わらないものなど何も無い。誰でもトシをとり、病やその陰におびえる。 私は父を許せる気がした。 妹も同じ気持ちだったらしい。泣いている私の手を握った。 私の顔は明日、私の顔に戻る。いや、以前以上に美しくなれるかもしれない。新しいバイトを探さなければならない。新しい環境に飛び込み、新しい人たちに囲まれる。 生きている限り、何度も、何度でも繰り返される、そのいとなみ。 私は「今」生きている、父と母の、物語の末に。 (了) |
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