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木曜日のヨネミツ その、第3弾。 | ||||||||||
今までがラッキーだったと思うしかない。 彼はハンサムで金持ちで酒と女が好きだったが、一人の女も孕まさなかった。 彼と別れる時、泣いた女は一人もいなかった。みんな、すぐに彼に背を向け、手を振った。 「あなたとつきあえたことをラッキーに思うわ」 そして彼女たちは、必ず玉の輿に乗った。 彼は「ラッキーな男」と呼ばれた。 ところが彼が23になった時、出会った相手は違っていた。 大きな目をした、肌の白い奴だったが、よりにもよって、男だった。 手足が長く、女のバレリーナかモデルのように綺麗な男だった。 ラッキーな男はその綺麗な男に夢中になったが、さすがに今回ばかりは告白する勇気は無かったらしい。 そいつと親友になってそれで満足…我慢していた。 ラッキーな男にはいくらでも女が寄って来たし、綺麗な奴のほうもモテるタイプだった。 二人は時々大喧嘩をした。 女の取り合いでだ。 女の好みがまったく同じなのか、ハンサムな男に寄ってくる女を、ことごとく綺麗な奴は奪い取った。 二人にはさまれた女のほうは、ラッキーな男とつきあったり、綺麗なほうとときあったりした。けど、いつでも最後にはラッキーな男のほうが折れたから、二人の関係はそんな風に続いていった。 だがある日、二人きりで綺麗な男のほうの家にいる時、とうとう綺麗なのが、ラッキーな男に言った。 「俺が寝た女と寝たいんだろう、同じところに突っ込みたいんだろう」 ラッキーな男は綺麗なのを殴った。綺麗なのはちょっとよろめいただけだった。 「何だっていつも手加減して殴るんだ、俺の綺麗な顔が、そんなに好きか?」 ラッキーな男は驚きに言葉を失った。自分の気持ちがベッドの女たちを通してつつぬけだったなんて、思いもしなかったのだ。 綺麗な男は、ラッキーな男の前で一枚一枚服を脱いだ。 ラッキーな男はへなへなと床に座り込んだ。 綺麗な男はラッキーな男にキスをした。 「俺は天使だ。女から女へとふらふらしているおまえを見かねて神から遣わされた。もし今俺を好きにして、女遊びをやめるというなら、俺はおまえとベッドに行こう」 ラッキーな男は首を振った。綺麗な男…天使は眉をひそめた。 「なぜだ?おまえは俺が好きなんだろう?俺としたいんだろう?おまえは俺以上に人を好きになったことは無いはずだ」 ラッキーな男は首を振り続けた。 天使の顔は曇り、気落ちした、悲しげな顔になった。 ラッキーな男は言った。 「俺はおまえの側にいれたら良かった。顔を、姿を見ていられるだけでしあわせなんだ」 天使は顔を赤く染めた。怒りからか、羞恥からかは、わからない。 「…俺みたいな天使は、何千年でも、何万年でも生きる。こんなに長いこと生きてきて、初めて寝たい人間ができた。好きな人がいて、その人と寝たいと思わないなんて嘘だ。おまえは…」 「おまえは俺にキスしてくれた。それで充分だ」 天使は唇を開いた。どんな女優にも真似できないしぐさだった。唇を開いて、小さな舌で唇を舐めた。 「そのかわいい口で」 ラッキーな男は抑える胸の内に、苦しさを覚えた。 「俺がやれって言えばキス以外のこともしてくれるの?」 天使はゆっくりとうなづいた。ラッキーな男はそれだけでめまいがした。こめかみを押さえる。 「ごめん、ダメだ。想像してしまう。…しちゃいけない気がする。俺はおまえが好きだけど、大好きだけど、今すぐにでもそうしたいけど」 ラッキーな男は涙をこぼした。 「俺は神様を信じてる。おまえが自分が天使だって言うんなら、そうなんだろう。そうだとしてもおかしくないくらい、おまえは綺麗だし、俺が今までつきあってきたどんな人間とも違う。怖いんだ。おまえと寝たら、きっともっと好きになる。もし今、おまえと寝たりしたら、俺はおまえと寝たことを、一生後悔する」 ラッキーな男の言葉に、天使はふっと顔の筋肉を緩めた。 「好きだ。きっともう一生、忘れない。俺の見た、おまえの体、おまえのキスも何もかも…俺はただの、ラッキーな男なんだ。天使を、俺が好きになった天使を貶めるなんてできない」 ラッキーな男は泣き続けた。 天使はいつの間にか服を着ていた。 その目はラッキーな男を見ていた。そして言った。 一言一言、ゆっくりと言った。 「俺はおまえをずっと守ってきた。これからも俺はおまえを見ている。おまえの願いを叶えたかった。神に背いてもいいと思った。だがおまえは俺を受け入れなかった。…おまえは、俺に呪われる」 天使はラッキーな男の唇にもう一度近づいた。 ラッキーな男は思わず目を閉じた。 羽毛で撫でられたようなキスだった。 目を開いた時、天使の姿はすでに無かった。 ラッキーな男は自分の家に戻ると、父親が経営する会社が倒産することを知った。 天使の最後の言葉を思い出した。 『おまえは俺に呪われる』 莫大な借金の為に男は、大金持ちだがケチで魅力の無い女と結婚させられた。新妻は、自分より二十もトシが上で、一緒にパーティーに出かけると「あれが金で買われた男よ」とくすくす笑われた。 その妻は、ヤキモチ焼きで、子供も産まなかった。 やがて男は病気で、目や、心臓や、いろいろなところをまだ若くして悪くした。 目が見えなくなっても、男の脳裏には天使の姿が焼き付いていた。男は一日中、ロッキング・チェアに座り、天使のことを考えていた。 トシを取った妻が死に、男はどうにか昔の知り合いに連絡を取った。 「一時期、自分の友達だった…綺麗な男」 と言っても、誰も天使のことをおぼえてもいないし、知らないと答えた。 男は泣いた。 自分の好きになった人は、本当に天使だったのだ。天使が同じ男を誘うなんて、どれほどの罪だろう。俺は、一番好きになった人を、罪に落としたのだ。あるいはあの時、力尽くで天使を手に入れていたら、天使の罪は半減したかもしれないではないか。 男は悟った。 天使の覚悟の上のキスを。 その罪を。 おそらく、自分に欲望を覚えたと告げた時すでに、天使は悪魔に墜ちたのだ。 男は泣いた。 何でもしてあげれば良かった、望むのなら何でも。 俺の一番好きだった人。 キスしてあげれば良かった、抱きしめてあげれば良かった。 泣いて泣いて泣いて、男は弱くなった心臓がきりきりと痛むのを感じた。息が苦しくなって、胸をかきむしった。 息絶える一瞬前に、目の見えない男は唇を羽毛で撫でられたような気がした。 (了) |
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