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ヨネミツさん新作は 得意(?)の ゲイ小説だ | ||||||||||
「俺はオンナ関係でヘマやったこた無いね」 ショットバーの隣の席、私と同じように一人で飲みに来ていた大柄な男が話しかけてきた。私はそちらへ顔も向けず、グラスをあおった。 「そういうことは、人に言わないから格好良いんだと思う」 私がそう返すと、相手はしばらく黙った。 ちらりと横目をやると、髪は短く刈った明るい茶髪、ラフだが一目でわかる高そうなシャツにジーンズ。 これはもてるだろうな…と思った。 「もてるんだろう?」 私が訊くと、彼は顔をぱっと輝かせた。 「聞いてくれる?俺、オンナで5大陸制覇してんの」 どういう意味かと酒のまわった頭で少し考え、意味がわかって、彼をもう一度まじまじと見た。 「世界中、いろんなオンナを抱いたんだ」 私は呆れて言った。 「エイズって知ってるか?」 「俺、初めてのオンナ意外、生でやったことないもん」 バーテンダーがごほんと咳をした。 私は代金をカウンターの上に置くと、高いスツールから滑り降りた。 「待ってよ」 彼は慌てたように言った。 ジーンズの尻から財布を抜き出し、同じように代金をカウンターの上に置くと、バーのドアを押す私の後ろについてきた。 「これからどっかで、もう少し飲まない?」 バーを出ると、生暖かい夏の夜の空気に、突然うんざりした。タクシー乗り場までのここからは遠い。すると男が言った。そこのパーキングに停めてある車を指して。 「あれ、俺のクルマ。大丈夫、俺、飲んでたの、トマト・ジュースだから」 手首を掴まれ、助手席のドアまで開けて、中に押し込まれた。こっちは酔っているのだ。それに、男同士だ。相手は金も持っていそうだし、強盗ってことも無いだろう。私は改めてシートに座り直した。それを確かめた彼は、 「どこ行こうか?」 バックミラーを直しながら言った。 「酒、飲みに行くんだろう…」 「酒、どんなのが好きなの?」 私はだるくなり、片手で街灯の明かりから目を覆った。 「うーん、どこがいいかな…」 車は公道に出た。ふと気がついて訊いた。 「この車、何て言うんだ?国産じゃないだろ?」 「キャデラック」 「ふうん」 「何か聴く?」 「ラジオでいい」 FMのラジオからは酔いを助長しそうな甘ったるいラブソングが流れた。 「どこ行こう?」 彼はまた訊いた。 「だから飲みに行くって…」 急に知らない人間の車に乗っているのだ、と実感して私は彼を観察しようとした。彼は私の視線に反応しなかった。 「俺の家に行こうか?ホーム・バーがあるよ。カクテルも大抵の物なら作れるし。それともホテルに部屋取って飲む?」 私は奇妙な感じを覚えて彼をまたまじまじと見た。 「…もしかして、男もOKとか?」 「違う、男を誘うのなんて、初めてなんだ。ドキドキしてる」 私は口を結んだ。 「断る。私はそんな趣味は無い」 「俺も無いよ。けどさっきのバーで、横顔見てて、あんたと寝てみたらどうなるのかなって。どういう気分なんだろう、綺麗な男と寝るってのは、と思ったんだ」 「私が綺麗?」 「そう思ったんだ。金なら払うよ」 私はしがない中小企業のサラリーマンで、給料日前で、つきあってる彼女の来月のバースデー・プレゼントをどうしようかと思っていた。私は彼を神の使いか何かのように…酔っていたから…少し思えた。彼は清潔そうで、ハンサムだった。私は深呼吸して、答えた。 「いくらくれる?」 彼は少し驚いたみたいだった。 「いいの?…いくらでも払うよ」 それで私と彼は、場所の良いホテルに向かった。 彼は私の服を脱がし、一緒にシャワーを浴びた。 彼は私の体を、肌を綺麗だと褒めたが、私は彼の隆起した筋肉や張った胸、割れてへこんでいる腹を見て、圧倒された。 シャワーから上がると彼は私をすぐにベッドに連れて行った。 上にのしかかられ、息を上げる。 彼はキスが好きみたいだった。いろんな場所にキスをされた。じゃれあうのが好きみたいだった。そのままなだれこんで、コトは終わった。こう言うと彼があっさりしていたみたいだが、時計の針はホテルへ入ってから4時間の時間の経過を、ちゃんと表していた。私はめまいがし、酷い耳鳴りがして、シーツにくるまって眠った。 目が覚めると、彼はもういなかった。 ライティング・テーブルの上に現金が、ぽんとあった。 彼の名刺も一緒にあった。和食レストラン・チェーン本部社長。 私はまだまわる目をはっきりさせようと、冷蔵庫からミネラル・ウォーターを出して飲んだ。こんなのは初めてだった。 最初はもちろん、金の為だった。だが、彼は私と同じくらい若いくせに、技術的にも精神的にも人に揺さぶりをかけるのが長けていた。私走らなかった。 セックスがこんなに気持ち良いものだったなんて。 知らなかった。 誰かの体にこんな風にもっともっと触れたくなるなんて。 私は会社を辞め、彼の恋人になった。 別れを切り出すと、つきあっていた彼女は「あなたと結婚するんだと思ってた」と泣いた。「僕もそう思っていたよ」私は心から言った。彼に借りてもらったマンションの中、ケイタイで。 会社には辞表さえ出さなかった…田舎の両親に引っ越ししたことも知らせなかった。彼がすぐに私に飽きないという保証は無かったし、彼には他にも何人か、同じようにつきあっている女性がいるみたいだった。私は彼がそういう話をする時は、聞き流すか、テレビの音を大きくしたりした。彼にとっては私は大勢いるうちのひとり、月の「お手当」も彼には何でも無いことらしかった。 「他の人も同じ料金?」 ある日、ベッドの上で、彼の胸に頭を載せ、汗がエアコンで冷えていくのを気持ち良く感じながら…彼との行為は、まったくいやらしいとは感じられなかった。体中の筋を伸ばすマッサージか何かのようだった。だから私はあまり何も考えずにいられた、これだけ気持ちが良いのだから、きっと体に良いに違いない。 私の問いに、彼は私の髪を撫でた。 「どうした?何か欲しいの?」 「違う。何を基準に金を払っているのかと思って」 「好きだから」 彼はさらっと言った。 「お金って愛でしょう。好きだからあげるんでしょう。俺が普段せっせとハードワークこなして、日本全国どころか、海外まで行ったり、そういう風にして働いて、お金って血とか汗とか涙でできてると思うよ。だからちゃんと使い道を決めて…、大抵好きな子にあげちゃいたい、とか思うんだけどね。たまに募金したり。人は金を動かすし、金は人を動かす。俺の親父は成金でね、金持ちになると親戚や友達が増えるのは本当だよ。俺はそれを見てきた。子供の、ほんの小さな頃は、今じゃ想像もつかないくらい貧乏だったんだよ。万引きばっかりしてたな。俺はね、おまえに万引きなんかさせたくない。貧乏させたくない。初めて会った日みたいな、安物のスーツなんて着て欲しくない。いつも綺麗にしてて、俺のことをずっと考えてて欲しい。おまえが体に着けるものも、おまえの口に入るものも、全部俺の金のおかげだよ。俺にできるのはそれだけで、できれば長続きするといいと思ってる」 私は笑った。 「他の人にもそう言うのか?」 別になにげなく言ったつもりだった。が、彼は困った顔になった。 「おまえが一番好きなんだよ」 「そう」 そう会話を交わした一週間後に、彼が他の女性全部と手を切ったと、彼の親友…社長秘書から電話があった。 「あなたと出逢ってからの彼は…どこがどう、というのじゃないけど、…変わったわ。会社はどんどん拡大していって、それに伴って彼もいろんなことに目を向けるようになったけど、本当のところ、手を拡げすぎって感じだった。何て言ったらいいかわからないけど、あなたと会って、彼はモノを選ぶ目を変えたのよ」 「選ぶ目?」 「他に何て言えばいいのかしら。あら、電話。じゃあ、また」 電話が切れてから、しばらく私はケイタイを見つめていた。 なぜ彼は、私のほうを捨てなかったのだろう? 自分でいつも面食いだと言っているし、連れて歩かれている時も、彼は美しい女性に反応する。根っからの女好きなのだ。 どうして私をかこったり、セックスしたりするのかわからない。 私は頭を振った。 私だって同じだ。なぜ彼とこんな関係を続けているのかわからない。 ただ、彼はハンサムでいい匂いがして、丁寧で、優しかった。 そして彼は、私のことを綺麗だと言い、特に声が良いと言う。 「おまえと話してるとさ、テレビのニュースの話でも、朝起きてから俺が来るまで何してたかとか、どんな内容の話でも、声聞いてるだけで、どうしようもなくなってくる。苦しい…切ないっていうのか、そんな気になるんだ」 そんなこと、私は意識してやっていた訳では無いし、これまで他の誰かに言われたことも無かった。一人で家にいて、ジムで泳ぐ意外はヒマなので、テープに自分の声を録音してみた。彼が側にいるのを想像しながら。 「ジムの受付の女の子が、僕がプールで泳いでると、用があるふりをして見に来るんだ。僕のことを、芸能人か何かと間違ってるんだ」 再生すると、自分の声の響きとアクセントの強さが、人とはちょっと変わっていることに気づいた。地方の出身だから、なまりが残って当たり前かなとも思ったが、ここ何年かの東京暮らしで、それは微妙なものになっていた。試しに何度も聞いてみたら、彼がセクシャルだと言ったのがわかる気がした。もちろんそんなことは口にしてないのだけれど、「そんなことどうでもいいから、早く抱き合いたい。キスしたいしキスされたい。裸になって一緒にベッドに行って、朝になっても離さないで」 そう、耳元で囁かれているような声だった。 早く、はやく。 肩を撫でてうなじにキスして。 私はぞくりとした。 私はいつも、こんな声で彼と話しているのだ。 彼に言われるのも無理は無い。 最初の頃と違って、今は彼に強く抱きしめられたり、深いキスをしたりするだけで足の間は濡れる。彼の手が体中を撫で、探り出すまで待たずに。彼にキスされ抱きしめられると、体がとろとろと溶け出すような感覚に襲われる。彼の腕の中の熱く溶ける体。彼の心臓の音に耳をあてて。 いつも途中で怖くなって目を閉じる。本当は最後まで彼の姿をみていたいのに。どんな顔で私にキスするのか、見ていたい。体中をぴたりと彼の体の形にあわせて、我慢できなくて声をあげる。汗がまつげの先まで濡らす。意味の無い声をあげ、彼の首に腕を巻き付ける。彼と一緒に体が揺れる。荒く乱れる息。彼の体の重み。ああ、と私は言う。ああ、…静けさが戻って来る。 彼が私の体を拭く。いろんなところにキスしながら。時には泣いてしまうこともある。よすぎて。意識がまったく別のところへ行ってしまうような、あの瞬間、きっと彼も一緒だと思う。彼も同じ瞬間、甘いため息をつくから。 こうしている間は大丈夫…私はいつも思っていた。私たちはセックスから始まった。終わる時もセックスから終わっていくだろう。 そう思っていた。 ある日、彼は朝から私の部屋を訪れた。 「どうしたんだ?こんな朝から」 彼は笑顔だった。ずんずん歩いて、リビングのソファに座った。 「仕事は?」 「休みをもらった。旅行に行こう、旅行」 「今から?」 私は驚いて彼の前に立った。 「したこと無いだろ、2人で旅行」 「それは無いけど…」 私は冷蔵庫からジャスミンティーを持って来て、彼のグラスに注いだ。 「どこへ行きたい?どこでもいいよ。オーストラリアとハワイなら家があるし、今シーズンだろ?ヨーロッパでもいい。料理うまいし。アジアでも、どこでも」 「そんなこと急に言われても…」 私はちょっと考えた。旅行。彼と一緒に。 「メキシコ」 「メキシコ?メシがうまいな。OK」 個別にならないように、エコノミーに乗った。 彼と一緒にシートに座ると、飛行機は何の支障も無く離陸した。 飛行機の中で彼はブランケットを借りると、すぐに眠ってしまった。私も寝てしまおうかと思ったが、彼の寝顔を見る機会なんて、今までそう無かったので、彼の顔をじっと見ていた。飽きなかった。 私の飼い主は金持ちでハンサムだ。何の不満も無い。 彼は寝ているはずなのに、私の手をブランケットの中まで引き込んで、ぎゅっと握りしめていた。 機内のテレビで吹き替え無しの映画を見ながら、時々ぼうっと彼の顔に目を戻した。彼はすやすやと子供のような表情で眠っていた。薄いくちびるが少し開いて、歯並びの良い白い歯の向こうに、ピンク色の舌が見えた。 このくちびるで、この舌で、彼は私にキス以外のこともする。 全身が総毛立つような感じがして、あやうく興奮しかけた。背中が震え、汗をかいた手で、彼の手を握り返した。 私はその時初めて、彼にアクセサリーや服を買ってもらったり、おいしい食事に外に連れて行ってもらって、当たり前のように助手席に乗り込む時よりも、何でだか…愛されてると思った。そしてそれがうれしい、涙が出そうに…なって、何度かまばたきをして、目の下を拭った。 手を握っているだけなのに、彼の何かが私の中に流れ込んでくるようだった。あの瞬間に似ている。私は深呼吸をした。どうして気がつかなかったのだろう。私はこの人のことを、本気で好きなのだ。今、胸も押しつぶされそうなほどに。もしかしたら、初めて会った、あの夜から。最初からセックスしてもいいと思った。彼はいつも私のことを、大切に扱ってくれた。どうして気づかなかったのだろう。彼も私のことが好きなのだ。お金という愛のかたちを、いくらあげてもいいほどに。そして彼はその生い立ちから、他の恋愛の仕方を知らない。金とセックスがセットなのだ。きっとそういう人間しか知らない。私だってそういう種類の人間かもしれなかったが…でも私は、きっかけはどうあれ、彼に本気になった。 捨てられたくないと、彼の寝顔にまた新しい涙を浮かべた。 きっと、向こうに着いたら、ホテルですぐに抱き合う。彼と一緒にシャワーを浴びる。夕食を摂る。彼が選んだのだから、きっと景色の良い、品の良いホテルに違い無い。食事がおいしいといい。自分はメニューも読めないだろうから、彼と同じものを頼もう。 彼はどれくらい私のことが好きなのだろう? どうして眠るのに私の手を握るのだろう? 私が彼を好きなことを、彼は知っているのだろうか?それとも、金でどうにでもできる、私のような人間の気持ちがどこにあるのかなんて、考えもしないだろうか? 私は眠る彼の髪を撫で、ひたいにキスをした。 誰に見られたって平気だと思った。 「寝よう。すごく眠いんだ」 ホテルに着くなり、彼は言った。 スーツケースを運んでもらい、キーを受け取って、すぐにドアをロックした。ロイヤルスイート。このホテルの中で一番良い部屋だ。ベランダからは、ビーチが見える。 彼は服を脱ぎ散らかすと、私の腕を掴んだ。 「寝よう」 「…それはしたいってこと?単に睡眠をとるってこと?」 「両方」 彼は私の体を肩の上に軽々と抱き上げ、ベッドまで運んだ。 私をベッドに横たえると、彼は側に寝転がった。 「…裸になって」 言われたとおり、私は服を脱いだ。彼はじっと私が脱ぐのを見ていた。 裸になると、彼は私を抱きしめた。耳元に彼のくちびるが当てられた。背中を指をたてて撫でられて、それだけで私は体を震わせた。 彼は目を閉じ、私のひたいにキスをした。 「飛行機の中でしてくれただろ、こんな風に。驚いた」 「起きてたのか」 「うとうとしてた。おまえからキスしてくれるなんて、初めてだ」 「そうか?」 そんなことには気づいて無かった。彼の手が内股をさする。 「今、疲れが出てて、すごい眠いんだ。でもおまえともしたい。でも眠い。目が覚めたら、一番におまえを襲う」 彼はレイプを宣言すると、目を閉じ、すぐに寝息を立て始めた。彼は私の腕を放してくれなかったので、私は彼に添い寝をした。ラジオからは、初めて会った日に、彼の車で聴いた曲が流れていた。 英語が苦手な私でも、聞き取るのが容易な歌詞だった。彼が目覚めたら、この曲を知っているかどうか、訊いてみようと思った。 そうして私は眠りについた。胸に彼の頭を抱え込み、今まで一度も寝たことの無い国で、一度も寝たことの無い部屋で、 これから同じ夢を見る人と一緒に。 |
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