過去のおっさん
あの日のわしは何色?
2001/11/1〜 2001/8/1〜10/31 2001/6/1〜7/31 2001/4/2〜5/31
2001/1/22〜3/31
2001.11.1
今日の更新は「こ〜んな本」、久々にわしの感想文。
「ベ平連と脱走米兵」(阿奈井文彦)です。
「ベトナムに平和を!市民連合」、略して「ベ平連」。
こないだ、あの有名なベトナム戦争当時の「国道を逃げ惑う少女」のその後を追った「ベトナムの少女」読んで、「こっち側」では、そのころどうだっけ?と、手に取った本でした。
世界中に厭戦気分が盛り上がり、各国各地からアメリカに対して「たいがいにしとけや」という声が上がった時代でした。
フランス人のフランシーヌさんは、「パリの朝に燃えた命ひとつ」で、反戦を訴えたし、アジアの仏教僧は、断食で平和を訴えていました。
「定有」サイトのコラムで萩原さんが書かれておりましたが、アメリカでは、プロの兵隊ではなく「普通の市民」が戦争に狩り出された最後の時代で、彼らはその「普通」さゆえに、「こんなんいやじゃ!」と、逃げ出したのでした。
この「ベ平連」だけなく、60年末から70年代にかけては、日本のあちこちで、いろんな形で「市民運動」が盛り上がった時代でもありました。
………………
ここで、その「いろんな」名前を思い出そうとしたのだが……思い出せない……
あ、「全ピ連」てのがあったな……あと、「日韓連合」に「スペクター」か……?
違いますね、はい。あとの二つは市民運動ではなくて、ボーソー族ですね。
わしの知り合いのフカノくんは、そのころ横浜で「上大岡連合」というボーソー族にいました。「スペクター」とよくケンカしたそうです。あ、別に関係ないです、はい。
フカノくん、今は漫画家の先生になってます。良かったですね。
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2001.11.2
というわけで、今日の更新は、先日神戸徘徊のおり、古本屋さんめぐりしながら、結局、モトコーの古着屋で「トンビ」を買って帰ったという、植竹宏樹さん「つれづれなるまにまに」その第6回は「月」です。
植竹さん、ノってます。名文美文であります!
昨日は、とてもいいお月様が出ておりましたですね。
「お月さん、こんばんは、今晩はお月さん
そんなつもりじゃなかったんだ……」
てのは、誰の歌だっけか?加川良?
わしは最近どーも、「創作方面」の頭が回転してくれず、チョーシ悪……
いかん、いかんと言いながら、本日掲示板にあった「美文」を、勝手にこっちに転載。
作者は「越後の(若)奥方」、ちいさんであります。
ちいさん、無断で転載すまなんだんて横断注意アンダンテ。
■悪寒のお母ん
悪寒が去ったお母んは今日はパン教室の日だったけど、ミスの連続で、こらあかんな〜と思いながら帰ってきました。
少し横になろうと思ったけど、こちいの習い事の時間です。
浮かん顔して行くのもなんなので、みかんを食べていたら、気管に入って咳が引かん。
スイミング教室までの区間は車が込むので好かんけど、夜に歩いて痴漢が出るのも困るし、なかなか着かんのも大変だしね。
おっと、やかんをかけているのを忘れていた。
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2001.11.3
裏神戸は朝から雨降り。
だから今日は、店からトラックでとりあえずいるものを運び出すのを中止して、1日、裏神戸でぐだぐだしてました。
雨が小粒の真珠なら
ぼくは集めて売りに行く
……
雨音に気づいて遅く起きた朝は
もうベッドの中は半分水浸し(どんな家やねん……?)
……
雨を歌った歌は多いですね。
「星より密かに 雨よりやさしく……」てのは、子供のころ、「やさしい雨」というのが理解できませんでしたね。
「こぬか雨降る御堂筋……」は、欧陽フィーフィー、さっきテレビで歌ってました。しかし……この人、いったいいくつになったんだ……?昔と全然変わんないんですけど……
「BK」の新しい放送会館できたの記念した、「大阪の歌」特集だそうだ。
「こいさんがあてを、初めて法善寺はんへつれてってくれはったんは……」
しかし、使用人と恋に落ちるのは、なんでいつも「こいさん=末娘」なんだろうか?
とうはん、なかいとはん、こいとはん三姉妹は、「細雪」。
わし的には、「大阪の歌」と言えば、「大阪で生まれた女」と、「あこがれの北新地」なんだが……あ、それと「パチンコ」(by 憂歌団ね)。
骨折で入院してた81年、病院のベッドで、五木寛之がパーソナリティやってた深夜のたラジオで、上田正樹の「悲しい色やね」を初めて聴いて、「おおっ!」と思ったんだが、曲の後、その五木寛之、「へーぇ……大阪にも海があるってのは、以外ですよね……」て……あんたね……
「浪速」て呼び名を知らんかったんでしょうか?
しかし、「大阪の歌」てのはたくさんあるんだが、「神戸の歌」てのは、これが以外に少いんですよね。
やっぱ「KOBE」という2音節は、歌にしづらいのかな?
ここは一発、中村よお「もう一度サンセット通りで…」を、みんなで力合わせて普及させよう!
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2001.11.4
昨日とは打って変わって秋晴れの今日、2tトラック駆って、店から棚を1本、自宅に運び込みました。
本屋さんの棚というのは、とても頑丈に出来てるので、とても良いのだ!
しかし、これが、「1本」とは言え、でかいんだ……高さは2メートルあるし……
えっらい苦労しましたがな……
が、2年前の引っ越しからこっち、段ボールに入れっぱなしだった本が、ようやっと整理できました。
2tとは言え、久々にトラック運転したんだが、着座位置が普段よりずっと高いのが、気持ちいいですね。バスと並ぶと、ちょうど目の高さに相手の窓もくるしね。
乗用車と違って、なんか「操縦してる」という感じが強いですね。
でも、普段すっかりオートマで慣れてるので、シフト操作がめんどくさ……
日曜日は、普段あまり運転しないらしい、ぎこちない運転の車を、よくみかけますね。
駐車場にバックで入れるのに、いちいちドア開けて後ろ確認しながら、さらに5、6回切り返してるお父さんとか……
うちは、有馬温泉から神戸に向かう途中にあるので、この手の「サンデードライバー」出現率高し。
日曜日は、よく渋滞すんだが、原因の約10%は、これだな……
いつだっけか、車でうちに向かってると、多分自宅なんだろう、通りに面したガレージに入れようとしてるおばさんの車がいたんで、停まって待ってあげたのだった。
見てるとおばさん、道路に対して斜めにした車をソロソロとバックで入れようとしてたんだが、ハンドル切るのが遅すぎて、ガレージの壁にリアを「ガンッ!」と当てて、慌てて前進したのはいいが、今度は前へ行き過ぎて向かいのガードレールにフロント「ガシャッ!」とぶつけて、またもや慌ててバックすると、今度は電柱にリアぶつけて……
わし、見かねて、「あの……ぼく、やりましょうか?」と車降りて言うと、おばさん、真っ赤な顔して、「い、いえ!いいです!大丈夫です!」
ショーがないから、車に戻って見てるとおばさん、さらに何度か切り返した後、(その間、また2、3度フロントとリアをぶつけた……)サイドをガレージの壁に「ガリコンガリコン」擦りながら、無理やりに車を収める……
まだ新しかったように見える車は、フロントライトの片方割れ、ミラーももげて、フロントグリルはグシャグシャ……もはやボロボロになっておりました……
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2001.11.6
今日は早々の更新だ。
本日は、カレーライスさんの「無菌室のエスノグラフィー」、その第19回「いまなんじ?」です。
今回は、なんのお話でしょうか。
本日、レジカウンターにずっと置いてた、ARK(アニマルレフュージュ関西)への募金箱を、郵便局に持っていって振り込んできました。
前に振り込んでから約2年間で、18529円、貯まっておりました。
ARKは、大阪府能勢町にある、動物シェルター。捨てられたり、虐待受けていた、犬猫中心に動物全般、保護して予防接種、避妊処置等施した後、「里親」を募集する特定非営利活動法人。
主催者のエリザベス・オリバーさんが私費を投じた敷地、約1000坪には、常時300〜400頭の動物で満杯状態。
年会費を支払うことで活動の一助とする「会員」や、その他寄付金は、常時募集しております。
代表のオリバーさんは、とても元気な「英国バーちゃん」であります。
いよいよ明日、店に残った棚やらすべて搬出して空っぽにするんですが、なぜか感慨とゆーのが、あまり涌いてこないんだが……
ずっと「わさわさ」してるせいかな?
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2001.11.8
更新情報である。
本日は、周太さんの「魔法の時間」(W.P.キンセラ)の感想文を、「本棚」の「こ〜んな本」にアップ。
「魔法の時間」は、前作「フィールド・オブ・ドリームス」をしのぐ、ファンタジーの名作。
読後、「野球の神様」てのが、ほんとにいるんじゃないかとつい思ってしまう小説だ。
ここまで「野球」という素材を、ファンタジーに昇華できる「文化」というのは、まことに奥が深いっす。
「魔法の時間」、わしからも、ぜひオススメの1冊。
これを映像化できる人というのも、(いたら)まさに天才だと思う。
キンセラという人は、O.ヘンリー以来の、「アメリカ野球小説の天才」だと思う。
今月17日に、神戸・北野の「T2楽屋」での、「トオリヌケ・コンサート」控えた中村よおさんからは、掲示板の方に情報いただきました。
あの、浅川マキが、久々、何年ぶり(何十年?)かで、大阪でコンサートを開くそうだ。
12月6、7、8の3日間、大阪はアメリカ村の「サンホール」だそうだ。
わしも行きたいが……行けるかな……
昨日の「お店おかたづけ」の疲れを、やや引きずっている午後10時前。そろそろ風呂入るか……
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2001.11.9
掲示板の方では、花登コバコ(字ィ忘れた!)原作・志垣太郎主演のテレビドラマ「あかんたれ」の話題で盛り上がっておりますね。(よおさんだけ……か……?)
あの主題歌、一度耳にすると、「♪あかんたれ、あかんたれ……」と、やたらと頭にこびりつくんですよね。
「頭にこびりつく」と言えば、わし的には、阪急電鉄の「サウンドロゴ」ってんですか?あの、「♪ハンンンンキュウウ〜〜〜、ハンキュ〜〜〜〜……」てのもやたら「頭にこびりつく」んですけど……
昔の阪神百貨店のコマソン、「♪あ〜かる〜い阪神は〜んしん〜はんしん〜〜、、オーサカ・ウ〜メ〜ダッ一番地!」も、そうでしたね。
本日は、三宮から阪急で帰って参りましたが、阪急電車てのは、「日本一居住性のいい」通勤電車ですね。いや、よく眠れるんだ、これが……
よおさんは、「あかんたれ」の映画化を希望してるらしいですが、花登ドラマ、まんま「こてこて」の映画にすると、案外面白いかも。
「モーニング」にかつて連載してた漫画に「駅員ジョニー」てのがありました。原作者は忘れたけど、高橋のぼるが絵を担当してた。
元・高校球児の主人公「ジョニー」が、野球に未練を残しながら、高卒後、明らかに「阪急」がモデルとおぼしき「神急電鉄」に就職し、さまざまな経験を経て、鉄道員として生きていく決意をする物語。
まずは「駅務員」として配置されたジョニーが、新入社員一人一人に必ずつく「お師匠さん」の助役(この師弟関係は、在職中、ずっと続くらしい)に、怒られたり励まされたり、また教えられたりしながら、鉄道員として、また人間として成長していくんだが、シロートには伺い知れない鉄道内部の話などもふんだんにあり、なかなか面白かったっす。
これこそ、SMAPかキンキ・キッズあたりを使って、テレビドラマにすると、結構受けると思うんだがな……
映画・ドラマの撮影には最近とみに積極的な阪急なんか、一も二もなく飛びつくぞ。
その阪急系列の関西テレビさん、どーかの?
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2001.11.10
「こ〜んな映画を観た」に以前アップしたけど、「ゆきゆきて神軍」は、ほんまにすごい映画ですから、観た方がえーです、正味。
昨日からの「あかんたれ」つながりで、愛知の小牧さんによって、衝撃の事実が白日の下にさらされたのであった!(んな大仰な……)
花登筺原作のこのドラマ、なんと名古屋の東海テレビによって制作されておったのですね。知りませんでしたね〜〜。(……て、わしだけ?)
てっきり、大阪局制作やと思うておりました。
しかし、ま、「巨人の星」などというケガラワしいアニメを、いかに「よみうり」と冠するにせよ、大阪の局である「よみうりテレビ」が制作してた事実もあるし、「こてこて大阪モノ」ちゅうても、大阪の局が作ってるとは限らないんですね。
しかし、その、よみうりテレビには、「ゴーゴー!タイガース」なんて番組もあったのでした。
近年、テレビの世界も東京一局集中が進んで、東京以外の局が、独自に全国ネットの番組作る機会が、めっきり減っているとか。制作コストのかかるドラマなどは、特にそうらしい。
朝日放送の「必殺」シリーズは、「関西発ドラマ」の(最後の)牙城だったらしいのだが、今はどうなんだろか?
10と何年か前、東京から出張で大阪へ来て、車で移動中、ラジオのチューナーあれこれいじってた同僚が、「どの局も阪神か近鉄ばっかで、巨人戦中継してる局が1局もない!」と驚き、「ここは、日本じゃないのか!?」と憤っておりましたが……ラジオまで「一局集中」になったら、おもろないやないか。
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2001.11.12
昨日、11/11は、夕方から三宮・神戸国際会館であった「綾戸智絵」のコンサートへ、喜久屋西神南店店長のサカイさんご夫妻と。
いやはや、元気なおばはんです。「毎度〜〜〜!」と登場してから2時間みっちり、ステージで全力疾走してはりました。
「ハナモゲラフランス語」版「枯れ葉」が、おもろかったっす。
バックつとめたアメリカ人のベーシストとドラマーに「フランス人の親戚おらんやろな?」と確認してはりました。
このコンサート、サカイさんご夫妻が招待してくれたんですが、サカイさん、ありがとうございました。
綾戸智絵、ただいま、河出書房新社から「KAWADE夢ムック・綾戸智絵 −ジャズを越境するエンターテイナー−」が、発売中だ。
公式ホームページもあるらしい。
10/11・神戸は、全国ツアーの「最初」だったそうだ。
新開地「nafsha」のマリさんから、12月のイベントのお知らせを貰いました。
告知板にもアップしたけど、こんなの。
お変わりありませんか?柿やみかん、フルーツのおいしいい季節になりました。
ナフシャの前の銀杏の実もそろそろ終わりに近づきました。冬の到来です。
今回は、安楽あゆみさんのテディベアの教室の御案内です。
2000年の12月にナフシャで帽子とテディベアの展覧会をしてくださった
安楽さんのオリジナルのテディを御自分でつくってみませんか?
12月9日(日)3時から5時
受講料は材料費込みで5千円。お茶もつきます。
全ての行程を2時間でするのは無理があるので今回はお顔をつくっていただく
予定。(ボディのパーツは事前に製作済み)
つくったテディはもちろんお持ち帰りいただけます。
手作りのテディベア、こんなのらしい。
わしも作ろうかの……
11/10に、あの、「笑う運転手」のウエちゃんが、ABCラジオに出演してたらしい。と、これは、よおさんの「トオリヌケ・キ」に、ご本人が書き込みされてました。
知らんかった。昼間やったみたいやけど、誰か、聞かれました?
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2001.11.13
今日は、「本棚」、「こ〜んな本」に、わしの感想文をアップ。奥崎謙三「ヤマザキ、天皇を撃て!」です。
この本、最初の「三一書房」版から、出版社が変わること、なんと5社という数奇な本。ただ今は「新泉社」というところから出ております。
奥崎謙三という人は、確かに「ドンキホーテ」ではあるが、激烈苛烈なドンキホーテですね。
自分が「戦争に行った」という事実に、あれだけこだわり、またそれを引きずったまま、生きるよすがにできる、というのも、ものすごいエネルギーだと、思うのです。
映画「ゆきゆきて神軍」同様、この本もまた、読み終えて、しばし「呆然」となる本であります。
と、呆然としつつ、気が付いたら、夜の12時を過ぎているのであった……
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2001.11.15
昨日は、午後から1日、出掛けておりました。
まずは、調べ物するべく図書館へ。近場で済まそうと地元の北図書館行ったんだが……ちゃちい……!
目当てのものもなかった。
予算がないなら、やっぱり、貸し出しは「有料化」してもいいんじゃないか、公共図書館。そうすりゃ、開館時間だって、も少し延長できるだろうし……
ブツブツ言いながら電車で湊川へ。
(ひと駅先の)大倉山の中央図書館行くのに、地下鉄の階段下って、また上ってくるのもメンドクサ……と思うたんで、バスで行こうとすると……
ない!バス停がない!
な、なんと、バス路線が廃止されておるではありませんか!
なんぼ地下鉄が同じ経路走ってる、ちゅうても、都心のバス路線廃止するっちゅう法があるか!?それでなくても、市バスは、運転手に年平均1000万円の給料払うてる言うやないか……
と、またもやブツブツ言いながら、結局、歩く。
途中、荒田町あたりで、ふと奥崎さんの店がこの辺だったこと思いだし、写真撮っていこうかと思うて、探してみたが、見つからず。
車で通るときには、いつもなにげなく通り沿いにあったのに、あれ?どこだっけ?
しばらくウロウロするも、あきらめる。今日はあきらめることが多い……
図書館で用事済ませてから、今度は地下鉄に乗って、県庁へ。某資料を貰う。
その後、山手から元町までトコトコ歩いてAZUMAへ行くと、WAKKUNがいた。
わざわざ大阪まで行って手にいれたという、チベットの写真集を見せてもらう。
人物中心の構成で、カメラみつめる人々の目が、とても印象的。
AZUMAから海文堂へ。Fおかさんの姿はなかった。お休みかな。
「本の雑誌12月号」を購入。
「懐かしの雑誌大集合」という特集は、えーと思うな。
「笹塚日記」にあった、「関西から来たOさんとFさん」というのは、なえちゃんとFおかさん?
外へ出るともう真っ暗。秋の日はまさに脳天逆落とし……ではなくて「つるべ落とし」ですね、はい。
阪神元町までれろれろ歩いて、電車に乗ったらグッドバイバイな、そんな1日なのでした。
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2001.11.16
昨日(11/15)は七五三だったようで、愛知県のえいみさん宅でも、長男・りょうーくんのお宮参り済まされたとか。おめでとうございます。
しかし、「千歳飴・1000円」「風船・1000円」は、どちらも「ボリ過ぎ」やと思う……
本日の更新は「こ〜んな本」に、わしの読んだ「わが心臓の痛み」(マイクル・コナリー)の感想文。
第一級のエンターテインメントです。
この翻訳者である古沢嘉通さんには、10/19のイベントにわざわざお運びいただきまして、どうもありがとうございました。
昨日、湊川から山手幹線経由して大倉山、県庁前を通るバスを「なんで廃止するのだ!?」と書いたら、掲示板の方で、もとっちさんからご賛同いただきました。
思い出しました。烏書房で以前、このバスを廃止しないよう、署名運動に協力してくれ、と言われて署名したことがあったのでした。
地下鉄も通ってるけど、お年寄りには、あの階段の上り下りが大変で、エレベーターがある、ちゅうても煩わしいことに変わりはなく、だから署名してくれ、ということだったのだった。
そうなんだ。お年寄りには、歩道からそのまま「ひょい」と乗れて、また歩道に降ろしてもらえるバスが、「やさしい乗り物」なのですね。
地下鉄は、都心ではことに、やたらと深いとこにしかないしね。
バスもそうなんだけど、かつて市街地を網の目のようにネットしてた路面電車の市電も、今となっては、廃止しない方が良かったんではなかろか。
あれもまた、都心部を移動するには、バスよりなお、気軽で手頃な乗り物だったのにね。もったいないね。
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2001.11.18
うちの周りは、昭和30年代に開発された住宅街なんですが、一歩外へ出ると、棚田の広がる、こんな山里の風景であります。
昨日は、そこへ犬を散歩に連れてって、夕方から電車に乗って三宮まで、北野の「T2楽屋」である、よおさんの「トオリヌケコンサート」へ。
地下鉄降りて、ちょいと腹ごしらえすべえと、よおさんお薦め、サンセット通は「八島食堂・東店」で、ホルモン炒め、ネギタマゴ、タコブツ。飯も食わずにビール2本飲んでしまって、早くもやや酔っ払い状態……
そう言えば、昔よくあった「めし」と大書した看板やのれん、ちかごろとんと見かけなくなりましたね。
酔っ払い頭でそんなこと考えながら、山手に向かってれろれろと坂道を昇る。
「北野町」というのは、新神戸駅近くの一帯だけを指すのだが、中山手通と山本通の1、2丁目界隈も、昔から「北野」と通称されております。
んで、この界隈、やはり昔から、「ラブホ」がやたらとあるのですね。
ゴチャゴチャした裏道の坂をたどってると、そのラブホに入るカップルを2組目撃。どちらも、男女ともに、50に手の届きそうな、いや、ひょっとしたら、もう越えてるかもしれんカップル。
しかもどちらのカップルも、こそこそしてなくて、ともに笑って楽しそうにお話しながら、ホテルの玄関に入って行く。
「がんばんなさい!」と背中に(ココロで)声をかけ、また坂道を昇った。
「T2楽屋」に着くと、まだ開場まで少し間があって、再びその辺ぶらつく。
イスラム教のモスクに、灯りが煌々と灯り、中からはコーランを唱える声が響いてきて、そうか、ただ今は「ラマダン」であったと思い出す。
モスク周辺は、アラブ系らしき人々でいっぱい。
「トオリヌケコンサート」には、今回初めてお邪魔したのでした。
でも、なえちゃんも来ていて、それから、10/19のイベントに来てくれたナフシャのマリさんやびぃどろやさんはじめ、よおさんの前回、ナフシャでのライブでお会いした、「まっちゃん」もいて、「初めて」という気がしませんでしたわいな。
「カメラもOK」とのことだったので、コンサートの模様は、こちらに画像をアップしたのだ。見ておくれ。
……カメラマンの腕が悪いのは、か、か、か、堪忍な……
今回は、豪華メンバーにて、よおさん、「いつになく緊張した」と言うてはりましたが、ノッておりましたです。はい。
あ、そうそう、「文芸からす」の、男川さんの小説「スーパーはくと殺人事件」が、いつのまにやら消えてしまってたんで、本日、修理しておきました。
男川さ〜〜ん、ごめんよ〜〜〜。
「文芸からす」には、近々、わしの新作アップの予定であります。
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2001.11.19
えー、昨日不調でございました、「トオリヌケコンサート」の画像、改めてアップしました。今度はダイジョーブだ……と思う……
あ、映りが悪いのは、サイトの不調ではございませんで、カメラマンの腕の問題……
それと、本日はサイト工事、ちょいと施しまして、文芸からすの表紙をお化粧直し。
前よりだいぶ見やすくなりました。
「こ〜んな本」も、そろそろインデクスとかつけた方がいいんだが、今少し待たれい。
「獅子座流星群」、皆さんのところでは見られましたでしょうか?
うちの方ではあいにくと雲の多い空でしたが、わし、2個見ました。
昨日トップで「めし」の看板・のれんは、どこへ行ったのだ!?と訊ねたら、早速、堺のきょろこさんから「うちの近所にはあるぞ!」とのご報告いただきました。
そうそう、それです。「めし」の「し」の字の尻尾が、長〜く伸びた、その看板です。
わしも確か、最近では新開地で見たような覚えがあるのだが……
確認できしだいご報告いたします!写真もつけて!(大丈夫かいや……?)
「ショージくん」こと東海林さだおさん、「あれも食いたいこれも食いたい」によれば、「しゃぶしゃぶ」、それも「牛」のヤツは、「エラソー」でお嫌いとか。
「しゃぶしゃぶは豚、それもバラ肉に限る」そうです。
確かに、豚バラでシャブシャブ、旨いのだが、バラ肉をシャブシャブ用に薄く切ったのて、なかなかないのよね……
「牛」のしゃぶしゃぶのばーいは、お肉を「しゃぶしゃぶ」までしないで、「しゃ」で引き上げたくらいが、わしゃ、旨いと思いますがの。
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2001.11.21
本日の更新は、まずリンクページ、西神戸の「70’こだわり人」にして、音楽プロデューサー、「まっちゃんの音楽のページ」を追加いたしました。
「告知板」にもアップしましたが、舞子のライブハウス「COSMIC COWBOY」での、ライブ情報てんこ盛りであります。
この24日は「中川五郎」、12月21日は「中山ラビ」なのだ。
「中山ラビ」、行きたいな……
今日はマリアさんのご希望にて、東灘は岡本の園芸店まで。
ここ、神戸では一番、珍しい木や花を置いてる店ではないかしら。
うちから東灘は、地図で見ると遠くみえるのだが、うちのすぐ裏手に入り口のある「六甲有料道」で、六甲山降りたら(まさに「降りる」なのだ……)そこはもう石屋川で、案外近いのだ。20分くらいか。
秋景色の中、海を見下ろしながら山を下っていきました。
阪急の降下をくぐりながら、今日ももとっちさんは、「ハンキュー乗る!」というお子さんにねだられて、意味のない電車旅をしてるのかな、とふと思ったりしたのでした。
昔、篠山あたりの「丹波杜氏」たちは、ちょうど今くらいの季節に、三田、有馬を経由して、この道を歩いて越えてったそうだ。
最後の「六甲越え」終えて、道が海を見ながら下り始めるとようやく、「たどり着いた」という気になったそうな。
買い物終えて、街の背後にそびえる六甲山見晴るかし、「あそこをまた登って帰るのか……」と思うと、やや「ふぅ〜〜〜」とは、なりますがの……
でも、この経路で毎日通勤してる人、結構多し。
通勤経路で、「峠の達人」になってたりするのだ。
「さとしィーっ!見てろよ!これがパパの、必殺!通勤ドリフトだァ〜〜〜っ!」て……(あらへん、あらへん……)
昨日だけど、「神戸プチオフ会」、集合場所間違って行けずの後、用事を済ましながら三宮から新開地まで歩いたんだが、「福原柳筋」近くに、「蒙古斑」と言う名の店を発見!
どうやら、モンゴル料理を出す店らしいが、店名として「蒙古斑」は「どうだろうか……?」と思った。
写真撮ろうと思うたら、今日に限ってカメラを持ってない!
いや、もったいないことをしました。
あ、「柳筋」は、通っただけです。ホント、通っただけですからね!
「社長!遊んで行きましょう!」と、やたら声はかけられたが……
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2001.11.22
上原隆「友がみな我よりえらく見える日は」(学楊書房・1359円 1996年・刊)は、ノンフィクション。
都会に生きる無名の15人、それぞれの「全然ダメ」の人生集めたインタビュー集です。
目次からそれぞれの章のタイトル拾うと、「友よ」「容貌」「登校拒否」「ホームレス」「父子家庭」「別れた男たち」「リストラ」「離婚」「うつ病」……
それぞれ皆、社会とうまく折り合いをつけることができなかったり、世間とはまったく断絶したまま生きてたり、それでもなお、別段気負うわけでなく、また「健気」でもなく、淡々と生きて、そんな人々に対する著者の視点がまた、それぞれの人々と同じところにあって、この著者もまた、やはり「世間」とはうまく折り合いつけることが出来ない人なんだな、と思います。
ココロが疲れた時に読むと、じんと染み込んでくる本ではあります。
人はだれしも、ココロに病んだ部分を飼うておりますから、この15の人生のうち、どれかは、「あ、これ、自分と一緒……」というのが、必ずありますね。
本日は、犬を連れて田圃のあぜ道伝いに散歩。
里山はすっかり晩秋の景色であります。
溜め池の土手に登ると、甲羅干ししてた泥亀が、一斉に「どぼん」「どぼっ」「どぼん」と飛び込んだ。
中に1匹、逃げ遅れた奴がいて、甲羅に首すっこめたこいつに犬がちょっかい出して、匂い嗅いだり、前足でころんと引っ繰り返したりしてたんだが、亀がいきなり「ぬぅっ」と首出したら、びっくりして跳び退って、その隙にカメくんはササササ〜ッとにじり走り、無事「どぼんっ」と池に飛び込めたのでした。
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2001.11.23
本日のトップ並びに更新情報は、硬派である。
[カンダハル22日発UPI共同]アフガニスタン南部のタリバーン勢力支配地域には、米軍の空爆を避けて……
……て、なんで新聞記事になるんや……?
その、「アフガン」絡みなのだが、南陀楼綾繁さんの「本とコンピュータ」から、「本コ叢書」として、12月18日に緊急出版される本のお知らせ。
「9月11日・メディアが試された日 −TV・新聞・インターネット−」というのが、そのタイトル。
「9月11日のテロ事件から2か月。マスメディアとインターネットは何を発信したか。映像の影響、テキストメディアの役割、インターネットの独自性を論じる。日米、そして世界のメディア動向と共に、公的な声明から個人の言葉までを再録。
鶴見俊輔、粉川哲夫、中山元、桂敬一、水越伸、音好弘、神保哲生ほか。」
という本なのだ。詳しくは、「本棚」の「こ〜んな本」に、増刊号としてアップしたので、そちらをご参照。
アフガニスタンへの軍事進攻、戦局が進むにつれて、メディアの報道が「アメリカの正義」寄りになってきてるのが、気になりますね。
先日、舞子の「COSMIC COWBOY」での「まっちゃんのライブ情報」アップしたら、TOSHIさんから情報いただきました。10/19のからすイベントで、WAKKUNのライブ・ペインティングに、ウクレレで伴奏つけてくれた、あのTOSHIさんです。
TOSHIさん、ウクレレ・バンドやってて、「実は、12月9日(日)にそこでウクレレのライブを仲間とするのですよ!」だそうです。
お近くの方は、ぜひ!
詳細は、まっちゃんのページにある「COSMIC COWBOY」まで。
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2001.11.24
本日の更新は、ただ今2泊3日の温泉旅行で、酒瓶かかえたまま、旅館の廊下を浴衣の裾なびかせながら、「わはははははは〜〜〜っ!」と駆け回っているらしい、ちいさんの「ちいの泣かせてごめんね」その第7回は、ますくとの「セッション」にて、「ますく、再びの越後電撃進攻作戦」、まだまだ続くの第1回である。
しかし、「温泉」……えーのぉ〜〜。
うちからだと、車で10分足らず、電車で4駅目が「有馬温泉」なのだが……あんまり行かない……有馬はどこも高いのだ!
その有馬のある「北区」、わしも住んでるが、昔は「兵庫区」でございました。
これが兵庫区から「独立」して、「北区」になった時、その区名に、「なんて、つまんねーんだ!」と怒りすら覚えましたね。
その後、「垂水区」から「西区」が独立し、「葺合区」と「生田区」が合併して「中央区」できるに及んでは、あまりにお役所なそれらの区名に、もはや絶望しましたわいな……
中央区なんて(どこにでもある)名にすんなら、いっそ昔の「神戸区」あるいは「湊区」に戻しゃいーのに……
「北区」は、近い将来、かつての「有馬郡」の地域が分離され、「甲北区」になるらしいが……
「甲北区」……まあ、「北区」よりはましかな、と思うが、いっそ「郡」時代に戻して「有馬区」の方が、全国的に通りも良くはないか?
で、「北区」は、かつて「武庫郡山田村」だったとこだけになるらしいんだが、こっちもいっそ昔に戻して「山田区」にしてはどうだ?
「山田区」……ほのぼのと田舎臭くて良いではないか。
あ、今、「武庫郡山田村」を、「田舎くせ〜」と笑った、東灘区のあなた!
その東灘区も、「山田村」のころには、同じ「武庫郡」の「甲南村」だったんだけんね。
甲南村は、昔から「酒造業」という地場産業があったため、神戸市との併合には、最後まで抵抗したらしい。
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2001.11.26
本日の更新は、久々の「文芸からす」、男川正朗さんの新作「軽井沢、1986年」その前編、です。
今回は、タイムスリップものらしい。
「文芸からす」には、太郎吉野(わしです)の新作も2作、ただいまヒソカに準備中。
本日のわしはちょいとアルバイト。以前の勤め先から、「ヒマならちょこっと、今度出る新刊の営業してよ」と頼まれて、本屋さんやら取次やらまわってきました。
お昼前から、三宮−元町−和田岬−板宿−名谷−西神−明石−垂水−新開地、という「西神戸8の字コースで、取次2軒、本屋さん11軒まわって……ちかれた……
でも、旧知の店ばっかりだから、「やあやあやあ」で、楽しくもあった。
しかし、「絵本」売るのに、現品なくて、パンフレット1枚きり、というのは、なんぼなんでもムチャです、N沢さん……
しかも、そのパンフには「クリスマスに……」て……もう遅すぎるような気が……
最後に、新開地本通りにある居酒屋「はきだめ」(しかし、あまりと言えばあまりな名前や……)で、ビールに、串カツ6本430円(カウンターにソースの壷があって、「2度付け禁止」の奴ね。「くじら」も1本あって感激!)と「ハート丼」480円食って帰った。
新開地「はきだめ」の「ハート丼」、飯の上に照り焼きの鶏ハートと刻み海苔どっさり、刻みネギこれまたどっさりで、んまかった!「サザエの造り」や「アナゴの天麩羅」なんかもあって、魚介メニューが充実。また行こうっと。
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2001.11.27
今日の更新は、昨日のお約束通り、旧陣屋さん、「最後の筆者、最初の読者」、その第15回は「多少の」です。
「多少の」……さて、なんでしょうか?
今日、阪急梅田駅からJR大阪駅へ抜けようと思って、「新梅田食堂街」通ったんですけど、そこで、激しいデジャビュに襲われました。
「ここ、35年前にもありました?」と、そこらの人間捕まえ、訊いてみたい衝動に駆られてしまったのでした。
わし、10歳のころ、ここに来た!と思ったのです。すごく印象に残ってんです、その記憶は。
春休みでした。
家でごろごろしてたら突然、デパートに勤めてる母親の妹、伯母ですね、その人がやってきました。
少し前に見合いして、結婚が決まったその伯母が、うちを訪ねて来たことなんて初めてだったから、なんかあったのかな?と顔を出したのです。
それまで居間で、なにやら難しい顔して母と話していた伯母が、わしの顔見ると、「あ!よっちゃん、伯母さんと姫路のお城、見に行こか?」と笑いかけ、続けて母に向かって「なあ、姉ちゃん、ええやろ?」と訊ねたのでした。
退屈してたわしには、否も応もありません。姫路城は行ったことないし、「おばさんに迷惑かけたらあかんよ」という母に送り出され、二人で電車に乗りました。
国鉄の神戸駅に着くと、伯母が突然、いたずらっぽく笑ったかと思うと、「なあ、よっちゃん、姫路でお城見るのと、大阪でおいしいモン食べんの、どっちがええ?」と訊かれて、そのころから根が卑しかったわしは、「大阪!」と躊躇なく答え、「よっしゃ!行くぞ!」と拳を振った伯母と、姫路とは全然別方向の、大阪へ向かう快速電車に乗り込んだのでした。
食いました。とにかく食うたんです、二人で。
「おうどん、食べよか?」「うん!」
「よっちゃん、天ぷら、好きか?」「うん!大好き!」
「今度はビフテキ、食べよか?」「うん!ビフテキ!」
「お茶飲もうか?」「うん!」
「パフェあるで」「食べる!」
と、とにかく、当たるを幸い、食いまくった記憶だけが残っております。
幼心に、「食い倒れ」とはこういう状態なのか……?と思いました。
わしは、満腹のパンパンで眠くなって……気がついたら、伯母は、誰か男の人と話しておりました。
「わたしね……結婚するんよ……」
「……そう……」
「勤めも、やめるんよ……」
「…………」
その後は、あんまり覚えておりません。
なんか、子供は聞いたらあかん会話やないか?と直感して、また寝てしまいましたが、伯母の目が、なんだか潤んでたように思ったのは、「後記憶」て奴かもしれません。
その「食いまくった」ところが、なんだか食べ物屋さんが「ずらずら〜〜〜っ」と並んだ、今日の「新梅田食堂街」のようなところで、あの日も、大阪駅からそんなに離れなかったような記憶があり、「ここか?」と思ってしまったのでした。
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2001.11.28
まずは、本日の更新。
中村よおさん、「中村よおです」その第9回です。
今回は、本屋さん「あかね書房」のお話。あ、わしやたきしーどさんが知ってる、あのお店ではありません。
小田急の経堂駅から徒歩約15分、「すずらん通り」から「赤堤通り」へ抜けたところ、京王線の桜上水駅とのほぼ中間に、わしの下宿はあった。
当時はまだ、辺りに畑や雑木林なんかも点在する長閑なところであった。
すずらん通りが赤堤通りに抜ける手前に、「パレット」という名の喫茶店があって、ある日、コインランドリーの洗濯が終わるまでの時間潰しにと、初めてこの店に入ったのだった。
カウンターの中に、ショートカットの髪を淡い色に染めたバーさんがいて、先客の年配の男の人と、なんだか威勢のいい江戸っ子弁で、ポンポンと喋っていた。店は、バーさんが一人でやってるらしかった。
コーヒー注文してから、「初めてだねえ」「うん」など、バーさんと二、三、言葉交わすうち、わしの関西訛りを聞き付けて、「関西?」と訊かれた。
「うん、神戸」と答えると、「いやぁ〜〜っ!?神戸!?なっつかしーわァ!」と、いきなり関西弁になったバーさんが言うた。
バーさんは、神戸の出身で、絵描きでもあり、今もその店をやりながら、絵を描いているのだ、と、わしにいろいろ話してくれた。
店の壁には、あちこち額に入った油絵がかけてあり、みんなバーさんの作品で、「これも、売ってんねよ」ということらしかった。
よくみると、バーさんはなんだかおしゃれで、若いときには美人だったろうな、という整った顔立ちの人であった。
「サンドイッチ、作ったから食べなさい」と言われて差し出されたそれは、初めて食べる味で、とても旨かった。
2枚の食パンの間にチーズとハム挟み、焼きゴテみたいななのに蝶番のついた器具でギュッと挟んで、鯛焼き式に焼き上げたそれを、実は「クロックムッシュ」というのだ、ということは、随分後になってから知った。
「パレット」のバーさんは、昔の神戸の話を、熱心に語り聞かせてくれた。
「加納町の交差点に、アカデミー、てバーがあるんやけど、知ってる?」と訊かれて、「知らない」と答えると、「あそこは、一遍、行っときなさい。お酒覚えるには、あそこ以上の店はないから。」
それから、絵かき仲間でその「アカデミー」で飲み明かした話やら聞かせてくれたが、「アカデミー」のころの話するバーさんの目は、心なし夢見がちで、「ロマンス」などもあったんだろな、それから二人、手に手を取って東京へ出奔して……などと、勝手に想像してしまったのだった。
「アカデミー」は、今でも加納町の交差点の脇に、震災にも無事で、一見「廃屋」と見まがうような、蔦が一面にからまる木造板葺きの姿で健在である。
バーさんに教わってから、一度行ってみようと思うてたんだが、そのあまりに「一見さんおことわり」な風情に恐れをなし、ドアを開けた経験はまだない。
今は、バーさんのころからは代替わりして、初代マスターの息子さんがやってるらしい。
「パレット」は、もうおそらく、ないんだろうな……
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2001.11.29
本日の更新は、カレーライスさん、「無菌室のエスノグラフィー」は、「第20回 夫が、裸で、若い女と…」です。
なにやら「怪しげ」なタイトルですが、さて……
本日のわしは、またもや本屋さん巡り。
でも、兵庫から須磨まで、電車乗っては降りして5軒訪ねて、そのいずれも店主さん店長さん不在で、「あらら……」
海でも見て気分を変えるかと、須磨の海岸へ出ると、雨までぽつぽつ来やがるの……
しかし、ここの駅、JR須磨というのは、わしの知る限り、「日本一ビーチに近い駅」。
なにせ、跨線式の改札口から、浜側の南口階段降りたら、そこがもう砂浜なのだ。
だから、その砂浜の方から駅に上がる階段には、こんな立て看板もあったりする。
三宮から、電車でほんの10分なんだけどね。
これが、反対側の北口は、商店街もあったりする、ごく普通の賑やかな駅前で、その対比も面白い。
再び電車に乗って、灘から東灘巡って、芦屋で陽が暮れて、雨も強くなってきたから帰ることにする。
ホームから見下ろす街が雨に煙って、灯がにじむ。今来たこの道帰りましょ。帰りましょ……
明日は、どっちだ?
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2001.12.1
今日の更新は、たきしーど仮面さん、「掘り出し物情報」その11は、「『ホームレスになった』金子雅臣」です。
以前、カレーライスさんが紹介した「ホームレス作家」とは、また視点の違ったホームレス論。
ここんとこ、あちこちをうろついておりますが、至るところで目にしますね、ホームレスさん。
昨日は、尼崎−本町−谷町−枚方まで行ったとこで、「ついでだぁ」と、京都の伏見まで。
今日は今日とて、吹田ー都島−阿倍野−富田林−橿原……なんだかジグザグに動いております。「京阪神流れ者」だな……
いつも使ってる「スルッと関西」のカードの裏に刻印されたの見ると、阪神、阪急、大阪地下鉄、近鉄、京阪……いや、いろんな電車に乗っております。
「発見」もしました。
京阪電車の車内には、なぜか「成田山」のお守りが張ってある……
「電車にお守り」もミスマッチだが、しかし、なぜ京都の神社でなくて「成田山」?
大阪市内のJRと、近鉄各線の案内表示には、日本語、英語に加えて「ハングル」も併記してある。
中には「日本語とハングルだけ」という案内板もあって……そんなに多いのか?韓国から来る人。
普段まず使わない線や電車って、面白いですね。
河内から大和へ走る近鉄南大阪線には、布忍、恵我の荘、土師の里、道明寺、貴志、尺土、浮孔、等々、なんだか由緒ありそうな駅名が並んでる。
しかし、大阪環状線には、いつから「快速」が走るようになったのだ?知らなかったから、うっかり通過する電車に乗ってしまったではないか……
それに、「関空快速」やら「大和路快速」やら「紀州路快速」、あげくに「区間快速(奈良方面)加茂行き」なんてのもやって来るわで……うっかり乗ってしまうと、どこへ連れてかれるやら……
うかうかと「くるくる」も、しとられんではないか……
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2001.12.2
佐藤正午「きみは誤解している」(岩波書店)は、6編の連作短編小説集。「競輪」をキーワードに、6つの人生それぞれの断片が描かれます。
あんまり「岩波」らしくない作品集。
佐藤正午の小説、会話が自然でいいのよね。
本日の更新は、「文芸からす」。
先日「前編」をアップした、男川正朗さんの小説、「軽井沢、1986年」、その「後編」です。
いかな顛末になりますか。
カレーライスさんの別人格とは別の、やんごとなき方の雅子さんには、昨日(12/1)、女の子が誕生されたようで、わし、昨日は街に出てて、某駅ビルに「慶祝 新宮様誕生おめでとうございます。」という張り紙見て、「あ、生まれたのか」と知ったのですが、なんか、その「慶祝」ぶりがビミョ〜〜〜で、「ひょっとして、女の子?」と思ったら、やっぱり、でした。
今日の新聞、テレビの報道も、なんか、「やや戸惑いぎみ」と感じたのは、うがち過ぎかな?
「天皇」という呼称には、英語の「KING」「QUEEN」みたいに男女の呼び分けもなし、別に女がなっても問題ないだろが?と思うのだが、たかだか100年ほど前に制定された「典範」に、そんなにこだわるのは、なぜ?
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2001.12.3
今日の更新は、植竹宏樹さん、「つれづれなるまにまに」その第7回「紙の棺桶」です。
わしも、今日いっぱい見ました。大阪は天王寺動物園周辺に林立する「紙の棺桶」……と言うより、もう、あれはりっぱな「家」だな……
明日も更新できたら、「ちい&ますく」の続きを、アップ予定。
今日もあちこち行きました。
奈良の高の原ってところにある「新風堂書店」さんは、「こどもの本」メインに置いてる本屋さん。
店内のフリースペースで、いろんなイベントをほぼ毎月催して、今日までは、「ぐりとぐらカルタ原画展」、12/6から1/15までは、「荒川尚也ガラス展」やってるそうです。
店主婦人の中田さんは、元・女優さん。店内のイベントだけでなく、お店主催で、この夏には劇団こまつ座公演に、井上ひさしの講演をセットで催したり、来年、1月26日には、児童文学者の中川李枝子さんの講演会を主催されるとか(詳しくは「告知板」に)。
この新風堂さん、お店も明るくて、店内も店主さんのこだわりがいっぱい。
「コ」の字の建物の真ん中に大きなケヤキの木があって、その両側が入り口、というしゃれた造り。鋳物の看板もおもしろく、写真撮って帰ろうと思うたら、電池切れだった……(ドジ)
新風堂書店は、奈良市右京3丁目2−2
電話 0742−71−6617
近鉄・京都線「高の原」駅からまっすぐ、高の原団地を突っ切ったところ、「東大寺学園」の森に面してあります。
今日、気に入った駅名。「瓢箪山(ひょうたんやま)」駅。近鉄・奈良線にあった。
「お住まいは?」
「はい、ひょうたん山です。」
なんて、いーではないか。
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2001.12.4
本日の更新は、昨日の予告どおり、ちいさんです。
「ちいの泣かせてごめんね」その8は「ますく、再びの越後電撃進攻作戦 A昼酒大盛り編」です。
本日のわしはと言えば、中島らも氏の出身大学まで行って来ました。富田林の、……や、これが、えらい山の上なんだ……
しかし、近ごろの大学ってば、ミョーにきれいで、わしらのころのイメージとは、大きなギャップがある……
構内には、やたらガードマンが歩いてるし……
しかし近ごろ、毎日のように近鉄を使っておりますが、神戸の人間にとっては一番縁がない電車、「南海、京阪、近鉄」を、最近よく使います。
昨日なんて、「チンチン電車」の阪堺電車にも乗ったわ……
昭和40年10月×日(日)
きょうは、おとうさんと、おとうさんのかいしゃのひとたちと、ハイキングにいきました。
神戸からでんしゃをいくつものりかえて、うえほんまち6ちょうめという、長いなまえのえきにつくと、おとうさんが、「あれ〜〜、おっかしいなあ。」と、とほうにくれました。まちあわせのひとたちが、だれもいなかったのでした。おとうさんが、じかんをまちがえたのです。
「しゃーないから、わしらだけで行こ。」と言うおとうさんと、でんしゃにのりました。長いことのりました。
とちゅうの、いがかんべ、というえきで、おとうさんが、「ここな、にんじゃやしきがあるんやで。」とおしえてくれました。「こんど行こな。」と言うたけど、まだ連れて行ってもらってません。
「にしあおやま」というえきでおりると、かいしゃのひとたちがまっていてくれて、おとうさんは、「なにしとったんですか。」と、おこられてました。
それから、「あおやまこうげん」というところを、みんなであるいて、ぼくは、おとうさんのかいしゃのおねえさんに「ぼくは、げんきやねえ」とほめられて、「もっとはようあるけるで。」とはりきって走ったら、おなかがいたくなった。
「ひがしあおやま」というえきまであるいて、かえりのでんしゃに乗りました。
ぼくはねてたら、なんかやき肉ととんがらしのにおいのするえきでおこされて、赤いでんしゃにのりかえて「たまつくり」というえきでおりました。ぼくは、もうねむたいし、かえりたかったのに、おとうさんは、かいしゃの人たちと、なんか、くらくてせまいお店にはいって、おさけをのみます。ぼくは、きれいなふくをきたおばさんから、ジュースをもらってのみましたが、いすが高くてずっこけそうでした。
おとうさんは、かいしゃの人たちと、わはは、がはは、とわらっていました。そのあとのことは、おぼえていません。
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2001.12.6
本日の更新。10/19の烏書房ファイナルイベントでは、獅子奮迅していただいた、そして、先月、11月11日にめでたく50歳の誕生日を迎えられた、幻内職堂さん、「幻堂出版ゴッコファーザー日記」、その第8回です。
内職堂さん、憤っております。酔っ払っております。どうぞ!
内職堂さんからは、わしの本も来春出していただく予定で、タイトル、仮題なれど、この度決定しました。
「街の本屋が、カァ!と啼く」とゆーのだ。
……早よ、原稿、書こ……書きます……
内職堂さんの「幻堂出版」、ただ今、出版予定が目白押しなのです。
その一端を、内職堂さんからのメールそのまま、ご紹介。
おおおおっ!「何の雑誌」、「4号・休刊号」との、その舌の根も乾かぬうち、なんと「5号」の計画も進行中です!
……ったく、このおっさんは……
◆「映画のあとで・大全」第一巻(仮題)浅田修一著「神戸
最後の名画館」から1年。
幻堂から待望の浅田修一著作集刊行。
◆またしても期待を裏切り「氣刊・何の雑誌5<休刊號ダッシュ>」特集=コラム・小説・漫画 にてどうどう発刊! 休刊の舌の根も乾かぬうちの大快挙! しかしシツコイね、
このオッサンは…走り出したら止まらんヤツ。初夏に予価1000円。
◆鈴木漁生作品集4「シュール官能時代」(仮題)80年代の末尾の中の鈴木漁生はただ脱力漫画であったのか? 果して…。
本日のわしは、晩秋の播州へ行って参りました。
…………
す、すみません!「ばんしゅうのばんしゅう」が言いたかったんで、季節まで曲げてしまいました……
「初冬」ですね、今は。はい。
ひめじじょうがきれーでした。
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2001.12.7
佐藤正午の短編集「きみは誤解している」(岩波書店)を読み終えました。
これ、オススメします。6編の短編、すべて見事な短編小説です。
短編集「きみは誤解している」は、すべて「競輪」が絡んでくるお話で構成されてます。
学生時代、小豆島の某ホテルで、板場の下働きとしてアルバイトしてた時、板場で「二番手」の板前、ヤスイさんと、わしは「鞄持ち」で、東京に出張する「おやっさん」を岡山駅まで送りました。
新幹線に乗り込むおやっさんが、その板前さんに「ごくろうさん、ほな、これで遊んで帰れや」と、財布から5、6枚の1万円札抜き出し、手渡しました。
駅を出たヤスイさんが、「よ〜し!ほなら、行くぞ〜〜っ!」と張り切って、「どこ行くんですか?」と問うわしに、「黙ってついて来〜い!」と、タクシー乗り込み、「運ちゃん!宇野!」と伝え、心得た様子の運ちゃんは「競輪場でいいんですね。」と念を押します。
「おまえな、キャバレー行ったこと、あるか?帰りに連れてったるわ!」
ヤスイさんは、はしゃいでました。
競輪場は、血走った目のおっさんたちでいっぱいでした。
場内に入ると、ヤスイさんは、わしのことなんかそっちのけで、発送表睨んでは、車券売場とスタンドをせわしなく往復します。
わしは所在がなくて、ただスタンドに座って、金網越しに、次々にゴールする選手と、スタンドで選手をやじったり、外れ車券ばらまくおっさんなどを眺めておりました。
隣に座ったジーサンが、「○○の脚も、そろそろ限界かいのぉ……」とつぶやいて「ふぉっふぉっ」と笑うのに、あまり分がよくなさそうなヤスイさんが、「やかまし!ジジィ、黙っとれ!」と怒鳴りました。
ワケわからんレースを、じっと見てるのにも退屈したので、車券を1000円、買いました。あてずっぽうの数字でした。
自分の買ったレースが終わっても、結果がよくわからんかったので、隣で買った車券全部破り捨ててるヤスイさんに、「これ?」と訊くと、「お!?いつ買うたんや?それ、当たっとるぞ。」
払い戻しの窓口に持っていくと、3万と何千円かになりました。
その3万幾千円で、次のレースの、さっき当たった数字のウラ目を買いました。
3万幾千円は、一瞬のうちに「ぱー」になりました。
なんだか、怖くなりました。わしは、バクチには向いてない、と思いました。
最終レースまで粘って、ヤスイさんは、取ったレースもあったようですが、負けの方がずっと込んでたようで、競輪場を出てもずっと無言でした。
駅に続く行列の途中で、ヤスイさんがいきなり、「メシ、食お」と言うて、焼き肉屋に入っていきました。
二人、無言で焼き肉食ってビールを飲みました。
焼き肉屋出ると、ヤスイさんがまた唐突に「帰るぞ」と言うたかと思うと、通りかかったタクシー止めて、自分から乗り込んでいきました。
岡山港に向かうタクシーの中でも、島に向かう船の中でも、ヤスイさんはずっと無言で、わしは、「この人もバクチには向いてないんだな……」と思ったのでした。
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2001.12.8
南陀楼綾繁こと河上進さんが編集長つとめる、「季刊・本とコンピュータ」、その「冬号」を、本日「献本」にていただきました。
わしも、ほんの600字ほどですが、起稿させていただいたこの号、買いに行こうと思っていた矢先、ポストに入っておりました。いや、ありがたい。
「秋号」に続いて、「リニューアル創刊第2号」となるこの号、売り物の「雑誌内子雑誌」、従来の南陀楼綾繁・編集「奇抜と実験」、龍沢武・編集「本とはなんだろうか?」に加えて、松田哲夫・編集「ほんめでぃあ」に、アラン・グリース・編集「MANGA HONKO」の2本新たに加わり、執筆陣も、南陀楼綾繁はじめとして、松田哲夫、平野甲賀、紀田順一郎、切通理作、田口ランディ、山口文憲、等々、等々、実に豪華絢爛一条蛸薬師通りアガル。
ただ今、全国本屋さんで絶賛発売中……なんだけど、置いてない店もあるよ……
この「雑誌内子雑誌」てのは、かつて、「朝日ジャーナル」後に「現代の眼」誌上にあった、「赤瀬川源平責任編集『櫻画報』」、また、「ガロ」にあった、嵐山光三郎の「真実之友」、みたいなものね。
ひとつの雑誌の中に、単なる「連載」ではなく、まったく別の雑誌が「入り込んでいる」というカタチ。雑誌版の「人面疽」だな……(違うって……)。
しかし、たった600字で、原稿料いただいた上に、献本までいただき、南陀楼さん、まことにありがとうございます。
考えてみたらわし、サラリーマン時代には、そこらのコンビニにある程度の月刊誌、週刊誌、コミック誌は、毎号会社宛に各出版社から送られてきてたし、本屋始めてからは売場にあるしで、「雑誌」てのは「買わずに読める」境遇に、この20数年間あったのね……
そのころ、結構、テキトーに読み飛ばして、「ふ〜〜〜ん」など言うておりましたが、やっぱ、「おもしろい」「おもろない」てのも、身銭を切って初めて、言う資格ができるのよね……
あ、情報もひとつ。
うらたじゅんさんのサイト、「web漫画」の新作「思い出のおっちゃん」が、アップされております。
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2001.12.10
本日の更新は、ちいさん、「ちいの泣かせてごめんね」その9は、「越後ドバラダますく乱入酔っ払い編」……なんか、タイトルが微妙に……と言うよりオーハバに違ってるような気もするが、なんだっけ?
えーと、寝不足&晩酌ほろ酔いにて、記憶があまり定かではありませんが、更新したど、ちいさん、ますく。
本日のわしは、大阪は西区というところに行ったついでに、周太さんの事務所にちょいお邪魔しまして、その後奈良方面へ。
わし、知らんかったんですが、京都の市営地下鉄てのは、近鉄奈良まで乗り入れてるのね。奈良駅で電車待ってたら、「急行・国際会議場前」行き、ていう銀色の電車が来たんで、びっくりした。
本日出会った、難読駅名。
「祝園」。
「ほうその」と読むそうだ。
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2001.12.11
本日の更新は「本棚」の「こ〜んな本〜」に、わしが読んだ、カズオ・イシグロ「遠い山なみの光」の感想文。
■ナゾの「闘牛場」
西区にあった店の近くに、なぜだか「闘牛場」がありました。
ある日、忽然と出現したのでした。バブルのころです。今もあるのかどうか……
遠路、奄美から来た人達と牛が、いたようです。時々、それらしい「島なまり」の人達や、「鹿児島」ナンバーのトラックを、、店の駐車場で見かけることがありました。
「闘牛場」は、高速の出口の脇に建つラブホテルの横手の道を入り、車1台がやっと通れる未舗装のでこぼこの道を、うねうねくねくねと山に入って行った谷間に、まるで隠れるようにひっそりとありました。
犬を散歩させるのに、その山道を入っていった時のこと。
車のワダチが深くえぐれた細い道を行くと、急に視界が開けて、山肌を剥き出しに切り開いた所に、急ごしらえの「砦」のような建物がありました。
手前にはやはり山肌を切り開いた空き地があって、そこには、黒塗りのベンツが、ずらりと並んでおりました。
目付きの鋭いお兄さんたちが2、3人、その車の脇に立って、わしを「じろり」と見てました。
「闘牛場」の方に、黒い牛を連れた地下足袋に法被姿のおじさんが現われ、無言で牛を引いて、闘牛場に入っていきます。
でかくて、筋骨隆々とした牛でした。よく手入れされた毛並みが、ツヤツヤと光ってました。
わしが連れてた犬は、牛の迫力に圧倒され、尻尾を下げてうずくまってました。
闘牛場の方から、くぐもった歓声が聞こえてきました。
ベンツの脇のお兄さんたちは、相変わらず無言で、わしを鋭い目付きでもって値踏みするように見ていて、どーも、シロートには「いてはいけない」ような空気察してわしは、「帰るぞ」と犬に声かけて引き返したのですが……
あそこは、いったいなんだったのか……?今もってナゾなのでした。
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2001.12.13
昨日は一日、冬の京都を彷徨っておりました。
まずは、山科の「山科書店」さんを訪ねた後、蹴上まで戻って、銀閣寺まで、「哲学の道」歩いてった。
京大の西田幾多郎くんが、いろいろと考え事しながら歩いた道だな。きたろうの道。
何考えて歩いてたかとゆーと、今晩のおかず、何にしようか、とか、昨夜の芸者さんはよかったな……とか……ちゅうのは、ちょっと違うだろが、タマにはそんなことも考えてたな、絶対。
難しい考え事してるときに、目玉親父に「おい!きたろー!」なんて邪魔されたりして……て、「きたろう」違いですね。はい。
記憶では、蹴上から銀閣寺、「す〜ぐ」だと思うたのだが……遠かった……しんどかった……
で、銀閣寺近くにある、「リーブル銀閣寺」さんへ、やっとのことで着いたのだった。
ここは、なんと「24時間営業」の本屋さんなのだ。オーナー店長の植田さんが、意欲的に棚作って、ユニークな品揃えの店なのだ。キャッチフレーズは「エロ本からカントまで」だそうだ。
植田さんにいろいろお話うかがって、そいから今度は祇園へ。
四条通を八坂神社に向かう途中、南座近くにある「祇園書房」へ。
さすがに京都・祇園のど真ん中とあって、京都関連は言うに及ばず、花柳界関係の本、多し。
ここの店長の高橋さんは、「bk−1」の「ブックス安藤」のHPで、コラムも連載されてるのだった。
あ、「リーブル銀閣寺」さんと、「祇園書房」さんのリンクは読ん太さんちの「あなたの町の個性派本屋さん」から(勝手に)拝借しました。感謝。
もっといろんな本屋さんをまわりたかったのだが、モタモタしてる間に日が暮れて、石塀小路あたりうろうろした後、れろれろ七条烏丸方面へ移動して、京都の本屋さんの忘年会に参加させてもらった、そんな一日なのでした。
冬の京都でちょこちょこっと、写真とりまして、ここに置いときました。どぞ。
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2001.12.14
……風邪、ひいてまんねん……
というわけで、朝から調子悪く、寝ておりました。
皆様もお気をつけください。
本日の更新は「本棚」の「こ〜んな本〜」に、高田渡「バーボン・ストリート・ブルース」の感想文を。あ、読んだのは、わしです。
高田渡52歳、反骨の半生記であります。
「こ〜んな本」には、他にもアップしたい本が、ただ今たくさんあるのだが、そのうち順次アップします。て言ってたら、どんどん溜まるんだな、これが……
ビデオで、サンドラ・ブロック主演の映画「デンジャラス・ビューティー」てのを観た。
「ドンパチ」はあるけど、人死には出ず、なかなかに楽しいエンターテインメント。「ビバリー・ヒルズ・コップ」の女性版、とも言えるかな。
「ブスで男勝り」なFBI捜査官、ブロックが、付け焼き刃の特訓と究極のメイク施し、「ミスコン」に潜入捜査する、というお話なんだが、サンドラ・ブロックの、どこが「ブス」やねん……という疑問は残りますが……
最初の登場の際、ブロックに「ブス・メイク」していただいておれば、後の「変身」が、もっと際立ったと思うんだがな……
でも、それでなくとも映画自体は、充分楽しめる。
並べると全然似てないんだが、わし、この「サンドラ・ブロック」と「デミ・ムーア」、よく間違えるんですよね。
以前は、「デミ・ムーア」と「アンディ・マクドウェル」を、よく混同してたが、こっちは、最近ようやく、見分けがつきます。
でも、アンディ・マクドウェルの、あの濡れたような目と、憂いを含んだ表情が、好きだな、わしは。
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2001.12.16
昨夜は、なえちゃんの「目黒考二ファンクラブ」サイトと合同で「忘年オフ会」。
元町・下山手の「東亜食堂」で、総勢15名、わいわいとやっておりました。
その後、皆さんと「ルミナリエ」見物にいったんだが、人込みでバラバラにはぐれてしまいました。
皆さ〜ん、無事に帰れましたか〜〜〜?
で、本日の更新は、カレーライスさん「無菌室のエスノグラフィー」その第21回は「エレーン」です。
「エレーン」は、中島みゆきの歌のタイトルなんですが、さて?
カレーライスさんは、メールマガジン「野良猫通信」というところで、同じく「カレーライス」の名で「新ガラパゴス通信」というコラムを連載されております。
どうも「ガラパゴス」は、時代の「進化」から取り残された、カレーライスさんの故郷の町のことみたい。
バックナンバーの閲覧と配信登録は、上のリンクからできます。
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2001.12.17
最近、新聞(朝日)に、「京都」に関する話題が、立て続けに2件出てた。
ひとつは、このところの「舞子さん」は、京都以外の出身者が8割を占めている、という話題。
んで、それは今に始まったことではないんだが、問題は、関西以外の出身者の場合で、そーゆー舞子さんの場合、「京言葉」を身につけるのに、四苦八苦するらしい。
ある関東出身の舞子さんは、「バイリンガル」なんだが、京都弁が「中国語より難しい」そうなのだ。
「関西と関東では、イントネーションが違いすぎる」と悲鳴あげ、「おおきに」ひと言を習得するのに、1年以上かかったらしい。
京都に限らず関西弁のイントネーションは、関東に比べて抑揚が大きくて、だから関東出身者には、なかなかマネできない、とも言いますね。
もうひとつは、あの金閣寺が、すぐ隣の地所のホテルが廃業したのを、そのホテルまるまる、20億円で「買い取った」という話題。
どっか別のところに買収され、跡地に高層のマンションやホテル建てられては「かなわん」とのことで、先手を打ったらしいが、お寺さん、お金あるのね……
しかし、京都は、繁華街はともかく、こういう風致地区には、やはり建物に「高度制限」した方がえーんではないか?
「外」の人間の勝手な言い分かもしれんが、古いお寺の向こうに、マンションがニョキニョキそびえてんのは、あんまりえー景色ではありまへん……
あ、忘れるとこだった。
本日の更新は、ちいさんの「泣かせてごめんね」その10は「越後へべれけ弥次喜多道中」……あ、ちょっと、違うようだが……そんなのです。
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2001.12.18
先日から、何度か京都を訪れる機会があって、つくづく思うたのは、京都という街は、実に「面の街」なんだな、ということ。
大阪や神戸みたいに、「核」になる中心部があって、そこから道路や鉄道に沿って「線」状に街が広がるんじゃなくて、あの四角い碁盤の目の中の四方八方に、いろんなものがあちこちに点在しながら、街ができあがっている。
だから、この中を移動するには、「点」を「線」で結んだ地下鉄では、非常に不便!
かと言って、バスは、外から来た人間には不案内だし、いまさらながらに、あの街はどうして「市電」を廃止してしまったのか……?
碁盤の目の道路に沿って走る路線は、初めての者にでもとても分かりやすくて、市内なら、どこへでも行けて、どこで降りたらいいかわからなくても、外眺めていれば「あ、ここだ、ここだ」と、「ひょい」と降りることができて、とても便利だったのだ。
「面」の街には、「面」の乗り物が必要だ、と強く感じた冬の京都なのであった。
下の「ガイド」に、先日お伝えした、カレーライスさんが「新ガラパゴス通信」連載するメルマガ「野良猫通信」を、リンクしておきました。
「無料」だから、お気軽に配信登録を。
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2001.12.19
今日の更新は、旧陣屋さん「最後の筆者、最初の読者」、その16は「自業自得」。
つい、2、3日前の「実話」とのことである。
本日、元町は「カフェ・アズマ」行ったら、マスターの東さんが、「これ!この映画は、絶対見んとあかん!」と力説された。
イラン映画「カンダハール」モフセン・マフマルバフ監督作品。
2000年の作品だが、既に上映された欧州では、「今日の事態を予言していた映画」として、かなりの話題になっているそうだ。
「世界から見捨てられた」アフガンとその難民に視点を据えた映画。映像の美しさと描かれる現実との対比が、ひどく「シュール」であるらしい。
東さんによれば、このモフセン・マフマルバフという監督、「今、世界中でもっとも注目すべき映画監督」ということらしい。
王政時代のイランで「政治犯」として収監されていたこの監督には、「アフガニスタンの仏像は破壊されたのではない、恥辱のあまり崩れ落ちたのだ」(現代企画室・1300円)という、長いタイトルの著書も邦訳されており、こちらも、アフガンの現状を、イスラム社会の中から見据えた本で、東さんによると、「絶対読むべき」とのことである。
その「AZUMA」の常連でもあった、毎日新聞の高尾記者は、現在、イラン・アフガニスタン国境の難民キャンプで積極的な取材を続けており、先日は、その難民キャンプの子供たちのことを綴った記事が、一面飾ったそうである。
映画「カンダハール」は、関西地区では、来年2月から公開が始まる。
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2001.12.21
昨日、第4子の女の子が生まれたばかりという、たきしーど仮面さん、別名の「朝日山」にて、「書評のメルマガ」に書いてはったん、拝読しました。
なんでもたきしーどさん、近所の本屋さんへ、子供さん連れて、志茂田景樹が自作の童話朗読する「読み聞かせ会」に連れてったとか。
わし、知らなかったんですが、カゲキさん、そんな活動してたんですね。なんでも「全国巡業」だそうで、かなり「お疲れ」のご様子だったとか。
作家が、本屋さんで、(サイン会じゃなくて)そういうこと、進んでやると言う姿勢は、エライ!です、ホンマ。
他の、あの人やこの人も見習うべきだ、と思いますね。
「読み聞かせ会」というのは、さすがに作家自身がやるのは珍しいけど、昨今、「子供を本に親しませる」ため、あちこちの本屋さんで、活発にやってるようです。
決して悪い試みではないんだけど、それでもやっぱりわしなんか、子供より先に、「親」の方が「本を読む」という習慣つけるのが、「先ちゃうか?」と思うてしまうのです。
親が本を読まないと、子供にどんな本を与えたらいいのかわからんし、なにより、本読まない親の子は、決して「本」を手に取ろうとは思わん、と思うんだけど……
本日は、リンクページにサイト追加。
滋賀の読書人、そらさんのサイト、「空文」。
美しい写真ふんだんに使った、とてもすっきり、きれいなサイトです。うちとは大違い……
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2001.12.22
先日、当欄でもお伝えした、映画「カンダハール」の主演女優の方が、昨日、来日して記者会見したそうですね。
自らもはっきりと意見持ったこの人、本業はジャーナリストなのね。
今日の更新は、「こ〜んな本〜」で、わしの感想文。「宮本常一の見た日本」(NHK出版)佐野眞一。
宮本常一という人は、とにかく、「歩いた」んですね。彼の著作「忘れられた日本人」にもあるけど、もう、山の中の「獣道」みたいなとこ辿って、橋のないところでは、服脱いで裸になって川を渡り、土地土地の古老に話を聞きに行ったんですね。
対馬の、頭上を鬱蒼と樹木の覆う道を、日が暮れたら大変と急ぎながら、「中世の旅というのは、このようなものではなかったか」と思索などもしておりますね。
明治以後の日本が、「旧弊」「封建的」と切り捨ててきた、農漁村部の風習、しきたりが、むしろ戦後の「民主主義」よりも、ずっと「民主的」だったことなども、さりげなく指摘してる。
明日は、ちいさんの「例のやつ」を更新の予定なんだが、この宮本常一という人は、自らも「島」出身だったためか、「島嶼部」の文化には、ことに興味を引かれていたらしくて、ちいさんの対岸、「佐渡島」には、ことに濃くその足跡を残しているそうだ。
今でも、佐渡では、彼のことを「神様」のように思っている人が、少なからずいるとか。
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2001.12.23
本日は、昨日のお約束どおり、「水戸黄門 第123回 越後のご隠居うっかり八兵衛を叱る」……ではありません。
ちいさんの「泣かせてごめんね その11」は、「ここにおわすをどなたと心得る!?前の闇将軍、酒呑変身奥方なるぞ!」です。やっぱり、違うような気が……
年末ともなりますと、お酒を飲む機会も増えて参りますが、飲酒運転、終電寝過ごし、路上宿泊、親父狩りの小僧から金を巻き上げる、ヤクザにからむ、交番襲撃する、そのままイキオイでハイジャックしてしまう、等々、思わぬオチャメに及んでしまう方もあろうかと思います。どうぞくれぐれもご自重の上、ご注意くださいね
明日はクリスマス・イブ。
最近、商店街歩いても「ジングル・ベル」やらの昔ながらのクリスマスソングじゃなくて、どこ行っても「雨は夜更け過ぎに……」てのが流れてますね。
あれはもう「スタンダード」だな。すっかり「クリスマスの歌」として定着したみたいね。
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2001.12.25
“日曜研究家”串間努の「まぼろし万国博覧会」(小学館)を、見ております。
「世界の国からこんにちは……」「人類の進歩と調和」ですね。
タケノコが名物だった竹やぶの丘陵地帯に、忽然と出現した「未来都市」。
「コンパニオン」という言葉も、このとき始めて知りましたね。
この本の中には、その「コンパニオン」の皆さんのお姿が残されておりますが、「ミニ」ですね〜、「パンタロン」ですね〜
会場が大阪だったので、中学生わしも、学校から行ったり、友達同志でつれだったり、都合、6回くらいは行ったでしょうか?
「ダイダラザウルス」には、2度乗った。
学校から「遠足」で行ったとき、ニシムラくんと「ミュンヘン館」の野外レストランで、家から持って来たお稲荷さんの弁当開いてたら、バイエルンの民族衣装のお姉さんが、ビアジョッキ両手に抱えてきて、わしらに向かってにこやかに笑いかけ、「Beer?」とたずねてくれました。
わしら、学生服にくりくり坊主のチョーボウだったんですけど……
梅田の駅で、入場券手に持って歩いてたら、「それ、売ってください」と、家族連れから声かけられて、800円のきっぷが、1500円で売れました。
万博終わってしばらくすると、通学の電車からいつも見えてた「山の街」の住宅造成地に、突然、「カンボジア館」が現われたのでした。
そこを開発してたディベロッパーが買い取って、会場から移築したらしいそれは、団地の中で、いつまでも異様を誇っておりました……
「カンボジア館」は、今もその団地、「北区広陵町」で、「集会所」として使われているのだった。
ところで、母さん、ぼくのあの「太陽の塔」、万博会場で買ってきたあの置き物は、どこへ行ってしまったんでしょうか?
ウェブ上でも、この「EXPO70」については、回顧のサイトが、結構あるようだ。
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2001.12.27
本日は、幻内職堂さんと、わしの本の打ち合わせ。
タイトルは、「街の本屋が『カア!』と啼く −からすの本屋熱血風雲ビンボ録−」、写真やなんかもたくさん入れて、カバーデザインは、「何の雑誌」でおなじみの、神戸鶴亀本舗・石井章さんで、付録の「豆本」もついて、予価1500円、来年の3月末ころ、発売の運びとなりました。
なりましたからには、原稿、早いとこあげんと……書きます、はい。
あ、たけちゃんが、閉店直前の烏書房の映像を、ずいぶんと撮っていてくれたそうで、そちらの画像も、ありがたく使用させていただきます。
ぐっどたいみんぐ、で、どうもありがとうございます。
内職堂さんからは、できたばかりの「何の雑誌 スーパーストロング漫画−休刊−號」をいただきました。
おお!あすが「休刊號」、増ページであります!分厚いです!194ページ、折り込み付録も2点もついて、定価税込み1000円!お得だ!
特集は「私が愛した怪獣たち」と「みんなのエロス」の2本立てオールナイト興業!
川崎ゆきお、うらたじゅん、J.マツオ、福本和也、他の漫画もパワーアップでさすが「休刊號」!
中村よおさんの「怪獣エッセイ」もあるぞ。
南陀楼綾繁さんが串間努さんの「日曜研究家」で連載してた「帝都逍遥蕩尽日録 特別復活編」が、なんと、降版2日前の入稿というのに、6ページ、しかも「三段組み」だぁ〜〜〜!(内職堂さん、「ひーこら」言うたそうです)
南陀楼さんの今回の「逍遥」は、「関西編」にて、烏書房のファイナルイベントのレポートもあって、お!周太さんのお名前も……!
「何の雑誌 スーパーストロング漫画 休刊號(第4号)」は、ただ今全国書店で細々と販売中!
神戸なら、海文堂または「ちんき堂」が確実だ!
「何の雑誌」、今回が「休刊號」なれど、内職堂さんには、「第5号」の準備も着々と進行中!とのことだ!?
こうなったら、あれですね。「閉店セール」と「新規開店大放出」延々と繰り返す、「パチンコ屋方式」だァ〜〜!
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2001.12.29
月日は百台の貨客にして(ん?)本日は、もう12月29日であります。しかも2001年の。
もういくつ寝て、年が明けたら、鉄腕アトムも生まれてしまうわ、夜が明けたら一番早い汽車に乗るから、切符を用意してちょうだい、だし、もう大変……
中村よおさんから、「トオリヌケ・キ」の。2002年1月号が、今日届きました。
よおさん、この年末もセカンドアルバムのレコーディングでフル回転だそうだ。
そのよおさんが、「FMわいわい」に持ってる番組、「僕たちの70's」、明日、12月30日は、「年末スペシャル」にて、2時間の尼放送……いや、「生放送」。尼が放送してどーする……!?
下が、そのよおさん自身によるご紹介。よおさんちの掲示板からパクってきました。
ウェブでも聴けるそうだ。
今年も年末恒例となったFMわいわい「僕たちの’70s 年末スペシャル2時間生」あります。12月30日午後4時から6時。
今年リリース、リイシューされた70年代から活動をつづけている人たちのアルバムからたっぷり聴いていただきます。中村の2ndアルバムからもいち早く聴いていただこうかと思っています。ゲストは昨年につづき狂い咲きフォーク&ロック研究会のまっちゃん、リンボウさん。
インターネット放送でも聞けますので、大掃除しながらぜひ聞いてください!
77・8MHz
http://www.jp.real.com/fm-yy
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2001.12.31
昨日の「FMわいわい」、よおさんの「ぼくたちの'70s2時間生放送」、全部は聞けませんでしたが、中山ラビと友部正人が聞けて、よかった。
明けて本日は、おおつごもり。
わけても今年はいろいろと、個人的にもあった年でした。
西区の店を閉めて、烏書房をオープンしたのが、去年、2000年の夏、そしてこの秋に「閉店」となってしまいましたが、この1年は、西区にいた13年間に比べて、ずっと「濃ゆ」くて、充実した1年間でございました。
元町・下山手の烏書房には、実にいろんな方々が集ってくれました。みんな、わしとまりあさんに「元気」をくれる方々でした。
このサイトをオープンした1月からは、さらにまた、コンテンツに連載してくれる「同人」方や、掲示板に集ってくださる皆さんから、ずっと「元気」をいただいてきた1年間だったように思います。
皆さんのおかげで、わしは、好き放題やって、笑って店を閉じることができました。
皆さん、本当にありがとうございました。そして、来年もまた、よろしくお願い致します。
今年の更新は、これが最後かと思います。
新年は、酔っ払ってなければ、元旦にやります、はい……
最後に、まりあさん、また来年も、おそらく苦労をかけますが、よろしく……ね……ね……
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2002.1.1
皆様、あけましておめでとうございます。
元旦の未明、やや酔っ払いながら更新作業しております。
昨年は、内外ともにいろいろとありましたですね。
わし周辺でもまた、なんやかやと「激変」の年でもありました。
さて、今年は、いかがなりますか……?
大晦日から、ずっと起きておりますが、いつもと違って今日は、真夜中にも電車の音が聞こえております。
うちのあたりは、深夜に何本か臨時列車が出るくらいらしいけどね。
都心部は、今日はフル回転で終夜運転なのね。
昔、むか〜〜〜し、大晦日から元旦にかけて一晩、京都ですごしたことがありましたっけ。一人で……
八坂さんで、「おけら参り」の火縄貰って、この日だけは、社内にもその火を持ち込んでもいい、終夜運転の京阪電車、三条−淀屋橋往復しながら仮眠取って、あちこちうろうろしてましたっけ……
晦日から元旦にかけての京都は、未明までどこにも人があふれて、なんか、いつもとは違うんですよね。
八坂さんの前にある本屋さん、「祇園書房」さんも、この日だけは、深夜の1時まで店を開けてるんだとか。
「おけら参り」の火縄は、クルクルと振り回しながら、その種火を消さないように持ち帰って、「若水」を沸かすんですが、持って帰る「家」のないわしは、その火を煙草に移して、火縄は四条大橋から加茂川に捨てました。
しかし、一人元旦の京都で、なにやってたんだか……19歳のわし……
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2002.1.4
お屠蘇気分もそろそろ醒めて、今日から初出勤という方もいらっしゃるようで。 でも、まだまだ飲んだくれてる方も、たくさんで、出勤してもなお、飲んでる方もいるようですが……
暮れからますます、昼夜逆転現象がひどくなり、今日なんか、朝の7時に寝て、昼過ぎにごそごそ起き出している、2002年、年頭のわしなのでした。
2002年、最初のコンテンツ更新は、年末にお嬢さんが誕生されたばかり、というたきしーど仮面さん「掘り出し物情報」、その12回目の掘り出し物は、「古本屋サバイバル」小田光雄・河野高孝・田村和典、この手の本では、ずっと気を吐いている編書房の本です。
しかし、正月だっても、スーパーやなんかは元日からやってるし、どうも、「お正月気分」ていうのが、盛り上がりませんね。年々、薄まってるような……
テレビの「お正月(おバカ)特番」の馬鹿騒ぎが、妙に空しい。
うちの辺りは、いつも静かなんだが、3が日はさらに静かで、これも正月らしさなんだろうけど、「なんか、物足りない」と気になって、気づきました。
「凧」が、一個も上がってないのです。子供の姿も見えない。
3、4年前までは、ビニールの「カイト」でも、正月には、あちこちで揚げてる姿が見られたと思うのだが、最近は、これが、皆目見当たらない。
「お正月には凧あげて……」は、もはや死滅したみたいっす。
昔、わしらが子供のころには、暮れに、新しい凧買ってもらって……たいてい、「鉄人28号」とか「8マン」のキャラクター(多分、著作権料は払ってなかったろうな……)のついた「奴凧」でしたね……これを揚げて遊ぶのが恒例だったんだけど……
冬休みが終わるころには、この凧も、どっかの電線に引っ掛かったり、糸が切れて飛んでってしまったり、そうやってなくさなくとも、たいてい「飽きて」たりするんだけどね。
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2002.1.5
というわけで、裏神戸には、夕方から雪がちらつき始めました。
上の「竹田の子守唄」は、昔、「赤い鳥」が歌って、70年代当時、かなりのヒット曲となったのだが、いつの間にかテレビやラジオから流れることが一切なくなってしまった歌。
「放送禁止歌」に指定されていたのだった。
なんで「放送禁止」なのかというと、これが、京都の竹田地区の「非差別部落」で歌い継がれた歌だったから。
民俗学者として、自分の足で歩き集めた膨大な記録を残した宮本常一は晩年、「女性史、芸能史、部落史の3つは、日本の民俗学が、あえて避けて通ってきた分野で、これが体系化されないことには、日本の民俗誌、民俗学というのは、片手落ちのまま終わってしまう」と語り、自らのその晩年は、専ら部落史の研究にあてたそうだ。
「差別」についても彼は、今のように「臭いものに蓋」式に、「部落」にまつわる記憶や情報を、ただスポイルするだけのやり方には、常に批判的だったようだ。
「確かに暗い過去はある。しかし、あまりにも過去を矮小化してやせんか。過去を矮小化する人間に、未来を語る資格も部落解放を語る資格もありゃせんよ。」
とは、当時、部落解放運動の一環として、「周防猿回し」について研究していた、村崎修二氏に語った言葉だそうだ。
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2002.1.7
「つげ義春 流れ雲旅」は、71年、朝日ソノラマから刊行された本。
主に大崎紀夫が文章担当し、時につげ義春も文章書き、これにつげのスケッチと北井一夫の写真が添えられた、日本全国あちこち紀行。なんだけど、そこはやっぱり「つげ義春」だから、行き先は皆、「つげ好み」な湯治場とか、とんでもない山の中の村だとか、忘れられたような漁村。
当時、確か「朝日ジャーナル」に連載されたものを、1冊にまとめたんだと記憶する。
昨夜、なにげなく本棚眺めていて、引っ張り出してきた。
再読しておどろくのは、「60年代末〜70年代」と言えば、わしらの記憶では、高度成長真っ盛りで、既にあちこちに高層ビルニョキニョキ建って、今とそんなに変わらない時代だったと思うていたのが、その時代になお、こんな「秘境」が残されていたのか、ということ。
東北の湯治場では、当然のようにどこも男女混浴だし、その「湯治」は、信仰とも一体になってて、老若男女、そろって湯に浸かりながら一心に念仏唱える……若い女性もいるが、別段「混浴」に恥じらう風もない。
ここに収められたスケッチや写真は、大崎さんの紀行文とともに、とても貴重ですね。
70年代は、日本の中に「近代」と「前近代」が同居していた、最後の時代だったのかもしれない、と、深夜、「うむ〜〜〜」とうなってしまった。
さて、春に刊行予定のわしの本、「街の本屋が『カア!』と啼く」ですが、ただ今鋭意執筆中……なれど、なかなか……
やっと、半分越しました……内職堂さん、もうすぐ、もうすぐですので、今しばらく、ご猶予を……
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2002.1.8
まずは本日の更新「中村よおです 第10回」はコンテンツ「あの町この街そして神戸」。よおさんあけましておめでとうございます。
よおさんも文中で触れておられる「歌手・野坂昭如」ことほど左様にわしにもまた懐かしく思い出すのは「黒の舟歌」その他多数。当時は「中年御三家」とて野坂・永・小沢の三人で「ジョイントコンサート」なども多かったやに記憶する。黒スーツ姿の野坂センセがウィスキー持って踊るCMなどもこの頃か。
冒頭に掲げた「バージンブルース」などは映画化もされ野坂センセ自身も出演し主演はこれ当代人気絶頂の秋吉久美子嬢ではなかったか。監督はこれまた当代人気隋一にっかつロマンポルノ出身はビンパチ藤田敏八だったやに記憶するがいつもの如く朦朧頭、記憶にややカスレがあるやもしれぬはご愛嬌。
久美子嬢が惜し気もなく銀幕に晒してくれるその以外や豊満にしてお椀型の乳房に青春の胸たぎらせ下半身に充血覚ゆるもまた映画館の暗闇の妖術。
と本日は興のゆくまま野坂調でまとめてみた次第。
「全然似てない」との謗りはあれども所詮お遊び素人芸ゆえなれば平にご容赦。
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2002.1.10
本日の更新は、上に掲げし「ポーボーイ」熱唱せし野坂センセーが「火垂の墓」にて描出の空襲にて焼け出された辺りに現在は住まわれる大島なえちゃん「風邪となごり雪」その5は「約束げんまん」。
年末の「忙中閑有り」ある一日の物語。
なえちゃん6カ月ぶりの更新と相成りしが、のんびり行こうよ世の中は焦ってみたとておなじこと。車はガソリンで動くのです……なんのこっちゃ。ああ野坂調は書きやすい。
ところでなえちゃん主催の「目黒考二ファンクラブ・オンライン」もまた盛況にてどうぞこちらもよろしくと宣伝しといたからねなえちゃん。
よおさん方の掲示板にて書き込んだことなれどその野坂センセー、1972年刊行の稲垣足穂対談集「天族ただ今話し中」(角川書店)ではオオトリにて登場、巨魁タルホ翁相手に酒酌み交わし最後はもはや「対談」の体なさぬしっちゃかめっちゃか。まこと70年代の空気如実に物語る対談集となっており今読み返してもなかなかにおかしい。
この対談集、現在は筑摩書房から刊行さる「稲垣足穂全集」に所収されておる由。興味ある向きは書店店頭で立ち読みもしくは金に余裕があるならば買うもよけれど定価4800円とちと高価なる本ではある。
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2002.1.12
更新は、カレーライスさん「無菌室のエスノグラフィー」その第22回は「規則ですからお教えできません」です。
なにごとも「マニュアル」だけでは対処できない、というお話し。
いつだったか、カフェ・アズマ行ったら、マスターの東さんが「今日、仕入て来た」という本見せてくれて、元町高架下で買って来た本だったんですが、2冊ともに、その奥付に「著者検印」があるんですね。
1冊は、あれは戦前の出版だったのかな?「志賀直哉全集」で、奥付になにやら難しい書体で、多分「志賀直哉」だろう朱印があって、もう1冊は三島由紀夫のエッセイで、こちらは昭和30年代の本。奥付には、朱印じゃなくて「三島」と印刷?あるいはスタンプか?ともかく黒い文字のある「検印票」というのかな、それが貼ってあった。
この検印、著者本人が1冊ずつ「ぺったんぺったん」と押してたのかどうか、詳しくは知りませんが、三島のそれなどはおそらく、三島から「検印票」受け取った編集者が、1冊ずつ貼ってんたんだと思うんだけど、いつのまにやらなくなってしまいましたですね。
しばらくは、どの本の奥付にも「検印省略」あるいは「検印廃止」との記載があったけど、今はもう、それもありませんね。
まあ、現在の初版何万部という単位で、1冊ずつ「検印」押すなどという作業は不可能なんだろうけど、あれがあると、いかにも著者が1冊ずつ、自著を世の中に「送り出してる」という感じがしますですね。
漫画の「三丁目の夕日」に、少年向き読み物作家の「茶川先生」が、その養子の息子に手伝わせて、夜なべで「検印」押す、というお話しがありましたっけ。
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2002.1.15
中二日での更新、山崎周太さん「ゴタク千万アホ百万」その10は「プロのおしごとと想像力」は、BBSからの転載だ。
更新が二日ぶりになったのは、雑誌「ひょうご部落解放」への書評の「直し」が入ったのと、「街の本屋が「カア!」と啼く」の原稿、追い込みだったから。
なんとかできました。
で、幻堂さんに添付ファイルで送って……
さっきメール開けたら「文字化けで読めない」だって……
ただ今、「本文」にて送りました。内職堂さ〜ん、今度はどうですかぁ?
もうすぐ「1・17」ですが、本日の夕刊(朝日・大阪)、川富士立夏さんのコラム「街の灯」に、あの震災の年、宝塚の自宅に向かいながらふと振り返ると、一面瓦礫の街の中に、ようやく復旧して走り始めた阪急の小豆色の車体が光って見えて、急いで坂を駆け降りた、というお話しがありました。
「電車が走っとお……」給水車を待つ人や、非難所から出て来た人々の口から、ため息ともつかないつぶやきがついて出て、すすり出す人もいたそうです。
「電車をあれほど美しいと思ったことは、後にも先にもない」と、川富士さん、結んでおりましたが、この感覚は、実際にあの震災を体験してないと理解し難いと思います。
わしもあの当時、すでに「一時停止」もせずに通り過ぎるのが「当たり前」になってた、須磨・離宮道の山陽電車の踏み切り渡ろうとすると、突然、「カンカンカンカン……」と警報機が鳴り出して、遮断機が降りてきて、目の前を銀色の電車が通り過ぎるの眺めて、助手席の嫁さんと二人、涙ぐんでしまった経験があります。
確かに、あのときの電車は、美しかった。
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2002.1.16
というわけで、あれから7度目の「1・17」がやってきた。
冒頭の「証言」は、神戸新聞社・編による「大震災・その時わが街は」からの抜粋。
この「青い稲光」、あの時刻に外にいた人は、たいていが目撃したようだ。
同書には、他に
「午前6時の開門に合せて外に出たら、後ろからゴーッと地鳴りが聞こえて、地面が大きく波打ってきた。体が跳ね上がり、倒れた。四つん這いで踏ん張っていたが、怖くて思わず『ウソやーっ!』と叫んだ」(生田神社の警備員の証言)
等々、生々しい証言、そして「その後」の記録が収められている。
「ウソやーっ!」は、あの瞬間に多くの人が持った、とても正直な感想だと思う。
昨日、一応の完成をみた「街の本屋が『カア!』と啼く」の原稿でも、震災時のことには結構紙数割いて、思い出せる限りの記憶たどって書いた。
「あの時のことは、もう思い出したくない」という人も多いんだけど、それぞれの場所や立場であの震災を体験したことを、伝えていくのも大切だと思うのよね。
須磨の「少年A」が、あの当時に書いていた作文に、「村山首相を殺したい」とあったのが、随分と物議かもしたけど、言わせていただくなら、当時としては、それはごく普通、当たり前の感情だったと思う。
それを、むしろ子供らしい素直さでもって、そのまま表現したまで。
その村山首相、(随分とまた時間が経ってから)視察に訪れた長田の避難所で、「あんたがしっかりせんと、あかんやないの!」と、一人のオバちゃんから詰め寄られ、逃げるように帰って行った。
家を失い、家族を失った市民に、「自助努力」強いてその一方で、バブルとその後の不況の原因作った「住専」「銀行」に、兆単位の公金つぎ込むのに、わしら、この国の政府ちゅうもんの本質見ました。
「資本主義の総本山」アメリカだって、その前年のロスの地震では、家を失った人々に、一人当たり200〜300万円が、連邦政府から支給されたそうだ。
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2002.1.18
昨日は、わしに小太郎さん、周太さんで、「AZUMA」から「八島」行きの周太さん風邪でAZUMAでお別れの、そんな「ミニミニ・オフ会」もどき。
八島で、小太郎さんと、「コーベブックス」は、今の店よりサンチカの奥にあった時の方が良かったよね、など話していたのだったが……
本日、喜久屋書店西神南店のサカイさんからメール貰ったら、その「コーベブックス」、「サンチカ店」「デュオ神戸店」、ともに「閉店」が決まったそうで……これで神戸の老舗書店「南天荘」グループは、すべて消えることになる。
すでに「漢口堂」もなく、「海文堂」は、ただ1軒「神戸の老舗書店」では、唯一残った「牙城」になってしまった。
がんばれ!海文堂、ふんばれ!Fおかさん!みんなで応援しよう!
で、コーベブックス閉店の決まった三宮には、現在の「そごう」のところに「紀伊国屋書店」が進出することが決まったそうで、「紀伊国屋書店」は、「西神中央」にも、出店を決めているそうだ。やはり、「そごう」店内かな?
前々から「ウワサ」はあったんだが……
「ジュンク」に梅田で「してやられた」紀伊国屋、「今度はジュンクの本拠に殴り込みかける」という……「梅田のカタキを三宮で」というわけだな。
おそらく半端な規模ではないだろう。1000坪以上になるんではないかな?「紀伊国屋三宮店」。
しかし、烏書房、その前の「チャンネルハウス」時代通じて、組合の仕事やってた関係で、この「新規出店申請」受け、「説明会」てのによく出させて貰ったけど、「出店側」がいつも金科玉条のごとく振り回してくるのが、「経済原則」そして「競争の自由」……
その度、別にしんどい目ェして「競争」せんでも、「みんな仲良く」やっていけたら、それが一番いーんじゃないか、と思うてたんだけど……
口に出したら、せいぜい鼻で笑われるのがオチだったんで、あんまり言わなかったんだけどね……
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2002.1.19
「文芸からす」に初登場は、流己睦さん、「小さなオトナたち」。青春ロストラブ掌編、である。
「流己睦」は、「りゅうこむつみ」と読みます。またの名を「むつみん」さんと、ゆーのであった。
「本の雑誌」2月号で、大月隆寛が、「田口ランディ」取り上げてるんだけど……
田口ランディ、確かに、長編小説では“処女作”の「コンセント」の後の、「アンテナ」「モザイク」は、ややとっちらかってるし、まとまりなくて、こりゃ著者本人にも収拾つかなくなったんじゃ……てとこはあるけれど、「コンセント」は、確かに良かったし、「ミッドナイトコール」に収められた短編は、どれもよくできてるし、エッセイでも、かなり読ませる作家だと思います、わし。
「自意識肥大勘違い全開垂れ流し」だの「ジャンク物件」だのと口を極めて罵られるイワレは、少なくともないと思うんだけどな。
田口ランディは、主にネット方面で、「盗用疑惑」だの「パクリ」だ、果ては「エッセイが嘘八百」だのと、昨年からなぜか執拗に攻撃されてもいるようで、本の雑誌での大月さんも、そのことに言及、「それみたことか」的な書き方してんだけど、ちょっと待ってよ、と言わせていただきたい。
「盗用」というのは、某風俗嬢がその日々の生活綴ったエッセイの一部が、彼女の小説の登場人物(の設定)にそっくりだ、てことだと思うんだけど、エッセイにしろ、小説にしろ、映画にしろ、ドキュメンタリー等々、その中から創作の発想を得ることって、よくあることなんじゃないか?
んで、そっからイマジネーション広げていって、自分の創作に取り込んでいく、というのは、別段「盗用」にはあたらない、と思うんだがな、わしは。
もちろん、他人の創作したもの(小説に限らず)を、設定から何から、そっくりそのまま使ってたら、こりゃ問題ですけどね。
それに「エッセイが嘘八百」ってのも、「当たり前やんけ」と言わせていただきたい。
「エッセイ」てのは、「報道記事」ではないんであるからして、別段「本当のこと」書く義務も必要も必然も、どこにもないのだ。
「昭和の名エッセイ」(隋一だとわしは思うぞ)、山口瞳の「男性自身」見てみなさい。その殆どが「創作」ではありませんか。
しかし、かなり前の「林真理子」、近くは「柳美里」そして「田口ランディ」、女性作家ばかりが、その創作以前の、私生活のあれこれやらで、執拗に口汚く罵られ、ゴシップ的に取り上げられることが多いような気がするんだけど……なんでかな?
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2002.1.20
「宮本常一」のガイドブックは、近刊では2種類あって、先日紹介した佐野眞一「宮本常一が見た日本」(NHK出版)、それに毛利甚八の「宮本常一を歩く(上・下)」(小学館)
こないだから、この毛利版を読んでおりますが、佐野版よりの、どっちかと言うと「お気楽」、好奇心的に、宮本常一その人の足跡を辿って、旅しております。
この中の引用で知って、「あ、なるほど!」と思ったのが、「町」と「村」の違い……というか、もともとの意味。
「ムラは、そこに住んでいる者の大半が農業、漁業、林業などの第一次産業に携わっている地域集団のことである。そして商人や職人の住んでいるところは、たとえ家が10戸内外の小さな集落でもマチまたは市と言っている。」(「日本のムラを考える」)
だそうで、明治になって、「村」「町」「市」が、人口集約の度合いから区分される行政単位になって、本来の意味は失われてしまったそうなんですね。
だから、かつては、個数5〜600戸に及ぶ「村」もあれば、わずか10戸に満たない「町」もあったわけです。
「農山漁村」に、「宿場町」「門前町」と言う呼び方も、「なるほど!」と納得できますね。
これでいくと、わしが生まれ育ったとこ、ていうのは、典型的な「ムラ」です。正味。
このわしのムラというのは、あの酒米で有名な「山田錦」発祥の地だと、こないだネットで偶然知って、驚いてしまったのだった。
しかも、その「山田錦」の元になった稲を、伊勢から移植して広めたのが、「東田」さんというらしいのだが、その「東田」さんて家、うちのごく近所に今もあるんで、またもやびっくりしてしまったのだった。
自分が生まれて育った土地のこと、わしゃ、知らんかったんやなあ……と、つくづく思ったのであった。
あ、「流己睦」ことむつみんさんの小説「小さなおとなたち」、昨日、「文芸からす」にアップしております。
上のボタン、または左の柱からどうぞ。
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2002.1.22
去年の本日、当サイトは「仮オープン」致しまして、あれから1年経ちまして、いろいろいろいろありまして……
掲示板の方に「1周年お祝い」いただいた皆さん、ありがとうございます。
1年と1日目の本日の更新は「告知板」に、新開地「nafsha」のイベントを。
マリさんから「ただ今、「CLIFF展」を開催しています。」というお知らせ届きました。マリさん、元気?
先日も触れた「宮本常一」読んでると、わしなんかには、「ああ、あれはそういうことだったのか!」と、子供の頃の記憶、喚起させられることが多いのよね。わしんとこも、宮本さんちと同じく、「西日本のムラ」でしたから。
どんな「辺境」も、明治・大正のころまでには、「かつて栄えた」歴史を持ってるそうなのだ。
わしんとこのムラも、元は天領で、年貢もきつくなくて、どうやら結構豊かな「ムラ」だったようで、お寺が1軒、神社が1軒、それに「農村舞台」と呼ばれるかつての歌舞伎小屋が、これは2軒、残っておりました。
小学校は、わしが通っていた2年生か3年生のころに「創立90周年」迎えたんだけど、学制施行されてすぐに創立されたんだろうね。ただ今で創立130と数年になるわけか。
この小学校は、わしが通うていたころには、児童数が100人前後だったんだが、現在は50人ほどらしい。
が、そういう歴史のある故か、近在の団地にできた新設校へ編入する案、度々市からあったらしいんだけど、地元の人々が、頑迷に拒み続けているらしい。
そういえば、昭和30年代には、日に数本走っていた「急行電車」の停車駅でもあったけど、今は、普通しか停まらない……
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2002.1.24
「わたしがあんたにやるがねや……別のし・や・あ・せ……」と、オルゴール工場の女工・雅子が、ナンパ高校生長二郎にささやく、ほんまりう「オルゴールの周辺」は、昭和30年代新潟を舞台に、ユージローの映画を見ては、まだ見ぬ「東京」に憧れ、地方にくすぶり続ける若者達の鬱屈を描いた佳編。単行本「与太」(青林堂・絶版)所収だ。
「ゴーゴー喫茶」は知ってたが、「ドドンパ喫茶」てのはさすがに、この漫画読むまで知らなかったな、しかし。
よおさんなら、知ってるかしら?
というワケで、と言うてもどうゆーワケだかわしにも皆目わからんが、このところ、ずっと裏神戸に閉じこもっております。
雲が、流れていきます。
時折、雪がちらつきます。
山が、いつもと変わらずそこにあります。
先般、久しぶりに大阪まで行ったら、道行く人々が、速い、速い……
大阪人、そんなに急いでどこへ行く?
天王寺方面あびこ行き、発車します。駆け込み乗車はおやめください。
次の電車は、
西中島南方を出ました
中津に着きました
中津を出ました
電車がきます
……そうですか……
やー、せわしなかったっす。
目的地の、河内の田圃の真ん中の駅に着いたら、なんだか「ほっ」としてしまいましたわァ、正味。
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2002.1.25
■大阪のうた
いつだか新聞に、「悲しい色やね」がヒットした時、ようやく「今」の大阪を、「等身大で」歌う歌が出現したと喜んだ。と、だれだか忘れたけど書いてあって、わしもあのころ、同じような感慨感じたんで、「そうやったな」と思いだしました。
「わい」も「おどれ」も「やんけ」も「通天閣」も「赤い灯青い灯」もついでに「春団治」もない、つまりそこにあるのは「ステレオタイプの大阪」ではなくて、「泣いたらあかん」で「あんたあたしの青春やった」と、ごくごく普通の日常語で語られるまさに等身大、普通の「大阪の恋人たち」。でも、まぎれもなく「新しい大阪の歌」でした。
その少し前に出た「大阪で生まれた女」は、「あなたについて行こうと決めた」と、結局、女が大阪を捨てて男にすがっていく歌だったけど、「悲しい色やね」は、「女が男を捨てる」歌だったのも、新しかったし、また大阪らしかった。
「悲しい色やね」の女は、そうして男を振り切って、また明日から大阪で生きていくんだろうね。
この歌ヒットして後「南港」は、デートスポットになって、ヤクザさんたちは、ケンカ相手を「スマキにしてほうり込む」場所を、他に移さざるを得なかった、とか……
ところでわしは、「あんたのバラード」もまた、こちらは、大阪弁でもないし、「大阪」らしい言葉も地名もひと言も出てこんのですが、これもやっぱり何回聴いても、「大阪の歌」と思えてしまうんですが……
あの「ベタ」さ加減の故だろうか……
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2002.1.27
今日の更新は、「幻堂の本」幻堂出版の目録、新しいのと近刊を追加。
「幻堂の本が、いつでもさくさく気持ち良く買える店」リストを付け加えておきました。
「告知板」からも行けるように改造。「本棚」からも飛べます。
昨日は、その幻堂、幻内職堂さんと打ち合わせ。
「街の本屋が『カア!』と啼く」、写真や絵をふんだんに盛り込んだ本になりそうです。
挿絵は、川崎ゆきおさんが描いてくださることになりました。感激。
先日「休刊號」の出た「何の雑誌」、この5〜6月ころに「休刊ダッシュ號」が出る予定とのこと。なんなんだ……?
「休刊ダッシュ號」は、「文学」の特集であるらしい!
内職堂さんと一緒に、漫画家の炭子部山貝十(たんこぶやまかいじゅう)さんにお会いした。
「何の雑誌」にも毎回漫画を発表する炭子部山さんは、以前、烏書房にもご来店いただいたことがあるそうで、やはり自らが漫画を発表していた雑誌「タルワキ」を、「置いてもらおうと頼みに行こうと思ってた」とのことで、これは実は、わしも「置かせてもらおう」と思ってたんだけど、その矢先に閉店と相成ってしまったんで、「すまんかったなぁ。」「いえいえ」。
炭子部山さんは、アルバイトで生計立てながら、漫画と音楽、映画に情熱を燃やす、実に好青年でありました。
夜行バスで東京へ帰る、という炭子部山さんを神戸駅に見送り、その後内職堂さんと、ちょいお酒して別れた後、新開地まで歩いてくると、ちょうど神文館さんが店じまいするところに出くわした。店主のヒロセさんと「やあやあ」「おやおや」と、またもや、ビール&土手焼きで軽く一杯。
「コーベブックス」閉店の話やら、いろいろ伺う。
帰りの電車を、また5駅も寝過ごした、冬の夜なのでした。
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2002.1.29
今日は、コンテンツ更新あります。
中村よおさん「中村よおです」その第11回。
田口史人・編「ラブジェネレーション」(音楽之友社)のお話し。
よおさんも触れられてますが、70年代、80年代に発表されたものを「発掘」「再評価」するのって、わし、賛成。
音楽だけじゃなくて、漫画や小説にもこれは言えると思うんだよね。
当時、まったく見向きもされなかった、あるいは弱小出版社から出てたんで、あまり知られることがなかった、てものの中に、今の時代でも立派に通用する……いや、今だからこそ面白い、てのも、絶対あるはずなんだよな……
漫画で言えば、「滝田ゆう」や「つりたくにこ」「松永史」「ほんまりう」なんて、これは是非とも復刻していただきたい!かように思うのでありました。
あ、「現役作家」ではあるが、村野守美「秘戯御法(ひぎぎょほう)」なんて、これはすごい「エロス大作」ではあって、これも、復刻して欲しいぞ!
中村よおさんには、「街の本屋が『カア!』と啼く」の「あとがき」というか「解説」というか……そんなようなものを書いていただく予定になっております。
よおさん、よろしくお願いしますね。うふっ(はあと)
……しかし、Fおかさん……「サイン会」てね……ほ、本気ですかい!?
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2002.1.30
昨日に続いて、本日もコンテンツ更新。
本日は、カレーライスさん、「無菌室のエスノグラフィー」その第23回は「3万人の『人殺し』」です。
「医療過誤」にまつわるお話し。怖いっす……
唐突に上にあげた「戦友」なんですが、これ、日露戦争の時に作られた軍歌らしいのだが、先日、小牧さんもお薦めの、東直己「ススキノ・ハードボイルド・ナイト」読んでたら、この歌に関して、おもしろい記述があったのだった。
これ、「軍歌」ではあるんだけど、実に「厭戦的」な軍歌で、実際、第二次大戦時には、「戦意を著しく荒廃せしむ」てことで、歌ったり放送することは禁じられたらしいんだけど、それはさておき、実に「暗い」歌なんですね。
で、どんなに明るく楽しい歌でも、この歌のメロディーに乗せて歌うと、タチドコロに、暗く沈んだ歌になってしまう、と言うのです。
それ読んで、「どらどら……」と試してみたんですが……
試しに、このメロディーで「てんとう虫のサンバ」、歌ってみてください。
これから開かれるのが結婚式じゃなくて、まるで「葬式」に望むんじゃないか、て感じになります。
東さんは、これカラオケでかけて、「もしもし亀よ」と「浦島太郎」を、このメロディーで、実際歌ってみたらしいんですが……泣きたくなるほど、亀と浦島太郎が不幸に思えてしまったそうだ……
昨日の更新は、中村よおさん、「中村よおです」の第11回。コンテンツ「あの街この町そして神戸」からどうぞ。
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2002.2.1
今日の更新は、久々の「こんな映画をみた」、「リプリー」と「太陽がいっぱい」は、原作こそ同じハイスミスだけど、全然「別モノ」ということが、言いたかったんです、はい。コンテンツは「本棚」から。
昨日は、昼過ぎから出掛けて、元町で「ちょっとヤな」用事済ませて後、元町高架下、古本屋など冷やかしながら、こちらも久々の新開地「nafsha」へ。
「雲遊天下」の最新号出てたんで、それ眺めつつコーヒーなど飲んでたら、店長のマリさんから、WAKKUNが、板宿の「梵天」て店で、作品展してんだけど、今日までだよ。と教えてもらう。
そう言えば、カフェ・アズマでも、そんなこと聞いたんだった、と思い出す。
「今日まで、つーことなら、ちょっと顔出してみるかな。」と言うと、「5時までだよ。」
時計を見ると既に4時前……駅まで走って行く。
板宿「梵天」でのWAKKUN作品展は、板宿は高校生の時の思い出の場所」と題した、いわば<WAKKUNの板宿物語>
長田で生まれ育ったWAKKUNの、「板宿」という街への愛着いっぱい感じられる作品展でした。
WAKKUNから、いきなり光村図書版「中学美術」の教科書差し出されたんで、「なに?」と訊くと、この教科書に、この度、WAKKUNの作品が採用されたとのこと。
それもあるけど、これ、なかなか分かりやすくて、楽しい教科書でしたね。
美術教師の皆さん、教科書は、「光村図書」使ってくださいね。
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2002.2.3
本日の更新は、「本棚」の「こ〜んな本を読んだ」に、周太さんの感想文。
「名無しのオプ」シリーズでおなじみのビル・プロンジーニ、74年の作品で「雪に閉ざされた村」。
昨日は、大阪まで「書店トーク会」てのに行って来た。
これは、書店についての著書もある、旭屋書店勤務の湯浅俊彦さんが代表幹事となって、書店人や関西の出版人が集まって、「書店と出版界を考える」というテーマで、88年から、ほぼ毎月開催してきた会。
毎回、出版界や書店から「講師」を招いてお話しを聞いてんだが、昨日は、その「100回目」ということで、一応の区切りとして「最終回」ということなのだった。
「最終回」ということで、昨日の「講師」は、この会にもっとも縁の深かった、甲川正文堂・店主の甲川さん、丸善の坂根さん、ナウカの鳥居さん、3人の「対談」を、湯浅さんが司会にて取り仕切る、というカタチ。
東京や神奈川、山口県から参加の方もいて、盛況でした。
実はわし、以前、この会で「講師」としてお話しさせてもらったこともあるのだった。
んで、昨日、会の後の懇親会……と言う名の飲み会に移行したとき、湯浅さんから、
「あのね、いろんな人が来てくれたけどね、講師でやってきて、まんこ・ちんこの話したんは、あんただけや。」
と言われてしまったのだった……
ん〜〜ん……したっけな?そんな話……
したかもしんない……
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2002.2.5
本日の更新は「文芸からす」、男川正朗さん、新境地の新作は「助手席の白い影(おんな)」。
<青春アクセルぶんぶんあの日に帰りたい>小説、である。
こないだ、新開地の神文館さんに寄ったとき、小野不由美の「屍鬼」が、文庫になってんの見つけて、買ってきたのだった。2巻組み。
で、その2巻まで読み終えたんだが……
終わってないじゃん……
まだ途中じゃん……
2巻組みで置いてありゃ、しかも結構な厚みもあるし、完結すると思うぢゃないか……
次は、いつ出るんだ?
しかし、文庫で初出ならともかく、一度単行本で出たものを文庫化するに、分冊はともかく、その発売間隔をあける、てのはいかがなものか?
まして、この手の小説は、一気呵成に読んでしまわないと、興味が持続しないと思うんだが……
実際、来月にでも、この続きが出たとしても、わし、もう買わんかも……
新潮社は、そこんとこ、少し考えなさい。
あ、南陀楼綾繁さんからの情報。
「印刷に恋して」松田哲夫(晶文社)2800円
内澤旬子さんが、イラストを担当されております。買っていただくと、「南陀楼家の家計が助かる」とのことで、見かけたら、とりあえず手に取ってみよう!こんな本だ。
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2002.2.7
「論よりコラム」は、以前にも紹介したけど、1979年から1989年までの、「週刊漫画アクション」に連載された「アクション・ジャーナル」というコラムを、1冊にまとめた本。
執筆陣は、阿奈井文彦、亀和田武、呉智英、関川夏央、村上知彦、山口文憲、等々25名。その人達がすべて「無記名」で、政治、風俗、クルマ、映画、本、音楽、スポーツ、etc、etcと、とにかくごっちゃごちゃに執筆してて、本になったそれらのコラムを、だれが書いたのか推理するのも、なかなか楽しい。
「俺はただのタイガースファンだ ベースボール好きの博愛主義者なんかじゃない」てのは、88年にバースが解雇されたことを論評した文章にあったもの。おそらく、堀井憲一郎だろうと思う。
「将来息子ができて、そしてもしタイガースファンになったら、甲子園に連れてって静かに伝説を語ってやろうと思う。……昔、ここに神と一緒にやって来た紅毛の偉丈夫がいた……」
とのムスビが渋く、しかも当時のタイガースファンの心情を、素直に表しております。
「論よりコラム」、<80年代>という時代の「空気」を知りたいムキには取って置きの1冊です。
本日、南陀楼綾繁さんから、雑誌「sumus」8号を送っていただきまして、これは、今日探そうと思うてたとこで、南陀楼さん、どうもありがとうございます。
8号の特集は「パリ」。
1900年「パリ万博」時のものを中心とした、100年前の絵葉書が、当時の「世界の中心」の雰囲気伝えて、よろしいですね。
この号、編集人・林哲夫氏による、南陀楼綾繁こと河上進さんのインタビューも、掲載されております。おお、当サイトでの連載「本日の出奔」にも触れていただいております。感謝。
「sumus」は、ホームページ上に、メンバーのコレクション放出した、「古本すむーす堂」というウェブの古本屋さんも、開設しております。
品揃え、ユニークだ。
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