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2005年6月30日(木)
一人ワールドカップヒストリー振り返り

 本日は一人サッカー特集。興味のない方には面白くもなんともないと思うので今日のはパスしてください。

 いやあ、見てしまった。コンフェデレーションカップの決勝。深夜3時半スタートということではなからあきらめて寝てしまったがサッカーオタクの血が騒ぐのか4時ごろ目が覚めてしまった。すでにその時点で2対0でブラジルリード。そして4対1でブラジルの圧勝だった。ロナウジーニョはもちろん、アドリアーノとかいうのがすごかった。アルゼンチン、まったく歯が立たず!南米予選はなんだったのかっていう感じだった。ブラジル強しが印象に残った大会だった。
 さて、私とサッカー。セルジオ越後屋の回想録みたいで嫌だが、とりあえず「私とサッカー」、それは1974年のドイツワールドカップから始まった。10歳だったなあ・・・。ドイツのベッケンバウアーやゲルト・ミュラーもすごかったが、オランダのクライフが強烈だった。1978年のアルゼンチン・ワールドカップは当時軍事政権だったアルゼンチンが無理やり自国を優勝させた感じだった。実際に後に審判の不正が発覚した。ヒーローはアルゼンチンのFW・マリオケンペス。しかし後にも先にも活躍したのはこの大会だけ。サッカー業界の「円広志」、「クリスタルキング」だ。1982年はスペイン。ブラジルの中盤は「黄金のカルテット(ジーコもいた。カルテットと言っても玉川ではない)」と呼ばれたすごい中盤だった。しかし決勝リーグでイタリアのせこいカウンターサッカーにしてやられ、結局イタリアが優勝した。この時もイタリアのロッシという選手が一発屋として登場した。1986年のメキシコワールドカップは「マラドーナのワールドカップ」、イングランド戦のドリブル10人抜きや「神の手ゴール」は余りにも有名。得点王は確かリネカー、あの給料泥棒だ。人柄が素晴らしいらしいので余り悪くは言いたくないが、名古屋に来てからの彼はひどすぎた。当時全盛のプラティニもワールドカップでは運がなかった。1990年はイタリア。どの試合も得点が入らずPK戦ばかり。決勝すらもPK。結局ドイツが勝ったが最高につまらない大会だった。そんな中最も輝いていたのがストイコビッチ。スペイン戦のフリーキックは今でも語り草。ヨーロッパのせこいサッカーが全盛。ブラジルの低迷と時を同じくしている。
 1994年はアメリカ。武田のせいで日本が行き損なった大会だ。ブラジルのロマーリオがキレまくりすべてのチームが思いっきり引いて守備を固めて戦わざるを得なかった。で、結局ブラジルが久々の優勝。決勝が再びPK戦だったのは興醒めだったがブラジルの強さが光った。1998年は日本が初出場した大会。好試合が多かった。すでに世界でもトップクラスのプレーヤーとなっていたブラジルのロナウドが決勝戦直前に体調不良を起こし当時全盛だった示談もとい若ハゲジダンの前に完敗した。もちろん地元の利はあったのだろうが、この時のフランスはすごかった。キーパーのインチキポン引き風バルデスもキレまくっていた。そして2002年、日韓ワールドカップ。今日、韓国サッカー協会の何やらという男が「実は韓国単独で開催できた」と告白本のニュースが出ていた。こういう見栄張り・背伸びがあの国の良くないところだ。今そんなことを言ってどうなるというのか。歴史に残るエコヒイキ審判でベスト4とか言っているが、全部韓国でやってたら間違いなく大変なことになったぞ。韓国対イタリア戦、韓国対ポルトガル戦は特にひどかった。韓国が勝つまでやりそうだった。現にその試合の審判はその後不正が発覚したじゃないか。いかんいかん話が逸れた。主に韓国で予選を進めた強豪国が次々に姿を消し盛り下がったがやはりロナウド・ロナウジーニョ・リバウドの3Rを擁したブラジルは圧倒的に強かった。しかしMVPを取ったのはドイツのカーン。顔はすごかったが準決勝までは神がかり的なセーブを連発していた。しかしブラジルの前でとうとう力尽きた。
 2006年ドイツのワールドカップはどうなるのだろうか?気が付いたらワールドカップを見初めて9回目の大会。32年。あと10回くらいは見ないと。

 ああ、私の私による私のための日記。なんて気持ちがいいものか・・・。最後までお付き合いいただいた方、ありがとうございます。
 今日で一年の半分が終了。一年に二回くらいは広い心で許してほしい。

2005年6月29日(水)
さらば西枇杷島町

 今日は西枇杷島町役場に用事ができ夕方近かったがダッシュで出かけた。急いでいたため「名古屋高速→東名阪」という経費無視の将軍様ルートにて走行したが途中の東名阪楠入り口にて事件勃発。ETC専用入り口が渋滞。どこかのオヤジが係員に食って掛かっている。迷惑なヤツだ。しばらくしてそのオヤジも走り去り事務所から20分で到着。
 なんだか懐かしいなあ、と思ったら思い出した。平成11年の水害でこの一帯が大変なことになった時動員されてボランティアコーディネーターの使いっぱしりとして来た役場だ。かれこれ二週間くらいは通った覚えがある。町中すごい臭いがたちこめ、流されたゴミがあちこちに散乱し、凄まじい状況だった。そんなノスタルジーに浸りつつ庁舎に入ろうとすると「平成17年7月7日・清洲市誕生」の垂れ幕。この「西枇杷島町」と「新川町」、「清洲町」が合併して清洲市が誕生するとのこと。「北名古屋市」とか「愛西市」みたいな主体性を放棄したネーミングよりはよっぽどましだとは思うがどこか一つの名称をそのまま使用するとは珍しい。町の規模は三町ともほぼ同等、何があったんだろうなあ・・・。何かあったんだろうなあ・・・。
 詳細は当サイト内「名古屋歴史文化博物館」に譲るが清洲界隈は名古屋のルーツ、今から400年前は清洲が大都市で今の名古屋など単なる片田舎だったのが「清須(当時は「須」)越し」と呼ばれる町ぐるみ・世紀の大引越しによって名古屋が大都市に変わっていったといういきさつがある。当時名古屋に移ってきた商人たちは名古屋の商人のルーツと言われ、今でも「清須商人」などと呼ばれているらしい。私見だが、個人的な感想としては名古屋市内でも「西区」あたりが一番名古屋弁がキツイ。単なるウチのおばさんの話だが、これは、西区が清洲と名古屋の結ぶライン上にあることからきている。本当か?
 さる団体において「名古屋文化を研究せよ」という委員会を担当させてもらった時、「清須越し」再現!をテーマに清須から名古屋城経由で大須まで、昔の衣装を着てみんなで歩いたことを思い出した。平成15年6月29日、ちょうど2年前の今日だ。これも何かの因縁だろうか。
 庁舎内に入る。い、いかん。全員やる気がない!隠しようのない強烈なオーラが発させられている。しかしそれもいたしかたあるまい。一週間後には無くなるんだもんなあ。それどころじゃないわなあ。許す、許すぞ。窓口のお姉さんがとってもきれいで愛想も良かったのでなお一層許そう。そういえば庁舎対面のサークルKのレジの子もとても・・・。西枇杷島は美人の産地、かも。
 それにしても「市町村合併」とは結局何だったのか?合併特例債という債券の発行が許されるというがそれって単なる借金じゃないのか?対して、失うものが余りにも多過ぎるような気がする。ゆかりのある地名もその一つ。いろいろ理由はあったんだろうが、三つの内の一つだけが残るってのもなあ・・・。
 名案がある!「西枇杷島町」、「新川町」、「清洲町」の三町名とも含んだ名案が。「西川清(にしかわきよ)」市!ダメか?ダメだろうなあ。三町の方、怒らないでください。

 写真は上から「ETC迷惑現場」、「新町誕生の垂れ幕」
、旧国道22号(美濃街道)沿いにある「日本一古い(と言われている)歩道橋」、名鉄を跨ぐ美濃街道の「陸橋」、水害時はその頂点のあたりまで水が来ていた。

2005年6月28日(火)
両者の言い分を聞かなくてよいのか?

 昨日だったか、あの強烈な奈良の「騒音おばさん」の初公判が開かれていた。あれだけ音を立てて「自分ではうるさいと思わない」ってのもスゴい。あんな人が隣に越して来たらたまらんなあ、とも思った。
 しかし、待てよ。なぜ自分がそのように思うんだろう。それはあの音を立てる強烈なビデオを見せ続けられたからだ。いやはやあの絶叫・騒音ぶりは確かにスゴい。あれだけのことしておいてかばう気もない。それでも、だ。私的には、待てよ、なのだ。あのビデオに映っていない部分はどうなっていたのか?実情も知らず、喧嘩両成敗などと言い立てるつもりはない。それでも、一方の言い分・証拠だけを聞いていていいのか。あれだけのビデオを大量に見せられた結果、私の中にも、あのおばさんがいうことをすべて否定的にとらえる心理が働いている。これが「洗脳」だろう。繰り返すが、あの光景は、とてもまともな人間には行動には思えない。それでも、あのおばさんに一分の理もないのか?少なくとも、その検証をしようとしたマスコミ(特にテレビ)はあったのか?余りにもテレビ栄えするあの映像を競って使用し報道した。そこには、「両者の言い分を聞く」というマスコミの最低限の基本原則は働いていなかった。
 私がそんなことを感じるのも、最近の私を取り巻く環境がきっと影響している。最近自宅の隣に越してきた人たちは、24時間出入りがある。あのおばさんほどでもないが、エレベーターホールの前でもうるさい。しかし法律に違反しているわけではない。今回の騒動の中で知ったが、個人が大声を出していけない、という法律はないらしい。まさにマナーや道徳に期待するしかないが、最近全国津々浦々から聞こえてくる声は、そんなことはお構いなし、約束事も知らん顔、注意しようものなら逆切れされるのがオチ、みたいなものばかり。それほど隣人関係は難しい。家庭でも国家単位でも。共有部分を汚されても、掃除をしても、知らん顔、ではストレスもたまる。
 あくまでも、実際のところは知らない。それでも、そこに至るまでについては、すべてあのおばさんの一方的な思い込み・言いがかりなのか、検証無きままあのビデオが流され続け、また、今後も流されるのであれば、結果としてマスコミ得意の弱い者いじめ、集団リンチのまま真実は葬り去られることだろう。
 その時は、私が職を斡旋してもよい。リズミカルな布団叩きの音に合わせたあの「引越し!引越し!さっさと引越し!しばくぞ!」の映像をCMで使えばアリさんマークも象のマークも赤井秀和も道を開ける。シェア1獲得は確実だ。ダメか?

2005年6月27日(月)
頑張れ現代

 お金を出して買うような雑誌じゃない、とか言いながら今週も週刊現代を購入してしまった。理由はミキティこと安藤美姫の巻頭グラビア・・・。いいオヤジだなあ、おいっ。スケート協会公認ということで安藤美姫以外にも4人が取り上げられているが、安藤美姫抜きなら買わなかったなあ。同じ名古屋出身のスケーターとはいえ伊藤みどりとは・・・、この辺で止めておこう。しかし17にしてこのケバさといいエロさといい只者ではない。とてもスケート選手で収まる人物ではない。錦の人気キャバクラに明日から出勤しても大丈夫、十分に即戦力だ。
 それ以外は・・・、相変わらずといえばそれまでだが、見るべき記事はない。トップは他誌同様、若貴騒動だが、完全にピンボケ。文春や新潮のようにどちらかに肩入れしてこそ盛り上がろうというものだ。北の湖を出してどうするよ?次がなんだ? 独占インタビュー!「私はバイアグラで失明した」、じゃあ使わなきゃいいだろ。次は?「迫り来る東京大地震!七月の危険日」、私の知ってる限り、現代に限らないが20年間ずっと同じこと言ってる。そりゃその内当たるわな。来週はどうせ地震雲だろ?次は?ジーコ批判?はいはい、セルジオ越後屋ね。ああ、やっぱり。今日は何?コンフェデのギリシャ戦、ブラジル戦?ギリシャ戦はもっと点が取れた、ブラジル戦はミスが目立った・・・。ワールドカップにブラジルに10対0で勝って優勝しても文句言うぞ、このオヤジは。「15点は取れた」、と。
 それから週刊誌の華、ワイド特集は、と・・・。@山口智子の実家が事実上破綻、A中山美穂の磨かれたボディ、B谷亮子の別居生活、C有働由美子「男とレッスン」、D乙部綾子「次はプロレスのリングだ」・・・、一部省略したがこんな具合。すべて一言で片付けられる。「それがどうしたの?」だ。A中山美穂?美人だと思ったことは一度もない。B発売日に妊娠発表されてはこんな間抜けな記事はない、Cゴルフの練習場での話。これじゃ中京スポーツだ、Dライブドアの広報?何あれ?勘違いの典型、最も苦手なタイプだ。
 「人物プロファイリング(今週号は「100マス計算」の蔭山英男)」や「おやじ、ありがとう」、「絶対!鉄道主義」など地味ながら読み応えのある連載もある。しかしいかんせん中核の記事がしょぼい。昔はもうちょっと読ませる雑誌だった気がするが。購読者を大幅に減らしているというのもうなづける。
 編集後記に「昔はいつも怒っていたが、今、古巣に戻ってきて不思議と怒りが湧いてこない。そんな自分をもどかしく思う」と書いてあった。分かってるじゃないか。今この雑誌に足りないのはそれだ。
 注意深く見ていると精力剤の広告がやたらと載っているが、中年の「精神」を奮い立たせるような、そっちの方面での「精力剤」的な雑誌作りをしないと、もう本当に誰も買わなくなるぞ。でなきゃ単なるアダルトグッズのカタログ本だ。

2005年6月26日(日)
サッカー(一人)談義

 いやあ、見てしまった、コンフェデ。ブラジル対ドイツ。今や日本よりFIFAランキングで下位にくるドイツに興味はなかったがブラジルが見たかった。ロナウドやロベルトカルロスは出てないがロナウジーニョが見たかった。やっぱりブラジルは強かった。この大会で、またワールドカップで優勝するかどうかは時の運もあろうが、世界最強なのは間違いない。どのチームでもとりあえずは引いて守るしかない。正面からまともにぶつかれるのはアルゼンチンくらいしかない。攻撃陣にはいつの時代もタレントが豊富だ。その代わりディフェンスは伝統的に弱い。特にゴールキーパーはヘボが多い。しかし、守りを固めてカウンター狙い、みたいなヨーロッパの伝統的せこいサッカーを見ているよりは数段面白い。そのことがジーコの采配に色濃く出ているが私は基本的にこのラテン的サッカーが好きだ。。
 さて試合の方はといえば、ロナウジーニョはやっぱりすごかったがアドリアーノとかいうのもこれまたすごかった。解説の福田がしきりに「止められない」と連呼していたが確かにドイツのディフェンス陣は三人がかりでも止められずとうとうPKも取られていた。日本にはいないなあ、こういうタイプ。でも落ち込むことはない。世界にもそうはいるもんじゃない。ボール持ったら止められない、とまでなると、一昔前のマラドーナ、今ならロナウド、ウクライナのシェフチェンコくらいか。

 でもちょっと前までは身近にもいていつも間近で見ることができた。ストイコビッチだ。これもすごかった。1990年のイタリアワールドカップもすごかったが日本でも遺憾なくその実力を見せてくれた。当初こそ「世紀の給料泥棒」リネカーの影で目立たなかったがリネカーがトンズラした後、ベンゲル!監督就任(日本で監督やってたんだよなあ)と同時に起用され一気にブレイク。名古屋に隆盛の一時期をもたらしたのは記憶に新しい。来日当初彼の通訳をしていた人と友達だが彼曰くストイコビッチは最初から最後までずっと右ひざを負傷していたままだったらしい。それであのプレーなのだから、歴史に「もし」は禁句ではあるが、もし右ひざの調子が悪くなかったら世界最高のプレーヤーになれただろう、とのこと。Jリーグ史上最高最強の外国人だったのは間違いない。
 大体、詐欺師みたいな外国人が多過ぎた。基本的にはフロントの問題だろうが、ちょっと思い出しただけでもゴロゴロいる。磐田のスキラッチ、柏のストイチコフ、鹿島のベベト、清水のマッサーロetc、共通しているのは日本をなめている態度があからさまなこと。身体検査はもちろん性格検査を受けさせないとダメだ。それから名前もふざけている。スクラッチ?クジじゃねぇんだから・・・。マッサージ?お兄さん、マッサージいかぁっすかぁ?ここは錦じゃない! 大体イタリア人はふざけてる。レオナルドやエムボマ、アルシンド、そういやジーコまで、すごいのもいたんだけどそういうのはすぐにビッグクラブに逃げる。横浜のアンジョンファンは退団するそうだが赤坂の韓国クラブにでも入団するのか?
 しかしふざけた選手といえば国内組にも少なくない。昨日もスポーツうるぐすで武田が偉そうな解説をしていた。「1秒の差で大きく状況は変わる」と子どもでも言えそうなことを得々と語っていたが私はこの人物を見ると、いつも「ドーハの悲劇」が思い出されてならない。1対0で逃げ切り寸前の時途中交代で出てきて、ボールをキープすること以外やるべきことはないはずなのに無理な中央突破を図りイラクディフェンスに簡単にボールを奪われ、あの悪夢の同点ゴールを呼んだ。1秒どころか12年覚えているぞ。ゴール前に張ってのごっつぁんゴールのスペシャリストが逃げ切るべき時にドリブルなんかしちゃイカンだろ。これこそオフトの最大の判断ミスだ。そして武田といえば浜松出身だが浜松の同業者から直接仕入れた情報として飲み会かなんかにどこからともなく現れ「おれっ武田、知ってる?」と愚にもつかないナンパにいそしんでいる姿をよく目撃されていることを書き添えておこう。
 北澤といい武田といい、日テレのサッカー解説陣にはスタイリストは付いてないのか?ファッションの趣味の悪さが解説のキレの悪さにつながっているのは間違いない。大久保、小笠原、柳沢。合宿を抜け出してのキャバクラ通いが発覚して一時ジーコに干されていたが今やここまで蘇ってきた。武田みたいなのを近づけないようサッカー協会にはお願いしておきたい。
 サッカー語らすとうるさいよ!

2005年6月25日(土)
6・25

 6月25日・・・。朝鮮戦争の始まった日だなあ。55年前のこと。韓国国民、特に若い世代では半数近くがこの開戦の日を正確に答えられないとか。8月15日なんかはほとんどの人が知っているのとは実に対照的だ。今日もそのことに関しての特別なニュースは流れてきてはいない。意図的なものなのか風化を現しているのかは分からないが。
 確か33か34の時、初めて行った外国が韓国だった。さる団体の旅行で無理やり誘われて行ったのが最初の海外旅行である。それまでは飛行機すらも乗ったことがなかった。怖かったので・・・。初めて降り立った異国の地は何だか日本によく似ている気がして違和感を感じなかった。街並みやテレビ番組の作り方など言語以外は日本そのもののような気がした。植民地支配の名残か行政システムや法律自体もそうだと後になって知った。食べるものも口に合ったので大変楽しい旅行となり、その後1年に一回くらいは行くようになった。その内日本では日韓ワールドカップ共催や「ヨン様ブーム」などによって両国の関係は一気に良くなった、はずだった。しかしここにきて竹島や靖国問題でこれまた一気に冷却化。いやはやなんとも忙しい。結局ノムヒョン大統領も「反日カード」という伝家の宝刀・禁断の果実の味を覚えてしまったということだろう。伝家の宝刀も抜くぞ抜くぞと言っているから効果があるのであって、本当に抜いてしまったら置き所がなくなるだけだ。反日を言っている内はいいが反米となってくると、話は別。経済や安全保障問題をどう考えているのか疑問に思えてくる。多分何も考えていないのだろう。中国の中華思想は有名だが韓国の人も話をすればするほど「韓国版中華思想」を感じる。優秀な中小企業群を持たぬため日本からの輸入に頼らざるを得ない部品や資材、アメリカ市場、民意を煽って一旦火を付けてしまえば収めるのはきわめて難しいのは中国の反日デモを見ても明らか。同じく唯我独尊の我が宰相とうまくいくはずもない。
 二回目の韓国訪問の時に「統一展望台」なるところを訪問、川の向こうが北朝鮮だという場所だ。民族分断の悲劇を目の当たりにした時はやはり衝撃的だった。北が崩壊したら直接的に困るので仕方なく支援している、というなら分かる。しかし、本格的な反米、反日路線を突き進む様子を見ていると「6千万・親中・反米・反日・核武装国家」の出現が現実的に思えてくる。もちろんそれは韓国国民の総意などではあるまい。しかし6・25のこの静けさを見ているとあながちそれが杞憂とも言えない状況は残念なばかりである。
 韓国で落ち目のところを奇跡的に救われて日本のご婦人相手の金儲けに余念がないヨン様が韓国の、一年に一度くらいの楽しい韓国旅行を楽しみにしている私が日本の、それぞれトップに就けばすべては解決するはずだが、その可能性は、北の将軍様が「日本国万歳!」という可能性より更に低い。
 さてと、今日も早く帰って「オールイン」を見なければ。竹島の韓国軍のレーダーが日本製だと大騒ぎになったようだが、イビョンホン演じるキムイナがアメリカで乗ってるポンコツカーは大昔のブルーバードだ。大丈夫か?韓国テレビ局。行き過ぎた反日はこんな詰まらぬことに気を揉まなくてはならなくなる。まったく無駄なことだと思うが。
 トータル的に考えて、韓国は嫌いな国ではない。その「気負い」や「背伸び」を、見下すのではなく、理解してあげることが必要だと思う。我が国が大国だというのなら、その度量はそうやって発揮してもらいたいものだ。

2005年6月24日(金)
豊橋
 今日は、労働基準監督署による調査のため、午後から豊橋に出かけた。いつもなら車で行くところだが迫りくる老齢化のためか、なぜか電車を選択。名古屋−豊橋間の新幹線は特別な往復割引切符があり、自由席限定だが2,800円で行ける。車なら名古屋市内でも高速を使えば6,000円近くにもなる。時間も30分しかかからない。車なら片道で少なくとも1時間30分はみておかなくてはならない。何よりも夕刻の東名の渋滞が億劫に思えた
 豊橋に着きタクシーに乗る。歩いて15分〜20分、今の私なら歩けない距離ではないが荷物が重かったのと異様に蒸し暑かったことでタクシーに。おおおおっ、いきなり市電(正確には「路面電車」というのかもしれないが名古屋人には「市電」だ)。道路中央を我が物顔で走っている。しかし線路上の電線はすっきりしている。すごいのは岐阜だ。まさに蜘蛛の巣のように線路上に電線が縦横に走り回っている。岐阜では飛び降り自殺は多分不可能だ。運転手氏に「電車と車がぶつかる事故はないんですか?」と尋ねたところ「いや〜、聞いたことないねぇ〜」とのこと。まあそんなもんか。岐阜でも同じ事を聞いた。しかしなんと言っても突き抜けているのは犬山!車と普通の電車が並行して道路を走っている。最初見た時は大変なところに迷い込んだのか、と一瞬パニックになるが、よく通る人にはなんでもないらしい。最初に考えたのは誰なんだろ?単なる設計ミスだったりして・・・。それにしても、豊橋、そして岐阜。この市電の活躍ぶりを見るに付け、あの北の国を思い出すのは私だけだろうか?風情があっていいと思うが、車の免許の試験以来初めて見るような標識が乱立してるのにも戸惑ってしまう。
 用事自体はあっさり終わってしまい、再び駅へ。タクシーを拾おうと思ったら、来ない。結構大通り沿いなのにタクシーが来ない。全然来ない。15分ほど待ったろうか、たまらず通りがかりの地元風の人に聞くと「ああ、豊橋は流しのタクシーはおらんだら〜」と言うではないか。「だら〜」は私の作りだがまあそんなもんらしい。そのオヤジのアドバイスを受け入れタクシー会社に電話して呼ぶことに。おお、来た来た。こちらではタクシーはこれが常識みたい。MKよ、次に進出するなら豊橋がいいぞ。
 さて、駅に着き土産を買う。やっぱ、ちくわしかないか。それ以外では「うなぎパイ」や「こっこ」、他地域のものばかりだ。ここはセオリーどおりちくわを買う。名古屋行きのこだまは出たばかりで30分待ち。ホームで一人待つ。なんだかやたらと殺風景なホーム。看板用のスペースにも空きが多い。広告看板は結構景気の勢いを反映するものだがやはり元気な愛知とはいえここは違うのか。タクシーの運転手氏からも景気のいい話は聞かれなかった。小学校(もう30年も前になるのか)の授業の際には愛知県東部地方の中心都市、と習った記憶がある。西の名古屋、東の豊橋、みたいなイメージだったが、今では随分と西三河に押されているらしい。そういえば経済指標でも県内の他地域に比べてやや見劣りしてたなあ。頑張れよ、豊橋!とりあえずちくわは買っておいたから!
 新幹線に乗って、次から次へとのぞみに抜かれつつも30分ちょっとで名古屋駅に到着。人でごった返している。町の規模だけではない。万博だけではない。やっぱり勢いが違う。
 勝手に来て文句ばっかり言いやがってと言われそうだがそのとおりだ。二度と来るな!と言われるかもしれない。呼ばれない限りは多分行くことはないと思う。豊橋は嫌いな町ではない。かつての愛知第二の都市としての誇りと賑わいを取り戻してほしいと願うばかりだ。
 こうして東三河巡礼は終了した。週末特有の私の脱力感溢れる日記もここでお開き、と。
2005年6月23日(木)
二夜連続の宴

 昨晩は二日連続の錦出動となった。昨年共に活動した本業外の仲間の皆さんと。店は「月の宴」、和風創作料理という触れ込みだ。「創作料理」というと時々とんでもない自己満足系食物を食べさせられることがあるが昨日はそんなこともなかった。
 私は酒が飲めない。まったくではないがほとんど飲めない。そのことは独立開業する小さくない要因でもあった。短い勤め人時代(27歳で独立なので)ではあったがいわゆる「外資系」的なところにいた期間が長かったのでどっぷり日本的な会社というのはそんなに長くはなかった。それでも「俺の酒が飲めんのか!」的な経験は少なからずあった。社会人になった時から今まで、「飲めん!」で通してきたが周りを不愉快にさせることもあったことだろう。しかし飲めないものは飲めない。恐らく世界でも韓国と日本だけであろう酒の強要、すなわちいじめ、なるべく遭遇したくない、と思ったら独立開業が手っ取り早い結論であった。時に人を死に追いやる酒の強要だが、いかにもそれがありそうなさる団体に加入したが一度もその経験がない。これがアクティブに活動できた大きな要因だろう。考えてみればお客さんからも一度もないなあ。まあそんな人が寄ってこなかった、ということもあろうか。私は「飲めん!」と言えるから良いがそれが言えない人が生きていくにはまだまだちょっとしんどい社会なのは間違いない。
 さて、そんな飲めない人間からするとこの手の会合では食べるものが重要になる。宴会特別捜査隊によると今回は「満(城みちる)コース」、魚が中心だったが「比内地鶏の天ぷら」はなかなかイケた。フィニッシュの「海鮮ちらし寿司」もまずまずだ。ただ、「あさりのお吸い物」は塩が効き過ぎ、中年の域に差し掛かった男にはちとつらい。「本ずわい蟹の釜揚げ」はまずくはなかったが気になったのはその艶。あまりにも鮮やか過ぎる(写真参照)。プラモデルでよく使ったニスでも塗ってあるかのような不自然な光沢であった。天然物ではないな。それと「活〆真鯛かぶとの炭火炙り焼き」、漢字検定で出題されたらまず書けないが、そんなことはどうでもいい、とにかく身が詰まってない。ほとんど食べるところがなかった。ホームページの写真(満コース)を見てもらえれば分かるが真鯛にやる気が感じられなかった。目が死んでいる。「もうやっとれんわ」のつぶやきが聞こえてきそうだ。死んでいる魚だから当たり前といえば当たり前だが・・・。そんなに文句があるならもっと高い店に行けよ、と言われそうだが、もっともだ。
 大体酒を飲む人たちは食べるものにはほとんど興味がないようだ。もったいない運動とか言ってる割には結構残す。こんな時はいつも、周辺の人の分も食べてしまうが気付かれたことはこれまでほとんどない。そうか、これが太った原因だな。かつては週に三日くらいこんな生活をしていた。
 もう少し前にはこれらの宴会の準備、業界用語で言うところの「設営」もよくやった。店選び、メニュー選びに司会進行、会計、酔っ払いの世話、わがままな出席者の相手・・・。収拾が付かなくなると「てめぇうるせいぞ!」と下っ端にあるまじき仕切り手法だった。しかし今一番自分にとって役に立っているなあと思うのはこの設営の経験だ。掛け値なしに大変な仕事だ。設営陣の苦労が分かればこそ、「ご苦労様でした」と自然に声も出る。文句など、仮にあったとしても、口にすることもありえない。「コンパニオンのグレードが低い!値切ったんじゃないのか?」なんてことは思ったとしても言えない。この、相手の立場を思いやる気持ちは仕事でも同じくとても重要なことだと思う。社労士・行政書士の狭い世界で「先生、先生」と持ち上げられていては分からなかった世界だ。
 たまに会っては楽しく話ができることも、一緒にやってきた時を共有したからこそ。そんな幸せを噛み締めつつN島大会長を君付けで呼んでみた。いやあ、先輩っていいなあ。いささか身内ネタで失礼しました。

2005年6月22日(水)
やり逃げ退職

 ふ〜ん、中央官庁の若手キャリア官僚が国費で海外留学後5年以内に1割が退職ねぇ。一人当たり1300万円の費用か。血税を使って自己のキャリアアップを最初から狙っていた確信犯なのもいるだろうが、「その後気が変わりました」と言われりゃそれまで。日本国憲法は「職業選択の自由」を謳っている。国賊、と罵ることは簡単だが現行法はその国賊の味方である。
 民間企業でも事情は同じ。研修費用をかけて資格を取らせキャリアを積ませても辞められたらはいそれまでよ(←ちょっと古いか)。「金返せ!」などといおうものなら労働基準法第16条(労働契約の不履行<退職>についてあらかじめ違約金を定めておいてはならない)を持ち出されほぼ取り返しは不可能。美容院の負担で美容学校へ通った、病院の負担で看護師の学校へ通った、というような場合いつも問題になってきたところだ。「お礼奉公を強制」とあたかも悪徳経営者のように言われるが、おいおい費用はどうなってるんだ、というところは論じられることは少ない。公務員にも同じような規定があるはず。
 結論から言えば、もう労働基準法が時代に合っていないのだ。戦前の「工場法」をベースとしてまさにその名のとおり工場労働者などのブルーカラーを想定して作られた法律。憲法と時をほぼ同じく制定され間もなく60歳、人間で言えば還暦だ。従業員に研修コストをかけても、長期的な視点で見れば会社も恩恵を被れた時代は終わった。いや、現政権に無理やり終わらされようとしている。やったもん勝ち。それを煽るような情報も氾濫している。悪い経営者もいれば良い経営者もいる。同じように良い労働者もいれば悪い労働者もいる。当然だ。「経営者はいつも悪いことばかり考え、労働者はいつも弱い立場で虐げられている」という思想で貫かれている。「俺たちの若い頃はこうだった」と説教垂れる前におとなしく拍手を受けながら去る勇気こそ大切なことだ。そうすれば「あれはあれであの時代には意味のあった法律だった」と尊敬されることもあるだろう。このままでは老害にしかならない。引き際はきれいにした方がよい。
 【オマケ】
 さて、やり逃げ対策に会社側はまったく手はないのかというとそうでもない。@研修などは志願制にする、A費用はあくまでも本人持ちを前提とする、Bそれを会社が立て替えることを明確にする、C退職時に返還する契約を結ぶ、D在職○年以上の場合は○割返還でよい、○年以上は全額免除する、というような契約を結んでおく。こうすれば労働基準法第16条は基本的にはクリアできる。
 どのくらいで全額免除すればよいか?それは会社によりけりだと思う。特に基準は設けられていない。う〜ん、難しいなあ。付き合い初めにプレゼントしてすぐ逃げられたら「詐欺だ!」と言いたくなる気持ちも分かるが、いくら高額なプレゼントをたくさんした、とはいっても5年も付き合えば返してくれとは思わないでしょ、普通は。そうでもないか。なんだか超個人的な基準だなあ。10年以上結婚生活を送って「あの靴は、あのカバンは俺が買ってやったんだ」なんて言ってるのもいるしなあ。なんだかそんなのに・・・似てないな。仕事とプライベートは違う。「悔しいとは思いますが、ここは、去る者は追わず、で耐えましょう」、一昔前はそんなことを言ってた覚えがあるが、これだけ自己中が増えてはそうとばっかりも言っていられない。何より、法律が一方をまさに一方的に守っているのはやはり時代についていけてない、というのが私なりの結論だ。


 さてと、今晩は二晩連続の錦。去年までの生活のようだが、すっかり真人間に戻った私には足が重い。行きたくない、行きたくない。本当か?

2005年6月21日(火)
こんなんでいいのか?

 今、江南という名古屋市の北部にある街から帰ってきた。同業者の方からの行政書士業務のご紹介。いつもすんませんなあ。今度しっかり接待します。この地域も名古屋高速の一宮線が開通してから格段に便利になった。しかしいつもほとんど車を見かけない(写真)のにはいささか心配になる。
 さて、事務所に帰ってきて新聞を広げると、経団連の規制緩和の提言なるものがあった。その中に、弁護士や税理士、そして我々社会保険労務士業などのいわゆる士業についても派遣を認めよ、という文言があった。経団連は基本的に大企業の集まり、とはいうものの、多少なりとも天下国家を大所高所から論じる団体かと思っていた。しかし、その他の「要望項目」を見ても例外なく、自分たちに有利なことばかりだ。目的を持った団体である以上、それも当然かもしれないが、それが実現した後に来る社会を想像してみたことはあるのだろうか。たとえば派遣業務における士業の解禁、その理由は「短期的な仕事のニーズがある」、あるよ、ありますよ。言われなくても、でもそんなのは個々の事務所がスポットで受託すればいいだけの話ではないか。大体、そんな要望を頼んだ覚えはない。財界からすれば、士業など目の上のたんこぶ、簡単にいえば邪魔なのだ。商売の。

 大企業の集まりなのだから大企業の有利なように、というのは分かる。団体とはそういうものだろう。しかし、ここまでの日本の繁栄を支えてきたのは中小企業や個人事業である、という一面が完全に忘れ去られている。いや、意図的に見ていない。大企業の軍門に下るものだけがいい思いをする、より大きなところだけが残る。まさに「勝ち組」「負け組み」社会か。羽振りのいい派遣業界の人間も何人か入ったのだろう。しかし、生産調整で派遣社員が切られた後、派遣会社はその雇用を守れるのか?守る気概はあるのか?受け入れ先は自社とは関係ないからと知らん顔か。そんな社会でいいのか?誰が望んだのか?この経団連の規制緩和要望項目がすべて実現した暁には、中小零細企業、個人事業の屍が累々と横たわることになる。その時、平蔵は平然と言い放つだろう。「これが市場経済です」と。特に韓国などと比較するとよく分かるはず。日本経済の本当の強みは中小零細の企業の層の厚さ、士気の高さにこそあるのだと。それをなくしてもいいのか?
 何もかも現状維持で倒産や廃業を一社も出さない、というのは無理がある。それは分かる。それでは自由経済ではない。しかし、情も何もない剥き出しの19世紀型あるいはアメリカ型の資本主義でいいのか?日本の強みはなんなのか?史上最高益とやらは自分たちだけで達成したのか?独占事業よって高給を食むテレビも新聞も、大企業の高額なボーナスを喜んで競って載せている雑誌にも分かるまい。彼らには何も期待しない。でもとりあえず自分の所の額は載せろよな。
 政治を動かして要望を実現しようとする財界、泥水をすすっても生き残ろうとする中小企業。強い者が弱い者を叩きつつ更に強くなる。なんだか共産党みたいなこと言ってるが、そんなSM社会はもうすぐそこまで来ている。残念ながら、今の私には女王様のムチを取り上げる力はない。ムチで打たれる側を支え続けるしかないのか。昨日買った小田和正のCDの中の曲にそんな一節があった。今日も帰り道に大音量で聞いてい。♪〜忘れないでいて〜、きっとそばにいるから〜♪
 こんなSMクラブが繁盛している間は日本に明るい未来はない。

 【注意】運転中の写真撮影は危険ですから止めましょう!

2005年6月20日(月)
関西訪問・後編・・・再会

 尼崎駅で神戸方面の電車に乗り換えようとするが・・・分からない!どのホームに行けばいいのかが。本当に分からない。ホームは全部で四つあるがウロウロして内にどんどん違うホームから発車する。今度こそ、と待っていてもまた違うホームから。私が名古屋人からだとからかっているのか?そしてよ〜く案内表示を見ていると「新快速の上りは1番ホームから、下りは8番ホームから」と表示されている。快速や普通はまた違うみたい。これは迷うわ。大体端から端じゃないか。しかしこれはひどい。尼崎へ行く機会があったらぜひ一度確認してほしい。
 さて、そんなこんなでようやくお目当ての電車にたどり着き一路芦屋へ。芦屋といえば高級住宅街だ。いや、見たわけじゃないがそんなイメージだ。思ったより小さな駅だが品がある、気がした。かつての後輩に5年ぶり?くらいの再会。以前も岡山県の瀬戸内海際に講演に来た時に立ち寄ったことを指摘されて思い出した。その時は神戸で会った。名古屋から転勤でこちらへ戻ってきた直後にあの大震災に被災した。芦屋といえば一番揺れた所だ。何にもすることもできず味噌煮込みかなんかを送った覚えがある。もう10年か。本当に早いものだ。駅前の大丸の中の喫茶店で長いこと居座り思い出話や近況を時の経つのも忘れて語り合った。そろそろと帰ろうとするとお土産が用意されていた。何と!風月堂のゴーフル(写真上から二つ目)が!神戸が本家と言えば山口組だけではない。風月堂もそうだ!「ホームページにありましたので」と用意してくれていたのだ。そういや6月11日に書いてる。エラい!エラいぞ!幸せの定義は人によってバラバラだろうが、私は多くの知人が、それも全国各地にいて時々会って話ができることがそれに近い。またの再会を約し、感謝感謝で芦屋駅を後にした。
 新快速で新大阪まであっという間。もらい物のゴーフルだけではしみったれ社労士ぶりがバレるのでもう一つお土産を買うことにした。しかしないなあ、大阪土産って。単に知らないだけかもしれないがやたらと「吉本」、「阪神」に「たこ焼き」が引っ掛けてある。う〜ん、食欲をそそらないなあ。「大阪ばなな」もいただけない。東京へのプライドは捨てたのか?余りにも安易だ。あ、赤福まで。ここは伊勢じゃない!守口漬けでも出てきそうな勢いだ。あれこれ思案し試食(名古屋人にはこれが重要)した結果「生八橋・おたべ・黒ゴマバージョン(写真上から三つ目)」にした。「安くて重い」、名古屋人の品選びのつぼにはまっている。味はまあまあ、可もなく不可もなく。普通の八橋でもいいんじゃないか。売り上げ増を狙いいろいろなバージョンを次から次へ作るのもいいが、「本家」としてもっと「基本商品」に力を入れてはどうかと感じた。これまた次から次へと登場する「マイルドセブンなにやら」をほうふつとさせてしまう。売り子のお姉さんの「大阪駅限定販売で〜す」ってのにも違和感があった。八橋って京都じゃないの?
 さて、土産も買って切符を買うことに。しかしいつも思うことだが、新幹線の切符買うのって何でこんなに時間がかかるんだろう。5人並びで15分は待った。ようやく順番が回ってきたので、16時59分発のぞみが空席たっぷりなのを確認した上で伝えるが「満席です」と言い張る。何度言ってもダメ。仕方なく頭上の電光掲示ボードを指差してようやく「ああ、空いてますね」と・・・。そしてチケットを受け取る時「それじゃあ15時59分の・・・」と言われる。いや16時59分だ。私のような大人物が些細なミスをとやかく言うつもりはない。窓口はJR西日本の若いお姉さんだったので余計に優しい。しかしこのことから、私は、JR西日本の社員は相当疲れているのではないかと感じた。それは今回の一件のせい、ということではなく、構造的に、だ。効率的に一生懸命働く、ということは大事なことだとは思うが「安全」が犠牲になるほどならそれは行き過ぎだ。列車のダイヤを緩やかにしたり安全装置を付けたりすれば直ちに解決する問題ではないと感じられた。

 西日本から帰る時はいつも思う。車でも電車でも。木曽川(写真最下段)を渡ると「ああ、尾張(愛知)に帰ってきたなあ」、更に庄内川を渡ると「ああ、名古屋に帰ってきたなあ」と。川があるから分かりやすい。東から帰ってくるとそうはいかない。一体どこからが三河(愛知)でどこからが名古屋なんだか・・・。豊明あたりに「ここからが名古屋圏内です」と看板でも立てておいてほしいものだ。
 と、こうして関西訪問の旅を終えた、とさ。
 コンフェデ見ちゃって寝てない。早く帰って寝よう。

2005年6月19日(日)
関西訪問・前編・・・世直しの旅

 本日は関西へ出かけた。用事は二つあった。最初はお客さんの身内の葬儀。伊丹ということでそういえば電車は動いてなかったなあと車で行く準備をしていたが、偶然にも本日から開通ということを直前に知り、電車で行くことにした。名古屋駅は駅の外も中も人でごった返していた。何事かあったのかと思ったが良く考えたら万博だ。しかしこんなにすごいことになっているとは。のぞみのスーパーヘビースモーカー席をキープし、一路新大阪へ向かった。一時間ほどで到着し福知山線に乗り換え。大阪駅も尼崎駅も思ったより近い。それぞれ5,6分で着いてしまった。電車は尼崎を出発し間もなく事故現場へ差し掛かった。いつもテレビで見ていたあのマンションの本当にすぐ横を通り抜ける。当然のことながら電車の中は皆押し黙ったままで沈黙が流れた。ここで107人も亡くなったんだなあ。そう思うと言葉も無かった。合掌。
 それから伊丹駅にもすぐに着いた。駅前はジャスコがあるくらいでビルも無くしょぼい。タクシーの運転手もお客さん自身も言っていたから許されるだろう。伊丹は思ったより田舎だった。かなり。恥ずかしながら伊丹市が兵庫県であるということも今日初めて・・・知った。まだまだ知らないことが多過ぎる。単に無知なだけか。しかし、神戸港の沖合いにもう一つ空港作るなんて・・・やっぱりおかしい。観光地は?と尋ねたら「無い」と口を揃えられたが伊丹といえばやっぱり空港か。関空ができたとはいえ国内線はまだビシバシのようでやけに飛行機が大きく見えた。それだけ空港が近いということか。
 さて、葬儀も滞りなく終了しお客さんに挨拶して次の用事先へ。芦屋に住む昔の勤務先の後輩の下へ向かうこととした。後輩といってもその当時私はバイトだった。正社員として入社した後輩をあごで使っていたような記憶が・・・。昔からそんなんだ。でも5年ぶりかな。とっても嬉しい。芦屋に行くにはまた同じ電車で尼崎に戻って東海道線に乗換えだ。伊丹駅からまた乗り込む。今度こそ事故と同じシチュエーション、さすがに先頭車両は皆避けるのかなと思ったら結構混んでる。それを見てなんだか嫌な予感がした。私はとりあえず二両目に乗った。電車は程なく再び事故現場に差し掛かった。近い。余りに近い。電車とあのマンションは本当に近い。実感として1,2メートルしかない感じだ。スピードも30Kmくらいしか出していなかったと思う。
 しかしその時だった。先ほどの嫌な予感が的中した。運転席の直後に陣取るヤンキー風の若い連中がバシャバシャ写真を撮っている。何やら声を上げながら。別にきれいごとをいう気はないが、それでも、だ。遺族やけが人、何よりも亡くなった人のことを考えられないのか。何のために撮るのか?奈良の女児誘拐殺人の犯人とメンタリティーは変わらないではないか。世も末だ。教育が間違ったのは「ゆとり教育」ではない。こんな人間を生み出したことが間違いだ。めったにカッとすることのない私だが、尼崎で降りてきた連中に名古屋弁で一言かましておいた。内容は省略。ビックリすると思うから。姿格好はヤンキーバリバリだったがそそくさと退散してしまった。情けない。しかし、私の周辺だけでも、コテコテの大阪(神戸?)のおばさん何名かや、これまたいかにも大阪風のケバケバ女子大生風のお姉さんが涙を流していた姿があったことも書き留めておかねば。「人情の街・大阪」はまだまだ健在だ。えっ?兵庫もだって?う〜ん、やっぱり地元民じゃないから大阪と兵庫の境界が分からない。どなたか教えてください。
 さて、いささか興奮気味だった私は尼崎駅の階段でタバコを吸っていたガキも一喝しておいた。関西の浄化に少しは貢献できたかもしれない。名古屋は南区出身の元ヤンキー社労士をなめるでない。朝出かけにサンデーモーニング・張本の喝!を見てから出てきた効果が早速現れた。

 さあてと、後輩の待つ芦屋へ急がねば。
 つづく

2005年6月18日(土)
再会

 昨日は久々に同業者の集いに出た。同業者とは言っても社労士会とかではなく、自分が講師をやっていた時の受講生の皆さんで、合格しそして開業している人の集まり。自分がサボっていたこともあり気が付けば2年以上間が開いてしまっていた。最後に会ったのがちょうどデブりのピークの時だったため私の激やせぶりでとりあえず盛り上がった。
 縁あって講座に通ってもらい合格し、そして開業した皆さんにはぜひとも成功してほしいと切に願っている。そうするためにはまず自分がしっかりしなきゃいけないな。出席したある人から「先生の本を読んで社労士取得を志し、今名古屋に帰ってきて開業している人がいます」と聞かされ、驚いた。最初に書いた本は27歳、開業一年目の時に出版されその後13回の増刷を重ねた。計4万部近く売れたはず。年を取ると自慢話が増えるのはご容赦いただくとして、とにかくその責任を痛感する。こうして講座を主宰し開業までした皆さんがこんなにもいるのか、ということを含めて、また、他人の人生になにがしかの(良い)影響を与えることの喜びを改めて痛感する。そう、喜びだ。決して悦びではない。「組」も付かない。他では聞けない同業者間の貴重な情報にも多く触れられ大変有意義で貴重な時間となった。今後は「開業の実践」にテーマを絞り、頻繁に開催することを誓い合った。ええ話やなぁ〜。それと今回もう一点改めて感じたのは女性パワー。ガンガン飲んでしゃべり倒し、何しろ元気だ。どこかで見たことのある光景だと思ったら、そうだ、ウチの事務所だ。男衆はもう少し頑張らないと歯が立たなくなる。
 会場は、名古屋は錦橋(納屋橋の一本北筋)にある「ごはんDINNING 錦橋 きらり」という堀川沿いにある店だった。知り合いの店で店名にある通り「ごはん」が売り物のとても良いお店。交通の便がちょっと悪いがその分隠れ家的でお勧めである。ご予約の際には「本部の紹介だ」と言ってもらえれば・・・「誰ですか?それ」、「それがどうかしたんですか?」と言われるだけだ。
 早く到着したので錦橋から堀川を眺めていたがなかなか風情がある(写真・上)。川の汚れはまだまだいかんともしがたいが可能性を感じる。知人で納屋橋・堀川再生に命を賭ける男がいるがこうして眺めているとそれもよく分かるような気がする。店がはねて有志でもう一軒となった時11時を回っていたとはいえ入れる店が見付からなかった。この辺が「名古屋は閉まるのが早い」と言われるゆえんか。屋台なんかがあったらいいのになあ。昨秋福岡は博多・中州に行った時に感じたことを思い出した。

 仕方なく錦へ。とりあえず「栄太郎」。座敷も開いていたがカウンターに誘導された。今更カウンターか、と全員一致で店外退去。次は「飯場・本店」、ちょっと混んではいたが座敷を空けてくれた。「栄太郎」の行動も間違ってはいないだろう。人数から見てカウンターに誘導するのも分かる。しかし座敷は開いていた。マニュアルはそうなっているのだろう。しかし「飯場」は客のわがままを聞いてくれた。正確に言えば聞いてくれるよう努力してくれた。「栄太郎」といえばこの地域では大手かつ老舗。一軒目の「きらり」も「飯場」も今勢いのあるこの地域の若手(とはいってもそれぞれ同世代)経営者。店のスタッフも元気だ。この辺のちょっとした差がいずれ大きな差になっていくのではないか。ちなみに「飯場」の「鶏ちゃん焼(写真・中)」はうまい。
 気が付いたら一時半、いかんいかん去年までの生活パターン復活だ。いつもお世話になっている同業者を一宮まで送り届け、新名古屋高速(一宮−東名阪)→東名阪→名古屋高速で帰ってきた。20分くらいだったかな。新名古屋高速はメチャクチャ便利だ。
 ちょっと写真では分かりにくいが名古屋高速走行中「春岡−四谷間 猫に注意」の案内。一体何があったのか?北海道で「鹿に注意!」、その他の地域でも「動物に注意!」は見たことがある。しかし「猫」は初めてだ。三河の徳川家の「犬公方」に対抗して尾張名古屋は「猫公方」になったのか?いろいろ考えてたら夜明けまで眠れなかった。
 さあ明日は関西へ。仕事じゃないけど遊びじゃないよ。用事は二つ。明日もかつての仲間に再会。何年ぶりだったかな?なんだかいよいよ人生の締めくくり、みたいな行動パターンだが、残念ながら・・・まだ40年は生きるつもりでいる。寝たきり紙おむつになっても、文句を言い続ける。

2005年6月16日(木)
テレビ局のサッカー報道体制について

 う〜ん、今日はサッカーのコンフェデがあるなあ。でも1時からか。見ちゃうかな?微妙なところだ。何々?内田恭子が現地レポーター?ちょいと峠を越えたかなあ。日テレの柴田アナが松坂をかっさらったようにはいかなかったなあ。実況がカビラ?テレビ朝日のあの川平とは違うよな。ああ、あのオカマバーのマスターか。どうもこの男は苦手だ。なんでフジが使い続けるのか分からない。英語をひけらかすのも結構だがその姿は性質の悪い大橋巨線そのものだ。解説が清水?前髪が後退しているのに無理に真ん中分けしていてそのすき間が悲しいあの人?人のことは言えないが。ちょいと暗いんだよなあ。
 日テレもサッカー放映の陣容は貧弱だ。北澤一本だが役不足だろう。鈴江奈々もうるぐすに移ってきてから映えない。実況も船越アナの高校サッカーのゴルゴルゴルゴルゴル連呼&絶叫の印象が強すぎる。ゴルゴ13に撃たれるぞ。テレビ朝日はワールドカップ予選中継を獲得しただけあって安定感がある。北朝鮮戦で見せた角澤アナの実況は成長の跡をうかがわせた。斜陽の相撲界から見事なとらばーゆだ。その調子で若貴騒動も絶叫と共に実況してほしい。何なら新番組を立ち上げるよう頼んでみよう。その名も「大相撲若貴ダイジェスト(サッカー風)」。名物番組のリニューアル復活劇だ。「出た!貴!サルミーンばりのオウンゴール!」、「まだいたのか?出てくるな!憲子!レッドカードだ!」などと。松木の絶叫もいい。「いいですよ!」、「行け!」・・・。「何がいいのか?」、「どこへ行けと言うのか?」と突っ込みどころ満載で単なる素人のようだが我々の目線に近い。いただけないのはセルジオ越後屋だ。昔から聞いているがいつの時代も監督批判一本やり。1回自分でやったらどうだ?その時は私が解説してしんぜよう。「ダメですねぇ、何も分かっていませんねぇ」くらいは言ってやる。各局出まくり、小銭稼ぎに忙しい中西共々、喝!だ。
 個人的な好みで言えばTBS、白石美帆はズバリ!タイプだ!水沼も渋い。しかし金田はどこへ行ったのか?しかし、しかししかし、私の一押しはテレビ東京!その訳は・・・大橋未歩!女子アナ界の中でダントツ!何でテレビ東京に?大きなお世話か?ヤクルトの無名選手と付き合っていたのもいい。名前やお金じゃないんだな。じゃあ何が良かった?そんなことはどうでもいいが。
 しかしアナウンサーや解説陣の実力や安定感で言えばやはり、皆様のNHKだ。オリンピックなどを見ていると実感できる。昔のワールドカップなどを見返してみても民放との実力差は歴然だ。長野オリンピック・原田のジャンプの時の「立て立て立ってくれ!」やアテネオリンピック・団体鉄棒の「栄光への架け橋だ!」などは咄嗟になかなか言えるもんじゃあるまい。
 ここまで書いて気が付いたことがある。私って本当にテレビが好きなんだな。特にアナウンサーが。
 ちなみに私の携帯の待ち受け画像は・・・もちろん大橋未歩だ。

2005年6月15日(水)
名古屋御膳

 帰途、時々弁当を買って帰る。昨日もほっかほっか亭で期間限定の「名古屋御膳」なる弁当を発見、一か八か買ってみた。昨今の名古屋ブームに便乗した商品だ。手羽先に味噌カツだけでも十分にくどいが、更にエビフライでダメ押しだ。トンカツにかける味噌ダレとエビフライにかけるタルタルソースは別袋。前三つの揚げ物だけで十二分に超高カロリーなのは分かる。その上にタレ二種。くどい。くどすぎる。昨年、命がけのダイエットに取り組んだ身としてはインパクトが強すぎる。このくどさは、みのもんたの朝ズバッ!といい勝負だ。
 それと、なぜ「シャケ」が乗っかっているのかは理解できない。名古屋に生を受けて40年、在住38年、「シャケ」が名古屋名物だとは一度も聞いたことが無い。それとも私が知らない間に名古屋港ではシャケが水揚げされているのだろうか?よもや「シャチ」の代用品では?まさか・・・。そういえば、ポスターには「金粉入り!」と怪しげな宣伝文句が踊っていた。「シャケ」と「シャチ」・・・、金粉・・・、金粉のシャチで金シャチ?・・・。ワケの分からない金粉ショーは場末のお下劣な店だけでよい。そして値段は・・・800円!マジっすか?これはハズレだ。

 店員さんは高校生風のアルバイトの女の子か主婦のどちらか、いずれも過剰なまでに礼儀正しい。その点は文句の付けようが無い。しかし以前から気になっていたのだが、キッチンにいるオーナー風の店長がいただけない。顔付きだけで判断はできないが、とにかく仕事が楽しくなさそうだ。サービス業ゆえ、お客さんを暗い気分にするのは止めてほしい。
 その点で立派だと思うのは名古屋は錦三丁目の「鴨ラーメン」の兄ちゃんだ。よく出歩いた昨年まではフィニッシュとしてよく行ったものだがいつ行ってもスゴい!一杯1800円也のラーメン(シジミ100匹入り・二日酔い防止に効果絶大とのこと)もスゴいが、最初から最後までハイテンションで「さ〜てと、ラーメン作っちゃうよ〜!」、「よ〜し!三ついっぺんに作っちゃう〜よ!」などとワケの分からないことを叫びまくってうるさいことこの上ない。しかしとりあえずは明るくなれる。今度本当にシジミが100匹いるか数えてみよう。
 社労士・行政書士もサービス業、他人の振り見て我が振り直そう。
 さあ〜!明日も仕事やっちゃうよ〜!

2005年6月14日(火)
何言ってんだ、日経

 今日の日経の社説。「官民競争入札のルール作りを急げ」とのタイトル。曰く、「社会保険庁が実施した東京地区の社会保険加入促進事業の競争入札で東京都の社労士会が1円で落札した。官庁と極めて近い関係にある団体や企業が極端な安値で仕事を確保するのであれば官民競争入札の実を上げられるか疑問だ。対象事業の選定や入札の過程などについて各官庁を監視する必要がある。内容のある準拠法を早く作り財政健全化、経済活性化に役立つ官民入札を軌道に乗せたい」とか・・・。
 たわけ!1円で落札して儲かるワケないだろ。零細個人事業主の集合体である社労士業界の最後の抵抗だろ。他に誰が応札しているというのだ?派遣会社を初めとしたとにかく大手企業。個人事業のかなう相手ではない。「官はけしからん!民間にやらせろ!」、分かりやすい論理だ。既得権にしがみつく気も無い。ただ、平蔵あたりの肝煎りでこういったことが本格化しているが、現実に落札できるのはどんな人たちだ。基本的に資本の大きなところだ。「民間開放」、正しくは「民間大企業への開放」だ。何が何でも明け渡さない、なんてことを言っていると広範な理解は得られまい。しかし、大スーパーが個人商店を廃業に追いやり、運送業の規制緩和が猛烈なダンピングを呼びetc、この「規制緩和」の中には、結局は回りまわって国民の首を絞めかねないものが数多く含まれている。そうなっても構わない、というコンセンサス、何より覚悟はあるのか?
 十数年前、自分の業界の「料金統制」、「広告制限」、「顧客獲得制限」などに独占禁止法違反の臭いを感じ取り、公正取引委員会にも何度も話を聞きに行った。若手のはねっかえりの主張も今や多くの人が口にするようになった。その独占禁止法は自由競争の促進を謳い上げている。しかしその一方で「独占」の弊害を戒めていることを忘れてはならない。何事も節度が必要だと思う。強いものが弱いものを駆逐しまくる世の中は19世紀型の資本主義ではないか。現存する体制ではアメリカにこそ近い。そしてそのことは我が国にはなじにくい。弱肉強食社会への移行が明確になってきたこの3,4年、この社会に嫌なことが多くなってきた気がしてならない。
 今の日本で一番の「規制」や「独占」の弊害が顕著なのは電波、すなわちテレビやラジオの分野だ。テレビ局の大株主である日経を初めとした新聞社よ、なぜそのことを突かないのか?黒塗りのハイヤーに社旗!立ててパーティーや料亭のはしごをしているから分からないんだな。日経取ってるのは大企業だけじゃないぞ。分からないんだろな、そんなこと。分かろうともしないんだろな。

 写真ではちょっと分かりにくいけど事務所玄関にすりガラス状のスクリーンを貼ってもらった。by A.D.K.。個人事業者のささやかな改築工事進行中!

2005年6月13日(月)
パンク

 本日も気分良く仕事を終え、外出先から事務所に戻る途中・・・車体下あたりからゴロゴロと嫌な音。下痢でもしてるかのようだ。CDでも買うか、とブックオフに何とかたどり着き、車をぐるっと一周すると・・・パンク!といってもロックではない。パンクだ、パンク。ついてねぇなあ。さあてと、暑い中スペアタイヤに変えるか、と思ったら・・・ジャッキが無い!ホンダ!いくら格安中古車とはいえ、ジャッキくらい付けといてくれ!
 で、止むを得ずJAFを呼ぶ。名古屋の中心部ということで15分くらいで到着。思えば加入暦22年、JAFには世話になりっぱなしだ。格安中古車を乗り継いできたのでそれも宿命といえば宿命だ。18の時に怪しげなインチキ中古車屋(何かやって新聞沙汰になってた)から買ったコスモなんか、道の真ん中で止まることがしょっちゅう。バッテリー関係がおかしかったようで何度呼んだことか。金の無さでガス欠も多かった。最初の頃はキーロックも多かった。そのたびに嫌な顔一つせず飛んできてくれたものだ。確か加入当初から4000円という年会費は変わってないと思うが、これまで払った88000円は十分すぎるほど元を取った。日本広しとはいえコール頻度では相当上位に食い込むはずだ。自慢にならんが。迷惑な会員ともいえる。先代のアコードも北陸道で突然黒煙を上げてお釈迦になった時もレッカー車は飛んできてくれた。まさにJAF様様である。
 それにしても最近良く物が壊れる。先週も事務所の電話にタンタンタンと雑音が入り盗聴か!(一体誰がするねん?)と大騒ぎ(一人で)になり電話機を変えても直らず結局ターミナルアダプターという機器を交換する羽目になった。貧乏事務所には痛い1万円単位の出費が続いた。オートバックスでは「せめて2本は一緒に変えた方が車にとってはいいですよ」と言われたが、私にとっては良くないので一本だけチェンジ。しみったれ社労士の本領発揮だ。まだ山も十分残ってたし・・・。
 そういえば、今日入った喫茶店に吊るしてあったカレンダーに書いてあった。「小事は大事より起きる」と。物は壊れる。人間も壊れる。小さな故障でよかったと思うべきだろう。機械にせよ、人間関係にせよ、体調にせよ、何事も、大きなトラブルは小事の積み重ねからくる。それは「前兆」と呼ばれる。後になって、「そういえばあの時」というやつだ。
 小事の内にその芽を摘んでおくことの重要性を感じた。そう考えれば、今日のパンクも意義あるものといえなくもない。
 久しぶりに、もっともらしくまとまったところで、ちゃんちゃん。

2005年6月12日(日)
事務所

 土曜日に久々に床掃除をお願いした。今回は大分間が開いていたのでかなり汚れておりこのピカピカ感は嬉しい。GWに机周りの大掃除を実施し、ダンボールで何箱にもなる宝物(ガラクタともいう)を廃棄して以来、掃除・収納に目覚めてしまった。密かに「収納フェチ」とのあだ名もついた。労務管理の世界で「ホーソン実験」という超有名な100年前の壮大な実験がある。メイヨーとかいうオッサンが行ったもので、そこから導き出された結論は「職場環境は従業員のモラール(士気)向上に決定的な影響は無い」というものだったが、メイヨーよ、ウチの事務所を見に来い。やっぱ、整理整頓は作業能率に影響はあるぞ。
 後は透明ガラスの玄関にスクリーンを貼ってとりあえず完了予定。皆さんにも一度見に来てほしいものだ。
 この事務所に移って来て以来、来年で10年になる。思い切って変わってみたい気が無いでもないが、どうしても、という必要に迫られているわけでもない。業務拡大でどうにも狭くなって、となればいいが悲しいかなそこまでの状況にはなっていない。
スタッフも何かと不便を感じているだろうと水を向けてみても結構気に入っているみたい。
 自宅で約2年、お客さんの会社の一室を格安で貸していただいてそれも約2年、平成8年に思い切ってここに出てきた。何とか大通り沿いに出たい、と思っていた時に、国道19号線沿い(伏見通り)のこの物件に遭遇した。坪一万円近くの結構いい値段を提示されたので断るつもりで「その半額なら借ります」と帰ってきたところ、半額こそ無理だったがそれに近い線を提示され、借金をして出ることにした。住所も一丁目23番地の1、2、3、新電話番号も1414のいーよいーよ、で、何とかなくいいことが起きそうな気がした。引っ越してきた当初は広くて持て余し気味のところもあったが今ではだんだんと余剰スペースがなくなってきたことを感じている。しかし耐えられないほどではない。
 事務所開きでお客さんや知り合いから贈られた花や贈り物に囲まれるのは素直に嬉しい。またそんな気分を味わってみたい。しかしヤドカリ人生で十分と心得る私にはここが自分に合っているのかもしれない、と最近つくづく思う。もちろん、事務所を大きくしたいという気持ちはずっと持ち続けている。だが、それが目的ではない。「本部事務所ビル」などという名前のビルが建ったところを想像すると・・・何となく気恥ずかしくて私的には耐えられそうもない。万が一そんなことがあれば、お客さんや友人知人の名前を壁に刻みたいと思っている。それじゃ墓か。うん、墓もそうしてほしい。

2005年6月11日(土)
審査請求

 海外出張中に仕事で川辺にいた。その際に溺れかけている現地の人を見て助けようとして、自分が溺れ死んでしまった。そんなケースで労災適用を認める、という労働保険審査会の裁決が出た。画期的といえば画期的だ。労災認定は何より「業務」との因果関係を求められる。溺れかけた人を助ける、という行為は海上保安庁の職員、プールの見張り番などは別にして通常は業務と関係あるとはとてもいえまい。しかし人命を救済しようという行為を単に「私的行為」と切り捨てるものはいかがなものか、という心理が働いたのだろうか。つい最近のJR西日本の事故の際、近隣の労働者たちが現場に駆け付けて救護活動を行ったことによって負った身体的・心理的受傷を労災認定しようという流れも影響しているかもしれない。
 いいじゃないか、認めれば。直接の因果関係は薄くとも「緊急行為」、「反射的行為」については労災認定するという考え方は以前からある。今回もその部分の、いい意味での、拡大解釈だと思うが、助け合い社会の再構築のためには有効だ。労災保険は超黒字保険だから財政的にも問題はあるまい。大体KSDなどを見れば分かる通り「けが」に関する保険は、火災保険と並んで、儲かる構造になっている。
 さて、この「労働保険審査会」って何だ?といえば、労災保険の処分(ほとんどの場合、不支給に関して)に不服がある場合には裁判を提起する前に、各都道府県の労災保険審査官に審査請求し、そこでの決定に不服がある場合に中央の労働保険審査会に再審査請求することになる。都道府県の労災保険審査官の段階ではまず負けることになっている。労基署と同じ基準で判断するから当然といえば当然。しかし次の中央の労働保険審査会では「公益代表」、「使用者代表」、「労働者代表」が加わり、労基署の判断がひっくり返る可能性が若干とはいえ出てくる。何よりも大きいのは、この審査請求・再審査請求の段階で労基署の判断がひっくり返った時、すなわち「支給しろ」との判断が出た時、労基署の側はそれに不服を述べることはできない。訴訟すら提起できないのだ。すなわちそこで支給が最終的に確定する。裁判に持ち込むより請求者側が有利だ。審査官や審査会が判断にもたついたとき、三ヶ月経過したら裁判に移行できることにはなっているが、裁判を急ごうとする弁護士がいたらそれは怪しいと思う。裁判に持ち込めばどっちに転んでも最高裁まで行きかねない。お金もメチャクチャかかることだろう。労働保険審査会での逆転裁決を狙う方が現実的で有利だ。
 この審査請求・再審査請求は長いこと弁護士法第72条を盾に社労士は業として行ってはならない、とされてきた。しかし社労士試験の雑用を引き受けることの見返りに確か平成11年だったと思うが、社労士が業として行うことが認められるようになった。つまりお金をもらってもいいということ。冒頭で触れた今回の件もやったのは弁護士だった。もっと社労士がやらなきゃダメだ。私自身、業として行うことが認められる前に、社会保険の方も含めると、2件ほどやったことがある。「業」ではない、ということで無報酬でだ。他にも何人かの先人たちも業界のため依頼者のため、無報酬でやってきた歴史がある。せっかく得られた権利、使わなければ意味が無い。
 ちなみに、私の場合二戦とも不戦勝。いずれも、決定が出る前に先方より「支給する」との連絡が来た。「私が間違っていましたので審査請求を取り下げます」と書かされたのは今でもよく理解できない。それで支給されるなら依頼者のためになるんだろう、と考えとりあえず書いたが、税務署の「修正申告」みたいなものなんだろうと思う。よく知られているように国は裁判での敗訴を嫌うので、負けると思ったら和解に持ち込もうとする場合がほとんどでこの時のケースも事実上勝ったと思っている。
 ある依頼者からは「無報酬ではあんまり申し訳ない」とみかんの箱をもらったことがある。厳密に言えば法違反になるかもしれないがもう10年がたった。時効ということで見逃してもらおう。
 お支払いが苦しい方、当事務所ならメロンorスイカ5玉、みかん大箱、ああ、風月堂の「ゴーフル(私の大好物)」、ケーキならモンブランでもお引き受けする。事務所を来訪する方の手土産を指定しているわけではないので誤解なく。

2005年6月10日(金)
夫婦は対等なパートナー、だって

 配偶者控除がなくなるらしい。借金700兆に個人資産1400兆、増税は疑うまでも無い既定路線。社会保険も含めてこの先ありとあらゆる増税策が打ち出される。特に中流階級、それもやや下、の層が狙い撃ちだ。
 昔は自民党税制調査会の方が力が強かったが今では政府の税制調査会の方が強い。何とかという会長はもう言いたい放題、やり放題。まるでどこかの規制改革会議のようだ。とはいうものの、「配偶者控除」などは確かに専業主婦が圧倒的に多かった時代の遺物といっても良いだろう。これだけ女性が働くのが当たり前のような時代にはそぐわないのは間違いない。働いたとしても「103万円」の壁が大きなブレーキになっている。政府税調の会長は言った。「夫婦は対等なパートナー。税制で優遇する理由は無い」、確かにそうだ。でもこんなジイさんが物分りのいいことを言い出すのは怪しい。そこには、これまで「対等でないパートナー関係」を推奨するような税制を放置してきた反省は無い。一般の公務員はともかくキャリア官僚の奥さんが働いているようなケースは皆無だろうから基準がそこにあったのだろうと思う。とにかくこの控除を受けている対象者は何と1500万人!もいるとのこと。これは大きな増税になるだろう。
 「夫婦は対等なパートナー」などと言い出した。憲法にも書いてあり、何をいまさら、という気がしないでもないが、次に来るのはなんだ?私は「国民年金第三号被保険者からの保険料徴収」だろうと思っている。その時には再びこのセリフが意味を持ってくる。
 国民年金の第三号被保険者、昭和61年の年金大改正で導入された制度で、厚生年金や共済組合(主に公務員)に養われている(多くの場合)妻が対象で、保険料の納付義務が無く、しかし保険料を払ったとみなしてくれる、という当事者にすれば大変ありがたい制度だ。それまで年金制度の谷間にいて障害になった際に無年金になったり、若い時にサラリーマンの旦那と結婚してその後ずっと専業主婦だったような場合、自身の年金がほとんど無く、嫌でもその旦那に着いていかないといけなかったりしたサラリーマン(または公務員)の妻の弊害が解消されることになったのだ。確かその制度が導入された際には、奥さんの分の年金保険料が含まれているから、という理由で厚生年金保険料がアップされたはずだが、第三号被保険者から保険料徴収が始まっても・・・値下げすることは無いだろうなあ。そんなもんだわなあ。いずれにせよ、働きつつ厚生年金に加入して給料から保険料を引かれている女性からすれば不満が強く、時々論争が起きる。厚生年金に加入する既婚女性からすれば、自分で厚生年金払ってるから旦那の給料から引かれる厚生年金保険料下げてくれよ、と言いたくなるのも分かる。
 社会保険制度にはもう時代に合わなくなっている箇所があちこちにある。その背景となっている社会の状況が、その制度が創られた頃と比べて激変しているからだ。特に女性に関してはそうだ。
 税制もしかり、社会保険制度もしかり。ただ徴収有りき、ではなく、それらを通じて社会をデザインしていくのが本来のはず。私が首相なら・・・@子どもがいたら無税、社会保険料免除、A一定期間健康保険を使わなかったら、あるいは頻度が少なかったら保険料の割戻しのアリコ方式、B不妊治療に保険適用、C子ども一人出産で100万円支給。D旦那が死んだら奥さんを雇用(昔、そんな会社にいたことがある)、E医療費の少ない年金受給者の年金アップ。くらいはやってみたい。本当に実施できれば世の中は劇的に変わる、はず。例えば、いつか病院で聞いた老人たちのこんな会話はなくなるはず。「あれ?今日は○○さん来とらんなあ・・・。どこか身体の調子でも悪いんじゃにゃーきゃ?」、思わず、ここは病院だぞ!と叫びたくなった。
 少子高齢化は日本だけの問題ではなく、韓国やマレーシア、シンガポール、香港などは日本を上回っている。中国はご存知の通り「一人っ子政策」の国だ。我が国はまず最初に突入する(した、か)ため世界中から注目されている。高齢化が進む、ということは高齢者層が「圧力団体」それも多数派になる、ということ。投票率も高い。年寄りに嫌われるようなことはますますしにくくなる。今しかない。小泉さんよ、郵政なんかどうでもいい。年金改革こそ歴史に名を残すぞ。それは「これからどうするか」では解決は不可能。「今もらっている人たちをどうするか
」なのだ。「5人で、4人で、3人で高齢者1人を支える」?違う違う。高齢者1人が何人の子どもを支えることができるか、の逆転の発想が必要だ。1400兆と言われる国民の個人資産、その8割近くを持っているのは誰か?65歳以上の高齢者なのだ。そのことを聞けばそれが無茶な話でないことは分かるはずだ。日本の高齢者はそれが可能な元気さもお金も持っている。65歳以上の人は絶対見てないだろうから書ける。ああ、気持ちいいなあ。

2005年6月9日(木)
祝!ワールドカップ出場 総括10連発

 いやあ、勝った勝った。スコールも降らなかった。韓国やサウジも出場を決め、終わってみたら結局実力どおりということか。いろんな情報に振り回されすぎた。若貴騒動を見れば分かるとおりマスコミは基本的にネガティブ情報が好きだったことを忘れていた。「元々タイは親日国家、北朝鮮との実力差は歴然。万が一があってもイランがホームでバーレーンに負けることはまず考えられないので出場はほぼ確定」、これが正しいコメントだろう。しかし「まだ分かりませんよ」と言い続けなければいけない宿命のようだ。PL相手に29対2で負けている9回裏の攻撃中に国営放送のアナウンサーが「まだ分かりません!野球は何が起こるか分かりません!」と絶叫していたことがあるがそれに近いものがある。
 ワールドカップ出場を祝し、見ていて思ったことを徒然なるがままに・・・。昨日手抜きをした分も含めてたっぷりと・・・。
その@ 平日に、そして試合も見れないのにあれだけの人間がタイまで・・・やっぱ日本は金持ちで平和なんだなあ。そのことのありがたみをつくづく感じた。平和ボケ、と笑わば笑え。戦争ボケより100倍幸せなのだ。
そのA ハーフタイムにチャンネルをひねったら・・・テレビ愛知ではロッテ対虚人戦。スコアでは接戦のようだったが・・・つ、つまらん!サッカーを見た後なので、ということではない。本当につまらなかった。何でこんなにつまらなくなったのか?案の定、視聴率は6%台。一昔前なら考えられない。今日の結果を招いた張本人が現場復帰するらしい。鍋ツネオーナーだ。民族の太陽、百戦百勝の将軍様、長島様をトコトン利用することだろう。一茂、断れよ!野球は衰退から絶滅へ。ああ、こないだまで虚人ファンだったのになあ。やっぱ堀内ではいかんよ。テレビに映った瞬間、パチンコで負けた帰途、鳩の糞を頭上に落とされたかのような暗い気分に襲われる。昨日の日テレのスポーツニュースは痛かった。交流戦のニュースの画面タイトル・・・「サッカーより熱い!」、そんなわけないだろ!
そのB 在日Jリーガーのリハンジェはエライと思った。日本選手に剥き出しの闘志を向けてきていた。しかし後半間際に退場になった同僚をなだめ冷静に場外に誘導していた。今回は出ていなかったがアンヨンハッ!もそう。インタビューを聞いていても実に立派だったと思った。試合前、川渕キャプテンが二人の肩を叩いていたのが感動的だった。
そのC 主審がチャールズ皇太子に似ていた。どうでもいいが・・・。しかしカミラ夫人は見当たらなかった。
そのD 中田浩二が役立たずだった。久々の出場で張り切っていたのは分かるがあのパスミスの連続はサントスをもしのいでいた。おフランスで何やってたんだ?しぇー!40年前のギャグを見舞っておく。
そのE 大黒はいいな。「絶対点取ってやろうと思っていた」、単純だが大事なセリフ・心構えではないか。見習おう。
そのF 松木の素人解説は良い。ピンチの時の「誰か行かなきゃダメだ!」、得点時の「よっしゃー!」、苦にならない。セルジオ越後屋はダメだ。試合中に偉そうな解説は聞きたくない。忘れないぞ、これまでの発言。中西もそうだ。朝からチェックしていたが、二人で各局でまくりじゃないか。「やりました、やってくれました日本」、よく言うわ。節操無しの評論家に用は無い。まだ加茂周の方がましだ。ピンチでもチャンスでも「あー!」と叫んでいるだけ。講釈垂れられるよりそっちの方がよい。結局、「辛口」を売り物に小銭を稼いでいるだけの連中だ。テメェで監督やってみろ!来ないな、そんな話は。だからこそひがむのか?
そのG いいぞ、ジーコ!アジアカップ、ワールドカップ予選、負けたのはアウェイのイラン戦だけだ。ホームで返り討ちにしてやる!テレカあるよ攻撃だ!古いか。ロスタイムでの得点だの相手のオウンゴールだの幸運もあったが何より勝ったのだ。勝ち抜いてきたのだ。選手交代が遅い?早く変えて負けたら言うだろう。「選手交代が早すぎる」、「もっと落ち着いてほしい」。結果論に過ぎない。「勝った」という結果は重視しないのか?日韓ワールドカップにおいて、一次リーグを突破してもらうもんをもらったら途端にやる気の無さを見せ付けたインチキフランス人の数百倍まともだ。何よりジーコはホモではない。多分。
そのH 審判は3人ともベルギー人、いたって公平中立、見事なレフリングだった。ひどかったのはバーレーン戦。意味も無くイエロー出しまくり。俺は偉いんだってのに多いタイプ。しかしもっとひどかったのは日韓ワールドカップの際の韓国戦の主審連中。イタリア戦もポルトガル戦も完全なインチキ審判だった。その後やっぱり買収がばれた。韓国は結果重視(勝てばいいんだ)の国。恐るべし!キーセン接待!韓国人にこの話をするとごく一部の例外を除いて怒り出す。やはり付き合いにくい面があるなあ。しかし永久監督と言われたヒディングはどこへ行ったんだ?飽きっぽいのもある。
そのI 小笠原、鈴木、中田浩二、柳沢・・・鹿島ファミリーだな。ジーコ門下生だ。「自主性を重んじる」というのは、うまくいった時は無限の力を発揮するが実際には簡単ではない。徹底的に選手を信用し、耐える時は耐え抜かなければならない。ボロクソ言われながらも鈴木を使い続けたのはそれなりの理由があるはずで、記者会見で嘲笑した記者たちには分からない世界だろう。今度は嘲笑した側が反省する番だと思うが彼らにはそんなメンタリティーは無かろう。閉塞する日本社会を切り拓くのはジーコ・ラテン流のやり方だと思うが。その中で唯一日本的なのが、蹴られても罵られてもひたすら走り続け犠牲になり続ける究極のM、鈴木だった。
 さあ、ドイツへ行くぞ!(マジ)と思ったらすでに切符が無いとか。セルジオと中西よ!くだらん解説はもういいからプレス用のをこっちに回しておけ!

2005年6月8日(水)
本日決戦

 いやあ、いよいよ大一番だなあ。スコールだ、芝が悪い、いろんな情報が飛び交っているが、強い方が勝つ。これまでの情報の出方を見ていると、改めて、マスコミってのは悲観情報が好きだってのが分かる。「いいぞ!行けるぞ!」ってのは禁句らしい。今日の試合も大事だが、「イランvsバーレーン戦」でバーレーンが勝たなきゃ決まるってのも大きい。イランもアウェイの日本戦で、それも勝たなきゃいけないってのもやりたくないだろう。
 システムがどうの、選手交代がどうの、やかましいわ!神様だぞ、神様。二流三流の選手が文句言うな!勝っても「勝ち方が悪い」、「今日はたまたまです」と文句言いそうな連中だ。「負けたけど内容は良かった」とは決して言わない。そうか、それでメシ食ってるんだな。「辛口」なんてチャンチャラおかしい。今日決めたら一人ひとり俎上に乗せよう。とりあえず、セルジオ越後屋、中西あたりは覚悟しておいてくれ。今日負けたら?私が率先して監督批判をしよう。一ファンなんかそれで問題ない。しかし、いやしくもプロの評論家と名乗るなら、もうちょっとまともに解説してほしい。でなきゃ松木みたいに素人のように叫んでいてもらった方がいい。「よ〜し!」、これは解説者のセリフじゃない。
 さあてと、今日は早く帰ってサッカーを見るとしよう。

2005年6月7日(火)
国籍と社会保険

 今日の新聞によれば、社会保険庁が外国語学校の外国人講師の社会保険未加入を一斉に取り締まる、との記事が載っていた。ある大手校は一割くらいの加入率みたい。「加入を希望しない人が多いので・・・」とのコメントを読むと加入の義務は当然知っていたようだ。
 日本の社会保険制度は意外にインターナショナルだ。「国籍」を問う部分はほとんどといってよいくらい、無い。一切「国籍不問」だ。海外でのけがや病気も今やすべての公的保険でOKだ。「海外旅行傷害保険」なんか本当は入る必要は無い。加入に関しても国籍は関係ない。したがって今回のような問題が生じる。
 世界に誇れる社会保険制度なら、外国人にも優しい制度であってほしい。「改善の余地あり」と思わされた事例を二つ挙げたい。
 その@外国人研修生、という人たちがいる。最初の一年が「研修」、残りの二年が「実習」という名で労働者となる。後の「実習」の方では社会保険に入ることになるが、前半の「研修」は国民年金に加入しなければならない。しかしそんなことを知っている研修生は皆無だ。したがってほとんど加入しない。お金がもったいないというよりも知識の無さによることが圧倒的だ。そして後の方の「実習」では会社が関与するので厚生年金にはほとんど加入する。そしてその間(厚生年金加入後一年以内)に「障害」になる、あるいは「死亡」するとどうなるか?何にも出ない。なぜか?国民年金の未加入期間を「保険料滞納期間」とされるから。実際に死亡者が出て母国の家族に「何にも無い」と言わざるを得なかったことがあった。この外国人研修生に責任はあるのか?異国の地で一家の大黒柱を失って残された家族は?それを救うのが社会保険なのでは?本当に辛かったなあ、あれは。「日本にはこんなに素晴らしい制度があるんですよ!」と言うはすが・・・。
 そのA旦那さんが厚生年金に加入しその奥さんを扶養しているような場合、奥さんは「第三号被保険者」として保険料を払うことなく、「払った」とみなしてもらえる大変有利な制度がある。日本人なら結婚すれば即そうしてもらえる。内縁でもいい。しかし、これが奥さんが外国人で外国から日本に来る場合はどうなるか?結婚してもそれだけではダメ。すぐには「第三号被保険者」にはしてもらえない。日本に入国するまでダメなのだ。理由を問い合わせたことがあるが「日本に入国するまで本当に結婚するのかどうか実態が分からない」と言われたことがある。アンタ、入管か?いや、入管でもそんなこと言わない。調べるのは「結婚の実態があるかどうか」だけ。「入国したら本当の結婚と言えなくも無い」、誰が決めたんだ?それこそ「偽装結婚カップル」の思うつぼだ。大体そんなこと社会保険事務所の仕事じゃないだろう。何より問題なのは、その取り扱いを正当化する法律は無いことだ。お客さんが「もういいよ」と言ったから引いたが「やってくれ」と言われれば徹底的にやった。「日本は法治国家」というのがこの一点を取ってみるだけでも看板倒れなのが分かる。「官治国家」だ。
 日本人はもちろんのこと、そこに関わる日本人以外の人も幸せにする我が国の社会保険制度、と言えるようにしてもらいたい。いや、「もらいたい」でなく、自分が動かなくては。他人任せではこの世は決して良くならない。

2005年6月6日(月)
ポストと現代

 今日は月曜日だ。最近とんとご無沙汰だったが「愛知労働局のデタラメ勤務」という記事タイトルに惹かれ、「週刊ポスト」、釣られるように「週刊現代」も買ってしまった。
 どれどれ、と。う〜ん、内部証言ねぇ・・・。突込みが足りん!この人物の証言なるものを延々と書いているだけ。かばい立てしようとする気は毛頭ないが、こんな記事なら誰でも書ける。「本人証言」と「否定コメント」、ただそれだけ。「呆れるばかりだ」とか「真価が問われる」と記事は結んでいるが、それはこの雑誌にそっくり当てはまる。
 後は、と。両誌とも「若貴問題」がトップ。「他人の不幸は蜜の味」はテレビのワイドショーだけではない。ポストの方は明らかに貴乃花寄り、現代は亡き貴ノ花批判。一体どっちやねん?と思わず突っ込みたくなる。エロ記事関係はポストが「仰天!私がSM調教した超美人ニュースキャスター」、どうやって真実性を担保するのだ。まさに仰天!だ。現代は、と。「細川ふみえ・赤い下着の女」、「スクープ袋とじ・柏原芳恵」・・・。ズレてる。柏原芳恵ねえ・・・。私の一つ下だ。こりゃ20年前の人選だろ。少なくとも私の買ったものは、袋とじが破られることは永遠にない。
 おおっ、共通点はまだあった。石原慎太郎ヨイショ!どちらも批判的には書いていない。今回の側近副知事解任騒動もこれまで何度も報道されてきたはずのこと。ことここに至るまで触れることさえできなかった。両誌に大新聞を批判する資格はない。ジーコ批判も共通。現代に至っては表紙に「ジーコ、クビにしろ!」とある。恐らく発売日前々日のバーレーン戦の敗戦or苦戦を見込んでのことだろう。しかし結果は快勝。両誌がお嫌いな中田も活躍した。結果に責任を持つのが監督のはず。一体どうすれば批判が出ないのか?毎試合100対0で勝っても批判するだろう。まっ、それがメシの種だから仕方ないか。文章版・セルジオ越後屋だ。「週刊現代の編集長、クビにしろ!」というのが正しい。
 「週刊現代」、確かに最近キレがない。「関東・東海大地震6月18日までが危険」、見飽きた。ずっと言い続ければその内当たる。しかしノストラ田虫の大虚言ばりの戯言は大週刊誌のやることではないだろう。いつまで続けるのか?実際に地震が起きたら胸を張って言うことだろう。「本誌が予言してきたとおり」と。これじゃ名古屋競輪のインチキ予想屋より性質が悪い。
 両誌合わせて670円、読むのに20分、この日記に20分、人生を無駄に過ごしてしまった。立ち読みだけで止めとくんだった。これまで何度も書いたが改めて再確認。お金を払って買うような雑誌ではない。

2005年6月5日(日)
しょうぶ祭と堀川

 おおおおおっ、なんだなんだ?事務所の外で爆発音が! 小太郎か?平蔵か? それとも先日獅子舞に来たが一人留守番の私が気付かず手ぶらで帰っていって階段のところで「ケチだ」と捨て台詞を残して帰っていった子どもたちの逆襲か?
 いや、どうも花火のようだ。そうか、今日は熱田神宮の「しょうぶ祭」だったな。中学生の頃は「しょうぶ祭までに彼女を作る」とみんな妙に気合が入っていた。一体それに何の意味があったのか今でもよく分からないが・・・。大体「しょうぶ祭」のいわれもあまりよく知らない。よもやみんなが「勝負パンツ」をはいてくるわけでもあるまい。確か小学生の頃だったと思うが一度はほとんど廃れかけてしまったが地元有志の頑張りで今はまた賑やかになっている。
 祭りの中心は熱田神宮だが堀川でも何かいろいろやっているらしい。名古屋城築城のため400年前に掘られたこの川も高度成長の頃は超ドブ川となってしまったが今や多くの市民がその復活に関わり少しづつだがかつての清らかさとにぎわいが戻りつつもある。清流を取り戻すための決定打は庄内川の水を入れることらしい。現にテスト的には何度か行われ技術的には可能らしいが、桑名あたりの漁師の反対で実現は難しいらしい。ヘドロが押し出されてくるとのこと。いいじゃん?ダメなの?
 ウチの親父が子どもの頃は泳げたらしいが今ではとても無理。しかし私には経験がある。小学生六年生の頃堀川に浮かぶ丸太の端に乗り友達と回しあいをして見事に落ちた。テレビで見たのを真似したわけだが落ちるはずだ。そう、どちらかは確実に落ちる。しかしそんなことを考えないのが子どもだ。その何年か前には同じことをして隣の小学生が死んでいた。落ちた時には私の死亡記事が載ったその日の夕刊が頭に浮かんだ。ませたガキだな。ありゃ臨死体験だったんだなあ。本気で死を覚悟したが、その頃みんなでよくいじめていたヤツが手を差し伸べてくれて命拾いした。それがなかったらマジ死んでた。
 それ以来、彼をいじめるもことはなかったしそんなのがいたら止めてた記憶がある。困った人を見たら、助けを求められたら。実際に救えたかどうかは別にして、どんなことをしてでも助けようとしてきた、ような気がする。三つ子の魂百まで、パート2である。

2005年6月4日(土)
ああ、名古屋港

 いやあ、最後まで見てしまった、サッカー。勝ってよかったなあ、ジーコ。飛車角金銀落ちの布陣ですでにワールドカップ出場の望みがまったくなった将軍様パワーで破れかぶれの北朝鮮戦はちときついが、何、大丈夫、中田・中村・小野が出られないのは確かに痛いが、サントスと高原が出られないのはプラスだ。ありゃいかん。サントス、アンタの無理なドリブル突破とパスミスはもう見飽きた。そして高原、ずっと前から目が死んでる。小笠原も中田浩二もいる。稲本もいる。何ならカズもいるぞ。足りなきゃ釜本も出そう。腹が減っては戦はできぬ、とにかく食糧難でスタミナ不足の北の国には栄養で勝負だ!
 ってことで寝たのは朝方だったが、本日は朝も早から名古屋港へ。さる団体の年に一回の研修船が出港するのを見送るためだ。今年は特に、関係の深い人、お世話になった人が多数乗り組む。久しぶりに多くの仲間と再会し旧交を温めた。なんせ30代のほとんどを捧げた場所だ。う〜ん、たまにはいいもんだなあ、としみじみ実感。
 時間が空いてたので一帯をぶらついてみる。
 昔、そうだなあ、私が車の免許を取った頃などは名古屋港といえばワケのわからない地方の人と釣り人、それと暴走族くらいしか来なかった地だ。それが今やどうだ。ポートビルが建ち、水族館ができた頃から様子が変わってきた。観覧車やジェティなどができて一層オシャレになり、更に今春開設された「イタリア村」で決定的になった。確かに今日も、家族連れはもちろん、カップルで溢れていた。今や名古屋港はナイスなポイントに生まれ変わった。まだ横浜や神戸に比べれば見劣りする?いやいやこちらの方は貿易額が日本一だ。関係ないか?

 今日は一見万景峰号みたいな研修船の左手にはニュージーランドの軍艦が、そして右側にはスペインから来たという怪しげな帆船、ビクトリア号が停泊していた。いずれも万博に合わせてきたらしい。
 これらを見ても分かるように、やはり今年は名古屋にとって本当に特別な年なのだと思う。今年が終わってみたらそのことがより実感できるはず。マツケンサンバ演じる徳川吉宗に歯向かって名古屋の繁栄を謳歌したあの徳川宗春の時代以来のことだ。三百数十年ぶりのこと。今しばらくはそのフィーバー(←年がバレる)ぶりにどっぷりと浸かっていたい。
 さてと、今からお客さんの誕生祝いに出かけてきます。

2005年6月3日(金)
研修医

 「研修医は労働者」、との最高裁判決が出た。「初判断」とはいうものの関連判決から結果は分かっていた。労働者の定義は意外に簡単で、@「使用者の指揮命令下にあり」、A「労働を提供し」、B「その見返りとして賃金を支払われる者」が労働者とされる。「研修」と名を付けてみても実態は労働者そのもので特に驚くべき判断ではない。それよりも、なぜこれまでそのことが問題にならなかったの方が不思議だ。
 医者はまさに「白い巨塔」そのまんまの世界。教授の一声ですべてが決まる。「お前は明日から○○病院へ」と言われれば「はい喜んで」以外の答えはありえない。ある意味ヤクザ以上だ。厚生省の医療官僚もすべて医者が取り仕切り、事務方は一切口出しはしない。そのことが薬害問題に深く関連している。この世界では官僚より医大の方が上。大学教授のやることに文句など言えるわけがない。そしてそのことが今回のような問題の表面化を遅らせた結果につながる。
 そういや昔、親族が急激な腹痛に見舞われ自宅近くのCという大病院に運び込んだことがある。見るからに若い医師が自信なさげに頼りない診察を繰り返した挙句急にどこかに電話し「あの〜、腹が痛いって言ってまして・・・○○したんですけど治まらなくて・・・」と言っていたのを思い出した。思わず「俺が変わってやる!」と叫びそうになった。まだ正露丸でも飲ませた方が治りそうなもんだ。ダメか? しかしあれが「研修医」というんだろうなあ。あんなのに給料なんか払えんわ。しかしそういう者に救急の窓口をやらせる病院というかこの業界の体質問題の方が大きいだろう。それであっても使用者(病院)の指揮命令下にあり「診療行為」という労務を使用者に提供していた彼は間違いなく労働者だ。
 このようにある意味当たり前の判決ではあるが、私には同じ記事中のもう一点のことの方が気になった。「私学の共済年金(厚生年金のようなもの)に加入させていなかったので遺族年金が受け取れなかったことについて遺族年金相当額の損害賠償」を命じたことだ。社会保険に加入させるべき者を加入させていないとこういう問題が起こり得る。そして現実に賠償が命じられた。最近、外国人研修生が急死したケースで同じような事例に遭遇し、涙を流した。このことは行政評価局にも上申した。いずれ詳しく書きたい。年金がもらえるもらえないの場合その金額は莫大になる。今回の判決で加入手続き義務者の責任が問われることが明白になった。訴訟も考えてみるか・・・。
 加入手続き漏れは労災保険なら労働者を救済する(使用者の責任追及もするが)が、社会保険は「お気の毒ですが」で終わり。愛人にも年金を支給する世界に冠たる我が国の社会保険制度、遺族くらいは救済してやってくれ。

2005年6月2日(木)
貴ノ花A

 今日は知多半島巡業。最近多いなあ。昼に時間が空いたので知人の会社を奇襲。名犬・譲が迎えてくれた。メシでも一緒にと半田の「一心屋」でうなぎ、なかなか有名らしく確かにおいしかった。

 しかしそれにつけても貴乃花!大人気ないぞ!「部屋の総意としては私が(喪主)やるべきだとなっていましたが花田勝氏(兄貴)がどうしても俺にやらせてくれというもので・・・」。
 おいっ、張本、頼む!、喝!、なんでそんなことを口にするのか?仮にそれが事実であったとしても、いや、事実であればなおさらのこと、そんなことを公の場で言ってはいけない。ただ自分の値打ちを下げるだけだ。二人の間に何があったか知らない。知る気もないし関係もない。しかし、第三者の前で人を貶めるのは止めた方がいい。30過ぎた大人がそんなことも分からないのか?

 それと前妻!葬儀に来るのはいいがインタビューなんか受けるな。白い着物で来るな。死人に口無し、か。亡き貴ノ花が気の毒。最後まで看取ったという名古屋嬢、生前贈与を受けたというが贈与税は?偉そうなことを言う私も品が無い。
 9歳年上の河野景子よ、年下の男に教えてやらんかい。こんな時はただ黙っていれば良い、と。黙って兄貴を立てておけばいいのだということを。黙って言いたいことも抑えてグッとこらえることがこの国の良き美徳なのだと。揉めるのも結構だがせめて葬儀の場だけでは止めてくれ。それをうかがわせることも。安手のドラマより更に惨めだ。
 まず何より、旦那にオカマクラブのボーイのようなその髪型を直すように言ってくれ。
 人生の幕引きがこれでは貴ノ花が余りにかわいそうだ。

2005年6月1日(水)
更正

 来た来た来た来た来た!税務署から「更正通知書」が!高校時代のやんちゃ振りがこの年になって直ったとようやく認めてもらえた、ワケではない。職を転々としていたのがこの仕事のおかけで一つの仕事が13年も続いたことを評価された、ワケでもない。「税額の更正」、すなわち払いすぎた税金が3年分帰ってくる。その後には住民税も。債務超過の貧乏人には堪えられない。
 税務調査などにより申告の誤りが認められれば基本的には「修正申告」を迫られる。従順な我が民族はこれにほとんど応じるらしい。突っ張りきって「自分は認めないのでどうしてもと言うなら税務署が職権で直してくれ」となれば、税務署が訂正、すなわち「更正」となる。しかしこれが結構面倒くさいらしく、ほとんどの場合修正申告を迫られるとの話をよく聞く。これなら「自主的に認めた」ということで後腐れが無いらしい。あくまで税務署サイドからしたら、ということになるが。それでも、税務署側が自信を持っていれば職権によって訂正、「更正」と相成る。しかしここまでの話はほとんどの場合過少申告の話。税務調査したら税金が払いすぎだったという話は皆無じゃないのか?ましてや今回私は税務調査を受けたわけではない。棚からぼた餅とはこのことだ。これほど「更正通知」を心待ちにしその到着を喜ぶのは日本広しといえども10人もいないだろう。その内の一人に、税務署と戦うことを無上の喜びとしている私の尊敬する税理士が含まれていることは間違いない。
 税金といえば、ここ最近、朝日新聞、JR西日本と「申告漏れ」の文字が躍った。しかしいずれも「経費」か「資産」か?とかよくある「資本的支出」の問題。これって脱税じゃないだろう?その期に経費に落とすか何年かかけて落とすかだけの違いでしかない。「売り上げ除外」とか「架空経費」とは悪質さの度合いが違う。「いつ払うか」だけの問題だと思っている。要するに大した問題ではない。両社をかばうつもりは無いが何かしらの意図を感じる。この手の記事は時々見かけるが決まってこの時期。その後活発化する税務調査の見せしめ的意味合いがあると聞いたことがある。またはちょっと前に朝日新聞に批判的記事を書かれた、とか。マスコミは正確に書いてもらいたい。「当局は申告漏れと言っていますが大した問題ではありません」と。
 大体裁量の部分が大きすぎるのだ。「担当官の腹一つ」、ここに権力が生まれ、やがて腐敗が生じ得る。子どもの頃、自営業をしていたオヤジが税務署の職員にこっぴどくやられているのを見てしまったことがある。子どもには実に辛い光景だった。それ以来、たとえ相手が誰であれ威張るヤツは大嫌いだ。そして自分はそんなことをしまい、と心に誓ってきたつもりだ。ウチのオヤジはちょろまかしなんかできるような男ではなかった。そんな度胸は無かった。元請から言われて下請けが逆らえるわけない。今では役所の中でも一、二を争う対応の良さであることは認める。しかし一昔二昔前には確かにそんなのがたくさんいた、みたい。三つ子の魂百まで、子どもには、家族には、見せていけないものもある。
 そんなに裁量があるのなら「7年さかのぼってお返ししまょう」と言ってくれぃ!持っていく時はさかのぼるだろう?頼む!貧乏社労士の心からのお願い。そうしたらオヤジの一件も許してもいい。せこいなあ・・・。

 オラが街の☆☆☆三ツ星事務所

   スーパー絡むニスト、一言多い社労士・行政書士の独りよがりコラム

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