[つれづれ日記] 台風23号災害復旧日記 2004.11.8


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妻からの「いま停電した」という電話の声は不安に満ちていた。早速中部電力大町営業所に電話して大北地域の停電状況を聞いた。八坂村と池田町が大変とのこと、電話の向こうで中電の皆さんが、がんばっておられる姿が手に取るように伝わってくる。平成7711日小谷村を始め県北部を襲った未曾有の梅雨災害での経験で、電気が来ないという生活は、電化時代のいま、全ての生活サイクルがストップしてしまう。

住民の不安は最大になのである。あれ以来、電気が止まるかどうかがわたしの災害基準になっている。

池田町役場、八坂村役場、美麻村役場それぞれの担当職員、消防団に電話連絡をするが、一緒にその場にいることができないもどかしさで心が揺れる。

白馬のSPF豚農場の臭気対策で先進地域の研究に山形・秋田県へ出張中であった。激しく振り続ける雨のなかで、必死でがんばるそれぞれの顔を思いながら、ただ無事を祈りながら、降り続く雨を見つめている。とても寝られそうにない。


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新幹線に飛び乗り、災害対応のお願いと山口村の越県合併についての調査と打ち合わせのため国土交通省、総務省へ向かう。何度も携帯電話で、あらゆるところへ連絡するが、被災状況がはっきりつかめず気持ちは焦れるばかりだ。国土交通省に災害の早期復興への取り組みをくれぐれもお願いする。早く現場へ戻りたい。


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 朝早くから県議会総務警察委員会の長野県東京事務所執行状況についての調査、国公安委員会へ「長野県警察官の増員について」要請する。

総務省に災害復旧について特別交付金の増額をお願いし、国土交通省の砂防部長にうかがう。鷲沢長野市長と入れ替わりにお会いし、「住民の安心安全のため砂防は、全面的にバックアップする宮澤さんなんでも言ってきてほしい」という力強い激励を受ける。

総務省に戻り合併関連の課長さん方と山口村・中津川市の越県合併問題の協議。「自冶体の意志を決定するケースは知事提案だけでなく、議員提案ができる」との内容。その後各部門に挨拶していくなかで「地方分権の時代もっと知事権限を分散すべきだ」と総務省にお願いするが、返事は『長野県知事が異常で、法律は異常にあわすことができない』との返事。

長野から上京していただいた記者のみなさんへ記者会見をすませ、特急あずさに飛び乗る。車中村井代議士と一緒になった。警察官増員についての話し合いに熱がこもった。電車が送れ、22時家に着く。事務所で留守中の事項をチェックし,午前1時消灯。


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6時家を出て池田町半在家地区へ、県道上生坂−松川停車場線の崩落土砂が今溝宅へ流れ込み倉庫を押しつぶし、母屋へ直径40センチの松ノ木が何本も突き刺すように飛び込んでいる。2台の車は無残にも押しつぶされている。今溝さんが逃げる際、流木がひざに当たって黒くなり痛めていた足が痛いと訴えておられるので、安曇病院に連絡し検査をお願いする。

土手を駆け上り土砂崩れの現場へのぼるとまだ泥水が流れ出ている。大町建設事務所に連絡、異常の場合危険を知らせるサイレンの設置をお願いする。

県道を進むとあちらこちらで土石が道路をふさいでいる。

そこへ渋田見地区から携帯へ電話。引き返すと自冶会長さん、前町長の師岡さんを始め10名ほどの方々が待っていてくださった。

各沢から土石が流れ出し、水路を埋めていた。20日の夜から、ずっと住民が夜を徹して、沈砂地にたまった土石をかき出していたと聞き、自然と頭べが垂れた。

「地域は地域で守る」住民参加の手本だと感心させられた。

町の消防団長経験者の立野町議や自冶会長らが中心になったと聞いたが、指導者の存在が大きい。現場を見て廻るとおかしなことに気がついた。

知的障害者施設の脇を流れる鵜山沢からの土砂が恐ろしいくらい多いのである。お聞きすると、目を丸くして「これは人災ですよ。あの工事現場は、台風が接近していることが解っているにもかかわらず、台風を意識した水回しなど災害対策はまったくせず、普段どおり、ぎりぎりまで仕事を続け、工事現場に重機は置きっぱなしで帰ってしまった。備えがまったくない。住民の安全を確保する公共工事を施工する企業として失格である。上伊那から何時間もかけ従業員が来ている。だから災害の夜、われわれが工事現場から流れ出た土砂を必死に重機3台でかき出し、隣接する民家を守ったことなどわからないのだ」と夜を徹しての土石のかき出しに、疲れきった住民の皆さんは怒りに満ちて話される。

「下流部の県道まで通行止めになる有様だというのに、なぜ県議、遠く離れた企業が工事をやり、地元の企業がやれないのだ。そんなことだからこんな事態になるんだ」とみんなの声がどんどん大きくなっていった。

この事態の調査を約束し、池田町町長の案内で陸郷地区、広津地区へ廻る。県道・町道の随所で土砂が道路へ押し出し通行できない。山崎池田町長は役場に勤めて50年近くになるが、こんな被害ははじめてだと語る。

八坂村に入る。大日向村長と早速村内を回る。

県道大町戸倉インター線は金熊川が道路を削り、舟場~矢下線は土石流でずたずたである。市ノ瀬地区では土砂片づけをしていた78歳のおばあさんが両足骨折とのニュース、早速公傷扱いになる手続きを地方事務所に、災害調査のための県職員の応援体制を小林総務部長に、それぞれ携帯電話でお願いしながら廻る。日が沈むと寒くなる。

連日の過労からか目が赤い村長と長靴を泥だらけにして箇所をチェックし、その場から携帯電話で関係部署と打ち合わせをする。

教員住宅へ非難する子供たちを見送りながら、裏山にあがると水が行きよいよく流れている。みず道を深く掘りなおし親戚に身を寄せるという夫婦を激励する。平成77月の小谷村を見るようだ。

箇所ごとにチェックし、真っ暗の中を役場に戻ると土曜日であるのに、大勢の村職員や関係者が被災現場から疲れきった表情で帰ってくる。

村長とわたしから慰労を申しあげ、明日の行動指示をしているとき、大きな地震で庁舎が揺れた。「今度は地震」と悲鳴に近い言葉でしゃがみこむ女性職員。テレビをつけると、新潟県中部らしい。

今まで疲れきった顔が引き締まり大雨で緩みきった被災地のチェックとパトロールを指示する体制が動き出す。午後9時帰宅


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早朝、裏山が崩れているとの電話を受け現場調査し、8:20松川村での県中学校対抗駅伝の開会式に顔を出し、池田町鵜山地区の被災現場に飛ぶ。

自冶会長さんらが待っていてくださり、現地へ入る。現場はまだ地下水が滾々と流れ下っている。携帯電話が鳴り、役員が待っているので急げとの催促で、滝沢、花見へと廻る。やっとの思いで復活させた蛍水路が被害を受けている。  また裏山が崩れ、排水路を塞ぎその泥水が墓地を襲った花見地区の皆さんは、昨日から40数戸の集落総出で、共同墓地の掘り出しに一生懸命である。もし激しい雨が来ると残りの墓地にも被害が出る、応急処置の必要性を感じながら、泥だらけで祖先の遺骨を掘り出されている方々の背中に手をあわせ、現場を後にする。

運転しながら握り飯を食べ、堀の内地区へ入る。地区敬老祭の真最中、泥で汚れた作業服なのに、笑顔と拍手で迎えてくださる。大先輩が集落の上から流れ出す沢が荒れていることをご指摘くださる。「県議、えん堤を入れてくれたところはなんともないのに,林道など手を入れてないところは、ずたずただ。田中知事が公共事業をいらないなんて政策を打ち出すからだ」と大きな声で話される。さっそく自冶会長さんたちと現場を廻る。用水路は土石でいっぱいになり溢れた土砂は田んぼに流れ込んでいる。土石流の向きがちょっと変わっていたら家が流出していた現場では、思わず手を合わせた。改めて備えの必要性を肝に刻む。

陽も傾き松川村川西地区へ急ぐ、思いもよらない林の崩落、災害が出ると必ず越水する箇所を廻る。沈砂地を造るなり土留め工を入れるなり、抜本的な改修が必要だ。帰宅7 時。


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朝一番で、犀川砂防事務所、北安曇地方事務所土地改良課・林務課、町担当者との会議、現状の分析に入る。県職員はこの台風災害の大きさに驚いたようである。早速現地を廻る。

砂防と治山の線引きが今後問題となるので一緒に調査に入ることとした。

池田町八坂村と廻る。広津地区は水源が土石で埋まっている。被災箇所の山を登り、沢を下る。必死である。

途中から県道上生坂~松川停車場線へ廻る。土石流が袖沢を洗い、県道は沢からの土石流で200m近く埋まっている。つもる長靴で、林務職員と土砂のなかで実態調査をする。沢に入る私とともに池内課長補佐は痛風の足を引きずりながら一生懸命である。

途中安曇総合病院の運営会議に出席。明科、穂高、生坂、北安曇郡、大町市の行政関係者と情勢の意見交換をする。その後大町建設事務所で被害箇所の打ち合わせ。

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大町建設事務所所長・管理計画課長から現地で災害復興状況の説明を受ける。

八坂地区では、河川の応急対応について、道路の復旧について箇所ごとに対応をチェックする。八坂の菖蒲地区では、金熊川が道路をはがし、流量が増せば道路は全壊してしまう。台風24号の軌道が気になる。

美麻村に入り、県道川口~大町線のチェック、金熊川が大量の土石を下流へと運んでいる。もし長畑砂防ダムがなかったら、八坂村小菅地区は全壊していただろう。

土石流で流された消防詰め所などの応急対応の補足ほど美麻役場を含め協議する。途中から土尻川砂防事務所が加わる。屋敷平砂防堰堤は、先日まで十分な土砂溜めに余裕があったが、思いもよらない今回の台風で全てが埋まってしまっていた。

土石でいっぱいになっている砂防堰堤のあり方について、河川・沢の状況を見ながら個々ごとに、対策しなければならないことを痛感する。

池田町では、宇留賀~池田線のような手を入れていない路線は災害に弱い点を改めて確認する。住民の第二次災害にあわないような対策について終日現地協議をする。帰宅 6時。

その後、事務所にて立野池田町町議、池田町渋田見地区住民が災害対応について来訪,鵜山沢の災害についての調査依頼を受ける。


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関係行政同士の横の連携こと災害対策には何より大切だ。朝から砂防、林務、土地改良の県組織と各市町村を連携させる連絡に時間を割く。県職員はこのような災害経験を数多くつむことによりすばやい対応ができるようになるが、決められた枠に縛り付けられて、災害にあって苦しむ住民の顔が見えなければその職は勤まらない。指定地域などは所詮、人が引いた枠であり絶対ではないのだが、財政難のこのごろ特に災害枠は広くはない。

八坂舟場地区で、避難している住宅の上を視察し対応策を練る。

査定の終盤日、りんごを差し入れながら、大町建設事務所・生活環境課・林務課・土地改良課・農政課等激励する。

その後美麻村で家の下があらわれ、被害を受けた西沢氏を仲間で激励する。帰宅午後10時。


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災害地区から連絡を受け、それぞれの箇所を現場チェックに廻る。

町村の担当職員はよく動いておられる。その後犀川砂防事務所を激励。

砂防所長と池田町建設課長とで鵜山沢の対策協議。


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県庁。9:30台風23号の被害規模、激甚災害の指定について危機管理室技監と協議。10:20商工部長に産業省の補助体制のヒヤリング。

山崎池田町長、大日向八坂村長、北沢美麻村長とともに、町村財政へのバックアップを総務部長に、早期復興と細かい被害箇所のピックアップを土木部・林務部・農政部それぞれの幹部に要望。皆さんさわやかに対応していただく。

躊躇する町村長の背を押し記者会見する。命をかけて町村を守っているかたがた力が入る。


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8:00立野町議現場写真を持ち来所、美麻・八坂・池田等行政ごとに資料まとめに入る。次々に来訪者が懸案を持ってこられ協議。要請があり、広津地区に状況チェック。雨が降り出し亀裂箇所が気がかりである。

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早朝、登離橋付近の昨夜の雨の影響調査をする。

小実平地区では町道が半分50m下まで崩れ車の通行ができなくなっている。私の目からは、規模、人家にかかる状況といい砂防事業ですべきだと思うが、治山事業で、隅を工事してあるので、その部分しか対応できないとの県の見解である。今後の対策としては、先ず町で町道を治してから、治山工事をするとの主張である。おかしな主張である。先ず沢が崩れたから道が崩れ落ちたのであり、崩れた谷を先に治すべきだ。理屈が通らないだから公共事業が悪く言われてしまうのだ。

その後池田ハーフマラソンに出席。ぬかるんだ道で車椅子が前に進まないのに、一生懸命がんばる女性選手の背中に感動し、自分もがんばらねばと逆に元気付けられた。

午後、池田町渋田見鵜山沢の災害の住民説明会に出席。

@    請負企業が大雨への備えが希薄だったこと

A    砂防事務所の災害への備えの指導が不完全であったこと

B    田中知事が推し進める入札制度が遠隔地の企業が、地理感のない地域で仕事をするため、いざというときに備えられなかったこと。

C    地域をよく理解する下請企業を抱え込めない現制度の矛盾

D    危険を押して地域を守った住民のもしものときの保障などの配慮は整備されているか。

話し合いは、午後4:00 から午後8:00まで続いた。

うれしかったことは、あの夜、重機で命を顧みず土石を運び出す作業をされ続けていた住民の方が終了時に手作りのそばを打ってくださったことだ。県職員も町職員も請け負い企業者も含め、そばをすすりながら融和しあったことだ。改めて渋田見地区の皆さん鵜山地区も含め、そのすごさに敬意を払う。 帰宅930


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大町市長と災害復旧についての協議。白馬SPF豚の臭気問題で農協と協議。

現場調査、林道鵜山線視察自冶会長ほかの皆さんが自分のしことを休んで、同行してくださる。災害現場の傷跡から改めて豪雨のすごさを思う。

その後県林業保全課と災害時の林道復旧の基準についてなぜ500m以上でないといけないのかチェック。


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午前中災害対応の経過をまとめる。午後から林務課長と袖沢を始め一つ一つの現場の現地対応のチェックに入る。池田町の小実平地区の復旧手法についての協議。

 

台風災害より2週間が過ぎた。現在も避難生活を余儀なくされている家族が居る。山野は水を含み、大量の雨が来れば、被害はさらに大きくなるだろう。懸命に地域を守り復興に一生懸命な背中に敬意を申し上げ、総括することとする。


【 総括 】

1.)   今年は、台風が例年になく上陸し、秋雨前線も停滞したため、土壌には水分が溜まっていた。池田町広津地区では100年ぶりの災害であったが、一日雨量は115mmであった。470箇所以上の被害地区を出した八坂村でさえ、160~70mmと予測される。それでこれだけの被害である。八坂村の被害総額は、村予算の3年分に当たる45億円にも上る。

住民の安心安全の基本である生活環境、生活サイクルを守ることは最も行政の使命であるが、昨今の予算、整備状況が適切であったか。また昨今の治水予算の方針は、被害が出た実態をカバーする方向であった。被害箇所に対し、しっかりとフローすること。

 

2.)   砂防・林務・市町村の地すべり等の指定地域が不完全であり、見直しが必要である。特に過疎地域はここ数年、居住環境が異なってきている。現状に合わせた変更が必要である。

 

3.)   作業のために空けた道路や地域で浄財を集め、開設した道路の所有形態が、明確になっておらず、災害対応ができない箇所がある。さっそく全国的に再チェックする必要があろう。

 

4.)   災害基準が現実とかけ離れており、国で災害復旧基準の見直しをすべきであるし、壊れた施設の単なる手直しで終わってはならない。手を入れるのだから同じ条件では、再び災害にならない対策をすべきである。

 

5.)   昨今の入札制度の変更では、その地域をよく理解する企業の参加が無視されているが、この災害でもその欠陥が、露呈している。入札制度の改正が必要である。

 

6.)   災害復旧は市町村財政を圧迫する。特別交付税など今までどおりの救済策を担保すべきである。

 

7.)   21日、隣の住宅に土石が入り、それを取り除こうと作業していた78歳の女性の上に土石が押し寄せ、両足を骨折された。入院されたがサポート体制がない。消防団員の場合は、特別公務員として作業中の怪我などに保障する制度があるが、一般住民が、地域を住民の命や財産を守ろうと必死な危険作業をしても何一つサポートされないのである。

先に明記したが、池田町渋田見自冶会の方が、もし土石排除中に怪我にあったらどうなるか深刻である。

ボランティア最中の保障問題、新潟中越地震では、福祉関係者への要請が各市町村に届いている。しかし宿泊は自動車の中で、食事は自分で用意する覚悟で、との内容である。エコノミー症候群で亡くなる人が出ているのに.この分野の整備が必要であろう。

 

8.)   河川の災害数値は相当量の水量が必要で高い。しかし破提は越水だけで起こるのではない、今回の高瀬川のケースのように一箇所に激流がぶつかり堤を削ったケースもある。地元建設事務所は、応急対策で下水道事業の過程で出た巨石を削られた堤へ埋めている。いい対応である。

わたしは、それに河川整備の予算で川底の砂利を堤に押しつけ、堤を厚くすることを提案したが、大町建設事務所の所長以下賛成してくださったが、災害基準以下でも危険箇所には、現行の制度の中での工夫が大切だ。

 


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知事と各会派代表者との12月県議会への意見交流会議の席上

「災害に備える長野県防災長期整備計画」の早期作成を提言−残念ながら知事から長野県民を守ろうとする危機意識の答弁はない。

感ずることは、田中知事には、新潟県、長野県の災害の当事者を思いやることはでるが、被災当事者の立場にはなれないのである。

400億円を超える23号台風被害の当事者は長野県であり、県政執行上の権限と責任は知事である田中康夫氏にある。

浅間山噴火の危機は引き続いてあり災害本部とて設置され続けている。県内への新潟地震の影響も心配される。また現在、新潟県には多くの県職員や市町村から自分の車に寝泊りしながら、復興支援にボランティアの方々が善意の復旧に汗していただいているのである。

この時期ブラジルへ45周年に出掛けるという。宮城県知事が宮城県地震発生時、ブラジルに行っていて、災害対応が遅れ議会で問題となり、議会から知事への不信任の声すら上がったことを考えますと本日の各会派代表との会議の席上、これだけ今の長野県が非常事態のなかにあり、災害本部長の立場からも、帰るだけに2日かかるブラジル視察は取りやめると発言することを期待していたわたしが甘かった気がします。

しかし長野県の県民の生命・生活を第一におかない知事では、長野県民は不幸である。

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