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長野県議会100条委員会の足跡 県下水道事業に対する知事後援会幹部の働きかけ等に関する調査特別委員会 副委員長 宮澤敏文 |
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総務警察委員会の責任者として審議の経過の中で、次々に明るみにされる事実。あってはならない知事後援会の県政への関与、後援会幹部の働きかけと官制談合疑惑、知事後援会の県幹部職員への接待。 220万県民の期待を背負う改革知事として、驚くべき多くの疑惑が、浮かび上がってきたのです。 長野県議会は、6月県議会まで、さらに総務委員会で集中審議を実施し、真実の解明を追及したのですが、最高裁判決に対しても開き直るような県幹部の答弁など、知事部局の不誠実さと非協力で審議は進まず、もっと調査権の強い委員会の設置(地方自冶法100条の委員会)の必要性を確認し、全議員の2/3の絶対多数で、2005年7月4日頭書の調査特別委員会を25年ぶりに設置したのです。 この調査特別委員会は、全国でも、あまり例を見ない知事の後援会、知事を取り巻く県幹部職員を調査対象とした地方自冶法100条に基づく委員会で、大統領制を引き、理事者(知事)に絶対な権限を与える日本の地方政治システムに問題点の指摘と個人と公人の区別がつかなくなる危険性への警告を発するものであります。 審議の中から「県民の付託を受けた知事と議会が、知事に偏っている権限を分かち合い、責任を明確にする機会」となることを確信します。 プロセスを誰より知る者のひとりとして、この歴史的な委員会の記録をここに記すことといたしました。 [こんなプロセス] 2005年3月末、県議会の人事を決定する各派交渉会議が、何度も開催された。県議会と知事との関係は、国会のように、立法府である議員が、政策を実行する行政府の総理を選ぶことができない選出方式のため、県議会の場合、与党野党という勢力は存在しない。 県議会の役割は、あくまでも、知事が提案する予算の審議と県政運営が正当であるかを調査しチェックし、決定することにあるので、議員は、知事とは一定の距離がなくてはならない。 東京都では、副知事がある都議会議員に、自らの求める方向に導く質問を依頼(やらせ質問)。100条委員会の審査の末、その副知事が辞職に追い込まれたように、あくまでも知事部局と議会は、独立した存在でなくてはならない。 少数意見の尊重は当然であるが、民主主議とは、多数の意思が何より尊重される制度である。 平成17年度当初予算を審議する2月県議会の終盤では、連日、田中知事と一定の距離を置く、会派の代表が集まり、100条委員会を設置するかどうか検討を繰り返した。 「県民理解はどうだろうか」「不信任案を出したときの二の舞はいやだ」「来年度の知事選を意識しての設置といわれはしないか』議員の意見が続いた。 わたしは、総務警察委員長という立場で、集中審議を実施する中で、自民党から共産党にいたる会派の代表から構成される総務委員会の全員が『もっとしっかりした調査をすべきである』と主張し、その委員中2/3の議員が、自らも関与し、資料すら提出しないで『真実を隠そうとする』県政幹部に対して、怒りの発言が相次ぎ、もっと強い調査権限が与えられた地方自冶法100条委員会を設置すべきが合意だっただけに、会派で協議し、「議会の調査権を確立するために、すみやかに100条委員会設置すべきである」と一点に絞って臨んでいた。また長野県の意思を決定する県議会本会議の答弁で、意識的にと思えるような不誠実の答弁を繰り返し、県議会の問責決議まで受けたにもかかわらず、決議を重く受け止めることなく、質問趣旨を捻じ曲げなど、多くの議員の指摘のとおり、創造的な議論とは程遠い対応には、県民の代表である議会の存在を無視する姿勢に見え、長野県の民主主義の終焉になると心に刻んでいた。 [100条委員会の産声] 2005年7月4日の決定を受けて、100条委員会が動き出した。 委員会は17名で構成され、会派からドント方式で、3議員に1名で公平に割り振られ、各派交渉会で、最大会派の自民党と 委員長には議長経験者で自民党県議団団長の小林実氏が、副委員長には、 ちなみに 各会派からも、経過を熟知する総務委員経験者や問題をしっかり捕らえる論客の議員が顔を連ねた。 [なにから手をつけたらいいのか] 小林委員長と2人で、さてどう進行させていったらいいのだろうか。とりあえずは総務委員会の集中審議内容から入ろうかと思っている時、萩原、佐野正副議長のアドバイスをいただき、今年短期間に開催された東京都議会の100条委員会の経過を研修することになった。 7月13日佐野副議長と、翌14日は小林委員長と山崎都議会100条委員長や関係議員・職員とお会いし、ご苦労話をお聞きした。 「100条委員会は、議会審議というより、裁判を実行していると考えて取り組みました。当然なことですが、進める者が不退転の決意を持つこと、委員会の意思は、全て多数決で決めていくことです」山崎東京都議会100条委員長は、はっきりと述べられた。 「石原知事が、告発だけは勘弁してほしいと頭を下げてきたので、まだ告発していませんが、いつでもできる体制にあります。テレビ報道にはありませんでしたが、知事を始め職員が『議会をないがしろ』にしてきたので、この100条委員会の設置は、一方で議会の存在をかけた戦いだったのです」と山崎委員長は淡々と語られた。 「審議内容を公開にし、都庁内テレビの放映やマスコミの放映が、真実を証人が述べているかのチェック(第3者チェック)となり効果的でした。意を決し取り組む委員は、連日ホテルに泊まりこんで、検討に検討を繰り返したようです。長野県の経過をお聞きしますと今100条委員会は、周りが思っている以上に重い委員会だと思います。長野県を全国が注目しています。がんばってください」と励まされた。 研修後、小林委員長と協議し、先ず請求記録(通常委員会では資料要求)をとり、それを各委員が検討検証の上、証人を呼び証人尋問をする方式を繰り返し取る運営方式を採用することとした。 [第1回調査特別委員会] 2005年 7月15日 17名の委員が全員出席し、25年ぶりの100条委員会は開会された。 100条委員会の法的解釈の説明をし、委員会の意思は、すべて多数決で決定すること、常に委員会の意思を決め進行することが、委員長から提起され決定された。また委員長は、各委員の積極的調査を要請した。 《確認事項》 ・
委員席の決定と今後の進め方 ・
請求記録の要望を次回7月27日に提出いただきたい。 ・
それを調査の上、証人を決めて生きたい。 ・
正副委員長は委員の要望に応じて、委員が必要とする調査に同行する。 ・
全ての記録は、証拠記録となり、原簿のまま保存するので、委員は、請求記録の提出等は厳格する。その記録の管理は、個人のプライバシー問題もあり、厳格にする。 ・
次回委員会は7月27日開催し、提出記録について決定する。 [第2回調査特別委員会] 2005年 7月27日 各会派、議員から提出記録が示され、全員で確認し、委員会として提出を求めることを決定した。記録提出に関しては、個人のプライバシーにかかわるものもあり、その取り扱いが質問されたが、委員が求めたものは、全て提出記録とすべきであるとの意見も出され、委員が求める記録は原則委員会で決定されたもの全て提出、また提出された記録の取り扱いは、正副委員長に一任された。 《確認事項》 ・
会派からの記録の提出と委員会請求記録としての承認 ・
提出記録の取り扱いについて−個人プライバシーにかかわるものについては、正副委員長で検討のうえ、委員会へ提供する。 ・
次回委員会は8月9日に開催し、証人尋問について決定する。 ・
マスコミへの公開については、個人のプライバシーにかかわるもの以外は、全て公開していく方針。 [正副議長への申し入れ] 2005年8月1日 委員会の経過の報告と発生している問題点の解決を正副議長に申し入れる。 ・
委員会の運営のために法律の専門化のアドバイスが必要 ・
証人が真実を述べる環境つくりのため、館内テレビ放送実施の依頼 議長から法律家の採用の指示があり、テレビの放映は、現在使用している部屋に設備がないため、CATV活用して欲しい旨の指導があった。 (8月3日宮澤賢治弁護士が、100条委員会の法律アドバイサーとなる) ・
田中知事の当選時からの旅行命令書 ・
松林局長の情報公開担当時からの旅行命令書 ・
大人特捜隊として田中知事からメンバー公式アドレスに転送された電磁文書一式 ・
しなやか会等(田中知事後援会)の設置からの収支報告書 ・
知事選挙時の田中候補への寄付一覧(選管提出のものとそのほかにあれば含め全部) ・
松林、宮津、岡部各氏ならびに脱ダム宣言以降の審議会委員と飲食をともにした会食で知事後援会支払いの全ての会議の出席した人、日時、場所、会議内容 ・
上記のしなやか会の会計処理証拠関連一式 ・
しなやか会を始め知事後援会の設立からの役員名簿一式と収支報告関連証拠一式 ・
住民基本台帳調査関連審査の中で総務委員会から、資料提出を求められ提出した資料と同じ内容の記録、誤りがあれば正しいもの。 ・
経営戦略局設置以降2005年7月27日までの経営戦略局での全ての実施会議記事録と決定事項、会議出席者名 ・
2004年2月県議会終了時から、2005年7月27日までの今回の100条委員会調査内容、調査にかかわる事項に関係した経営戦略局長が出席した会議の議事録、田中知事が出席した会議の議事録一式と各部局への通達内容口頭のものを含め一式 ・
上記期間の経営戦略局から指示し、通達した全ての文書と通達先 ・
この問題で総務委員会、商工生活環境委員会に県が提出した資料一式 [記録の提出と正副委員長の記録調査] 2005年8月4日 8月3日までに提出された記録は、ダンボール2箱分になり、翌4日9:00から正副委員長と書記で内容のチェックに入った。 ・
誇示の手帳のみ提出者があり、早速督促をする。 ・
請求の仕方に問題があったのか未提出記録が多い。 ・
未提出分については各委員から調査し、再提出させる手法を取ることとする。 [委員の記録調査] 2005年8月5日~ 議員会館3階の施錠のある調査室から持ち出し禁止で、各委員の調査が始まる。初日見えない委員が数人あったとの連絡があり、必ず書記職員から、調査はじめる前に、資料の扱いについてヒアリングするように要請する。 ・
個人手帳の提出を求めた6人の内、5人は提出、松林氏からは提出がない旨の報告が夕刻6:45携帯電話に入る。 [委員会弁護士との会議] 2005年8月8日 議長の手配で契約した宮沢賢治弁護士と証人尋問の進め方等について協議をする。 ・
未提出記録への対応 ・
事例の違反する法解釈について |
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